碧天飛天の小説サイト

飛天の小説置き場です。本業絵描きですが萌えを吐き出したく作りました。二次創作からオリジナルまで色々予定してます。無断転載を禁じます。よろしくお願いいたします。母艦サイトはBLUE HUMAN http://d.hatena.ne.jp/hiten_alice/ です。

深淵と観察者(R18)

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「動いていいな」
薄い暗がりの中で聞こえた声に比企谷はひゅうっと喉を鳴らす。比企谷の身体を貫いている葉山の性器はさらに奥に入ろうとじりじりと動く。覆いかぶさる葉山の腕に爪を立て、裸の背中にも爪を滑らせる。腰を捩っても深く突き入れられたものは抜けることはない。動いたせいでかえって内壁を擦られてしまいより感じてしまい身悶える。
カーテンを閉めた理科室で比企谷は机の上に押し倒され脚を開いて身体に葉山を受け入れていた。葉山はシャツを脱ぎズボンを腿まで下げている。比企谷のシャツは肌蹴られただけだがズボンを脱がされ下半身は剥き出しにされている。誰か来たらどうしようとドアを見るとそれに気づいた葉山が顎を掴み正面を向かせる。
「はや、ま」
「俺を見てろよ。比企谷」
熱い杭が擦りながら引き抜かれ捩るように入れられる。ゆっくり繰り返す出し入れする動きが段々強くなり内側から灼熱に抉られてゆく。葉山の鍛えられた胸筋が身体の上で揺れるたびに肌を打ち付ける音が聞こえて体内を強く突き上げられる。
激しい揺さぶりが耐え難く目を瞑っていると顔にはたはたとの葉山の汗が落ちてくる。温かい雫。汗、なのか?目を開けると目の前に葉山の顔がある。薄暗がりの中でよく見えないが瞳が光っているように見える。
「葉山、お前」
「俺を見てろよ」
葉山は熱を帯びた低い声で言う。背中に回していた手を葉山の頬に当てると濡れた感触がある。これは誰なんだ。お前が言うように俺のせいだと言うのなら、俺はお前の何を引き出してしまったんだ。
深淵を覗くものは。そんな言葉が頭をよぎる。宙に浮いた比企谷の脚が葉山の揺さぶりに合わせて振り子のように動く。深淵を覗くものは、なんだっただろうか。


「観察者効果とは観察するという行為が観察される現象に与える変化だ。観察されることで対象の状態は変わる。観察し暴く観察者の行為が対象に影響を与えるわけだ」
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴りその音に平塚先生の話が遮られた。
「今日はここまで。それから比企谷、後で職員室に来るように」
 葉山はふうっと溜息をついた。かなり授業は脱線していた。よそ見をしたり上の空になっている生徒も多かっただろう。量子力学の話なんてついていけるのは俺とほかに。葉山はちらりと教室の廊下側に座る比企谷の方に目をやった。
 ぼんやりと中空を見つめて眠たそうだ。君もちゃんと聞いていたかな。君は文系だから興味はないか。
 葉山は教科書を片付けるといつものように仲間と窓際に集まった。たわいもない仲間の話を聞いて軽く相槌をうっているとふと視線を感じた。誰がこっちを見ているんだろうか。葉山がその視線の方向を目で辿ると頬杖をついて座っている比企谷と目が合った。気づいた比企谷はビクッとして慌てて目を逸らした。
 君が俺を見ていたのか。君はいつから俺を見ていたのだろう。何か気になることがあるのだろうか。
 休み時間が終わり授業が始まり席に戻った。授業中に気になって比企谷をちらちらと見ていたが彼は振り向くことはなかった。昼休みにも雑談に興じながら比企谷の様子を伺ったがその日はもう目が合うことはなかった。
 だが次の日の休み時間も葉山は比企谷の視線を感じた。比企谷は葉山と目が合うと目を伏せたり逸らしたり、時に席を立って教室を出て行った。
 比企谷の視線に気がついてから葉山は彼がなぜ見ているのか気になってしょうがなくなった。教室ではなく廊下で仲間とたむろし談笑していても視線を感じることがあった。気づいてそちらを向くと比企谷が見ていることが度々あった。葉山の方も見ていると気づくと比企谷はやはり目を逸らして立ち去った。
 俺の他は誰も彼の視線に気づいていないようだ。彼は目立たないようにしているから無理もないが。どうして俺を見ているんだろう。俺が君を見ているように君も俺を見ているのだろうか。それとも別の意味があるのだろうか。
 葉山は仲間と話しながらも気もそぞろに比企谷の去った方向に目を遣った。

 先生が黒板に文字を書き付けるカリカリという音だけが静かな教室に響いていた。葉山は比企谷を盗み見た。
 授業中は君はこちらを向くことはあまりない。全くないと言ってもいい。それは俺が授業中に君をいつも見ているからわかる。君は気づいてないだろうな。俺が君から目を離すわけないんだ。整った鼻筋薄い唇薄眼を開けた眠そうな目。退屈なのか欠伸をしている。上の空で中空を見つめてる。君の一挙一動から目が離せない。
 視線に気づいたのか比企谷が葉山の方を向いた。目が合ったので笑いかけると比企谷は困った表情で目を逸らした。
 君は俺がいつも見てることに気づいてくれたのだろうか。授業中だけじゃないんだ。夏休みのボランティア合宿の時も体育祭の時も俺はいつも君を見ていた。君はたまにしか気づいてくれなかったけれど。休み時間に俺を見ている君は、俺と同じ理由で見ていてくれるんだろうか。また振り向いてくれないだろうか。
 そう思いながら葉山は視線を送った。目を離すわけがない。どんな時も括り付けられたように俺は君から目を離せないんだ。
 休み時間には彼の視線を感じながらわざと気づかないふりをした。見ているのはわかっているのに素知らぬふりをしながら時々今気づいたように彼に目を移した。目が合うと彼は慌ててそっぽを向いた。目を逸らすとまたこっちを見ているのが感じられた。
 近づくと離れる離れると近づく。まるで野生動物のようだ。ふっと笑いが漏れた。俺は君が見ていることを知ってる。君も気づいているんだろう。

 葉山は放課後に忘れ物を取りに教室に戻った。戻る道の通りがかりに誰もいないと思っていた空き教室からパサパサと紙の擦れる軽い音が聞こえた。戸の小窓から教室を覗くと教室の窓際の席で比企谷が机を横にくっつけて並べ何か書類を束ねていた。
 書類を一枚ずつ取り冊子を作っているらしい。陽が低く斜めに差し込む光で1人座る彼の面差しに影が濃く落ちていた。葉山は戸を開けて声を掛けた。
「どうしたんだ」
 声を掛けると比企谷は顔を上げた。
「葉山か。平塚先生の雑用で資料作りを頼まれたんだよ。奉仕部への依頼と言われちゃ断れないしな」
「1人でやってるのか」
由比ヶ浜と雪ノ下は用があんだとよ。俺は暇だし。まあ簡単な仕事なんだがな。期限は今週だし暫く居残ることになりそうだ」
「結構な量じゃないか。手伝おうか」
「いらねえ。忙しいだろリア充は。部活いけよ」
「今日明日は休みなんだ。暇だからいいだろ」
 そう言うと葉山は比企谷の前の席の椅子を逆にして向かい合って座った。聞きたいことがあった。
 比企谷が何故俺を見ているのか。俺と同じ理由なのか。君は俺を認めてるし俺も君を認めてる。でも君の気持ちはわからない。君は俺をどう思ってる。もし俺と同じ気持ちなのなら俺は。教えてくれ。
 書類を揃えながら葉山は比企谷を見つめた。比企谷の長めの前髪が光に透けて栗色に染まっていた。こんなに近くで彼の顔を眺めることはあまりなかった。少し手を伸ばせば髪に触れられそうな距離。校庭の喧騒が遠く聞こえた。葉山は比企谷の様子を伺い口を開いた。
「君から見て俺はどう見える」
「いい奴じゃねえの」
「そんなことを聞いてるんじゃない。君は俺をどう思ってるんだ」
「ガチで聞きたいのか」
 比企谷は作業の手を止めて顔を上げた。
「ああ」
「スペック高い奴なんて目障りだろ普通」
 予期しなかった返事に葉山は言葉を失った。茫然とする葉山に比企谷はさらに刃のような言葉を紡いだ。
「劣等感を刺激されるばかりだろうに、あいつらはお前といて何がいいんだろうな」
「ひどいな」
 内心の動揺を隠してやっと言葉を紡いだ。
「明らかに引き立て役になるだけだ。損だろう」
「友達になるのに理由はないだろ」
「あるだろ理由は」
 いつもの比企谷らしい考え方に物言いだった。普段の葉山であれば憤りはしても傷つくことはなかっただろう。だが今は構えていなかっただけに比企谷の言葉が刺さった。
「あいつらはいい奴だ。お互いいい奴だと思ってるから付き合っていける。仲間なんだ」
「いい奴ってのはお前にとって都合のいい奴だろ」比企谷はさらに容赦なく続けた。「お前は自分がコントロールできる状況がいいんだ。支配欲が強いんだろな。コントロールできない状況は避けるんだ」
「君もそうじゃないのか」
 葉山はやっとの思いで言い返した。声が震えた。
「俺に都合のいい状況なんてあった試しがねえ。お前の作った城だろ。大したもんだと思ってるぜ」
 睨み付ける葉山を比企谷は意にも介さない。
「お前ならどこのグループでも王様だろうな。王様には取り巻きがいるだろう。取り巻きがいてこその王様だ」
「取り巻きなんて思ったことはないよ。そんな風に思われるのは不愉快だ」
「なら話しかけんなよ。聞かれたから答えただけだ」
 葉山は腹を立てて席を立った。足音荒く歩み去り教室の入り口でそっと振り返った。比企谷は何事もなかったかのように紙を束ねる作業を続けていた。葉山は俯いてそのまま踵を返し教室を出た。

 翌日の放課後も葉山は比企谷のいる空き教室に向かった。
 昨日は比企谷の物言いに怒りのまま教室を出てしまった。だが冷静になって思い返すといきなりどう思うと言われても返事に困るものかも知れない。俺の聞き方も良くなかった。ましてや相手は比企谷だ。それに、今日も休み時間に比企谷の視線を感じた。
 俺を見ているんだろ。何もないわけないだろう。君と話がしたい。君の心が知りたいんだ。今日は朝から今迄一言も君と話せなかった。それに、君と2人だけの空間でなら側で好きなだけ君を見ていられる。好きなだけ。
 西日の差す空き教室の戸を開けるとやはり昨日と同じ作業をしている比企谷がいた。比企谷は目を上げ葉山を見て驚き、それからバツの悪そうな表情を見せた。
「なんだよ」
「手伝おうと思ってね」
 葉山は微笑み昨日と同じように比企谷の正面に座り手伝いながら比企谷を見つめた。紙を束ねる音だけが静かな教室に響く。暫く黙って手を動かしていた比企谷はぽつりと口を開いた。
「来ると思ってなかった」
 比企谷は手元を見たまま葉山と目を合わせず続けた。
「苛ついてたんだ。悪い」
 葉山は珍しく殊勝な態度の比企谷に少し驚いて尋ねた。
「何を苛ついてたんだ」
「わからないからだ。どうすればいいのか」
「何をだ。比企谷」
「お前らが自然にしてることだ」
 比企谷はぶっきらぼうに言うと席を立ち追加の書類の束を並べ始めた。席に戻ると話題は変えられた。
「あいつらはお前の側にいたがる。なんでだろうな。あいつらに動機はないんだろう、お前の説だと」
「俺の側にいればわかるよ」
 するっとそんな言葉が出た。俺の側にいて欲しい。本心だ。けれど比企谷はさもおかしそうに吹き出した。
「そうしたいと思わないから想像出来ないな」
「嫌なのか」
「嫌とかいう話じゃねえよ。お前を嫌いな奴なんていないだろ。そりゃ。俺でもリア充に話かけられたら嬉しいさ。ぼっちの習性だから。でもそれだけだ」
「そこから始まることだってあるだろう」
「始まること、か」
 比企谷は作業の手を止めて顔を上げた。葉山は思いがけず目が合ってしまい、心の奥を見抜くようなその瞳の色に胸がどきりとした。
「相手がどんな奴なのかわからないのは怖いもんだ。得体が知れないものは何をするか読めない。傷つけられそうで怖い」
「俺のことも怖いと思っていたのかい」
「ああ、お前らのことだってはじめは怖かった。今は怖くねえよ。俺なりにお前らを理解したからな。でもそこまでだろ。お前らと俺は違う」
 お前ら、か。俺も一塊なんだな。君には。
 俺は何を苛立っているんだ。俺が答えてほしいことはそんなことじゃない。君の考えじゃなくて君の気持ちだ。君が俺をどう思ってるかだ。俺を見ていただろう。俺も君を見ていたからわかるんだ。

 葉山は翌日も比企谷の居残る空き教室を訪れた。比企谷は首を傾げて呆れたように言った。
「今日も来たのかよ。お前暇なのか?」
「暇だよ」
「嘘つけ。お前らはスケジュールはいっぱいなんだろ。手伝いならいらないぜ」
「俺が暇潰しで付き合ってるだけだ。それに提案もある」
 葉山は席につくと効率のいいやり方を比企谷に話し、比企谷は葉山の提案を聞きながら改善案を出した。相談を終えて作業を始めようとすると比企谷が言った。
「前もこういうことがあったな。お前と仕事の計画をするとスムーズに運ぶからいいな」
 比企谷の言葉に手が止まった。比企谷は席につくと紙を手に取ってひらひらと振った。「あれは悪巧みに近い計画だったけどな。お前の案もかなり黒かったよな」
 比企谷がその時のことを思い出したように笑みを浮かべた。
「夏合宿の肝試しの時のことか」
「ああ、お前が俺の計画に嬉々として乗るなんてあれからもうねえよな」
「それは君が悪いんだろう」
 あの頃は君が悪役を買って泥を被る性質だなんて知らなかった。あの時もイレギュラーな結果にならなければもしかして君は。今となってはもうわからないことだけれど。
「まあな、でもお前との悪巧みは楽しかったぜ」
 比企谷はにっと笑うと作業の手を動かし始めた。葉山は比企谷を見つめたまま考えていた。
 俺も楽しかったよ比企谷。きっと君よりもあの時間を楽しいと思っていた。仲間といるのは好きだ。彼らとの空間を手放したくない。けれど彼ら個人と一緒にいたいと本当に思っているだろうか。ただ仲間というものがいないと不安なだけなのではないだろうか。
 それで普通だと思っていたけれど。いつも一緒にいたい、話をしたいと思うのは彼らじゃなくて君なんだ。でもそれを言って叶うのか。君もそう思ってくれるなら俺は。
 葉山は手元から目を離さず作業に没頭する比企谷を食い入るように見つめた。欲しいと思うのは君だけなんだ。俺はそう告げてもいいのか。
「比企谷」
 呼ばれて比企谷は顔を上げた。葉山は低い声で問いかけた。
「俺のことをどう思ってるんだ」
「お前、前も聞いたよな、それ。いい印象を聞きたいなら仲間に聞けよ」
「君から聞きたいんだ。きみがどう思ってるかを」
 比企谷は溜息をついて口を開いた。
「俺が言うのもなんだけどお前のことは認めてる。自分を律する生き方は大したもんだ」
「そうじゃない、比企谷。俺が聞きたいのは」
「だからこそ関わりたくない」
 比企谷は言葉を切った。それ以上言うかどうか迷っているようだった。葉山は先を促した。
「なぜそう思うんだ」
「お互い相手に深入りすれば傷つけ合うだけだ。だからあえて近づいたりしないほうがいい。お互いうまくやってくためだ。俺はそう思ってる」
 葉山は憮然として口を開いた。
「なんだよ、それは。近づくなって言ってるのか」
「お前は自分にとって安心できる奴としか、付き合わないだろ」
「それは」
 比企谷の言葉は正鵠を得ている。今までそうしてきたのだ。反論する言葉が見つからなかった。
「苛立たせるような奴とは付き合えないだろ。お前だけじゃなく皆そうだ。選べる立場なら皆そうしたいんだ。わかってるなら、丁度いい距離を保つべきだろ」
「その距離は君が決めるのか」
「俺の物言いも生き方はお前には我慢ならないだろ。お前とは波風の立たない距離ってのが丁度いいんだよ」
「君の周りの人も自分を傷つける君の在り方を肯定してないだろう」
 苛立ちが声に出た。
「だからそういうことだってんだ。俺が俺らしいことをするとお前は怒るだろうが」
 そう言うと比企谷は手元の書類に目を移した。それっきり比企谷は黙り込み葉山も言葉を継がず紙の擦れる音だけが教室に響いた。
 葉山は比企谷の顔に差し掛かる陽の翳りを見ていた。空が曇ってきたようだ。明日は雨だろうか。雨だといい。サッカー部が休みになるから堂々とここに来れる。今日は俺らしくもなくサボってしまった。
「多分以前は俺は少しだけお前に」
 ぽつりと比企谷が呟いた。彼を見つめていなければ聞き逃すような声。顔を上げずに言う彼の表情がわからない。その後の言葉が続けられなかったので葉山は促した。
「俺に、なんだ」
「なんでもねえよ」
「途中でやめるなよ。気になるだろう」
「なんでもねえって空気読めよ。得意だろ」
「君が空気を読めなんて言うのか」
 比企谷は目を上げて葉山を見つめると自嘲のような苦笑のような曖昧な笑みを浮かべた。
「そうだな。俺らしくねえな。でもなんでもねえよ」
「比企谷」
「あの時みたいな2人で計画する機会はそうそうないだろうな」
 葉山は胸が詰まり唇を引き結んだ。余計なことを言いそうだった。ならどうして君はいつも俺を見ていたんだ。俺だっていつも君を見ているんだ。どうしてあの頃のことを二度とない思い出のように言うんだ。諦めたように話すのはやめてくれ。俺は君の目の前にいるのに君はどこか遠くを見ている。俺はここにいるんだ。
 そう考えて葉山ははたと気付いた。薄々感じていたけれど気付きたくなかったことだった。君が見ているのは違うんだ。

 翌日も葉山は放課後に比企谷のいる教室を訪れた。空は明るいが小雨が降っていて教室の中は薄暗かった。運動部による外の喧騒も聞こえない。今は雨が止むのを待っているのだろう。
 書類を並べていた比企谷は葉山が正面の席に座ると顔を上げた。
「よお。また来たのか」
「雨だからね」
 向かい合って座り作業に取り掛かかった。しばらくして葉山は口を開いた。
「君はよく俺を観察してるね。何がわかった」
「ああ?別に見ちゃいねえよ」
「俺たちを、かな。観察してたんだろ。何がわかった」
 比企谷は葉山を訝しげに見て束ねた紙を揃えながら言った。
「当たり前のことだけだ。お前の周りは男も女も皆お前を欲しがってる。お前はいい奴だよ。いい奴で男前で成績優秀で。言ってみればお前は獲物なんだな。だから皆欲しがるんだろう」
葉山は苦笑した。
「俺は皆の獲物なのかい」
「おまけにお前といる奴のステイタスを上げるからな。そこも獲物に相応しいわけだ」
「どうかな。一緒にいる人間でその人間を計ったりしないだろ」
「俺はそういうことは嫌ってほど知ってるよ。逆の意味でな。羨ましいよ全く」
「本気で思ってないだろ。君も獲物になりたいのかい」
比企谷は笑って言った。
「想像もつかねえ。あり得ねえし」
「あり得ない、かな」
「そういうものからは離れていたいしな」
「君は離れて見ているだけか」
 君は俺の視線に気付いてないだけだ。近くにいると見てしまう。目が離せなくなる。白い肌にほっそりした首。首筋を滑り落ち汗が溜まる鎖骨の窪み。シャツの合わせ目から見える素肌。
 獲物になりたいかい。欲しいと思われたいのかい比企谷。君は十分獲物なんだよ、比企谷。
「じろじろ見て悪かったな。由比ヶ浜にも言われてたんだけどな」
 比企谷はそう言うと窓の外に目を向けた。音もなく静かに降る柔らかい雨。細かい粒子の雨粒が音を吸い込んで静謐な時が流れていた。
「関係を続けるのは大変なことだな。薄氷の上を歩くようなものだ。葛藤しながら綱引きをしながらもこれをずっと続けてきたお前らを今は少しだけ尊敬しているかも知れない」
 そう言うと比企谷の視線が葉山に移った。葉山は動悸が早くなるのを苦々しく感じていた。君の瞳が俺に向くだけでそれだけで反応するのか俺の身体は。
 でも君の瞳は遠く俺を通り越して何かを見ている。君は目の前の俺を見ていない。俺を通して別の何かを見ているんだ。君が大切に思い今の関係を保ちたいと望んでいる彼女達なのか。期待して諦めた過去の誰かとの関係なのか。
 もう俺は気付きたくないことに気づいていた。この数日、2人で向かい合い作業している間、俺はずっと君を見つめているのに君は殆ど俺を見ていなかった。目を合わせても瞳に俺は映っていない。教室で俺が仲間といるときに俺を見ている視線とは違うんだ。
 そういうことだ。ここでも教室でも君は俺を見てるんじゃない。見てるのは俺と周りとの関係性や距離だ。君は仲間といる俺を見ていただけだ。俺の様子を観察していただけなんだ。俺は何度も君の気持ちを聞いているのに君は1度も答えてくれなかった。君は何を聞かれているのかすら気づいていないんだ。
 君は自分が何をしたのかわかってるのか。君に見られていることで俺は自分を振り見ざるをえなくなった。考えないようにしていたことを考えざるをえなくなった。そんな風に俺を変えてしまった君を恨まざるをえない。憎まざるをえない。君は俺の中にあった何かを壊してしまったんだ。

 放課後一緒に過ごす日々は4日目になった。2人で作業したお陰で早めに資料はまとまった。冊子の山は教室の後ろに積み重ねて残りの数冊を二人で束ねた。比企谷はふうっと息を吐いた。
「やっと終わったな。一応礼を言うぜ。お前が勝手に手伝っただけだけどな」
「ああ、よかったな」
「あとは数の確認だが今は数えたくねえや。明日確認して先生に渡せばおしまいだ。帰ろうぜ」
 そう言いながら比企谷は腰を上げた。葉山は席を立たなかった。立てなかった。座ったまま立ち上がらない葉山に比企谷は苦笑して言った。
「別に俺と一緒に帰ろうってんじゃねえよ」
 葉山は座ったまま手を伸ばすと比企谷の手を掴んだ。
「何だよ葉山」
 比企谷は問うた。葉山は眉を顰める比企谷を見つめた。期待して感違いして心を揺さぶられて気づいて落胆させられた。けれども手を伸ばせば触れられる距離に君を感じた。痛くて甘いこの時間は明日までなのか。
「なんだよ。帰らないのか」
 比企谷が訝しげに言った。ふと君と目が合った。俺を見ない君の視線が俺を捉えていた。胸がじわりと痛くなり掴む腕に力が入った。明日で君と過ごす放課後が終わってしまう。間近で誰も気にすることなく君を見つめていられた時間が。
 君を見つめて俺の独りよがりに気付いた。君の独りよがりにも気付いた。君は俺を理解したつもりでいるのか。何も理解してないくせに。勝手に決め付けて勝手に俺と君の間に線を引くんだ。知らずに掌に力が篭り比企谷が顔を顰めた。
「痛えぞ、葉山」
 葉山は立ち上がりぐいっと比企谷の腕を引くとその身体を机の上に押し倒した。椅子が倒れて音を立てた。覆い被さり身体を押し付けて体重をかけると葉山は比企谷を見下ろした。比企谷は驚いて目を丸くしていた。
「葉山?」
 比企谷が様子の変わった葉山に怯えを滲ませて名を呼んだ。
「君は傲慢だな」
 葉山はくっと笑い、触れたいと思っていた比企谷の前髪をさらりと梳いた。細くて柔らかくて予想通りの手触りだ。
「観測者効果の話覚えてるかい?」
「この間の先生の脱線話かよ。葉山、いきなりなんだ?」
「君もちゃんと聞いてたんだな。科学においては観察者効果とは、観察するという行為が観察される現象に与える変化のことを表し、物理学においては観測に使用する機器が観測対象の状態に影響を与えてしまうことを表すんだ」
「それがなんだ?どけよ」
 比企谷は身じろぎするが机から落下するのを心配してか動きは鈍かった。葉山が首筋に指で触れると比企谷の身体がびくりと震えた。滑らかな皮膚にそのまま指を滑らせて鎖骨を辿った。
「君が観察することで俺は変わった。君が見ているから俺は変わってしまう」
「はあ?俺は見ていただけだ」
「そうだね。見ていただけだ君は」
 その影響力を考えもしないで。君を見ていてわかったよ。君が興味があるのは周囲の中の俺の立ち位置で俺自身じゃないんだ。君は俺をいい奴だと言う。だからといって君はいい奴を好きというわけではないんだろう。君は俺の内側ばかり見てる。内側しか興味ないんだ。俺を欲しくもないくせに俺を見つめるから感違いした。
 それでも俺は君を見てしまう。俺は君の内側だけじゃなく外側も見てるんだ。全部見てる。全部欲しいんだ。瞳の色を近くで見たい。髪や肌に触れたい。触ったらどんな感じだろう。苦しくてたまらない。こんなの不公平じゃないか。俺だって欲しいものがある。奪いたいものがある。獲物であるより獲得する側でいたいんだ。誰だってそうだろう。
 比企谷が不安そうに見上げていた。俺を瞳に映していた目がふっと逸らされた。机に縫いつけた身体を腕と腹筋でしっかり押さえつけて葉山は言った。
「もう俺を観察するのに飽きたのかい」
「じろじろ見るなって言われる前に止めただけだ」
「俺はいい奴じゃない」
 比企谷が驚いて葉山を見上げまた視線が交錯した。比企谷の胸に手を当てた。動機が早い。君が俺に怯えてるんだ。可笑しくなる。こんなことは俺らしくない。自分でも意外だ。だけど君に対して確かに俺らしい行動を取っているのだとわかる。身体がぞくぞくした。触れていると身体が熱くなり下腹に熱が集まってくるのを感じた。
「君は俺のことを何も知らないよ、観察者」
 そう言いながら唇が触れそうなくらい顔を近づけた。
「君は観察の結果を知る義務がある。知りたければ後で体育館に来いよ」

 雨が上がったものの空は昏く重苦しい雲に覆われていた。葉山は体育館の入り口の前でドアにもたれかかり比企谷を待った。掌に職員室から持ってきた鍵を弄んでいた。
 今日は体育館は使われていない。だから丁度いい。俺が君から目を離すわけないだろ。だけど君は俺から目を離したんだ。俺はもう君から目を離せないのに。だから俺は君を。
 校庭の方からは雨の上がるのを待っていた運動部の掛け声が聞こえた。先週の俺はあの中にいて彼らと同じように部活に勤しんでいた。なぜだろう。随分昔のように思えてしまう。
 葉山は校舎に続く渡り廊下を見つめた。君は来るだろうか。さっきの俺に警戒したら来ないだろう。でも好奇心が勝ったら来るだろう。葉山はくっと笑う。違うな。君は来るだろう。俺が待っているとわかってるんだ。君は人に待ちぼうけを食わせるようなことはしない。
 聞きなれた足音が校舎のほうから聞こえた。比企谷は葉山を見て一端立ち止まったが背を丸めて渡り廊下を歩いてきた。
「やあ、本当に来てくれたんだ」
 葉山は片手を挙げ親しげな笑みを浮かべた。
「話の続き、あるんだろ」
 比企谷手をポケットに入れて葉山を睨んで言った。
「今はいないけど、ひょっとして人が来るかも知れない。こっちに来いよ」
 鍵を開けて体育館に入ると葉山は比企谷を体育倉庫に連れ込んだ。倉庫は掃除したばかりだが埃っぽく、一つしかない窓から刺す明かりに光る粒子が瞬いて見えた。葉山は比企谷が入ったところで体育倉庫のドアを閉めた。
「こんなとこで話すのか」
「ここでしか出来ないことだ比企谷」
 葉山は比企谷の腕を掴むと背後に両腕を回して拘束した。曇り硝子越しの靄のような光が戸惑いと驚愕の表情を浮かべた比企谷の顔を照らした。
「知りたいんだろ。俺のこと」
「話の続きを聞きに来ただけだ」
「話してもわからないよ。君には」
「まず話すのが先だろ」
 葉山は勃起して押し上げられたズボンの前を比企谷の臀部に押し当てた。布越しでもその状態がありありとわかり比企谷は息を呑んだ。
 外からは運動部のものらしき喧騒が聞こえた。葉山は跳び箱の上に比企谷をうつ伏せにして覆い被さり押さえつけた。
「続きを始めようか。比企谷」
 比企谷が息を呑んだ。
 茹だるような時間が流れた。ベルトを外された比企谷のズボンは下着ごと足首まで下げられていた。臀部に埋められた葉山の指が中を抽送し滑った音を立てていた。
「はあ、ああ」
 葉山に緩やかに嬲られて比企谷の息遣いが荒くなってきた。
「君はなんでノコノコとここへ来たんだ」
「葉山、あう」
「だからワンクッション置いたんだ。来たら逃すわけないだろ」
 唾液で濡らして彼の中に入れた指が熱い。2本から3本へと増やし捻るように動かして解していった。ぐっと深く入れてから引き抜くと比企谷はほっとしたように嘆息した。
 葉山は身体を離すとベルトを外しズボンの前を寛げて解した場所にペニスを押し付けた。比企谷の身体がびくりと震えた。
「あ、葉山」
 首を捻り振り向く比企谷と目が合った。
「冗談だよな」
「冗談でこんなことしないよ、比企谷」
 葉山は苦笑した。もっと必死で抵抗すれば俺だって君を押さえられないよ。そうしないのは好奇心なのか。俺が何をしようとしてるのか知りたいのか。それとも俺がそこまではしないと甘く見てるのか。どちらにしろ俺には同じことだ。
 彼の後孔に手を添えて先端を押し当てると腰を揺すり強く突いた。亀頭が入り口を押し広げぐっと彼の中に潜り込んだ。比企谷が悲鳴を上げた。
「いた、あ、嘘だろ、あ」
「力、抜いた方がいいよ」
 腰を前後に揺するたびにペニスが少しずつ比企谷の肉に食い込んだ。きつく締め付ける温かい肉壁を抉っていった。もう少しで全部入るというところで比企谷が腕を突っ張り背を逸らした。葉山はその腕を掴んで跳び箱の側面に押さえつけ背中に体重をかけた。
「逃がさないよ。きみは知りたいんだろ」
「葉山、こんなのは」
「君が見ていたものなんて俺の表層だけだ」
 強く腰を押し付け引いては突き上げ屹立を奥に進め蹂躙した。声を殺して揺さぶりに堪える比企谷を容赦なく責めた。ペニスを根元まで埋め込んでしまうと動きを止めた。繋がった部分を撫でて葉山はひと息ついた。蠢き締め付ける温かい肉の与える強烈な快感に酔いそうだった。動きを止めたことで強張っていた比企谷の身体が弛緩して締め付けが少し緩くなった。そろそろいいだろう。
「葉山、んう、ん」
 比企谷が呻き、吐息混じりの声を漏らした。
「動くよ。いいね」
 葉山はそう言うなり前後に強く揺さぶって彼の中を抽挿し中を擦りあげた。
「やめ、動かすなよ、んあ」
 突き入れるその度に比企谷は声を潜めた悲鳴を上げた。跳び箱が揺らされがたがたと音を立てた。締め上げてくる肉壁の圧迫に達しそうになり、落ち着くために動きを止めて息を吐いた。
「やっと終わりか」
 くぐもった声で比企谷が聞いた。
「まだだよ。まだ終わらせないよ」
 葉山は動きを止めて射精感を押さえ込みゆっくりと律動を再開させた。彼の背と密着した胸筋が汗ばんだ。次第に激しくなる動きに比企谷が掠れた声で喘いでいた。抜いては突き上げ揺さぶりを繰り返すほどに中の抵抗はなくなっていった。柔らかい感触と温かい体温が生々しく確かに彼の体内を侵しているのだと教えた。
 心が君を欲して身体が彼に勃起する。なら俺はもう手遅れだということだ。比企谷は揺さぶられるたびに喘いだ。抜き差しする動きに合わせて繋がれた接合部が水音を立てた。
「君が観察しきれてない俺は君が変えてしまった俺だ」
 ぽたりと涙が比企谷のシャツに落ちた。葉山は頬を伝うものに気づいた。俺は泣いてるのか。これは違う。身勝手もいいところだ。俺が君を傷つけてるんだ。俺が傷ついてるんじゃない。
「葉山?」
 振り向いた比企谷が驚いた顔をしていた。どくりとペニスが膨れたような感覚を覚えた。葉山はぐっと突き上げて低く呻き彼の中に射精した。中に出すなんて初めてだ。コンドームをつけずにするのも。快感以上にこんなに征服感を感じるものなのか。それとも君だからなのか。
 暫く中を揺すり出し切ってからゆるりとペニスを引き抜いた。こじ開けた彼の隙間が閉じていった。
 マットレスに脱力した比企谷の身体を敷いて脚を開かせると不安げな瞳が葉山を見上げていた。葉山は手の甲で濡れた頬を擦ると後孔の中に指を入れ精液を掻き取り始めた。内壁を引っ掻く指の動きに比企谷が声を詰まらせて喘いだ。
「葉山、もう」
 口元を手で覆った比企谷の声が震えていた。堪らない。後始末をするつもりだったのに。また勃起する感覚を覚えた。葉山は指を増やして中を掻き回した。
「え、は、葉山?」
「比企谷、すまない」
 戸惑う比企谷の膝裏を持ち脚を曲げて抱え上げてペニスを押し当てた。中に残る精液が潤滑油になり滑るように亀頭が挿入された。
「ばっ、葉山ぁ」
 突き上げると比企谷の背がしなった。葉山は彼のシャツを肌蹴させタンクトップをたくし上げると舌を這わせ胸の突起を吸い上げた。
「あ、何して」
 首筋に顔を埋めて舐めてキスをした。鎖骨の窪みに舌を這わせ軽く歯を立てた。身体へのキスの刺激にきゅうっと狭くなった体内を押し広げて竿を進めた。汗でまとわりつく服が邪魔になり葉山はシャツを脱いだ。比企谷の身体に腕を回して抱きしめ腰をゆっくりと前後に振った。触れ合う肌がじっとりと熱かった。揺さぶりを激しくして深く突き上げると締め付けが強くなった。気持ちよくてより深く突き上げた。比企谷の呻く声が漏れないように唇を合わせて塞いだ。舌を求めて食むように口腔を蹂躙した。
 こんな思いやりのないやり方で抱くなんて俺らしくない。でもまだ足りない。全然足りない。互いの息遣いが体育倉庫に籠っていた。外から聞こえる生徒たちの声が遠い。ここだけが別世界のようだ。君と俺しかいない世界。

 翌日、放課後に葉山は比企谷を空き教室で待っていた。冊子は教室の後ろの棚に積んだままだった。まだ比企谷はここに来てはいない。
 比企谷は授業中いつも通りに涼しい顔をしていた。だが休み時間に俺の方を見ることはなかった。昨日あんなことをされて来るかどうかわからない。俺がいるとわかってるだろう。約束したわけではないから来ないかも知れない。
 上履きを引きずるような聞きなれた足音が聞こえた。いつもどおり比企谷はやってきた。葉山は教室の戸の前に立って比企谷に微笑みかけた。比企谷は葉山を見て後退りかけるが立ち止まり歩を進めた。
「来ないかと思ったよ」
「まだ仕事が残ってるからだ」
「ふうん。律儀だね。君は」
 葉山は誰もいない教室に比企谷を引っ張り込むと黒板の前に立たせ向かい合った。
「少しは俺のことがわかったかい」
 比企谷は目を伏せて呟くような小さな声で言った。
「お前はいい奴なんかじゃない」
「うん、そうだね」
「お前は俺が」
「うん」
 彼の言葉を待った。罵倒でもいい。解答を教えてくれ。君に定義付けてほしいんだ。だが比企谷は首を振った。
「違うだろう、葉山」
「比企谷?」
「お前の混乱に俺を巻き込まないでくれ」
 君は何て言ったんだ。葉山はカッとなり両手の掌を比企谷の頭の側面に叩きつけた。背の黒板が大きな音を立て比企谷はビクっと震え葉山を見上げた。葉山は比企谷を両腕に囲い込み射るような目で見つめた。
「勝手なことを言うんだな」
 声が震えた。腹が立ちすぎると怒鳴ることもできないんだな。初めて知ったよ。
「君が俺を見ているから俺がこうなったんだ」
「俺がお前らを見ていたのが悪いのか」
「違う」
「腹が立ってたんならそう言えばいいだろ」
「違う、君は何もわかってない、俺は君に」
 君に見ていて欲しいんだ。君が欲しいんだ、俺だけを見ていてくれ。告げるべき言葉を飲み込み葉山は比企谷の唇を口付けして塞いだ。比企谷は驚き目を見開いた。葉山の胸を突っ張る比企谷の腕を押さえつけて黒板に貼り付け、身体を押し付けて動きを封じた。彼の口腔を探り舌を絡めとった。吐息を奪った。
 理不尽なことをしているとわかってるのに制御できない。こんなのはおかしい。君に気持ちを押し付けるなんて。人に無理強いするなんて。俺の中にこんな衝動があるなんて。甘い口腔を散々貪りようやく重ねた唇を離した。
「こんな、お前、なんだよ」
 比企谷は肩で息をして濡れた唇を拭った。
「お前は何でも持ってるだろう。なのに俺から矜恃まで奪うのか」
 比企谷は葉山を睨んで言った。
「俺が何を持ってるって?」
 それは君が見ていた頃の俺だ。俺が得たと思っていたものは君を見つめているうちに急激に色褪せていった。君がそうしてしまったんだ。
「俺には何もないんだ。君から奪ったものだけが俺の全てだ」
「お前、何を言ってるんだ」
「君は俺の何を観察してきたんだ」
「葉山、俺は」
「君は何も見てやしないんだ」
 下校のチャイムが鳴り響いた。先週までこの時間は開放感と安堵に満たされていた。今はなんて苦しいんだろう。
「君はなんでここに来た?前と違って今回は俺が何するか予期してただろ」
 葉山は声を低め静かに問いかけた。比企谷は答えなかった。
 「当ててやろうか。君はわからないことが怖いんだ。解明したいんだよ。なのに何もわからない。混乱してるのは君の方なんだ」
「なんでお前にそんなことが言えるんだ」
「わかるよ。俺はずっと君を見てたからだよ」
 葉山は比企谷に顔を近づけるとにっこりと笑いかけた。
「俺を怖がったままでいたいのかい?それとも俺を知りたいかい?比企谷」
 比企谷は目を伏せて靴先を見つめた。
「どっちかしかないんだろう。なら俺は知りたい」呟くように彼は言葉を続けた。「理解したい。今更お前のことを怖いと思いたくない」
 こう言えば君はそう答えるとわかっていた。でもね、比企谷。俺は本当は君の答えを聞きたかったんだよ。君の気持ちを知りたかったんだ。俺の気持ちを告げたかったんだ。けれどそれじゃあ君は手に入らないんだ。
 葉山は教室に施錠すると比企谷を床に横たえた。
「葉山、ここでなのか」
「そうだよ。知りたいんだろ」
 葉山は狼狽える比企谷のシャツのボタンを外していった。馬鹿だな君は。君は俺の気持ちを正確に言い当ててれば良かったんだ。そうすれば逃げる言葉はあったんだ。でももう逃がすつもりはないよ。
 葉山は比企谷のタンクトップを脱がすと肌にキスをした。胸の突起を舐めて吸い付くとびくりと比企谷の身体が跳ねた。片方の突起を摘んで捏ねながら胸から腹に口付けていった。跡がつくかも知れないな。そう思いながらも止める気は起こらなかった。ジッパーを下げると比企谷が慌てて身体を起こした。
「やっぱり待ってくれ」
「比企谷、今更何言ってるんだ」
 苛立ってさっさとズボンと下着を脱がせてしまうと脚を開かせ膝を持ち上げて腰をその間に滑り込ませた。
「もう遅いよ」
 比企谷の肩を押して覆いかぶさると葉山はベルトを外してジッパーを下げた。ズボンを膝まで脱いで比企谷の身体を上半身で押さえながら後孔にペニスをあてがった。比企谷はひゅうっと息を呑んだ。
「勃ってるのわかるよな」
 葉山はつい声を荒げた。
「わ、わかる、けど」
「けど、なんだよ」
 ぐっと腰を押し付けるとペニスの先端がするりと中に潜った。昨日の行為のせいかな。無理なら慣らしてからと思ったけれどゆっくり入れればいけそうだ。さらに押し付けて雁を入れ込むと比企谷は苦悶の表情を浮かべて首を逸らした。
「はっ、あ、葉山」
「痛いのかい。大丈夫か」
 そう言葉を紡ぎ動きを止めた。スムーズに入りそうだったけど慣らしてからの方がよかったか。君が辛そうな目で俺を見上げていた。心配そうな俺の顔が君の瞳に映っていた。俺だけを映している潤んだ瞳。葉山はごくりと唾を飲み込むとぐっと腰を突き上げた。
「はっ、あ、やっぱりお前」
「俺がなんだ。混乱してるって言うのか」
「お前、やっぱり、怖えよ」
 比企谷はそう言うと目を瞑った。
「心外だな」
 葉山は憮然として比企谷の腿を掴んで大きく足を割り開いた。やっぱりってなんだ。君はそうやってまた線を引くのか。葉山は体重をかけて覆い被さると腰を揺らして深く挿入していった。昨日の茹だるような暑さを思い出すな。汗をかく前にシャツを脱いだ方がいいかな。いや、やはりこのままでいい。彼を一刻も早く手に入れてしまいたい。そう思って葉山は苦笑した。俺はもっと余裕をもって相手を思いやるやり方をしていたはずだろ。
「まったく心外だ」
 腰を強く振り比企谷の中に少しずつ性器を埋め込んでいった。中の肉壁に締め付けられながら突き広げて最奥に辿りついた。君はここにいる。
「よく見てろよ、俺を」
 そう囁くと葉山は比企谷を抱き締めて鼓動を重ねた。


 敏感なところに葉山の舌が触れる。
「あ、葉山」
 名を呼ばれて股に伏せていた葉山が顔を上げる。雄の目をした瞳とぶつかり動揺して身体が震える。
「屋上の鍵はかけてあるから誰も来ないよ」
 葉山は優しげな口調で答える。グラウンドから生徒たちの喧騒が聞こえる。あの中に本当なら葉山もいるはずじゃないのか。お前は屋外にいて俺は屋内にいる。それが正しい形じゃないのか。
 だが今俺は一糸纏わぬ姿にされ葉山に屋上の床に組み敷かれている。葉山はシャツだけを脱いで開かされた脚の間に頭を埋めている。2人のシャツはシーツ代わりにコンクリートの床に敷かれている。
 口淫されて俺が喘ぐ様を見て何が面白いんだろう。葉山は口角を上げると顔を伏せてまた比企谷のペニスに舌を這わせる。竿を押さえ亀頭を咥えて巧みに舐め回す。雁をなぞられ声を上げそうになり口元を手で覆う。葉山が顔を上げて微笑むと竿まで葉山の生温い口腔に含んでゆく。粘膜がまとわりついてきて追い詰められ下腹が熱を持ち始める。身体を捩るが葉山に腰を空いた方の手で固定される。我慢しても喘ぎ声が漏れる。
 お前がこんなことを出来るなんて思わなかった。観察していたのは俺のはずだったのに、いつの間にか逆に俺が暴かれていく。あいつの迷いが動揺が俺に揺さぶりをかける。理不尽だ。あいつに掘り起こされる俺の中身は俺の知らない俺だ。
「離せ、出そうだ」
 比企谷が掠れた声で言うと葉山は亀頭だけを咥えて竿を扱く。
「出そうだって言ってるだろ、やばい、うあ」
 比企谷は上半身を起こすが葉山の頭を引き離せず達してしまう。葉山はジッパーを下げるとペニスを取り出し比企谷の精液を掌に吐き出して屹立全体に塗りつける。比企谷を見下ろして葉山は言う。
「潤滑油の代わりになるからね」
「お前、今は入れないって」
「君のせいだろ。君がそんな顔するから悪いんだ」
 葉山は残りを指先につけると比企谷の足を開かせ後孔に指を2本挿入する。
「いた、あ」
「悪いね。乾いてしまう前に入れたいし」
 広げるように蠢かされさらに深く指が埋められる。こんなところで。誰か来るんじゃないかと気になりドアを見ると葉山が顔を顰める。
「こっちを見ろよ。俺を見ろって」
「あ、はあ」
 指が一気に4本に増やされ挿入されて捩じるように掻き回される。比企谷は仰け反る。
「もういいかな。待てそうにないんだ」
 おざなりに解して引き抜くと葉山はペニスをあてがい先端をぐりっと押し付けてくる。均整のとれた身体を露わにして覆い被さりぐっと腰を進めてくる。
「は、ああ」
 窄まりに亀頭がめり込み圧迫感に喘ぎ声が出てしまう。落ち着く間もなく葉山は腰を振り挿入してゆく。体温のある肉の感覚が生々しく雁や竿の形がリアルに感じられる。
「はあ、ちょっときついな」
「あ、いやだ、葉山」
 比企谷が声を詰まらせ喘ぐと葉山が動きを止めて見下ろす。
「ごめん」
 辛そうな表情に真に案じるような声音。葉山が時折そんな顔を見せるから混乱するんだ。お前がわからない。比企谷は葉山を見上げる。
「だったら、もう止めろよ、はや」
言い終える前に突き上げられ比企谷は声を途切らせる。
「濡らし方が足りないからかな。中の感触がいつもより引っかかる感じで気持ちいいよ」
 先ほどの辛そうな表情を消した葉山はふっと笑みを浮かべて言う。
「葉山、てめえ」
「君のせいだよ。君のせいだ」
 葉山の声が冷たさを帯び、強く腰が進められ身体を揺さぶられる。こんな酷い奴がモテるとか世の中間違ってる。首筋を葉山の温かい唇と舌が辿ってゆく。鎖骨を優しく食む。唇の触れる感触は優しいのに身を穿つ動きは容赦ない。葉山と体毛と袋が臀部に触れ、屹立が根元まで挿入されたとわかる。身の奥深くまで感じる脈打つ葉山の身体。
「近づかない方がいいなんてわかってる。俺が俺らしくあるために。君が君らしくあるために。君はいつも正しいよ」
 体内を抉り圧迫する葉山の一部が引き抜かれ強く打ち付けられる。
「はあっ、あ」
 衝撃に押さえきれない声が出てしまう。
「でも痛くても苦しくても俺は君の中に踏み込みたい。触れ合いたい。傷つけあっても構わない」
 葉山は動きを止めて頭の両側に手をつき比企谷を見下ろす。
「いつまで俺を見ていてくれるのかな君は」
 葉山が顔を近づけて呟く。唇が触れる。
「ここまでしてそれでも目を逸らすなら、俺はどうなるかわからないよ」
 葉山は泣きそうにすら見える笑みを浮かべる。覆い被さって首元に顔を埋める。葉山に奥深く押し付けられる体温と注がれる体液。心臓の鼓動はひとつの身体であるように同じリズムで脈うつ。
 空を仰ぐと深く海の底のような青が目に映る。空の青は光の波長を人の目が青と判断して映すだけだ。本当の空に広がるのは真っ暗な宇宙の深淵。じっと見ていると吸い込まれそうな青に溺れそうな錯覚を起こす。恐ろしくなるのに目を逸らせない。縋り付くものを求めて腕を彷徨わせる。目の前の葉山の肉体に腕を回してきつくしがみつく。
 深淵の向こうから見つめるものは、なんだっただろうか。

END