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醒めて見る夢(R18)

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 葉山がゆさっと腰を揺らした。反動で暫く口内で動かなかった陰茎が口内に侵入してくる。亀頭を咥えて舌先で舐めていたが、それだけでは足りないのか。律動するように奥に進められ、うっと喉の奥で声が漏れる。涙が眦に溜まる。
 放課後の多目的教室で比企谷は葉山の前に跪いて口淫していた。葉山は比企谷の頭を掴んで固定すると前後に腰を揺らす。先走りが出たのか。舌に仄かな潮の味がする。上目遣いに見上げて相手の表情を伺う。葉山は熱を帯びた瞳で見下ろしている。動きを止めると比企谷の頬を撫でる。
「苦しいかい?」行為に似合わない優しい口調で葉山は言う。「もういいよ」
 肉茎が口内から引き抜かれる。唾液で濡れたそれは生々しくそそり立っており、堪らず比企谷は目を背ける。葉山は膝をついて比企谷の頭を掴んで自分の方を向かせる。目を合わせて告げる。
「口じゃやはり物足りないだろ。下に入れるよ。その為に舐めてもらったんだからね」
 涼やかな声で告げる言葉の意味にどきりとする。葉山、と言葉を発する前に腕を捕まれて長机の上に仰向けに押し倒された。押さえつけられて動きを封じられる。下着ごとズボンを脱がされ、下半身を剥き出しにされる。上履きがことりと床に転がった。靴下だけを履いたまま膝を曲げて開脚させられ、葉山の目の前にすべて晒される。
「入れるよ。いいね」
 葉山は手を添えて後孔に屹立を押し当てる。さっき自分の口内を蹂躙していたものだ。形を思い出して戦慄し、ひくっと喉が鳴る。
「怖い?」と葉山は問う。
 睨みつけると葉山は苦笑する。頬を優しい手つきで撫でると「いくよ」と言い腰を前に進める。ずくっと弾力のある先端が、葉山の一部が押し込まれる。内に感じる葉山の体温。馴染む間もなくさらにぐっと強く突かれる。
「はあっ」
 鈍痛に貫かれて比企谷は掠れた喘ぎ声を上げる。曲げた脚を抑え込まれ太い先端と括れが挿れられる、続いて竿が内壁を擦りつつめりめりと隙間を押し拡げてゆく。揺さぶられるほどに体温を持つ肉茎が身体に沈められてゆく。繋げた部分を眺めていた葉山は顔を上げて微笑する。端正な相貌に欲情に濡れた雄の瞳。
―葉山なのに別人のようだ。
 見てられなくなって比企谷は目を瞑り顔を背ける。葉山は比企谷のシャツのボタンを外してゆく。タンクトップをたくし上げて乳首を押し潰すように撫でて摘む。乳首に感じる違和感に、葉山の指の感触に堪らず目を開ける。葉山自身は衣服を乱すことなく、ズボンの前だけを寛げているだけ。陰嚢は下着の中に収めたままに、ただ陰茎だけを出して比企谷に挿入している。自分は半裸で靴下も履いたままで、なんてみっともない恰好なんだろう。葉山は次第に息遣いを荒くさせながら、腰を振り続けて比企谷を揺さぶる。葉山の動きに宙に浮いた足が揺れる。長机の脚が軋む。感じるところをこりこりと亀頭が掠める。何度も繋げられて植えつけられた。知ることもないはずだった体内の性感帯。
「あ、う、」抑えられず声が漏れてしまい、唇を噛んで必死で押し殺す。
「比企谷、唇に傷がつくよ。誰もいないから声を出してもいい」
 優しげな口調が忌々しい。
「誰のせいだと思ってるんだ」
 睨みつけると葉山は薄く笑う。
「痛いのかい?比企谷」
「痛えよ、お前の突っ込まれてんだぜ。畜生」
「それだけかい。さっきみたいな君の声、聞かせてくれないか」
 葉山は囁き、艶めいた色気を振りまきながら容赦なく律動する。感じたところを今度は抉るように擦られる。
「や、やめ、葉山」
「これが本当のセックスだよ、比企谷。何度でも君に教えてやるよ」
 葉山は言う。自分では手の届かない体内の奥。そこを激しく行き来する葉山の肉体の一部。押し広げては引き抜く動きを腰が追いかける。
「気持ちいいよ、比企谷。俺を求めてきゅっと締めてくる。君の中は狭くて熱いね」
「くそったれ」
 悪態をついても目の前の男は悪びれもせず嬉しそうに微笑んでいる。葉山は根元まで身を沈めると引き抜きまた埋めこんでゆく。リズミカルに脈打つものに穿たれながら思う。いつ醒めるんだろうか。いつ。葉山は眉を寄せて問う。
「上の空だな。何を考えてるんだい、比企谷」
「夢なら、良かったのに」
 葉山は顔を顰める。
「夢ならこんな酷いやりかたしないよな、俺は」
 葉山は性器を引き抜いてゆく。太い部分が体内から出てゆき、内臓を押し上げていた圧迫感から解放されて比企谷は深く息を吐いた。ちゃりっと聞こえるベルトの音。終わりなのか。やっと解放されるのか。だが比企谷がほっとする間もなく、脚を大きく開かされ再び強く突き上げられる。
「はあ、う、葉山」
「夢なんかにするわけないだろ」
 一気に侵入される衝撃に比企谷は仰け反る。陰茎がさっきよりずっと奥まで穿ってくる。叫んでしまいそうになり必死で声を殺す。
「いや、は、はや、ま。なんで、お前」
「もっと呼べよ、俺の名を」
 葉山はズボンを穿いていたのではなく、脱いでいたのか。もっと深く俺の中に挿れるために。葉山は比企谷の腰を逃がさないように掴んで激しく肌を打ち付ける。挿入されるたび肌に陰嚢がぶつかってくる。知らなかった身体の隙間をこじ開けて葉山が容赦なく性器を沈めてゆく。
「夢ならこんな実感はないだろう」
 葉山は身体を倒して屈みこむと乳首を口に含んで舐めて甘噛みする。さらりと胸に葉山の髪が触れる。首筋をキスで辿り唇を重ねてくる。柔らかい唇。比企谷は唇を固く噛み締める。ぐっと葉山が腰を回すように揺する。衝撃に比企谷は悲鳴を上げる。開いた唇の隙間から葉山の舌が侵入して深く犯してゆく。口内と後孔の両方を同時に葉山に荒らされる。どくりと体内の存在が震えた。一際強く打ち付けられ繋がった部分が押し付けられる。
「…うっ、ん」
葉山は低く獣じみた声で呻き、そのままぐったりと覆い被さる。筋肉質な脱力した身体はずしりと重たい。こいつ、中で果てたんだ。耳元に感じる葉山の荒い息遣い。
「酷くしたくないんだ、俺は」吐息の中に葉山は言葉を紡ぐ。「でも君がそんなだから」
 朦朧とする意識の中で思う。これも夢に違いない。生々しい実感があるけど、きっと夢なんだ。
 早く、早く醒めてくれ。

 待ち合わせより早く着いてしまった。楽しみにしてたみてえじゃねえか。別にそういうわけじゃねえし。たまたま早くに目が醒めてしまったってだけだし。
 誰にするでもない言い訳を考えつつ、比企谷は目印に指定されたオブジェに所在なく背をもたせかけた。鳥のオブジェの前で待ち合わせようって言われたけど、これ、鳥か?羽というか三日月形というか、なんて形容していいかわからない現代彫刻のオブジェだ。でも他にはそれらしいものねえし。
 周りを見回してみたが、まだ葉山は来ていないようだ。葉山みたいなのはいっぱいいるけれど。自分と同じように待ち合わせしていても、男も女もお洒落したリア充ばっかりだ。
だからショッピングモールの前で待つなんて嫌だと言ったんだ。場違い感が半端ない。折角の休日だというのになぜ葉山なんかと出掛けなければならないんだ。夢見も悪かったし。このまま引き返してばっくれようか。
そう思った途端ポケットの携帯が鳴った。表示をみる。葉山からだ。しぶしぶ電話に出る。
「ばっくれようとなんて思ってないだろうな」
 心臓が跳ねる。比企谷の考えに気づいたかのようなタイミングだ。あいつ、エスパーかよ。
「お前だけでも行けるだろ」比企谷は言い返す。
「依頼されたのは君だろ。ちゃんと出てこいよ」
「はっはっ。あいにくだな。もう来てんだよ」
「君が?」
「ああ、周りに人いっぱいいるし、音聞こえるだろ」
「そうか」責める葉山の口調がおとなしくなった。「疑って悪かった。早かったんだな。急いで行くから待っててくれ」
 通話を切って比企谷は溜息を吐く。ちょっと溜飲が下がったけど、逃げそびれたな。

昨日生徒会の方から奉仕部に仕事の依頼があった。間近に迫った生徒会主催のイベントの手伝いだという。終盤でビンゴ大会を行う予定だそうで、そのための景品の買い出しを頼まれたのだ。そこで女子用の物は雪ノ下と由比ヶ浜が購入し、男子用の物は比企谷が購入することになってしまった。
「俺に普通の男子の喜ぶものなんかわかるわけねえ。アニメのDVDとか本とかしかわかんねえし。貰っても自分の趣味じゃなけりゃ嬉しくねえだろ。ゲームは高いしよ」比企谷はそう抗議したが、一色は「心配ないですよ、葉山先輩にも助っ人頼みましたから」と得意そうに言った。「葉山?なんであいつが出るんだよ」驚いて問い返したが「時間がないんですよ、お願いします」と上目遣いに頼まれては、それが手だとわかっていても首を縦に振るしかない。
 葉山とショッピングだとお。なんで俺が。
比企谷は内心一人じゃないことに安堵しつつ、慣れない相手とふたりきりで間が持つだろうかと頭を抱えた。

 待ち合わせ場所に人が増えてきた。一人一人待ち人を見つけては並んで歩いてゆく。まだ待っているなんて、フラれたんだろうと思われているようで落ち着かない。ここに来てからそんなに時間経ってないぞ。
「すまない、待たせたね」
 葉山がにこやかに微笑みながら走ってきた。姿を見てホッとしてしまう。そわそわしたりなんかして、まるでほんとにデートみたいじゃねえか。
「おかげで夢に見ちまったぜ」
「どんな夢を見たって言うんだ?」
「お前とデートした夢だぜ」
 ついデートなんて言っちまった。買い出しだろ。言い間違えたと思ったが冗談めかしてそのまま続ける。
「初デートが夢のお前ととか、どんだけ運がないんだ」
「そうなんだ。勝手に俺を夢に出演させるなよ」
「はあ?俺が見たくて見たわけじゃねえ」
 憤慨した比企谷の顔を見て葉山は吹き出す。
「いや、冗談だよ。君の夢に出るなんて光栄だよ。俺のことを考えてくれたってことだろ」
「何言ってんだよ。ちげえよ」
「とりあえず、中に入ろうか」
 ショッピングモールの通りに並ぶ服屋やグッズの店。カジュアルからフォーマルからキャラクターものから様々だ。ありすぎてどれがいいんだかわからねえ。まさか一軒一軒見てかなきゃいけないんじゃねえよな。目眩がしそうだ。当然買い物は葉山がリードすることになった。
「普通の奴って何貰って嬉しいんだ」
「そうだな、手頃なところならTシャツとか。趣味のいいのなら何枚あってもいいし」
「その趣味のいいって部分頼むわ」
 葉山の後についてカジュアルな服屋に入った。店頭の服を手に取り何気なく広げてみる。かっこよく英語の文章がデザインされている。
「こういうTシャツとか、どうだ」
 比企谷はTシャツを広げて身体に合わせる。
「比企谷、それは」
 葉山が言葉を濁す。まずいか。こういうのはダサいとか。
「ダメか、悪くねえデザインだと思ったんだが」
「デザインはいいけれど、英語の意味も考えたほうがいいよ」
「これ、どういう意味だ」
「I Belong to You。私はあなたのものって意味だよ」
「あ、あー。そりゃ男向きじゃねえな」
 少し焦って服を畳んで棚に戻す。男向けデザインのくせに、ちゃんと意味考えてプリントしてくれよな。葉山は愉快そうに微笑む。
「でも君には似合うよ。着て見せて欲しいな」
「やめろよ。やっぱお前に任せる」
「いや、二人で選ぼうよ。オレがチェックすればいいんだから」
「なにそれ、ウザい」
 いつもは入らないような店なだけに他愛もないものが物珍しい。色々店を巡るのも楽しくなってきた。比企谷は葉山と相談しつつ、Tシャツや身に着けるものを色々選んで買いこんでいった。
「面白グッズでもいいんじゃないか」
と葉山が言うので雑貨屋に入ってみた。ごちゃごちゃと並んだ品物の中、ふと猫の小さなペーパーウェイトに目が止まる。かまくらにそっくりだ。掌に載せて眺めていると葉山が手元を覗きこんだ。
「それ、欲しいのか」
「いやこんなの景品にしても喜ばれねえだろ」
 葉山はさっと比企谷の掌からペーパーウェイトを奪い、レジに向かう。
「おい、ダメだって。景品にならねえって言ったろ、そんなん」
「オレが買いたいんだ。構わないだろう」そう言って葉山は微笑む。
 店を出ると葉山はペーパーウェイトの入った袋を差し出した。戸惑っていると手元に押し付けてくる。
「は?何だ?」
「受け取ってくれないと困るよ。俺はいらないから」と葉山は屈託のない調子で言う。
比企谷は逡巡しながらも受け取る。どうすればいいんだ。俺も葉山になんかプレゼントすればいいのか。なんでここでプレゼント交換になるんだ。意味がわからねえ。比企谷は迷って口を開く。
「いくらだった」
「いいよ、プレゼントだし」
「お前から貰う理由がねえ」
「じゃあ、飲み物奢ってくれるかい。喉が渇いたよね」
 そうか、それが正解か。そう言われるといきなり喉の渇きに気づく。店巡りをするのに夢中になっていたから、何も飲み物を摂取してなかった。
「一休みしようか。静かでいい店があるんだ」葉山は言う。
 葉山についていって通りに面した珈琲店に入った。注文してセルフで席に運ぶ形式だ。比企谷はふたり分のコーヒーを注文して席に持ってゆく。葉山は座ってウインドウの外を眺めていた。
「ミルクと砂糖、一つずつで良かったか」
「ああ、ありがとう」
 コーヒーに砂糖を入れていると葉山がもの珍しそうに見てくる。
「君は3本も使うのかい。普通のコーヒーでもそんなに砂糖入れるのか」
「悪いかよ。脳みそには糖分が必要なんだ」
 甘ったるいコーヒーを飲んでほっと一息つく。葉山はまだ外を眺めていてコーヒーに手を付けようとしない。つられて比企谷もウインドウの外に目をやる。
おしゃれをしたカップルが幾人も通り過ぎる。リア充はこういうとこでショッピングしたり茶飲んだりしてんだろうな。水槽から外を眺める金魚はこんな気分なのかな。まあ、今日は俺もショッピングしてたわけだが。リア充じゃねえけどあの中に混じって。硝子一つだけで外の喧騒から隔てられてしまう。硝子の向こう側は別の世界だ。仄暗いこちら側はまるで海の底にいるようだ。
「水槽の中にいるみたいだね。それとも海の底かな」
外に目を向けたままで葉山は言う。どうやら同じことを思っていたらしい。
「そうだな」
 素直に返事をする。店内には落ち着いた静かなピアノのBGMが流れている。何処かで聞いたことある曲だな。ああ、なんて曲だったかな。
「好きだな」
「え、何だって、比企谷」
 弾かれたように葉山が顔をこちらに向ける。びっくりさせるようなこと言ったか?
「この曲。題名何だっけ」
「ああ。俺も聞いたことあるけど思い出せないな」葉山は微笑して言葉を続ける。「俺も好きだよ」
 珈琲を飲み干して比企谷は紙袋を確かめる。嵩張るからまとめたほうがいいかな。
「半分俺が引き取ろうか。明日学校に持っていけばいいだろ」
「ああ、いやそれは」
 言い終わる前に葉山は中身を2つの大きめの紙袋に手早く選り分け始める。手際よく分けてゆくので袋を押さえるくらいしか手伝えない。
「すまねえな、葉山。何から何まで」
「いいよ」
 分け終わって片方の紙袋を比企谷の方に寄せながら、葉山は口を開く。
「買い物、思ったより手間取るね」
「ああ、結構荷物も増えちまった。悪いな、時間食っちまって」
「それはいいんだよ。残りは明日にするかい。俺は暇だよ」
「2日もお前とお買い物とかねえわ。一気に済ませたいしな」
「そうか」葉山は目を伏せる。「ところで、君は自分で服を買ったりしないのか」
「親が適当に買ってきたのを着てるぜ。小町は母親と一緒に買いに行ったり自分で買ったりしてるけどな」
「そうか。俺は中学から服は自分で買ってるな。親は休日でも忙しいしね。昔から両親ともあまり家にいないから」
「へえ、そうなのか。小遣いを服に使うなんてもったいねえ」
「なあ、比企谷。こういうのいいな」
「まあな」
 危惧したような間の持たないという居づらさはなかった。今も居心地が悪くはない。こいつがこういうことに慣れているってことだろう。
「比企谷」
「なんだよ」
「俺とまたこんな風に過ごしてくれないか」
「はあ?休日にショッピングに付き合えっての」
「ああ。たまにはいいだろ」
「なに言い出すんだ、お前。断る。そりゃお前らリア充仲間ですることだろ」
「俺は君の言うようなリア充じゃない。わかってるくせに。どうしてだ。なぜ君とはダメなんだ。君も楽しかったんだろ」
「楽しくなくはないけど。ダメっつうか普通にねえだろ、お前ととか。お前は人に合わせるのがうまいから勘違いしそうになるけどさ」
 だが葉山とはそういう仲にはなり得ない。近く感じる時もあったけれど、それ以上に相容れない部分が大きいのだ。葉山だってそれはわかっているはずだ。
「俺が君を楽しませるために気を使ってたとでも?そんなわけないだろ」
「そりゃそうか、女の子相手じゃあるまいし。ねえか。でもな」
「君も俺と過ごして楽しかったってことだよ。ならいいじゃないか」
「買い物そんなに興味ねえし」
「別に買い物じゃなくていい。俺は君と過ごしたいだけだ。君だって嫌じゃないんだろ」
いつになく押しの強い葉山に戸惑う。なんでそんなに食らいついてくるんだ。
「それによ、葉山」
「それに、なんだよ」
「お前、俺が嫌いだって言っただろうが。それとも何か、今更あれは嘘だとでも言うのか」
「それは」
「嫌いな奴となんて、ありえねえだろ」比企谷は片方の口の端を上げて嘲笑う。
 葉山は返事に詰まったのか、それ以上言葉を発することなく目を伏せて黙りこんだ。嘘じゃないんだろ。お前の嫌い、は相容れないってことだ。お前はそう認めているんだから。比企谷は硝子窓を指でコツンと弾く。葉山が顔を上げる。
「今はたまたま同じ側にいるけどよ。本来お前は硝子の向こう側で俺はこっち側なんだ。そうだろ」
 葉山は俯く。コーヒーにミルクを入れて掻き回し始める。黒い珈琲の中に白い渦が巻く。
「君はいつもそうだ」葉山は暫くして口を開く。「ああ、俺は君が嫌いだ。君の在り方が心底嫌いだ」
 それきりまた葉山は黙ってしまう。空気が重くなった。いたたまれない。
「悪かった」葉山は寂しげに笑う。
「おお、仕事早く済ませちまおうぜ」
 その後の買い物は事務的にそそくさと終わらせ、等分に分けた荷物を下げて帰途についた。買い物の終わりにはいつも通りの穏やかな葉山に戻っていた。元通りだとほっとしていいのか。あいつに仮面をつけさせてしまったのかも知れない。でも理由もなく友達でもねえのにおかしいだろ。
 部屋に袋を置き、リラックスウェアに着替えて階下に降りる。台所では小町が夕飯の用意をしていた。味噌汁のいい匂いが漂っている。比企谷はリビングのソファに座り、袋からペーパーウェイトを取り出ししげしげと眺める。向かいのソファに寝そべるかまくらと比べてみる。やはり似てるな。あいつと行ったから見つけたんだよな。普通あんな店に俺が行くことはまずねえし、買わねえし。
確かにあいつはリア充じゃない。そう思っていたかったが違った。知りたくもなかったことだ。あいつは優等生を演じているんだろう。より高みを目指すために。だが期待された像を演じているうちに、それを実像と思ってしまいやしないだろうか。未だ何者でもない俺達が自分を偽っては、見失うのではないだろうか。いや、葉山は取り違えてはいない。それを自覚している。なら奴の歪さはどこから出るのだろう。自分の欲求がわからないのだろうか。人の期待に答えるのが自分の欲求だという。あいつは何も欲しがらない、そうであって欲しいという期待に答えたいという。理解しがたい。葉山は何を固執してたのだろう。つまらないことで人に介入してくるなんて。らしくない。
「かわいいー」
 小町が背後から声をかけてくる。
「お兄ちゃん買ったの?」
「違えよ。葉山に貰ったんだ。お前にやろうか?」
「うーん、いいよ。お兄ちゃんにくれたんでしょ。ならお兄ちゃんに使って欲しいんだと小町思うの」
「別にそんなことねえだろ」
「お兄ちゃんが買ってくれたんなら小町はありがたく貰うんだけどな」
「そうか。そのうちな」
「お揃いのはいらないよ。違うデザインがいいな」

 休み明けは億劫だ。身体が重い。両手も重い。
 登校した比企谷は教室に行かず、すぐに生徒会室に向かった。手には景品を入れた紙袋を下げている。葉山と分けたとはいえそれでも結構な量だ。自分の机の周りに置き場所はない。1限目が始まる前にさっさと置いてこなければ。
生徒会室の前に人影が立っているのが見えた。近づいていくうちにその人影が葉山だと気付いてしまい足取りが重くなる。
「遅いな比企谷」
「遅刻はしてねえ。ていうか、お前と待ち合わせたわけじゃねえだろ」
 葉山の横をすり抜けて生徒会室の戸を開ける。紙袋が机の上に置いてあるのが目に入る。葉山が持ってきたものだろう。その隣にもたせ掛けて置く。葉山はまだ教室に戻らず、部屋の中に入ってきて隣に歩み寄る。比企谷はちらっと彼を伺い、口を開きかけて迷う。
「お疲れ様」
「あ、ああ、昨日はどうも」
 屈託なく先に話しかけてくる葉山にほっとする。安堵する自分が忌々しい。いつもどおりの葉山を期待するなんて。あいつの周囲の奴らと同じじゃねえか。葉山が虚像であろうと実像であろうと俺には関係ねえことなのに。
「一昨日は悪かったな。休み潰しちまって」
「いや、そんなことないよ。楽しかったから」
「お前、別に気を使わなくていいぞ」
「社交辞令じゃないよ。俺は楽しみにしてたし。ほんとに楽しかったんだ」
「お前らってほんとお出かけ好きだな」 
「君と2人でデートする機会なんてなかったからね」
「ちょ、デートじゃねえし。まあよかった。変な感じで別れちまったし」
 葉山は笑うような困ったような曖昧な表情を浮かべる。
「俺は浮かれてたんだ。君が早くに来て待っててくれたから。君も楽しみにしてくれてるんだと思って」
「仕事に楽しいもねえだろ」
「ああ、でも俺は浮かれて欲張ってしまった。ごめん」
「ああいうのは欲張ったというのは違うだろ」
「欲だよ。俺にとっては」
 こいつが人の輪を作りたがるのは欲なのか。どう返事をしていいのかわからず、話題を変える。
「そういや猫のペーパーウェイトの礼言ってなかったな。その、どうも」
「いや、受け取ってくれて嬉しいよ。気に入ってたんだろ」葉山はにっこり笑う。
「いいと思っても別に買わねえよ」
 もう蟠りは残ってないようだ。こいつのことだから見せかけだけかも知れないが。いや、昨日はムキになってただけだろ。俺が誘いを断るくらい大したことじゃないよな。あいつが誘って断られることが珍しいだけだったんだろう。俺ととか、意味わかんねえしありえねえし。
「昨夜、俺も君とデートする夢を見たよ」
いきなり葉山は言い出す。朗らかな口調にどう返していいのか戸惑う。からかってるんだよな。
「はあ?報告いらねえよ」
「君もまた俺との夢、見れるといいね」
 そう囁くと葉山は生徒会室から出て行った。
比企谷は振り向いて葉山の去ったドアを見送る。
夢を見れるといいね。
首を左右に振って耳に纏いつく声を振り払う。あいつは何なんだ。

 彼とデートの約束をした。ここはショッピングモールだ。はっきりとこれは夢だとわかっている。待ち合わせに指定したオブジェの下で待っていると彼が歩いて来る。
「待たせたな」と言って彼は像を見上げる。「どこが鳥のオブジェなんだよ」
「これはブランクーシの「空間の鳥」というんだ。鳥に見えないかも知れないけれど。すらっと軽そうなフォルムだろう」
「今にも何処かに飛んで行ってしまいそうだな」
「うん、そうだね。だから鳥なんだろう」
 見ているうちにオブジェが台座からふわりと浮かび上がる。自由になった鳥はヒラヒラと上空を舞う。金の体を閃かせ空を舞う様は鳥にもみえ、魚が泳いでるようにもにみえる。独り孤独に空を飛び回る姿は、誰かを思わせて切なくなる。縋るように彼の腕を掴む。
「行こうぜ」振り向いて彼が言う。
 連れ立ってショッピングモールの方へ向かい歩き出す。隣を歩く彼の手を引き、そのまま手を繋いで指を絡ませる。気づいた彼がはにかんだように笑う。店の並ぶ通路を抜けると中庭に出る。ローマの神殿のような巨大な柱が並んでいる。大理石の石畳の通路を並んで歩く。ちょっとした野外イベント舞台だったはずが円形闘技場になりかわっている。夢は随分豪華仕様になっているな。沢山花の植えられていた花壇が姿を消してしまったようだけれど。
 石畳の広場を抜けた先に屋内に入る扉がある。通路は薄暗いものの間接照明に照らされて仄かに明るい。通路を抜けると開けた空間に出た。映画館のロビーだろうか。以前に彼と他校の生徒達と映画館に来たことがあった。
 Wデート紛いのあれは彼にとっては嫌な思い出かもしれない。彼女達は君をダシにしたけれどお互い様だ。俺は彼女達をダシにして君を誘ったのだから。俺にとっては僅かでも君の心を暴いた忘れられない思い出だ。本気で憤る君を見て俺は嬉しいと思った。俺の手で君を傷つけたことが。君は暫く口も聞いてくれなかったけれど。
 天井には丸い照明がいくつも吊るされてゆらゆらと揺れている。足元を見ると床を大きな影が横切っていく。大きな魚の影だ。影は悠然とロビーの端まで泳いでは戻ってきて回遊している。壁際に館内に入るドアがある。反対側は大階段になっていてその先には天井まである大きな窓がある。
 ドアの向こう側では何か映画を上映しているのだろうか。あの日の映画がかかっているのだろうか。でも夢の中でわざわざ映画を見ることもないだろう。ドアに向かう彼を止める。
「入らないのか?」
「いいよ。こっちの階段を登ってみようよ」
 君も俺にこうあって欲しいと期待しているところがあるかもしれない。期待、というのとは違うかもしれないが。思惑、だろうか。君は俺に何も求めてないだろうから。けれども俺は君のそんな期待にだけは答えたくないんだよ。
 彼の手を引いて階段を登る。足元に埋まった無数の光る石が仄かに足元を照らす。登った先は喫茶スペースになっている。グランドピアノやバーカウンターがある。他に人はいないようだ。窓際に近寄り外を見下ろす。さっきは昼間だったのに窓の外は夜だ。ビルに明かりが灯っている。上空は波打ってゆるりと大きく渦を巻いている。波紋が広がるように月も星も揺れている。水面に映った星空のように。
「海の底みたいだな」と彼は言う。
「そうだね」そう答えて彼と顔を見合わせる。
 身体を寄せて腕を組む。ピアノの音が聞こえてくる。弾いている人影は見えない。コーヒーショップで聞いたピアノの曲だ。ああ、思い出した。あの曲はショパンの「雨だれ」だ。静かに始まり途中から激しくなるメロディ。機会があれば彼に教えようか。ふと肩に温かい重みを感じる。彼が俺の肩に頭をもたせかけている。掌で頬を包みこちらを向かせる。彼が目を瞑る。顔を傾けてそっと唇を合わせる。触れる唇はしっとりと柔らかい。


 イベントは無事終了した。放課後に比企谷達奉仕部も打ち上げに参加することになっている。打ち上げはカラオケショップで行うことに決まった。
葉山も協力したということで呼ばれている。というか、打ち上げに葉山を呼ぶのが一色の目的だったんじゃないのか。疑いの眼差しを向けると一色はいたずらっぽく笑い返す。やっぱりか。別にいいけどよ。早く帰りたいんだけどな。比企谷はふうっと溜息を吐く。
 昨日は夢見が悪かった。よりによって葉山とキスする夢なんか見ちまうなんて。あいつの顔が近づいてなんかふわっと唇に触れた感触がして。キスなんかしたことねえから、あれでキスって言っていいのかどうかわかんねえけど。比企谷は隅の席に座り、女子は一色の周りにまとまって座った。
「比企谷、ここ、いいかな」
「え、あ、葉山?なんで」
 隣に座ってくる葉山にびくっとしてしまう。なんとなく葉山と顔を合わせにくい。あいつが余所見をしている隙にちらちらと唇を見てしまう。
皆が飲み物を手に取ったところで乾杯をする。一色以外普段は大人しそうな生徒会の奴らが珍しく賑やかで楽しげだ。スケジュールがきつかっただけにほっとしたのだろう。
カラオケの後は何故か王様ゲームになった。誰だよ、こんな危険なゲーム提案したの。どうせ一色だろ多分。籤を引いては出される無理難題に、皆戦々恐々としつつ大盛り上がりしている。
「1番と2番がキスしてくださーい」王様を引いた一色が言う。皆がどよめき引いた籤を裏返して確認している。
「1番と2番誰ですか。名乗りでてくださーい」一色が皆を見回す。「恩赦は出ませんよー」
どうしよう。比企谷はもう一度籤を裏返し、2番と書いてあるのを確認して戦慄する。誰とだよ、男はやだな。ていうか、女子だったら嫌がるよな。はっきり言われると傷つきそう。どっちでもやばい。
「お前さ、キスしたことあんの?」
 こっそり葉山に聞いてしまった。葉山は呆けたような顔をして、次に悪戯っぽく微笑する。
「君はさっきからずっと俺の口元を見ていたよな」
「そ、そんなことねえよ」
 気づかれていたのか。気付かれるほどじろじろ見ていたのだろうか。
「俺とキスする夢でも見た?」
「は?え、ちが、そんなわけねえ、違うって」比企谷は狼狽える。「籤がってだけで、別にその、そんな夢見るわけねえだろ」
「ほんとに見たのか。君は意外とこういうことには嘘がつけないんだな」
「だから、違うって言ってるだろ」
 ふっと笑って葉山は比企谷の手から籤を奪う。番号を見て、自分の番号を見せる。
1番だと?嘘だろ。
「俺と比企谷だ」
そう言って葉山はふたり分の籤を示した。どよめきの声が上がる。葉山はにこやかに笑い比企谷を振り向く。
 何がおかしいんだ。当たったお前とキスすることになってしまったんだぞ。生徒会の面々は面白がって騒いでいる。女子は呆れた顔をしながら興味津々という風情の視線を向ける。雪ノ下も由比ヶ浜も助け船を出してくれる様子はまるでない。三浦でもいれば止めてくれるだろうに。よりによってこんなタイミングで。夢での感触が頭を過る。
「するしかないようだよ、比企谷」
「嫌だ。絶対嫌だ」
 比企谷は首を振って長椅子に座ったまま後退る。葉山はにこやかに笑いながら迫ってくる。
「往生際が悪いな」
 葉山は怖気づく比企谷を壁際に追い詰める。囲い込まれて比企谷は力づくで長椅子に押し倒された。身を捩るが葉山に身体で押さえつけられ逃げられない。
顔が近づいてくる。顎を捕まれ唇を重ねられる。
 嘘だろ。頭が真っ白になる。柔らかく生温い湿った唇の感触。我に返り首を捩っても離してくれない。抗議しようとして口を開ける。すると、それを待っていたかのように葉山の舌が滑り込んでくる。動転して身体が硬直する。舌は比企谷の舌を探して這いまわり見つけて絡まる。ぬるりと熱くて柔く、だが凶暴な舌は比企谷の舌とすり合わせ、歯列を辿り口内を蹂躙する。皆からは葉山の背中しか見えないのか。こんな目に遭わされてるのになんで気づかないのだろうか。彼らは何が面白いのか囃し立てている。公衆の面前でこいつ何やってんだよ。頭の奥が痺れてじんと熱くなる。目の前が霞んでくる。
 漸く葉山は唇を離す。そっと比企谷の口元を覆い、悪戯っぽく微笑んで言う。
「ほんとにすると思った?」
「は?な、何言って」
 比企谷はせき込みながら声を発する。一色が憤慨した声音で言う。
「なんだ掌で蓋してたんだ。狡いですよ。キスっていっても、頬っぺたとかでいいんですから」
 え?そんなんでよかったの?
「でもほら、比企谷泣きそうだし」
「あれ?先輩、本当だ」
 言われて気づき目元に触れる。指先が濡れる。
「だらしないわね。未遂なのでしょう」雪ノ下が冷ややかに言う。
「ヒッキー大丈夫?」由比ヶ浜は心配そうに聞いてくる。
 いや、こいつガチでキスしたんだぞ。誰も気づいてないのかよ。いや、気づかれなくて良かったけど。葉山の指が比企谷の目元を拭う。何事もなかったかのような涼しい優等生面。腹が立ち、比企谷は葉山の手を振り払って睨みつける。
 こいつ、一体何考えてんだ。
 9時過ぎに打ち上げはお開きとなった。夜の帰り道は暗くて心配だからということで女子達を送る。生徒会の奴らとも別れて葉山とふたりきりになった。別れの言葉もそぞろに急いでその場を離れる。
 空には明るい満月がぽっかりと浮かんでいる。街灯の光が2つの影を細長く伸ばし、次の街灯の光が影を捕まえて短くし、影は反転してまた細長く伸びてゆく。光が影を捕まえようと手を伸ばしているようだ。逃れてもまた捕まるイタチごっこ。どこか心が落ち着かなくなる。背後から軽やかな足音が近づいてくる。葉山だろう。隣に並ばれたので小走りになる。だが早足で離れようとしても、その度に葉山は追いついてきて隣に並ぶ。追い越してくれと思いつつ足取りを遅くしても離れていかない。何食わぬ顔で夜空を見上げている。よく平気でいられるな。あんなことして気まずいと思わないのか。
「お前、何のつもりだよ」堪らず比企谷は尋ねる。
「何が」
「王様ゲームの時だ」
「ああ、キスのことかい。そんなにショックだったのかい」葉山はふっと笑う。「君を泣かせるのも悪くないね」
「お前、悪趣味だ」
「俺は君が嫌いだからね。嫌がらせだよ」
「やな奴」
「比企谷、俺がどうしてこんな嫌がらせをしたんだと思う」
「知ったことかよ」
「デートしたりキスしたり、君はどうしてそんな夢を見るのか、君は考えたことはあるのかい」
「そんなの、夢は夢だ。脳味噌がデタラメに記憶から断片を引き出して来るんだろ」
「情報は脳の前頭葉に一旦蓄えられるんだ。寝ている時に情報は前頭葉から記憶野に移される。その時に夢を見るとも言われてるね」
「そうかよ。だからなんだってんだ」
「とはいえ確定しているわけじゃない。何故夢を見るのかはまだわかってないことが多いよ。君は俺とキスしたことないのに夢に見たんだろ」
「だから、それは」
「見たんだろ。比企谷」
 もう見透かされているのだ。ならばと比企谷は開き直って言う。
「夢で見たからって、それがなんだよ」
「その情報は何処から来たんだろうね」
「知るかよ。もう夢の内容なんか忘れちまった」
「忘れてないだろう。たとえ忘れたとしても記憶野に蓄えられた情報は消えるわけじゃない。ただ、情報にアクセスする方法を失っただけなんだ」
 葉山の意味ありげな表情が落ち着かなくさせる。漸く別れ道にさしかかり、比企谷はほっとする。
「俺はこっちだから、じゃあな」
 葉山に背を向けて歩き始める。少し歩を進めたところで背後から呼びかけられる。
「比企谷」
 立ち止まるつもりはない。さっさと離れたい。
「今日も俺とキスする夢を見るといいね」
 その言葉に振り向く。葉山は立ち止まったまま、まだこちらを見ている。先ほどまでの穏やかさはなく俺を責めるような表情で。あいつが笑顔の下に隠していた表情だ。いたたまれなくなり足取りを早めて急いで離れる。まだ背中に感じる葉山の視線から逃れようと。
 葉山が言った通りにその夜も奴とキスをする夢を見た。だが昨日の夢とは違った。触れるだけじゃない。カラオケショップでされたようなディープキスだ。組み伏せられて身体は動かせず、なすがままに深く口付けられる。口内を生々しく這いまわる熱い舌は生き物のようで。舌を絡め取られて蹂躙され、そのまま内側から食われてしまいそうだった。

 夜道を歩いて彼を家まで送る。アスファルトが硝子の粉を撒いたようにキラキラと光っている。星空を映したとったようだ。空に浮かぶ月が抱えられそうなほど近くに見える。
「月が綺麗だね」彼に言う。
「ああ本当に。月が」
 彼はそこで言葉を切り、俺の方を振り向く。月が綺麗だと、それが意味するところを考えているんだろう。彼はそれがIlove youの和訳だと知っているだろうか。彼は笑って答える。
「英訳するとIlove youなんだよな。漱石だっけ」
「そうだよ。返答として二葉亭四迷の死んでもいい、がセットになることがあるね。こっちはロシア語の私はあなたのもの、の和訳だよ」
「月が綺麗ですね、に死んでもいい、が返事かよ。合わねえ。好きだって言うのに回りくどいことだよな」
「ああ。 とても言えないからね。日本人はシャイなんだ」
「お前でもそうなのか」
「ああ。怖くて言えないよ」
現実では月が綺麗だとすら言えない。どうして告白できる。
「I Belong to You。和訳してみろよ」
「ああ、私はあなたのもの、だ。俺が君に教えた言葉だろう」
そんな風に返してくれるなんて、とても思えない。
あの時、珈琲店で「好きだ」と言った君の言葉に鼓動が止まりそうになった。違う意味だとわかっていても。君も俺と同じように思ってくれているのだと一瞬思いこんだ。言葉は毒だ。内側から身体を蝕んてゆく。
ゆっくり歩いていたのに、いつの間にか彼の家に到着していた。
「上がっていけよ。今家に誰もいないから」
 彼は言う。そっぽを向いた彼の首が赤くなっている。照れて赤面しているんだろう。現実なら彼がそんなことを言うなんてあり得ない。夢だから都合いいな。でも夢の中でくらいいいだろ。迷うことなく彼に続いて家に入る。戸を開けるとすぐに彼の部屋だ。いつの間にか足元から靴がなくなっているので、そのまま足を踏み入れる。
 ベッドに学習机にクローゼット、その側に全身が映る姿見がある。俺の部屋みたいだな。彼の家に来たことはないし、部屋を見たこともないからイメージが曖昧だ。本当は違うんだろうな。見覚えのある猫のぺーパーウェイトが机の上に置いてある。彼も使ってくれてるだろうか。
 前に立つ彼の首元に触れる。ほっそりした首の滑らかな皮膚の感触。彼は振り返りつつ照れて真っ赤になった顔を上げる。顔を寄せてそっとキスをする。離してまたキスをする。今度は深く舌を互いに絡ませる。腰を抱いてゆっくりとベッドに押し倒す。脇腹を愛撫して背中に腕を回し、きつく抱きしめる。


 誰かと性交する夢を見た。のしかかる重い身体。熱い体温。鍛えられた硬い筋肉の感触。誰だ。背に回される腕。肌を撫でる掌、肩甲骨の窪みを辿る指先。脚を開かされ剥き出しの局部の肌が触れ合う。膨らみかけた互いのものをこすり合わせる。小さく声を上げてしまう。男が顔を上げる。小麦色の髪に優しげな、けれども射るような眼差し。こいつ、葉山なのか。
 認識した瞬間に目を醒ました。見覚えのある天井が見えてほっとする。身体は汗びっしょりだ。肌にまとわりつく寝間着が鬱陶しい。セックスしたことなんてない。だから夢でももやっとしていた。肌の触れ合う温かい感触だけだ。実感があったわけじゃない。あんなのは違うだろ。でもとても、何かを喉元に突きつけられたようで。比企谷はぶんぶんと首を振る。階下に降りると寝間着を脱いで洗濯機に放り込む。大体男なのに組み伏せられるとかねえわ。相手が葉山じゃ下になるのはしょうがねえけど。てか、しょうがねえってなんだ。
 家を出て自転車に跨り腕時計を見る。登校時間には少し遅れるかも知れない。自転車を漕ぐ足を早める。涼しい風が汗ばんだ身体を乾かしてゆく。肌にまとわりつく幻の温もり。夢の記憶も風で飛んでいけばいい。
 教室では朝から気まずくて葉山の顔が見れない。不自然な行動を責めるような葉山の視線が痛い。中休みになり葉山が席に近づいてきた。視線を逸らす比企谷に葉山は眉根を寄せて問う。
「今日は随分よそよそしいね」
「いつもどおりだろ。別にお前と仲良くねえし」
「そうかな。俺は君とかなり近くなってきてるつもりだったけど」
「どこがだよ。お前の勘違いだ」
「そうか」葉山は言う。「ところで、忘れてないだろうな。今日俺の家に来るんだろ」
「え?そうだったっけ?なんの用事だった」
「俺が預かってるこの前の生徒会のイベントの景品の残りを渡すためだよ」
 そういえばカラオケショップに景品の残りを入れた袋があった。帰りにはなかったから誰かが持って帰ったと思っていた。葉山だったのか。
「俺がなんでそんなこと、学校に持って来ればいいだろ」
「君が取りに来るって約束しただろう」
 そんなこと言ったのか?キスの後は記憶が朧げになってしまった、その後打ち上げで何をしていたのか、何を言ったのか殆ど覚えてない。夢の中の約束のようだ。
「どうしてもか」
「ああ、約束しただろう」
 今朝の夢が頭から離れてくれない。こんな時にあいつの家に行くのか。胸がざわつく。
 放課後になり、校門の前で待っていた葉山と合流して家まで自転車を押してゆく。玄関に到着したものの躊躇していると強く手を引かれる。「玄関で待ってるから持ってきてくれ」と言ってみたが、葉山に全く聞いてくれる様子はない。「さっさと上がれよ」と言われ渋々部屋に上がる。
 白を基調にした整理された部屋机とベッドとクローゼット。夢で見た葉山の部屋もこんな感じだったような。違うのはベッドの向かいにある姿見くらいか。
「部屋に全身映る鏡なんて置いてるのか。お洒落な奴は違うな」
「そうかな。普通だろ」
「うちには大きな鏡なんて洗面所と母親の部屋くらいにしかねえよ」
 葉山はベッドを背にして膝を立てて座った。しょうがなく比企谷も隣に胡座をかいて座る。
「昨晩はどんな夢を見たんだい」
 葉山に聞かれてどきりとする。まるで知っているかのような口調だ。動揺が声に出てしまいそうで答えられない。葉山はにっこり笑って続ける。
「夢の意味を考えたことはないか」
「またその話か」
フロイトの説なら夢は抑圧された欲望、ユングの説だと深層意識の現れだ。君の夢の意味はなんだろうね」
「くだらねえ。意味なんて考えてもしょうがねえだろ」
「夢に出てくる相手は自分を想っていると言うよね」
「迷信だろ」
「話を変えようか」葉山は言う。「明晰夢って知ってるかい」
「聞いたことはあるけど、よく知らねえよ」
「夢の中で夢を夢だと認識して夢をコントロールすることだ。それができれば自分の思い通りの夢を見ることが出来るんだよ」
「それが俺に何の関係があるんだ」
「思えば相手の夢に現れる。そうして自分の夢を操れるなら、想う相手に自分の望み通りの夢を見せることが出来ることにならないか」
 葉山は微笑している。優しげだが得体のしれない笑顔に背筋がぞくりとする。
「想う相手に思い通りの夢を見せるってのか。それこそ夢物語だな」
「そう思うかい?」
「お前が俺に夢を見せたってのか」
 葉山は笑みを浮かべたまま近づいてきて顔を寄せる。思わず後ろに後ずさる。
「俺がデートする明晰夢を見たから君も見たんだ。キスをする夢を見たから君も見たんだろ」
「そんな荒唐無稽な話、あるわけねえじゃん」
「君が自然に見たと思うのかい」
 混乱する。まさか本当にそうなのだろうか。おかしな夢を見続けているのは。葉山は比企谷の腕を引き寄せて囁く。
「俺は君とセックスする夢を見たよ。君は見たのかい」
 額に汗が噴き出す。葉山の顔を見られない。視線が泳ぐ。
「み、見てねえよ」
「へえ、見たんだね」
「違う、あれはそんな」
「君を組み伏せて裸の身体を重ねて、君の肌を愛撫したよ。君はどうなんだ?」
 どうしてそんなことまで知ってるんだ。ひょっとして本当に葉山が。
「まさか、あれをお前が見せたってのか」
 葉山に顔を向けて震える声で問う。
「はは、やっぱり見たんだな」葉山は笑う。
「葉山、お前」
 比企谷は乗せられて余計なことを言ったことに気付く。葉山の言葉を肯定してしまったのだ。
「お前、カマかけたのかよ」
「俺にそんな力があるはずないだろ」
「そんなことを認めさせて、一体何がしたいんだ」
 葉山はにじり寄り、比企谷の側頭に手をつき囲い込む。
「君は夢で俺とキスをしてセックスしたんだ」
 何故か葉山の口調は苛立ちを帯びている。比企谷は首を振る。
「そんなことどうだっていいだろ。イベントの景品、渡せよ。それが用事だったはずだ」
 葉山の腕の檻をもぎはなす。立ち上がろうとした比企谷を葉山は腕を掴んで引き留める。「セックスする夢を見たのは本当だよ。俺の身体の下で君は喘いでいた。俺のものを挿入されて悶えていたよ」
「何言ってんだ、葉山」彼らしからぬ直接的な言葉に背筋が凍りつく。
「俺は君を征服したんだよ。夢の中でね」
「お、前」
「でも夢じゃ実感が残らないんだ。何一つ」
「当たり前だろ。離せよ」
「現実で君の肌に触れたい。こんな風に本当の体温を感じたい。君もそうじゃないのか」葉山は掴んだ手に更に力を込める。「夢で俺とセックスしておいて、なのに何もなかったみたいに。許せるわけないだろう」
 比企谷は後ずさりするが葉山はそれを許さない。逃げる比企谷を追い詰め、転んだ比企谷の後ろから覆いかぶさる。
「夢は潜在的な願望でもあるんだ。俺が望んだように、君も望んでるんだ。そうなんだろ」
 背後から葉山は器用に比企谷のシャツのボタンを外してゆく。
「違う、違う」
「君は自分で望んで俺とセックスする夢を見たんだ」
「違う」
 羽交い締めにされたまま俯せにベッドに押さえつけられズボンを脱がされる。剥き出しにされた脚の間に葉山の膝が入れられて閉じられない。
「君はしたことないよね、セックス」
 暴れる身体を押さえつけて葉山は問いかける。
「悪いかよ。離せよ」
「夢でどんなセックスをしたんだ。服を着たままか、裸になって肌を合わせたのか」
「知るかよ。離せって、葉山」
 背後からシャツを脱がされる。インナーのTシャツの中に潜った葉山の手が脇腹を撫でる。そのままたくし上げて肩甲骨をなぞる。
「俺はどこまで君に触れたんだ」葉山の掌が背骨を下りてゆく。大腿骨を撫でて双丘をさする。「君のペニスに触れたのか。君の中に挿れたのか」
「そ、そんなことしてねえ」
「どんなことをしたんだ。ああ、そうか。したことなくてわかるわけないよな」葉山は屈みこみ比企谷の耳元に囁く。「本当にセックスしてみたらどんなものかわかるよ」
「は、葉山」
「君の夢なんかとはきっと全然違うよ、比べものにならない、きっとね」
 尻の間を割り開くと、葉山は窄まりを指で触れる。確かめるようになぞっては親指の腹で突く。
「な、何やってんだよ」
 ぞくりと背筋が震え、声を上げてしまう。後孔の周りに何かを塗られる。不安になって比企谷は問う。
「な、何をつけてんだよ」
「ハンドクリームだよ。潤滑油の代わりになるものこれしかないんだ。でも充分だろ」
 窄まりにぐっと指が挿れられてひゅっと息を呑む。捻るように指の根本までゆっくり埋められる。本気、なのか。葉山は中で指を曲げたり伸ばしたりして掻き回している。一度引き抜かれた指が2本に増やされ捻るように動かされる。
 比企谷は苦悶の表情を浮かべる。身体をなすがままにされるのが悔しい。シーツに顔を伏せる。捻る動きが次第に出しては入れるものに変わる。水音を立て次第に滑らかに蠢くようになる葉山の指。後孔が熱くなって痺れてきた。違和感と痛みに妙な感覚が混じって怖い。
「葉山、やめてくれよ」やっと出せた声が震える。
「慣らさないで入れると辛いよ」嬲る指を止めることなく葉山は言う。
「いれ、なに」動転して声が引きつる。
「あ、いい声だね。比企谷」
「ふざけんな」
 歯を噛み締めて屈辱に堪える。漸くするりと指が引き抜かれる。開放されて身体から力が抜ける。背後でベルトを外す音がする。振り向くと葉山がズボンを脱いでいるのが目に入る。下着を脱いで勃起した陰茎が顕になる。人のイチモツの勃った状態を見るのは初めてだ。てか、嘘だろ。葉山はハンドクリームを陰茎の先端から満遍なく塗り、比企谷の尻を割り開いて窄まりに押し当てる。
「挿れていいな。いくよ」
「ま、待てよ、葉山ぁ」
 葉山は比企谷の腰を掴み、引き寄せて腰を強く押し付ける。
「は、うあ」
 ぐっと肉の棒が押し入ってくる。これが葉山の、なのか。本当に奴は俺を。圧迫感と痛みに息ができない。また葉山が腰を揺する。突かれてさらに深く抉られ、声にならない悲鳴を上げる。
「くっ、比企谷。きついな。力抜いたほうがいい。辛くなるよ」
 葉山の言い草に腹がたつ。勝手なことを言いやがって。葉山は左右に揺さぶりながらじりじりと押し入る。窄まりが信じられないくらい広げられているのがわかる。やっと先端の太い部分が入ると幹は滑るように入ってゆく。身体はやすやすと葉山を受け入れてしまうのか。侵入するそれを阻もうと中を締めようとしても力が入らない。熱い、痛い、やめてくれ。人の身体が俺のこんなに奥にまで入ってしまうなんて、信じられない。夢とは違う鮮烈な痛みとわけのわからない快感。
「あ、あ」と比企谷は吐息混じりに喘ぎつつシーツを握りこむ。
 葉山はリズミカルに律動し背後から犯す。動物の交尾のように。内壁を擦り奥まで押し入っては戻ってゆく葉山の熱く硬い屹立。激しく打ち付けられて肌が淫らな音をたてる。
「ん、気持ちいいよ、比企谷」
「くそったれ、あ、あ」
「君が俺とデートする夢を見たなんて言うからだ」葉山は息を荒くして言う。「あの日から俺は君と付き合う夢ばかり見ていたよ。デートして家に行ってセックスしてお互いを貪り合う」
「そんなの、俺に関係ねえ」
「毎日だ。毎日君の夢を見た。おかしくなりそうだった」
 葉山はシャツを脱いで比企谷の背中に覆いかぶさる。熱い肌が触れ合うとごつごつしていてやはり筋肉質な身体だとわかる。夢と同じだ。そんなに体格が違うと思えないのに、簡単に押さえつけられてしまうのが悔しくて堪らない。葉山は耳元に口を寄せて言う。
「でも、夢の中で君の身体を抱いた確かな実感があっても、起きるとその感触は霧散してしまうんだ。現実には何も掴めてなくて」葉山は強く突き上げる。深く貫かれて比企谷は悲鳴を上げる。「思い通りにできたって夢は夢なんだ」
 葉山は繋げたままに比企谷の身体を起こすと膝の上に座らせる。自分の体重がかかってさらに葉山の性器がめり込む。比企谷は苦しさに呻く。背後からぎゅっと抱きしめられ葉山の鍛えられた腹筋が背中に密着する。
「見てみろよ、比企谷」
 貫かれる痛みをこらえて顔を上げる。目の前の姿見に全身が映っている。葉山に貫かれている自分が。葉山の屹立を後孔に咥え込んで浮かされたような自分の顔。苦痛の中に密かに快楽を滲ませた。なんて表情をしてるんだ。見てられなくて目を逸らす。それを許さないと葉山は強く突き上げて言う。「よく見るんだ。そこに映る俺たちを」
 男に猛る性器を挿れて容赦なく犯しているのは誰だろう。男に揺さぶられ喘いでいるのは誰だろう。接合した部分がひくりと震えて揺さぶられるたびに中にじりじり入ってゆく。律動に合わせて竿は現れては沈む。鏡の中の姿が揺さぶられるたび自分の中が擦られ抉られる。
鏡に映る屹立の動きが止まる。葉山は低く呻いて抱きしめる腕に力を込める。身体を穿つ竿の表面に浮き出た太い筋がドクリと脈打つのが見える。同時に体内に温い液体の飛沫を感じる。背後から葉山が耳元に囁く。
「君の中に、出したよ」
 熱を帯びた掠れた声。ああ、やはりか。力が抜けてゆく。
「君も気持ちよくしてやるよ」
「え、嫌だ、や、め」
 葉山の手が股間に伸ばされ、勃ちかけていた比企谷の陰茎を扱き始める。逃げようとするとがっちりと胴回りに腕が回される。外そうとした両手は葉山に片手で一纏めに拘束される。未だに硬さを保った屹立に杭打たれているせいで逃れられない。突き上げられて声を上げる。
「比企谷」掠れた声が耳元に囁く。「俺は君が、俺は」
 声は途中で途切れる。葉山は扱きながら突き上げて比企谷を揺さぶる。また鏡に視線を移す。薄い身体を肉の杭が深く貫いてゆく様が見える。膝の上に貫いた相手を貪っているのは。雄に繋がれて蕩けた表情を浮かべているのは。あれは誰なんだろう。鏡に隔てられた向こうは別世界のようだ。
ああ、あれは虚像だ。こことは違う。あれは夢の世界だ。
「夢なんだろう」
 そうだ。きっと夢なんだ。


 ベッドの上で一糸纏わぬ姿で身体を絡ませ合う。愛撫する手を股に滑らせて彼の陰茎に手をかける。胸に腹に下腹部にキスをしながら下りてゆく。性器を舐めて咥えると彼はほうっと息をつく。舌を這わせて頬張って抽送する。舌を竿に纏わり付かせる。彼が口を押さえて震えてる。彼を感じさせている。それが嬉しい。身体を回転させて逆向きに側臥する。
「俺のもしてくれ」彼に言う。
「ああ、いいぜ」
 彼は浮かされたように俺の陰茎をそっと掴んで唇を当てて咥える。彼の舌先が亀頭に触れる。ゾクゾクする。彼はそのまま口内に含む。温かい濡れた感触に包まれる。互いの中心を咥えて貪り合う。身体を起こし彼を仰向けにして脚を抱える。彼の窄まりに自身を挿れてゆく。ぐっと先端を沈めると彼は辛そうな表情になり、はあっと掠れた声を上げる。腰を揺するほど彼の身体に屹立が埋め込まれてゆく。腰を引いては強く突き入れる。狭く熱い柔らかく包み込まれる内部の感触。彼は眉根を寄せて苦痛に堪えている。ゆっくりと抽送を続けるうちに、彼の唇から吐息に混じり甘い喘ぎ声が漏れ始める。俺に抱かれて感じて欲しいという願望なんだろうな。ぐっと挿れて隙間なく陰茎を埋め込み動きを止める。接合部の皮膚を合わせる。彼は薄っすらと目を開ける。視線が交錯する。
「これは夢なんだろ」と彼は言う。
「君は意地悪だな」
 彼は皮肉めいた笑みを浮かべている。ここでは俺の思い通りに出来るというのに。なぜそうならないんだ。これで思い通りにしているというのか。それとも、傷つけられてもそれでも、彼らしい冷たい言葉の方を俺は聞きたいのだろうか。俺はどれだけ彼の存在に飢えているんだろう。
 けれども。揺さぶるたびに締め付けてくる熱い身体。快楽に悶える彼の甘い声。こんなに確かな感触ですら目が醒めれば消えてしまうんだ。
「目覚めたくないな」
そっと囁く。彼は曖昧な表情を浮かべて答えない。
「夢なのならこのまま眠り続けていたいよ」
「夢だよ、全部」
 彼の身体に腕を回して聞く。
「目醒めた先にも夢が続いていればいいのに。そう思わないか」
「夢だから、しょうがねえよ」
 彼はそう言いながら背中をそろそろと優しく撫でてくる。俺の思いどおりに。望むとおりに。現実ではこんなことはあり得ないんだろうか。悲しくなる。叶わないから夢に見るのか。夢の中だけだなんて嫌だ。望み通りではなくとも現実の君に触れたい。君を感じたい。
 君も俺の夢を見てくれるなら。もしも夢を見せることができるのならば。君は意識してくれるのか。
 もしそうならば俺は。


 腕の中で彼は眠っている。彼を一晩中抱いて苛んでそのまま気を失わせてしまったようだ。そんな夜を幾つ重ねただろう。部屋のカーテンを開けたままだった。外は霧のような雨が降っている。時々ぽたりぽたりと雫の落ちる音が聞こえる。車の排気音も人の声も聞こえない。音は雨に吸い込まれたのだろうか。海の底に沈んでいるようだ。それともここは水槽の中だろうか。
 傍らの彼の顔を眺める。寝乱れた彼の髪をさらりと梳く。瞑った彼の瞼に指を滑らせる。彼の目尻に涙の跡を認めてチクリと胸が痛む。瞼にキスをする。温かくて確かな存在をまさぐり抱きしめる。裸の脚を彼の足と絡ませる。彼が薄眼を開ける。まだ微睡みの中のようだ。
「これは夢なんかじゃないよ。俺も君も、もう夢から醒めたんだ」
 俺は呟く。確かめるように。彼に言い聞かせるように。

END