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唆しの月(全年齢バージョン)

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「二人揃うなんて面白いね」
 陽乃はにっこり笑って言う。
「偶然ですよ」
 負けずに葉山も微笑んで言う。
「全くだ。なんでたまに外に出たらよりによってこいつに会うんだか」
 比企谷は不機嫌を隠さずぶつくさと呟く。
「偶然会っちゃうなんて縁があるんじゃないの?」
 なんでこうなるかなと比企谷は苦々しく思う。
 春休みに比企谷は珍しく町に出かけた。一日中家でごろごろしているのでたまには外に出たらと小町に家を追い出されたわけだ。だが、たまたまコーヒーショップの前で葉山に出くわした。にこやかに笑いかける葉山を見て比企谷は眉根を寄せて踵を返す。葉山は背を向けかける自分の後姿に呼び掛けようとして躊躇していたようだった。そこを陽乃に見つけられた。いや、見つけられたから躊躇したのだろう。葉山を見て意味深な笑みを浮かべると陽乃は比企谷を呼び止めた。そうして二人ともコーヒーショップに引きずられ、陽乃と相席させられたのだ。
 正面に並ぶ葉山と比企谷の前で陽乃が艶やかに微笑んでいる。優雅に珈琲を口元に運び、比企谷を見つめて陽乃は言う。
「比企谷くんはさっき隼人がどんな顔して君を見てたか知らないでしょう」
「陽乃さん」
 葉山が話を遮ろうとする。
「そりゃ後ろは見えないし。見えなきゃ別にいいです」
 比企谷は言う。
「ふうん。気にならないんだ。全然」
 比企谷の答えに陽乃は葉山を見ながら相槌をうつ。葉山は比企谷を見つめてから視線を膝に落とす。
「君は好きだって言われたことないんでしょう」
「ないですよ。ぼっちですから」
「君は好きだって言われたらその相手を好きになっちゃうかもね。全然好きじゃなくても。意識されることで意識しちゃうんじゃない。それが女の子でも」
 陽乃はちらっと葉山に目を向ける。
「男の子でもね」
「幾ら何でもそんなことないですよ」
「君は甘く見てるよ。好意ってのは暴力なんだから。自分の方を向かせようとする強い思いが何も影響しないはずがないよ。ましてや免疫のない君なんか」
「俺に好意なんか、そんな期待しないですから」
「謙遜かな?それとも自惚れかな?君を変えようとする力に絶対抗えると言うんだね。見てみたいな君が屈するところ」
 葉山に視線を向けて陽乃は悪戯っぽく笑う。
「そう思うよね。隼人」
 そう言って陽乃が軽やかな足取りで去る。比企谷も席を立とうとするが葉山が腕を掴んで引き止める。
「何だよ。もう」
「君は好きと言われたら好きになるのか」
「なわけねえじゃん。あの人は俺たちをからかってんだよ」
「例えば俺が」
 掴む腕に力が込められる。
「俺が君を好きだと言ったら、何度もそう言ったら、君は俺を好きになるのか」
 射抜くような葉山の眼差しに気押される。
「あるわけねえだろ。ましてやお前にとかありえねえわ」
 軽い調子で返すと葉山に真剣な表情で見つめられる。
「何故俺だとあり得ないんだ?」
「兎に角、あの人の言うことは全部嘘だ」
 腕を振り払うと逃げるように比企谷は立ち去る。コーヒーショップを出ると早足になり段々駆け足になる。歩道橋の側まで来ると立ち止まり、振り返って葉山が追ってきてないのを確認してほっと息をつく。
 俺と葉山の距離はこのくらいでいい。あいつの外面と中身がズレてるのはわかってる。リア充だと決めつけて色眼鏡で見ていたあの頃より、近づいたことでそれまで見えなかった部分も見えた。思っていたより嫌な奴で厄介で面倒な奴だ。けれども別の意味で思ってたよりずっといい奴なのもわかってきた。俺が知らなかっただけなんだ。けれども近づき過ぎると傷つけられるような気がする。あいつは無自覚かも知れないが、俺には確信がある。あいつは俺を傷つけようとしている。

 新学期早々にいろはすに生徒会の仕事の手伝いを頼まれ、比企谷は大量の生徒会の資料を資料室に運ぶ。校庭の桜は満開を過ぎて花弁が風に乗って窓から入り込み廊下に散らばる。一気に運ぼうとしたせいで足元が見えない。転びそうになったところを後ろから誰かの腕に支えられる。礼を口にして振り向くと背後に葉山がいる。舌打ちすると葉山は苦笑して勝手に比企谷の手から資料を半分奪う。
いろはすは生徒会が忙しいみたいだね。なんとかマネージャーと両立させてるけど。無理しなくていいと言ってるんだけどね」
「気になるならお前が手伝ってやればいいだろ」
「頼まれもしないのにそんなこと言えば好意を持ってると誤解させるかもしれない。君も知ってるだろう。また悲しませたくないしね」
「今頼んでねえのに手伝ってるじゃねえか。俺も誤解するかも知れないぞ」
「君なら誤解じゃないよ」
 葉山は比企谷を見つめて言う。空気が張り詰める。いたたまれない気分になる。比企谷は相手の腕から資料を奪おうとするが果たせない。
「それ、返せよ」
「君の頼みならいろはすを手伝ってもいいよ」
 葉山は言う。
「なんで俺がお前に頼むんだよ。お前が気になるならって思っただけだ」
 暴れたせいで比企谷の手から資料が数枚床に散らばる。
「ああ、もう、お前のせいで」
「悪かった」
 葉山は謝ると蹲って落ちた資料を拾い集める。
「俺が気になるのは君だよ。だから助けたいんだ」
「いらねえよ。無償の親切は他の奴にやってやれ」
「俺は何の見返りもなく手伝ったりしないよ」
 葉山は俯いたまま言う。
「俺に何か見返りを求めてるのか」
「そうかも知れない」
 葉山は立ち上がり資料を比企谷に差し出す。
「君は見返りをくれるのかい?」
 比企谷は葉山の手から資料を奪い取り早足で廊下を歩く。どんな見返りが欲しいのだと冗談ならそう聞いて流してしまえる。今はそんなことは聞けない。あいつの言葉は透明な刃だ。窓から見える樹々が揺れる。桜の花弁が風に舞う。

 奉仕部にプール掃除の手伝いの依頼がきた。例によって平塚先生からでプール開き間近だから急いで頼むという。炎天下の中かなり大仕事なので他にもメンバーを募ってもいいと言われる。よせというのに由比ヶ浜が葉山グループの面々に声をかけた。お陰でこの有様だ。
 空中に散布される飛沫が虹の橋を架ける。戸部たちはホースを振り回してあちこちに虹を作りモップでチャンバラをしている。はしゃぐ彼らの様子に比企谷は呆れる。びしょ濡れになってもこの暑さならすぐ服は乾くだろうけど。首筋に流れる汗を拭いながら比企谷はモップでプールの底を磨く。
「呼ばない方が早く済んだんじゃないかって顔だね」
 葉山が側に来て言う。
「あいつら小学生かよ」
「楽しくやった方がいいだろ」
「さっさと済ませて帰りたいんだ俺は、うわっ」
 そう言った瞬間背後からいきなり水をかけられて比企谷は転ぶ。
「ヒキタ二くん、ごめーん」
 戸部かよこの野郎。手をついて謝れこの野郎。比企谷は心の中で毒づく。
「大丈夫かい?」
 葉山は心配そうな顔をして比企谷を助け起こそうと手を差し出す。比企谷は葉山に手を伸ばそうとして止まり手を引っ込める。葉山がその様子に気付き訝しげな表情を浮かべて手を伸ばす。掴もうとする手を比企谷は振り払う。
「お前の手は借りない」
「何言ってるんだ」
「自分で立てるからいい」
 葉山は眉根を寄せると比企谷の手首を掴んで引っ張り起こす。比企谷は葉山と目を合わさずその場を離れる。
 あらかた掃除してあとは後片付けだけになる。先に帰ってくれと言い残して比企谷は道具を持って用具室に向かう。すぐに戻ると彼らに会うかも知れない。気まずいし面倒だ。片付けついでに中を整理していると背後から葉山に声をかけられる。
「大変そうだね。手伝うよ」
「いらねえよ。お前なんで来んだよ。意味ねえじゃねえか」
「君がそのつもりじゃないかと思ったからだよ」
 葉山は悪戯っぼく微笑んで片付けを手伝い始める。このまま自分が帰るまでいるつもりだろうか。どう切り抜ければいいんだ。
「何で俺の手を掴まなかったんだ」
 突然葉山は言う。
「別に、自分で立てるし」
「はじめは手を伸ばしたじゃないか」
「条件反射というか間違えたんだ」
「間違えてないだろ。君は何でそう思うんだ」
 葉山の物言いに苛々する。何も間違えたりしてないはずだ。混乱させられる。正面に立つ葉山を避けようとして腕を掴まれる。もぎ離そうとするとその腕も掴まれ両腕を拘束される。
「条件反射で手を伸ばしたんだろ。なら俺の手を取るのは君には自然なことなんだよ」
「間違えたって言っただろ」
「君にああやって手を伸ばして欲しいんだ、俺は」
 葉山に掴まれた腕が熱い。見下ろしてくる瞳に戸惑う自分の顔が映っている。俺はなんて表情でこいつを見ているんだ。
「比企谷、俺は」
 葉山から顔を逸らし動揺を隠して比企谷は声を絞り出す。
「帰れよ。これは俺の仕事だ。お前は手を出すな」

 昼休みにいつものコーヒーを買おうと渡り廊下を歩いていると、向日葵の花が咲く花壇の向こうで葉山と由比ヶ浜が話しているのに気づく。比企谷は立ち止まり2人の深刻そうな様子につい隠れてしまう。向日葵で隠れているせいか気づかれてないようだ。
「言えないよ好きなんて。言えばきっと終わっちゃう。怖くて言えない」
 比企谷はどきりとする。由比浜が誰のことを言っているのかわからないが、このまま聞いてるとまずいよな。引き返すか駆け抜けるかどうするか考えて固まる。
「あ、例えばの話だよ」
 例えばの話かとほっとする。とはいえ立ち聞きは良くないしと来た道を戻りかける。想いよりも大切にしたいものは自分にもわかる。
「俺は壊したいよ」
 葉山の言葉に立ち去りかけた足が止まる。
「今の状態は俺には全然望む形じゃないんだ。こんな形しかないなんてストレスが溜まるよ。俺はもっと」
 そこまで言いかけて葉山が言葉を噤む。
「心が悲鳴を上げているのに自覚しようともしない。手を差し伸べようとしても振り払われる。その悲鳴はずっと聞こえているのに。手を伸ばしたいのに。もう聞こえてるのがどっちの悲鳴だかわからないんだ」葉山は俯く。「いっそめちゃくちゃにしてしまえばいい思う時もある。どうすればいいんだろうね」
 由比ヶ浜が心配そうに葉山を見つめている。
「例えばの話だよ」そう言い葉山は笑う。「そろそろ戻ったほうがいいよ。俺もすぐ行くから」
 由比浜の去った後、葉山がため息をつき呟くのが聞こえる。
「結衣、ごめん」
 比企谷は急ぎ足で立ち去る。足音に気付かれてなければいいが。葉山の口から出た物騒な言葉は多分聞いてはいけないものだ。

「友達にはなれなかっただろうね」
 あいつはそう言った。
 比企谷は渡り廊下を避けて別の道を通り自販機に辿り着く。硬貨を投入しながら千葉村での葉山の言葉を思い出す。内心そう思っていたとしても本人を前にしてそんなこと言うような奴だとは思ってなかった。しかも人当たりの良さではナンバー1の奴にだ。そう言ったくせに、それからもやたらと近寄るのは何故なのか。パーソナルスペースに勝手に入ってきては居座ろうとするのは何故なのか。あいつの言葉とはちぐはぐな行動に掻き乱された。 
 林間学校ではあいつに頼った。文化祭では多分頼ったんじゃなく利用した。あいつが気づかないわけはないけれど構わない。誰も傷つかない完全世界の完成のはずだった。あいつはそれを台無しにした。結果じゃない。俺の中であの時あいつに台無しにされた。
 自販機側のいつもの場所に座ってコーヒーを飲む。
「ここ、いいか」
 いつの間に来たのか葉山が背後から声をかけてくる。
「良くない」
 そう言うのに葉山は勝手に隣に座る。
「お優しい人の葉山くんは良くないって言うのに聞いてくんないのか」
「優しい人なんて思ってないだろ、君は」
 葉山は苦笑する。
「そんなこともないぞ。多少は」
「俺は皆に期待されるいい人間になりたいよ。でもまだ今は違うけど」
 葉山は遠くを見つめて言う。
「そんな外側を目指せばいずれ内面も追いつくと思ってる」
「ふうん。お前が望み通りそうなって益々人気者になっても俺には関係ないね」
「君はそんな風に言うんだな」
「そりゃそうだろう。お前はお前だし」
 少し迷って言葉を続ける。
「悲鳴なんてねえよ。幻聴だろう」
「聞いてたのか」
「悪いな。聞くつもりじゃなかったけど。誰のことかとは聞かねえよ」
「君のことだ。わかってるくせに」
 葉山は比企谷の肩を掴み自分の方を向かせる。
「俺は君にも優しくしたいと思ってるんだ」
「そんなこと思ってんのかよ。ならお前ただの嫌な奴だな」
「君は俺が君に優しくすることすら許さないのか」
「優しくってお前のは違うだろ。見下してるってことだろ」
「君が好きだからだ。そんなこともわからないのか」
「お前がそうしたいってことか」
「そうだよ」
「人にしたいことって自分がしてほしいことなんだったよな、葉山」
「そうだよ」葉山は比企谷を切なげに見つめて言う。「君に優しくしてほしいんだ、俺は」
「優しくしてやろうか?」
 そう言って葉山を見ると惚けたような表情で絶句している。そうだろうよと可笑しくなる。
「ああ、悪かった。人によるよな。やっぱり俺はねえよな。似合わねえし」
「君は残酷だな」葉山の声が少し震えている。「優しくする気なんか全然ないくせにそんなこと言うんだ」
 怒らせたのだろうか。なんでこんなことで怒るんだ。比企谷は内心の動揺を隠して言う。「俺達はそんな仲じゃないだろ」
 葉山は比企谷から視線を逸らし俯く。
「君が嫌いだ」
 以前葉山が比企谷に放った言葉。また言うのかと少し驚く。
「いい人を目指すくせにそんなこと言っていいのかよ」
 葉山は薄く笑う。
「ちょっとは傷ついたかい?俺はこんなこと言いたくない。でも君にはこんな言葉しか刺さらないんだな」
 挑発して反応を見ているのか。何なんだこいつは。
「お前と話すと不愉快になる」
 比企谷は苛立ってそう言いながら腰を上げる。
「そんな難しいことを望んでるわけじゃない。君を知りたいし俺を知ってほしいだけだ」 立ち去る比企谷の背に向かって葉山が言葉を投げかける。
 比企谷は歩みを早めながら思い出す。文化祭の日に屋上で壁に叩きつけられた背中の痛み。あいつの辛そうな眼差し。瞳に映る自分の顔よりずっと傷ついてみえた。そんなものを見るまでわからなかった。幼い頃なら心をざわつかせるような者とは友達にはなれない。気持ちの処理が出来ないからだ。だからといってざわめきが収まるわけじゃない。俺たちはもうその正体がわからないほど幼い子供じゃない。
 マラソン大会の時にあいつが言った「君が嫌いだ」という言葉。あいつは本当にそう思っていたらそんなことは言わない奴なのだと知っている。俺はあいつが理数クラスを選ぶ道を示したつもりで塞いでしまった。理数を選んで違うクラスになったとしても仲間は離れないとあいつは知っていた。ならば迷っていたのは彼らのことではなかったのだ。クラスが違ってリセットするのは俺だけだ。あいつが言ったように。俺は間違いなくリセットするだろう。同じクラスでなければ接点はない。俺がそう言うことであいつはそれに気づいてしまったんだ。あいつは言った。「君の言う通りにはしない」と。
 嫌いだという言葉通りの意味ならば楽だった。どうにもならない謎は謎のままでよかった。あいつと二人きりになるとろくなことがないんだ。大体ここは一人きりになれる場所だったのに、いつの間にか二人になる場所になってしまっている。
翌日から比企谷は自販機に行かなくなった。

 比企谷は思い起こす。風の強い冬の日の帰り道。
 あの時から俺はあいつとの距離の取り方がわからなくなった。それまで俺たちは自然だと思える距離を保っていたんだ。由比ヶ浜から聞いたのか、葉山が奉仕部に顔を出したあの日。用があると言い2人は既に帰っていた。自分も平塚先生に報告を終えて丁度帰ろうとするところだった。
「俺は君と繋がりを取り戻せたし、奉仕部も仲直りしたんだろ。結果オーライだな」
 教室には比企谷が一人だったからか開口一番葉山はそう言った。
「これっぽっちもお前の貢献はねえよ。お前との繋がりなんて元よりねえし」
 葉山は比企谷のやり方を真似たとか言って変な庇い方をして自分を怒らせただけ。結果は不器用なものだった。あれが望んだ結果だというなら誰が得をするというんだ。
「君を怒らせて本音を引き出したんだ。それ以上だよ」
 不愉快な思いで葉山を睨む。土足で俺の中に踏み込んだくせに何を言ってるんだ。それはお前の仕事じゃないだろう。人の心はなかなかわからない。自分に向かう人の気持ちは尚更わからない。ことに葉山は難解だ。対人スキルが低いかわりに人の心を外から論理で考えようとして、俺は俺なりに一生懸命なつもりなのだが。
 比企谷が席を立つと葉山もそのまま連れ立って歩き出す。こんな時に限って自転車登校じゃないなんてなんてタイミングが悪いんだ。帰り道を黙って一緒に歩く。話すことがないなと気まずく思っているといきなり葉山が喋り出す。
「悪かったと思ってるんだよ。捻くれて人を信じない期待しない、そんな君を否定したくせに。それなのに俺までが君を頼って傷つけた」
「別に傷ついてねえけど。ほんとに悪かったと思ってんのか?悪口が混じってるぞ」
葉山は比企谷の顔を見て笑い、ふいっと視線を逸らす。
「君が人に好きなんて言うとは思わなかった」
「俺でも嘘なら言えるもんだぜ」
「もうそんな嘘はつかないでほしい」
「ああ、まあ、そうだな。でもそんな機会はねえだろもう。お前はやめた方がいいぞ。後ろから刺されるかもな」
「俺はそんな嘘はつかない」葉山は強い調子で言い切りさらに続ける。「君は何もわかってない」
 比企谷は葉山に口調に少し気圧される。
「なんだよ。俺が何をわかってないってんだ」
「絶対頼みたくない相手に頼み込んでまで機会を作ったのはなんのためだと思うんだ。少しは考えてくれてもいいだろう」
 葉山は憤ったように言う。怒鳴りたいのを我慢しているかのような声に比企谷は面食らう。
「俺は君とあのまま疎遠になりたくなかったんだ」
 葉山は比企谷の方に顔を向けて見つめる。
「別に仲良しでもねえだろお前とは」
「いてほしい唯一の相手が側にいてはくれないのがどんなに辛いものか、君にはわからない」
 比企谷は驚き言い返そうとして言葉を探すが見つからない。葉山は比企谷に笑いかけて続ける。
「側にいたいんだ」
 葉山は歩みを止め、比企谷も立ち止まる。
「本当に人を好きになったことがない、君も俺もとあの時言っただろ」
「お前と俺を一緒にするなよ。全然違うだろモテ男とは」
 比企谷は顔を逸らす。ダブルデートを仕掛け無理やり連れ出したのも元はそれを伝えるのが目的だったようにあの時は思っていた。
「俺はわかってなかったんだ。思い込みは好きとは違うだろ」
 比企谷は言う。虚像に勝手に期待していたのが昔の自分だ。
「俺は今ならわかるよ」
 いつになく低い声に比企谷はその顔を振り見る。葉山は比企谷を眩しげに見つめて言う。突風が木の葉を巻き上げる。樹々がざわめく。
「好きなんだ、君が」
 比企谷は唾を飲み込む。真っ直ぐに比企谷を見つめて紡がれる葉山の言葉は透明な刃だった。見えない刃が俺を切り裂く。裂けた傷口から血が流れる。
あれからずっと俺の中の何かを切り裂かれ続けているんだ。

 教室で顔を会わすことはあれど葉山と2人きりになる機会はなく、穏やかに数日経った。夕刻の影が長く伸びる帰り道。比企谷は校門の前で背後から葉山に呼び止められる。
「待ってたんだよ。君に渡したいものがあるんだ。家に来てほしいんだけどいいか?」
「明日じゃダメなのか?」
「どうしても今日じゃないとまずいんだ。頼むよ」
 そう言われると行かないわけにもいかない。葉山と由比ヶ浜の会話を立ち聞きしたあの時の会話でのばつの悪さもある。彼の家に向かうことを承諾する。途中でファーストフードに立ち寄ると葉山は夕食なんだといいながらバーガーのセットを購入する。
「今日は両親は仕事で帰らないんだ」
 そう言いながら葉山は比企谷の分のバーガーセットも頼む。
「なんで俺のまで」
「わざわざ来てくれたお礼だよ。食べてくれよ」
 小町に言って夕飯は少なめにしてもらおう。そう思いながら一緒に食べる。
受け取ったらすぐ帰るつもりだったが家に着くと上がるように言われる。背後で家の内鍵を締める音がする。比企谷は用心深いことだなと思うが特に気には止めない。
「なあ比企谷」
 廊下を歩きながら葉山が言う。
「なんだ」
「助けあい頼りあい、好意を示され好意を返すそんな関係がいいと思わないか」
「お前は陽乃さんの言ってた出鱈目に惑わされ過ぎだな」
 比企谷は言う。
「利用し合う、じゃないのか」
「君はなんでそういう考え方しかできないんだ」
「人の心なんかわからないぜ」
「知ろうとしないだけだろう」
「俺にそんなことを言うお前の気持ちは尚更わからないけどな」
「君は人の心を身の内に感じるのが怖いんじゃないのか」
 葉山は更に続ける。
「陽乃さんの言葉に惑わされてるのは君の方だろう」
 比企谷は答えに詰まり黙り込む。言い合いをしにきたわけじゃないのになんでこうなるんだろう。
「ここが俺の部屋だよ」
 葉山の部屋に入ると突然背中を押される。腕を押さえつけられ背中に人の重みを感じて比企谷はベッドに押し倒されたと気づく。腕を縫い付けられ組み伏せられ身動きが取れない。びっくりして背後の葉山に問う。
「葉山?なんだよお前」
 腕と足を絡め取られ押さえつけられる。振り向き見上げると葉山の射るような視線とぶつかる。
「騙すようなことをしてすまないな」
「騙すって、何をだ?なんでだ?」
「比企谷、君がどう思おうと俺は変えたいんだ。」
 見下ろす葉山の瞳は怖いくらい澄んで鈍く光っている。竦んで動けなくなる。
「壊したいんだ。俺と君の今の状態を」

開けた口を葉山の唇が塞ぎ音のない悲鳴ごと呑み込まれる。浸入してきた舌が歯列をなぞり比企谷の舌を探り絡ませ執拗に口内を犯す。
 部屋を照らす青い光。窓から優美な細い月が見える。美しく弧を描いた月は陽乃の笑みに似て艶やかに輝き、自分達の交わりを見下ろして嗤う。

END