幼年期の終わり(優しい時間より)
有頂天だった。誰よりもいい個性が発現したのだ。
力をひけらかしたくてしょうがなかった。それに水を差すのはいつも出久だ。また遊んでやってた奴を庇って俺を非難しやがる。
「やめなよ。かっちゃん」
「どけよデク。そいつがヴィラン役だろうが」
「遊んでるだけだろ」「なあ、かっちゃん」子分達が口々に調子を合わせる。
「かっちゃんが勝手に決めたんだろ。そんなのヒーローじゃない」
「一番強えのがヒーローだろ」
「僕が許さない」
生意気なことを言いやがる。頭にきて出久に殴りかかった。だが腕を伸ばした瞬間、身体が前によろけた。前に出した腕を出久が掴んで引っ張ったのだ。勝己はバランスを崩して膝をついた。
今、何が起こった?こいつが反撃したのか。個性もねえ何も出来ねえこいつが。
「逃げて」出久が庇った奴に声をかける。
子分達が逃げる奴を追いかけていった。だが逃げる奴なんか目に入らない。頭に血が上り、出久を引き倒して馬乗りになった。
「デクのくせに」
と言いながら平手で叩く。拳で殴らないくらいには頭は冷静だった。おどおどした目を見て溜飲が下がる。
「おいデク、謝れば許してやる」
「何を?」
「俺に逆らったことをだ」
ビクつき目を逸らしながらもあいつは反論した。
「間違ってるのはかっちゃんだよ」
「なんだと」
地面に手を叩きつけて小さく爆破すると、ビクリと出久が震えた。だが怯えてるくせになおも言い募る。
「あんなのヒーローじゃないよ」
「てめえ」
「かっちゃんはすごい個性を持ってるのに。どうしてあんな使い方しかしないんだよ」
腹が立った。思い知らせてやる。
「ちょっと来い」
立たせて手を引っぱった。あいつは「どこに行くの」と不安気に聞く。「いいもの見せてやるよ」と答えてにやりと笑う。
森を歩かせて大きな木の下に出久を連れてきた。最近仲間に入ってこない出久。自分が乱暴するからか、あいつが生意気だからなのか。もうきっかけは忘れた。
最近知った個性の使い方だ。掌を下に向けて爆破すればかなり高いところまで跳べる。出久の腰を抱えて狙った枝にジャンプした。「うわあ」とあいつが叫ぶ。
あいつを抱えたまま木の枝に座り、原っぱの全景を見渡した。まるで森の王になったかのようだ。 怖がってしがみつく身体をしっかり抱きしめる。
「見てみろよデク。な、俺の個性でここまでジャンプできるんだぜ」
得意になって言う。こんなことできるの俺だけだ。
「早く降りようよ、かっちゃん」
折角連れてきてやったってのにとイラッとした。てめえだから見せてやってんのに。
ふとタンクトップ越しの出久の体躯を意識する。個性の影響で体温の高い自分より低い体温のはずなのに、なぜか自分よりほんのり熱く感じる。ふわふわのくせっ毛の日向の匂い。つい最近まで無造作に当たり前のように触れていたのに。叩いたり蹴ったりすることはあっても、今はこんなふうに触れられない。出久が触れてくることももう殆どない。いつも俺のすぐ後をついてきたくせに。いつの間にか楯突くようになった。怯えながらも反抗する出久。お前がそんなだから俺は。
俺を認めねえのか。認めろよ。どうすれば認めるんだ。てめえの言うヒーローってなんだよ。強ければいいんじゃないのかよ。離れても離れきらずに、遠くから観察しやがって。ふざけんな。それがてめえの望む距離なのかよ。俺を参考にして、てめえがヒーローになるつもりなのかよ。なれねえよ。てめえは俺より下だ。ずっと下のままだ。だからてめえは俺だけ見てりゃいいんだ。
「怖いよ、かっちゃん」
そう言い、出久は勝己を見上げ、さらにぎゅっと抱きついてくる。緑がかった大きな瞳。密着するあいつの身体。触れたところがぶわっと熱を帯びる。頭が真っ白になり、勝己は動転して手を離してしまった。
しまった。
腕を掴もうとしたが間に合わない。やべえ、落ちる前になんとかしないと。
勝己は地面に掌を向けた。温度は低めにして地面を爆破して爆風を起こす。出久の身体がゆっくり軟着陸したのが見えた。
ジャンプして下に降りる。出久は寝転んだまま目を丸くしている。
「おい」と勝己は声をかけた。
出久はそろっと顔を向けた。焦点が合ってない。だが勝己を認めるとみるみる目に涙を貯める。背筋にふわりと走る感覚。これは何だ。上半身を起こした出久の目から大粒の涙が吹き出し、ぽろぽろと零れ落ちる。
「酷いよ、かっちゃん」
「落ちるてめえが悪いんだ」
そう言いながら触って身体を確認する。熱で赤くなってるところはあるが、大した怪我はないようだ。
「ほんとにデクだな。てめえひとりじゃ何もできねえ」そう言いながら勝己はほっとする。
「酷いよ。舌ちょっと噛んじゃったよ」
「ああ!? 知るかよ」
見ると出久の舌先に血が滲んでいる。紅い紅い色。吸い寄せられる。勝己は顔を寄せてそれを舐めた。
「か、かっちゃん?」
引っ込んだ舌を追いかけて口を合わせる。ふにゅりと柔らかい唇。はむっと啄む。そろっと隙間に舌を忍ばせる。
「ん、ん」
逃げる舌を捉えてぴちゃぴちゃと音を立てて絡ませる。柔らかくて甘い。とろけてしまいそうだ。出久はぎゅっと目を瞑り頬を紅潮させている。勝己のなすがままだ。気分がいい。キスを味わいようやく出久の唇を開放した。
気持よかった。喉が渇く。もっと欲しい。こいつを。
もっとよこせよ。
無意識に幼馴染の頬に手を伸ばす。指先が滑らかな肌に届く。
「かっちゃん」
か細い声で呼ばれて我に返った。今、何をしていたんだ俺は。何をしようとしていたんだ。
「クソが」
胸のうちに燻る行き場のない熱。内側からじりじりと灼かれてゆくようだ。熱の向かう先は今目の前にいるのに。
こいつのことだけは何一つ思い通りにならねえ。なんで、なんでだ。
立ち上がり、ぼうっとしている出久に言った。
「おいデク、誰にも言うなよ。二人だけの秘密だからな」
END