碧天飛天の小説サイト

飛天の小説置き場です。本業絵描きですが萌えを吐き出したく作りました。二次創作からオリジナルまで色々予定してます。無断転載を禁じます。よろしくお願いいたします。母艦サイトはBLUE HUMAN http://d.hatena.ne.jp/hiten_alice/ です。

掌の太陽(R18)

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 母親に怒号を背にして、勝己は家を飛び出した。
 心の中で悪態をつく。
 うぜえ、ほんっとにうぜえ。飯食う時の姿勢が悪いから始まって、口が悪い態度が悪いとハハオヤはくだらないことでガミガミ叱りやがるし、オヤジはいつもオロオロしてるだけで最終的にはハハオヤの味方だしよ。居心地わりいったらありゃしねえぜ。
反射板のポツポツと光るアスファルトを駆けた。走りながらほうっと息を吐く。肌に纏わりつく冷えた空気がむき出しの腕にちくちくと痛い。近所をぐるっと回って気づいたら出久の住む団地の前にいた。
 自然に足が向いていたのか。袖で涙をゴシゴシと拭いて出久の部屋の窓を見上げる。カーテンの隙間から蛍光灯の光がちらちらと漏れている。あいつは自分の部屋にいるようだ。時間的にもう飯は食っただろうから、部屋で動画でも見てんだろう。十中八九オールマイトの動画だろうな。
 勝己は小石を拾って窓に向かって投げた。小石は孤を描いて窓硝子に当たりカツンと音を立てる。少し待ったが出久は顔を出さない。
 もうひとつ小石を投げて「おい、デク!」と声を上げる。
 やっと出久がカーテンの向こうから顔を覗かせた。驚いた表情を浮かべて「かっちゃん?」と口を動かしながら、窓を開ける。大きな目を益々大きくしている。いくつになってもまだちっこい俺の幼馴染。
「どうしたの?かっちゃん」
「出てこいよ、デク」
「今?ダメだよ。もう夜なんだよ」
「ちょっとくらい構わねえだろ」
「だって」
「出てこいよ!」
 何を躊躇してんだ。出久のくせにごちゃごちゃ言うなよ。俺が来いって言ったらてめえは来るもんだろうが。てめえだけは。
「出てこい!」
 また涙が出そうになり下を向いて怒鳴る。
「かっちゃん、でも」
 出久は口籠る。パタン、とサッシの閉まる音が聞こえた。
 なんだと?出久の奴、窓を閉めやがったのか?あいつ、出てこない気かよ、クソが、クソが!握りこんだ拳が発汗して熱を帯びる。窓を爆破してやろうか。そうしたら出てこざるを得ないだろうからな。やったら大騒ぎになるだろうな。最大火力でどこまで出るか試したっていい。物騒な考えが頭をよぎる。
 本当に壊してやろうか。
 ニトロを含んだ汗が発火してチリっと爆ぜる。掌からパチパチと火花を散らす。
 ふと、トントンと階段を降りる子供の軽い足音が聞こえた。暫くして鍵を外す音がして玄関から出久が顔を出す。勝己はゴシゴシと顔を手の甲で顔を拭いた。出久は靴の踵を踏んだまま、つっかけながら転がるように駆けて来る。
「てめえ!」
 勝己は動揺を隠そうと人差し指で出久のおでこを思いっきり弾く。
「いったた、痛いよ、かっちゃん、酷いよ」
 出久は涙ぐんで額をさする。
「黙って窓閉めんじゃねえよ!クソが」
 出てこねえかと思ったじゃねえか、という言葉は飲み込んだ。
「あの、半袖じゃ風邪引いちゃうよ、かっちゃん。寒いから。上着いる?僕のだけど」
 出久は手に持ったダウンの上着を勝己に差し出す。見覚えのあるモスグリーン。
「寄越せ!」
 勝己は差し出された上着を引ったくるように受け取って袖を通す。少し袖丈が短い。ほんのり乳くさいような、出久の匂いがする。ぱんぱんとはたいて手の汗を上着に擦り付ける。俺の匂いをつけてやるわ。
「明日返してね。じゃあね」
 出久は裾を引っ張りながら微笑んで小さく手を振る。
 は?これだけで戻るつもりか?
「待てや」
 勝己は引き返そうとする出久の腕を引っ掴んだ。
「ちょ、ちょっと、かっちゃん」
「てめえも上着着てんな。じゃあいいだろ。ちょっと来い」
 勝己は出久の腕を引っ張り門から引き離す。
「え?何?」
 手を繋ぎ直して、慌てる出久を引きずるようにして歩き出す。
「どこへ行くんだよ、かっちゃん」
「うるせえ」
 出久が窓を閉めたときに不安になった自分も、出久が出てきたことで今安堵している自分にも腹が立つ。この手を離してなんかやるものか。
「子供は夜外に出ちゃいけないんだよ」
「うっぜえこと言うんじゃねえよ。てめーは親かよ、ああ?」
「かっちゃん、あの、もうっ」
 引っ張る腕に抵抗がなくなった。出久は諦めて大人しくついてくることにしたようだ。 出久の家も勝己の家も遠ざかってゆく。家々に灯る家族団欒の暖かい窓の光。こいつを連れてここから離れたい。遠くへ、もっと遠くへ行きたい。
 
 出久の手を引いて歩いて、いつも遊んでる公園に到着した。辺りを見回したが、しんと静まり返った園内には誰もいない。青味を帯びた街灯が照らす光景は昼間とは違って見える。滑り台もブランコも凍りついているように蒼い。まるで氷の国の建造物のようだ。
「氷の国みたいだね」
 白い息を吐いて出久が周りを見回す。
「は?何言ってんだ。いつもの公園だろーが」
 同じことを思っていたなんて、こそばゆい。勝己は繋いだ手を離して滑り台に駆け寄り、梯子を登り始めた。ちらっと振り向くと「かっちゃん」と名を呼んで、出久も自分に続いて登ってくる。
 勝己の口元は自然と緩む。手離してやったのに帰ったりしねえんだよな。出久はいつもそうだ。困った顔をしながらも、俺の後ろをついてこない時はないんだ。滑り台の頂上に二人で立った。
「わあ、星が綺麗だね」
 出久の言葉に初めて夜空を見上げた。黒い夜空に煌めく砂粒が隅々まで散らばり瞬いている。新月を過ぎたばかりの月は弓のように細く、優美に弧を描いている。満月の夜のように空が眩い光に隠されることがないから星がよく見えるのだ。月光は昏く優しい。
「あれがオリオン座だよね」
 出久が一際明るい一団の星々を指差す。
「知っとるわ」
 4つの明るい星の真ん中に3つの星が並び、太鼓の形の様に見える配置。人の形には全く見えない星座。星座ってのは大体そうだ。どう見ればそう見えるんだ。
「オリオンって神話では猟師なんだよね」
「それも知ってるっての。オリオンは自分に倒せない獲物はいないと思い上がり、神の差し向けた蠍に刺し殺されたっていう猟師の名だ。俺が教えてやったんだろ」
「かっちゃん色々知ってるもんね」
 蠍座は夏の星座だから冬の星座であるオリオン座と同時期に空に上ることはない。まるでオリオンが蠍から逃げているように。それともオリオンが蠍を追いかけているのだろうか。自分を傷つけた小さな生き物を。
 そっちかもしれない。悔しいだろうよ。本来ならばそんな小さな生き物にやられやしなかっただろうにと。永遠に天空を巡りお互いを追い続ける。
「寒いよ。そろそろ帰ろうよ」
 出久は身体を抱くようにして縮こまる。
「しょうがねえな。じゃあトンネルの中に入るか」
「え?まだ帰らないの?」
「うっせえ!帰らねえっての」
 滑り台を降りて出久を手招きし、トンネルと呼んでいる土管に向かう。地面に半分埋められたアーチ型に少し背を屈めて入る。出久もついてきてアーチをくぐり、隣り合って座り身を寄せあう。昼間なら中に入るより、このアーチの上で登ったり滑ったりして遊んでいるところだ。
「お母さん、きっと心配してるよ」
「ババアが心配なんかしてねえよ」
「お母さんをババアなんて言っちゃダメだよ」
「うっせえ!ババアはババアだ!それよりよ、てめえはどうせ部屋でオールマイトの動画見てたんだろ。どんなの見てたんだ。言ってみろよ」
「え、うん、そうだけど」一瞬戸惑ったもののにこっと笑うと「今日のオールマイトはね」と出久は見たばかりらしい動画の話を喋り始めた。
 こいつはオールマイトの話を振るとすぐにのってきやがる。毎日見てるだろうによく話すネタがつきないものだ。全くお手軽な奴だよてめえは。でも、ただすごいと賛美するだけじゃなく、細かく分析してやがるのが他の奴と違うところだ。観察眼には時々舌を巻く。
 身振り手振りを交えながらお喋りして、一息つくと出久は掌にほうっと息を吹きかける。勝己は出久の指に触れてそっとつまんでみる。氷のように冷たいかじかんだ指。
「なに、かっちゃん?」
「両方の手、貸してみろや」
 勝己は出久の両手を包みこみ、着火しないように温度に注意して掌の温度をほんのり上げて温めてやる。今は手に汗はかいてないからできることだ。
「あったかいか」
「うん。あったかいよ。かっちゃんの個性、凄いね」そう言ってふっと目を伏せた出久の表情が翳りを帯びる。「いいなあ」
 出久は時折俺をすごいと言いながら辛そうな顔をする。手放しで俺をすげえって言ってた頃と違って。ひとりだけ個性が発現しなかった、珍しい無個性の出久。
 出久に個性が発現しないと知った時、哀れだと思うと同時にどこかほっとした。現れた個性によってはそれまでの関係が変わってしまうからだ。個性次第で関係は変わる。いい個性が周囲の評価を変える。出久の母親は念動力の個性を持ってるし、父親は火を吹くらしい。出方によっちゃあすげえ個性になる可能性はあった。だがそうはならなかった。
 そんな個性はデクにはいらねえ。個性が発現してきてから、周りには関係が逆転した奴らもいるんだ。他の奴なら別に構わねえ。だが出久だけはそうなるのは許せねえ。個性がないならずっと俺達はこのままだ。もっとも、発現したとしても、出久が俺以上の個性持つなんてねえけどな。
 けれども、出久の瞳が陰るたびに不安になる。無個性でいいじゃねえか。てめえにもしあってもどうせ大した個性になりゃしねえよ。諦めりゃいいんだ。諦めろよ。
 出久の手を裏返して掌を合わせて指を絡める。指先まで温めてやる。出久が指をムズムズとうごめかす。
「かっちゃん、温かすぎてちょっと痒くなってきたよ」
「ああ、もういいな」
 絡めた指が解かれて離れてゆく。
「かっちゃんありがと」
 出久は手を離してさすさすと擦り合わせながらふわっと微笑む。表情にさっきまでの翳りはない。こいつの頬も寒さで真っ赤になってるんだろうか。いつも寒いと林檎みたいに頬を染めていた。アーチの入り口から差し込む青白い街灯の光ではよく見えない。手を頬に伸ばして触れてみる。
「冷てえ」
「だって、寒いんだもん」
「こっち向けよ」
 両方の頬を両手で挟んでこちらを向かせる。もちふわっとして柔けえ。大福みたいな頬。噛んでみたくなるような。掌で包み込んで少しずつ温度を上げてゆく。
「なんか、かっちゃん」
「なんだよ」
ホカロンみたい」
「てめえ、他に言い方ねえのかよ」
 パチっと指先が爆ぜる。
「たっ、わ、かっちゃん」
「てめえが余計なこと言うからだ」
 驚いて出久は身体を引こうとするが逃さないと勝己は頬をむにゅっと挟む。
「動くなよ、バカ」
 顔を突き合わせるようにして保温してやる。生意気言うからだ。脅かしちまったか。ちょっと爆ぜただけだろ。
 顔を近づけると出久の瞳がよく見える。緑がかった瞳の中に俺が映っている。こいつの瞳の中にも俺が映っているだろうか。暫くそのままの姿勢で額を突き合わせる。そっと身を寄せる。氷の国でこのアーチの中だけが暖かい場所であるかのように。
 十分温かくなっただろう、とそっと頬から手を離す。
「わあ、ホカホカだ」
 出久が頬を擦って笑う。背筋がむず痒くまる。出久なんかに、なにやってんだ俺は。無理やり連れだしてきちまったからか。デクに悪いなんて思ってねえ。こいつが帰りたいなんてうるせえからだ。それだけだ。ここには俺たち以外誰もいねえからだ。誰も見てねえから。
「てめえの手、貸せ」
 勝己は出久の両手を掴み、掌を自分の両頬に当てる。紅葉みてえな小さい細っこい指と薄い柔らかい掌。自分の掌は個性が発現してから手の平の皮が段々固く分厚くなって手自体に厚みが増している。もうこいつとは全然違う手だ。
「かっちゃん?」
「ああ、確かにホカロンだな」
「かっちゃんは自分で温められるのに」
「ああ?てめえ、文句言うんじゃねえよ。俺が温めてやったんだろうがよ」
 そう言って目を瞑る。触れられた頬の温もりで強張った心が溶けてゆく。凍えた胸に温かいものが流れ込んでくる。
 出久だけはこのままでいい。この先もこいつが離れることなんてない。どんな扱いをしても俺についてくる奴なんだから。
 でももし、俺を拒絶するなんてことがあったら。さっき俺の前で窓を閉めたように。俺がいくら呼んでも出てこなかったら。もしも。いや、そんなことあり得ねえ。出久が離れていくわけがねえ。そんなこと許さねえ。絶対に。
 勝己は頬に当てられた出久の手の甲を掌で包むように覆う。

 


 真夏の昼間 。太陽は真上から全て燃やし尽くす如く照りつける。熱せられたアスファルトからはゆらゆらと陽炎が昇る。
 一歩外に足を踏み出しただけで、もう身体から汗が噴き出した。勝己は出てきたばかりのコンビニを振り返って顔を顰める。手に下げたレジ袋の表面に水滴がびっしりとついている。中のジュースがぬるくなりそうだぜ。掌からポタリと滴る汗が地面に落ちて、しゅっと音を立てて蒸発する。
 家に向かう下り坂を歩んでいると、進行方向にゆらゆらと蜃気楼のような人影が見える。人影は顔を上げると勝己に向かって声をかけた。
「かっちゃん」
 聞き慣れた幼馴染の呼ぶ声。目を凝らすと陽炎の向こうにはあいつの顔。憎らしくてたまらないのに声だけで胸を揺さぶる。忌々しい幼馴染。勝己はぎりっと歯軋りをした。

1

 ある日の午後だった。
「ちゃっちゃと歩けや。遅えんだよ」
 勝己は階段を登りながら振り返って出久を詰った。手に持った木箱の中身がごそりと揺れる。
「でもかっちゃん、壊れ物だから慎重に扱わないと」
「慎重に早く歩けってんだ、馬鹿が。遅くなるだろーがよ」
 出久と勝己はそれぞれ木箱を抱えて理科室に向かっていた。前の授業で理科室から持ち出して使用した道具をしまうためだ。日直の雑用だから仕方がない。次の授業は全校訓練ということで、先生達も他の生徒も既に別エリアに移動している。校長ともさっきすれちがったから、校舎に残っているのは遅刻して用意に手間取っているオールマイトだけだろう。
 入学してから二年生になった今まで、日直は出久とペアにされる。席が前後している関係か、はたまた相澤先生の余計な配慮であるのか。おそらくどちらもあるだろう。全く厄介だ。
 漸く理科室の前に来たものの、木箱で両手が塞がっていてドアが開けられない。
「クソが。面倒だ」と勝己は足で理科室のドアを蹴り開けた。
「かっちゃん、ちょっと乱棒だよ」と出久が慌てる。
「るせーわ。入ってこいや、デク。ちゃっちゃと棚にしまうぜ」
 大きな机に木箱を置いて中身を棚に戻しながら、勝己は出久を振り見る。
メスシリンダーがここで、ビーカーがあっちで」
 とぶつぶつ言いながら出久は先に中身を選り分けて机に並べている。
 ガチでやりあってから、出久は少しずつ勝己に対して緊張が解けてきたようにみえる。 あの夜出久に戦えと強いたのは八つ当たりだったのか、オールマイトのかわりに殴って欲しかったのか。自分でもよくわかんねえ。結局こっちが勝っちまったけど。
 あれからオールマイトの秘密を出久と共有することになった。やはりあいつには個性がなかった。個性は授かったのだと、やっとあいつの秘密を捕らえたのだ。クラスの奴らはそれを知らない。これからも知ることはないだろう。秘密は自分と出久とオールマイトだけのものだ。
 だが知ったからといって、今までの関係がいきなり変わるわけでもなかった。徐々に変化してきたものの、いまだ距離を測りかねている。出久もそうだろう。会話がイマイチ噛み合わないのは相変わらずだし。秘密を明かされてもなお、出久は勝己を苛つかせる存在だ。
「これ、そっちの棚じゃねえのか?」
「あ、ごめん、間違ってた?」
 出久にメスシリンダーを手渡す。渡すときに何気なく指をするりと撫でた。ビクッと出久が反応する。
「気いつけろ。落とすなよ、デク」勝己はにやっと笑う。
「う、うん、ごめん」
 相変わらずだな。俺に向かってきやがった時の勢いはどうした。
 罪悪感に押し潰されそうだったあの時、俺は形にならない思いを出久にぶつけることがどうしても必要だった。みっともなく縋るような行為だったとしても。
 拳を向けても戸惑う出久に焦れた。本気になった出久に歓喜した。感情が抑えきれず俺もてめえも本音をぶちまけた。何考えてるかわからないと、てめえの真意をずっと勘繰ってたけれど、何のことはない。てめえの言葉はそのまま本音だった。俺は自分の畏れをてめえに投影していただけだ。言い方を変えりゃあ、てめえは根っからのヒーローオタクだから、俺をどんなに避けたくても、離れきれなかったってわけだろうが。中学には俺以上の戦闘系の個性を持つ奴なんていなかったからな。周り中優れた個性持ちばかりの今と違ってよ。追いかけてたって言ってたな。過去形のつもりかよ出久。
 昨日のことのように蘇る感触。掌に残る筋肉の弾ける感覚。殴った手応え。殴られた痛み。戦って、地面に組み伏せて、勝利した。掌に感じるあいつの心臓の鼓動。膝で押さえこんだあいつの腹と左腕。掴んだ右腕。荒い呼吸。爆炎の煙に咳き込んで上下する胸。 手を滑らせて、苦しげに歪んだあいつの顔に触れて押さえつけた。出久の命を手中に収めている感覚。愉悦にぞくぞくして下腹部が熱くなった。あんな風に出久の体温を近くに感じたのはいつぶりだっただろう。
「おいデク」
 勝己が呼ぶと、棚の戸を閉めながら出久が振り返る。
「なに、かっちゃん」
「放課後手合わせしろや」
「え?いいの?うん!」出久はぱっと顔を輝かせたが「あ、でも先生が許してくれるかどうかわからないよ」と言う。
「強くなりたくねえのかよ、てめえは」
「そりゃ、なりたいよ。だけど」
「じゃあ、やんだろ。俺に負けっぱなしでいいんかよ」
 にやっと笑って挑発する。あれからトレーニングと称して、時折拳を合わせるようになった。手合わせするその時間だけは、ストレートに対話できている気がする。拳が出久との唯一の会話の方法であるかのように。
オールマイトがてめえに呉れた力を鍛えねえでどうするよ。無個性のてめえなんざ誰も相手にしなかったろうが」
「よくない、けど」出久はぶつぶつと呟く。「ガチじゃなければいいのかも。個性使わなければ。でもつい本気出しちゃうこともあるかも知れないし」
 いらっとして勝己は怒鳴る。「ごちゃごちゃとうぜえ!いいんかよ、いいんだな!手合わせくらい大したことじゃねえだろ」
 そう言いつつ、こいつ真面目だから仕方ねえかとも思う。出久に限らず、雄英の生徒には色々な奴がいるが、本質的には真面目な生徒が多い。進学校だということと、皆ひとえにヒーローを目指す目的があるからだろう。生徒を信頼しているからこそ、個性を使う授業なんて危ないことが成り立つのだ。中学の時とは逆に出久は雄英に無理なく溶け込んでいる。あいつをザコだと言う俺の方がおかしいかのように周りの奴らは見ていた。だから入学してから苛つきどおしだった。馬鹿にされない環境は出久には初めてだろう。だがたとえ個性が大したことなくても、ここの奴らは人を馬鹿にして揶揄うことはないだろうよ。
 俺も、初めてか。中学までは寄ってくるのは頭も素行も悪い奴らばかりだった。真っ当な奴は相手を貶めたがる勝己には近寄らない。異質なのは出久だった。なのに何をしてもいつも後ろにいたはずの出久は、次第に離れていった。そのくせ離れたところから推し量るような視線を送ってくるのに苛ついた。あの苛々も消えるのか。
 やっと勝己の片付けが終わった。出久もうすぐ終わりそうだ。
オールマイトに報告してくっから、てめえは終わらせたら来い」
「あ、うん」
 出久は勝己に向かって頷き、棚に目を戻した。勝己はドアを開けようとして立ち止まり、振り返る。
「理科室、だなあ、覚えてるか。デク」
「え、ああ、え?」
 出久は手に持っていた器具を取り落としそうになった。
「中学の時、なあ、デク」
「覚えてないよ」
 出久は視線を合わせず、勝己の言葉を遮って答える。
「覚えてんだろう。忘れるわけねえよな」
 勝己は再び問いかけた。出久は返事を返さず黙って棚に機材を戻している。
「無視かよ」
 そう低く呟いて暫く待ってみる。出久は手を止めて俯いたまま黙っている。
「俺ぁ先に行くからな」
 じれったくなり、鼻を鳴らして勝己はドアを開ける。
「昔のこと、もう忘れたから」
 背後から聞こえるか聞こえないかの小さな声で出久が答えた。忘れてえってことかよ。勝己は大股に歩いて理科室を離れる。歩きながら掌から火花を散らす。あいつへの苛つきは解消されるはずだった。怯えた目で俺を見なくなることを渇望していたはずだった。
 俺の後ろから消えたくせに衛星のように遠巻きにして張り付いていた出久。衛星から彗星みてえになってどんどん遠ざかっていこうとしている出久。心のどこかで恐れていたことで、当たり前だと思ってもいて、でも認められなかった。追いかけていたのは出久だったはずなのにと憤りながら、逃げる出久を追いかけた。そうさせる出久を憎んだ。理屈じゃなく、あいつを得なければならないのだと、本能が告げていた。あいつのことなんてどうでもいいと思いたいのに無視できない。まならない苛立ちを思い知らせてやりたいと、心も身体も追い詰めた。
 いつの間にかてめえを追いかけるようになって、追いかけて追いついて。やっと捕まえたってのに。俺の望む距離はこんなんじゃねえ。 俺の望むてめえとの関係はこの延長線上にはねえ。

 ズシンと地響きがして足元が揺れた。
 地震か?いや俺にはわかる。これは爆発だ。だが変だ。音がしねえ。消音性の爆弾かなんかか。それともそういう個性か。どちらにしろ校内に何者かが侵入したってことか。
 勝己は身構えるとあたりを伺い耳を澄ます。物音がしない。他の教師はこの校舎に残ってないとは言え不自然な静寂。職員室にはオールマイトしかいない。そこを狙ったってことか。狙いはオールマイト。勝己は職員室に向かって走った。
 だが計算違いだったな。オールマイトの他に誰もいないと踏んでたら俺と出久とタイミングよく校舎内にいたというわけだ。
 職員室に駆けつけた勝己は戸を開けようとしたがビクともしない。ビンゴだぜ。ドアをふっ飛ばして職員室に足を踏み入れる。爆破の煙が晴れたが視界はけぶったままだ。
オールマイト!いんのか」
 室内は白っぽい霞がかっており、机や椅子は竜巻にでも逢ったように乱雑に隅に寄せ集められ、天井まで積み重なっている。
「爆豪少年、校舎にいたのかい」
 声の方向を見る。白く濁った空間の中で痩せた身体のままのオールマイトが巨体の敵と対峙していた。
オールマイト!」
 勝己は叫んで敵に向かって立て続けに爆発させる。だが音もしない上に爆炎も爆風も届かない。なんでだ。肩で息をしながら駆け寄ると目の前で何かにぶつかった。ずぶりと沈んだ身体は勢いよく跳ね返される。なんだ?オールマイトとの間に弾力のある膜のようなものがある。
「バリアみたいなものが張られているようなんだ。敵の個性だろう」
 オールマイトが振り返って言う。
「先に言えや!オールマイト
 手がじんじんと痺れる。抜かった。無駄撃ちした。
「君は皆を呼んできてくれ。ここは私だけで相手する。大丈夫だ」
 オールマイトはヒーロー体型になった。すぐにまた戻ってしまうだろうに、勝己を安心させようと。また振り返って勝己に向かって笑顔を見せる。
オールマイト!かっちゃん!」
 出久が名を呼びながら廊下を駆けてくる。異変に気づいたのだろう。二人なら何とかなるだろうか。だがバリヤが張られていては、手助けするどころかオールマイトの側にも行けない。
「かっちゃん、オールマイトは?」
 出久は入り口に立つ勝己の横から奥を覗き込む。
「はやまんなよ、デク。攻撃すんな」
「緑谷少年もいたのか」
 だが、折悪しくオールマイトは痩せた体型に戻ってしまった。敵と相対するオールマイトを見て、出久は我を忘れて拳を握りバリアを殴る。甲高い音がしてバリヤの一部分が解かれた。反動で転がる出久の身体。だがすぐさま破れた個所はみるみる元通りになる。止める間もなく再び出久は個性を使い、反動で倒れた。
オールマイト!」
 出久が悲壮な声で叫ぶ。キリがねえ。バリアの個性を持った奴を見つけて叩くか、イレイザーヘッドを連れてきて個性を消去してもらうしかねえ。出久は立ち上がったが、腕がだらりと下がっている。片腕は折れたようだ。だが左手を構えて更にバリアを殴り、反動でふっ飛ばされる。
「馬鹿が!」
 なおも立ち上がり飛び出そうとするデクを勝己は引き止めた。
「退いてよ、かっちゃん、オールマイトが」出久は叫んで身を捩る。
オールマイトがなんのために奴を足止めしてると思ってんだ!」勝己は羽交い締めにして怒鳴る。「てめえの両腕はもう壊れてやがんだろ。これでまだ戦えると思ってるのかよ」
「やれるよ。まだ足がある」
「ふざけんな!クソが!」
「かっちゃんは皆を呼んできて、僕はここで」
「てめえ、他にも敵がいるかもしれねえんだ。自惚れてんじゃねえ!」
「離してよ、オールマイトが!」
 くっそ!埒が明かねえ。勝己は正気を失い暴れる出久の腹に片腕を巻きつけて片手を自由にすると、出久の背中に手を当てて至近距離から爆破した。火力は押さえ衝撃だけを与える。
「ぐ、は」
 出久は呻いて気絶した。腕に脱力した身体の重みがかかる。
「クソナードが。手間かけさせやがって」
 勝己はぐったりした身体を肩に担いで、オールマイトをちらっと振り返る。頼んだぞ。と目で示して頷くオールマイト。勝己はぎりっと歯を食いしばる。あんたはかっこいいよ。かっこ良すぎて目を奪われちまう。けれどもこの馬鹿があんたを参考にして無茶しちまうんだよ。「なんでデクだ」とあの時問うた言葉をあんたはどう取ったんだ。
 背中に響く音のない轟音に後ろ髪を引かれながら、出久を連れて廊下を駆ける。どこかに敵が潜んでいるかもしれないが、走るしかない。外に音さえ聞こえたなら。爆音のしない爆発。爆音を吸い込むバリア。効果はどこまで続いてんだ。この校舎内だけなら境界線はどうなんだ。そうだ、試しに境界から外に物理的に音を立ててやりゃあいいんだ。勝己は窓から見える太陽に向かって片手を掲げる。それから腕を後ろに振りかぶると「死ねや!」と叫んで連続爆破させながら腕を前に勢いよく振った。廊下の硝子窓が連鎖的に次々と吹き飛び粉々になる。硝子の割れる音と爆風と爆音。
「よし!これで来なきゃあ知らねえぞ」
 爆発音は外に聞こえたはずだ。勝己は肩で息をついた。すぐさま複数の足音が階段を駆け上がってくるのが聞こえてくる。廊下の向こうからこちらに向かってくる影が見える。先生達がやっと駆けつけてくれた。安堵して力が抜けた。いつになく血相を変えた相澤は、すれ違いざまに「お前達は早く避難しろ」と言う。イレイザーヘッド、相澤先生が来てくれたならバリアは解かれるだろう。オールマイトは助かる。それまで持ってればだが。いや、持たねえわけがねえ。クソが。
 保健室に出久を連れていってベッドに寝かせる。まだ気絶したままか。椅子に座って顔を見下ろす。奥の部屋からリカバリーガールが顔を出した。出久を見て「おやまあ、またこの子は」と呆れるリカバリーガールに「俺がやった」とその理由を話す。
「腕はまた酷いもんだけど、火傷は大したことないよ。ほぼ衝撃だけだね。あんた、大したもんだ」
 傷を負わせて褒められるなんでおかしなもんだ。腕と背中の火傷を治療している間、勝己はカーテンの外で待った。出久は気を失ったまま気付く様子はない。治療を終えてリカバリーガールがカーテンを開ける。
「手当は済んだよ。心配ない。前より体力がついたようだからね。完治できるよ」
「心配なんざしてねえよ」
 包帯でぐるぐる巻にされた出久の両腕。胸から背中に巻かれた包帯。勝己はベッドの側に椅子を寄せて座った。こいつをあの場に残して行けば、また個性を使っただろう。自分を顧みずに。今度は右足か左足か、両方折っても構わずに。万一瞬間的にバリアが解けたとしても、そんな身体で飛び出してれば確実に死んじまったろう。俺は間違ってねえ。だよなオールマイト。こんなことであんたの力の後継者を失うのは本意じゃねえだろ。
 包帯の下の出久の身体。中学の頃はもっと薄い胸だった。剥き出しの首筋に触れ、鎖骨に触れる。少し筋肉はついたものの、肌触りは中学生の時と変わらない。
 中学生の時、あの日、苛立ちのままに理科室に出久を連れ込んだ。帰りに廊下ですれ違った時、おどおどして顔を伏せて通りすぎようとするのにムカついたからだ。ちょっと脅すくらいのつもりだった。

2

 放課後の薄暗い理科室。勝己は出久を床に押し倒して馬乗りになり、シャツのボタンを一つ一つゆっくり外してゆく。校舎の外は寒風が吹きすさび、窓の外に木の葉が舞う。換気扇に風が吹きこんで、カタカタと音を立てている。
「かっちゃん、何で」
 出久の声が震えている。勝己はシャツの間から手を滑りこませて薄い胸に掌を当てる。
「向こうから来るの緑谷じゃねえ?」
 周りの奴らに言われるまでもない。身を縮めるように歩いてくるのは出久だ。あっちも気づいたらしい。目が合うと俯いて足早に通り過ぎる。挨拶もなしか。自分もしなかったが、出久のくせにとカチンときた。
「お前ら先に帰れ」
 回れ右して出久の後を追う。「またかよ、飽きねえな」「緑谷、勝己が行ったぞー」背後からかけられる呆れたような声に、振り向いて「うるせえ!」と怒鳴る。加減するくらいなら何で手を出すんだと言う奴も。ムカつくならカツアゲするかと言う奴も。何もわかってねえ。誰も手を出すんじゃねえ。あいつに手を出していいのは俺だけだ。俺の手であいつに思い知らせてやらなきゃいけねえんだ。
 幼い頃から近所に住む幼馴染。ふわふわ頭の幼馴染。遊ぶぜと家まで誘いに行った。おどおどしながらどこでもついてきた。すごいなあ、かっちゃんと言われると嬉しくなった。俺をキラキラした目で仰いでいた。そのてめえが非難の目を向ける。俺に怯えながら弱い奴を守り、許さないぞと言いやがる。てめえがヒーローのつもりかよ、と歯ぎしりをする。ざけんな。てめえがヒーローなわけねえだろ。
 あいつがオールマイトに夢中になり始めたのは、いつ頃からだっただろう。オールマイトだけじゃねえ。他のヒーローを以前は俺に向けていた目で見るようになったのは。ムカついてあいつのヒーローノートを目の前で焼いた。消し炭にしたらあいつが泣きじゃくったから大人に怒られた。それからは加減をするようにした。ノートは灰にしないように。身体を傷つけても火傷の痕を残さないように。手加減なしでてめえを叩きのめせたら、どんなに気持ちいいだろう。そんなことしたら死んじまうからできねえけど。いっそ目の前からいなくなれと願うこともある。どんなに楽になるだろう。追いついた。俺の目の前にいやがるから悪いんだぜ、デク。

「おとなしくしろよ。なあ、デク」
 肌に当てた掌が熱を帯びてゆく。熱さを感じても、火傷をさせないくらいに温度を調整する。出久の身体が跳ねる。
「や、熱い、止めて、かっちゃん」
「暴れんな、焼くぞてめえ」
 はじめだけ脅せばおとなしくなる。馬乗りになって服を剥いで上半身を裸にする。乳首を指でなぞり摘む。ひくっと出久の喉が上下する。くっと笑みが漏れる。小せえ頃はかっこいいとかすごいとか言ってたくせに。今のてめえのその態度はなんだ。怯えてるくせに見すかしたような生意気な目。追いつめてやりてえ。徐々に熱を下げて平熱より少し高いくらいに調整する。首筋を両手で締めるようにさすり、触れたまま手を下ろして脇腹を両手で挟んで擦る。滑らかな肌。吸い付くようだ。上半身を余さず触れる。
「熱いよ、かっちゃん」
 出久は両腕で顔を覆う。とっくに掌の温度は下げてるのに気づいてないのか。太腿の上に移動し、腹に手を滑らせてチャックを下げる。下着の中を探る。体毛に触れる。その下を探り局部に指を滑らせ、ゆるっと握る。
「いや、止め」
 不穏な動きに出久が身を捩る。
「クソが。暴れんなよ」
「やだ、やめてよ、やめろ!」
 出久は抵抗して勝己を押しのけようとした。
「暴れんなよ。大事なとこ焼いちまうぜ」
 性器を握ったままで少しだけ温度を上げる。動転した出久が仰け反る。
「かっちゃん、やめて、熱いよ、熱い」
「おとなしくしてろよ、加減できねえかも知れねえぜ」
 本当はどのくらいで火傷を負わせちまうかは熟知してる。他ならないこいつで実験済みだ。触れたいんだ。肌に身体に心に。なのに嫌がらせにかこつけるしか触れられない。気が向いた時にいくらでも触れられたのにおかしいだろ。出久は大人しくなった。緩急をつけて扱くと性器が芯を持ち始める。先端を指先で捏ねる。出久の息遣いが乱れがちになる。
「勃ってきたぜ。きめえな。気持ちいいのかよ」
「かっちゃんが変な触り方するからだ。もう嫌だよ」
 嗚咽混じりに言いながら腕で顔を隠す。掠れた声。上気した頬。セックスを思わせる触れ方をしているせいか腰に熱が集まり、勃起してきた。出久の痴態に欲情してるのか。性器が首をもたげ、ズボンの前が膨らみ始める。まずい。こいつに知られちまう。勝己は腰を浮かす。その隙に出久は足を曲げ、勝己を蹴り飛ばした。
「ってーなあ、てめえ!」
 勝己は横倒しになり尻餅をついた。その隙に出久は起き上がり、チャックを上げると脱がしたシャツを拾って走り去る。
「くそっ。抗いやがって」
 残された勝己は掌を眺める。出久のペニスに触れた手だ。擦ったら張り詰めてきて固くなった。俺と同じ男のもの。追いつめてやったのに、なのにまだ足りねえ。もっと弄りてえ。もっと嬲りてえ。勝己はズボンの中に手を突っ込み、自身の屹立したものを握る。出久を扱いた手で己のペニスを掴んで扱く。目を瞑って出久の痴態を思い浮かべる。あいつの掠れた声、息遣い。果てる寸前に亀頭を手で覆う。生暖かい液体の感触。手をズボンから引き抜いて眺める。掌を汚す白濁。忌々しい情欲の証。
 机の横に設置された流しで手を洗う。俺はおかしい。自分がコントロールできない。あいつが俺をおかしくするんだ。他の奴が俺をどう言おうとてんで気にもならねえ。でも出久の視線は気に触って仕方がねえ。あいつが俺を否定すんのだけは許せねえ。苛立ちを解消する術がなくて関係が歪んでゆく。だが諦められるようならとっくにそうしてる。目に入れば気になる。目に入らなくても気に触る。ままならない感情が空回りする。
 出久は雄英高校を昔から目指してる。自分もそうだ。譲る気はない。だが高校まで同じなんて冗談じゃねえぞ。あいつに感じる執着。苛立ち、焦り、情動、そんなものをこれからも抱え続けなければならないなんて。高校まであいつに囚われるなんて。合格なんて無理に決まってる。だが万が一。なんとしても阻止しなきゃならねえ。思い知らせてやればいいんだ。踏みにじってやる。お前なんざ無理だって。そうしなきゃ俺はデクを。いつかあいつを。

3

 保健室の外で複数の足音がする。ドアを開けて相澤が入って来た。廊下をストレッチャーに乗せられた誰かが運ばれてゆくのが見えてどきっとする。相澤はリカバリーガールに、瀕死のオールマイトを病院に連れて行くと報告した。敵はオールマイトによって倒された。そいつがバリアを張っていた奴なのかどうかはわからない。戦いによりオールマイトの四肢が断裂仕掛けていたと。
「四肢って、大丈夫なのかよ」勝己が口を挟む。
「わからん」相澤は腕を組んで溜息を吐く。「それしか言えん」
 相澤は治療のために一緒にリカバリーガールに病院に来てほしいと頼んだ。リカバリーガールは快諾し、支度すると言って奥に引っ込む。相澤は勝己に向き直る。
「あの爆破音はお前だな。外に知らせるために窓を爆破したか。無謀に戦ったりせずよくやった」
 珍しく相澤が褒め言葉を口にする。勝己は顔をそむける。褒められるようなことはしてない。逃げただけだ。あそこに出久を置いていけなかっただけだ。
「なんのこと?」騒ぎに目覚めたらしい。出久がカーテンをそろっと開く。
 相澤はまずいという表情になり、「寝てろ、緑谷」と言ったが、出久は聞かない。
「なに、四肢って?オールマイトの?」みるみる顔が青ざめる。「四肢が、断裂?相澤先生、オールマイト、嘘ですよね」
「しかけた、だ、ちぎれちゃいない」相澤は苦しげに言い、勝己に目配せすると「あとは頼んだ」とリカバリーガールと共に立ち去った。
 くそっ!よりによって余計なことを。タイミングってのがあるだろうが。勝己は舌打ちをする。出久は「オールマイト」と呟いて起き上がり、ベッドからからよろよろと這い出した。「寝てろ馬鹿」と言っても出久は聞かず壁伝いに歩いて扉の前で崩折れ、しゃがみ込む。酷い有様だ。
「デク、戻れ、てめえは寝てろ」
 勝己は肩を掴んで、立ち上がろうとする出久を引き止める。
「ごめん、今君の顔を見たくない」振り返らずに低い声で出久は言う。「なんで僕をあの場に置いていってくれなかったんだ」
「んだと、てめえ。あの場でてめえに何が出来たってんだ」
 頭に来た。出久が傷ついてゆくオールマイトを、黙って見ていられるわけがない。十中八九手足がズタズタになるまで、バリアを破ろうと足掻いただろう。他に敵がいたかも知れない。あるいはそれが敵の目的の一つだったかもしれない。冷静になれないなら足手纏いでしかないんだ。出久の目からぽろぽろと涙が溢れ出した。
「君は正しいことをしたよ。わかってる。僕が理不尽なことを言ってるってことは。君は悪くない」デクはしゃくりあげながら続ける。「でも、ごめん。今君の顔を見るのが辛い」
 勝己はギリッと歯軋りをする。いつの間にか指を出久の肩にぐっと食い込ませていたのに気づき、手を放す。
「これが半分野郎やつるんでる奴らでも、てめえはそう言えんのかよ」
 出久は苦しげな表情で答えない。勝己は出久の腕を引いてぐいっと立たせ、乱暴にベッドに押し倒して肩を押さえつける。
「い、た」出久は顔を顰める。
「ああ?どうなんだよ、デク!」
「彼らは君みたいに力づくで止めたり、無理強いしたりしない」
 出久は辛そうな顔で目を伏せる。こいつ。
「こっちを向けや!」
 顔を近づけて怒鳴る。ふと意識する。唇が触れそうな距離。唇を重ねたらこいつはどう思うんだろう。こいつに俺を押し返す力はない。身体が辛いだろうから押しのけるどころか、身動きすらまともにできないだろう。今なら逃げられない。いつも俺を探るように見返す生意気な目がどんな風になるんだろう。唇を奪ったら。
 一瞬の夢想。現実は唇が触れることなく凍りついたままだ。衝動は絶え間なく押し寄せるのに動けない。唇を重ねるなんて簡単なことなのに。ほんの少しだけ動けば触れるのに。出久の視線が外された。気付いたのか、気付いてねえのか。気付いてても聞かねえのか。
「話もしたくねえってか」
 出久は目を伏せて何も言わず顔を逸らしたままだ。勝己は出久から身体を離した。
「今は引いてやる。てめえの物言いに納得したわけじゃねえぞ、クソが!」
 勝己は壁を殴りつけて保健室を後にした。教室に引き返さず寮にも戻らず、そのまま学校を出る。門の前で振り向いた。以前自分が帰ろうとした時、あいつは追ってきた。あいつはあえて俺に近づいてくることはない。ちょっかいを出すのはいつも俺ばかりだ。でもあいつは俺が弱ってるときはいつも感づいて追ってきた。俺を避けやがるくせにそんな時ばかりと腹が立ったけれど。けれども、たとえ傷を負っていなかったとしても、今回はあいつは追ってこないだろう。
 久しぶりに自宅に帰ってきた。両親とも仕事に出ていて留守だ。しんと静まった家。2階の自分の部屋に上がってベッドに寝転ぶ。視線の先に見えるのは本棚。片隅に突っ込んであるのは出久のノートだ。中学の頃、あいつはこれを受け取るのが目的で家に来たくせに、持ち帰らなかった。一言でも勝己のことが書いてあったなら、消し炭にしていたかも知れない。捨てるに捨てられず返すに返せず、そのまま本棚にある。あの日。一線を越えちまった中学の時のあの日の放課後。

4 

 ぱさぱさと軽い紙の擦れる音が聞こえた。
 音のする方を見やると、植え込みの繁みの上にノートが開いて置いてある。見覚えがある。出久のノートだ。風に煽られてページがひらひらとめくれてゆく。いや、置いてあるんじゃなく落ちたのだ。自分が投げて落としたのだ。ノートを教室から外にばらまいた時、拾いに行って戻った出久が1冊足りないと落ち込んでいた。春の嵐に吹かれて教室から随分離れたところに飛ばされたものだ。
 拾ってぱらぱらと眺めて思案する。細かい字や図で埋め尽くされた紙面。一心不乱にノートに書き込む出久の姿を思い出してむかっ腹が立つ。こんなもの、燃やしてやろうか。何人ものヒーローの個性をいちいち詳細に調べて。憧れるヒーロー達をノートに書けば、自分もなれるとでも思ってんのか。個性もないくせに。
 さくさくと足音が近づいてくる。出久の足音だ。校舎の向こうから姿を現した出久は、勝己の顔を見て「あ、かっちゃん」と身を竦めたが手元のノートに気づいて「返してよ」と小さな声で言った。
「見つけてやったんだぜ。礼を言うのが先じゃねえのか」
 勝己はにやっと笑う。
「君が外に放ったんじゃないか」
「だから?」
 出久は恨めしげに黙り込む。勝己はにっと口角を上げてノートの端を摘んで振った。
「返してやるには条件があるぜ」
「何?かっちゃん」
「てめえ、雄英受けんのやめろよ」
「嫌だ」
 出久は即答する。そうだろうよ。想定通りだ。
「じゃあ譲歩してやる」
 どうせ受かりゃしねえ。勝己は出久にゆっくり歩み寄り、ノートを摘んでひらひらと揺する。
「これから家に来て、俺の言うこと聞けば返してやるよ」
「かっちゃんの家?なんで」きょとんとして出久は問い返す。
「遊んでやるよ。俺の気が済んだら返してやる」
「え、と、なんで?」
 戸惑ったように、出久は目を泳がせる。
「どうすんだ。返して欲しいんだろ」
 出久は勝己の視線を避けて俯く。じれったくなり、勝己は声を荒らげる。
「てめえ!いるのか?いらねえのか?」
「いるよ」
「だったら来るしかねえだろうが!」
 出久は逡巡していたが「わかったよ」と答えて、勝己の後ろをついてくる。つかず離れずついてくる足音。久しぶりの感覚だ。出久はうなだれながら、それでも反抗的な光を瞳に宿している。生意気に。そんな顔してられんのも今だけだ。
 家につくとすぐに部屋に連れ込んだ。ベッドの上に俯せにして押し倒して「ケツ突き出せよ」と出久を四つん這いにする。出久は「なんで」と問うが、構わずズボンと下着を膝まで下げた。
「やだ、なに、何するんだよ、かっちゃん」不安そうな声で出久は聞く。
「うるせえ。脚閉じて揃えろよ」
 勝己は膝立ちになり出久の足を跨いだ。ズボンの前を寛げると閉じた太腿の隙間に陰茎を当てて挟ませる。
「何、なに?なんか足の間に」
「こっち見んな!」
 振り返ろうとした頭を掴んで前を向かせ、シーツに押し付けた。亀頭をぐっと押し込んで半ばまで差し入れる。先端で出久の陰嚢を押し上げる。
「わ、ちょっと、何なの?」
 と出久が慌てた。性器全体が柔い人肌に包まれる。出久の体温。身を引いては押すと太腿の肉に皮膚が擦られる。気分がいい。てめえを犯してるみてえだ。腰を揺すり前後に振る。はっはっと息が荒くなる。
「ねえ、かっちゃん」
「んだよ、黙ってろ。こっち見んな」
「ねえ、もういいかな」
 冷静な声。勝己は腰の動きを止める。てめえには全然応えてねえんだ。当然だ。身体の中に挿れてるわけじゃねえ。脚の間に、外側だけに触れてるだけだ。こんなのただの自慰にすぎねえ。自分だけが興奮してる事実に猛烈に腹が立った。こっちなら応えるのか。後孔に指で触れる。
「わ!どこ触ってんだ」出久が吃驚して振り返る。
「こっち見んな、クソが」
 頭をぐっと押さえつける。ここに、挿れたら。てめえに傷をつけてやれるのか。ふにふにと指先で嬲り、ぐっと親指を突き入れる。
「嫌だよ、やだ!もう、嫌だ」
 出久は逃れようとして横倒しに倒れる。太腿の間から陰茎が抜けた。くそっ不完全燃焼だ。勝己は勃起したままの性器を何とかズボンにしまう。出久は慌てて立とうとして、絡まる下着とズボンに足を取られて転んだ。こいつを乱れさせてやりてえ。勝己は出久の足に絡まった衣類を引き抜いて部屋の隅に投げる。
「ちょ、かっちゃん」
 下半身を裸にされた出久はシャツで前を隠そうと焦っている。シャツから覗く太腿。ずくりと屹立が脈打つ。
「これで歩けるだろうが。ちょっと来い」
 勝己は出久の腕を掴んで階下の風呂場に連れて行った。裾と袖口を捲って「脱げ」と言う。出久は「え?なんで?」と目を丸くして棒立ちになった。
「脱げっつったら脱げよ!」
 焦れったくなりさっさと出久の服を剥いだ。裸にされ風呂の床に座り込んだ出久に「中を洗浄すんだよ」と告げる。
 何をされるのか、予想できんじゃねえのか。それでもわかってて従えるのか。四つん這いになれというと出久は戸惑っていたが、素直に従った。思い通りになったのにいらっとする。余程あのノートが大事なのかよ。
 シャワーで洗浄する間出久は耐えていた。綺麗に洗って裸のままの出久の腕を引いて立たせる。「かっちゃん」と震える声で問う出久を部屋に連れてきた。所在なさげに戸惑う出久を押し倒して火照る肌を撫でる。骨に沿って肩を摩り、胸に腹に掌を当てて触れていく。出久は目を瞑って耐えている。
「脚を立てて開けよ」
「なんで?」
「さっさとしろ!」
 ぐずぐずしている出久の脛を掴んで両足を開かせ、後孔に指先を挿入する。
「や、嘘、なにしてんだよ、かっちゃん」
 慌てた出久が上体を起こしかけたので、のしかかって身体で押さえつける。
「なんでそんなところ、かっちゃん」
「洗っただろうが。黙ってろ。探してんだ」耳元で囁く。
「なに、を」
「てめえのいいところだ」
 勃起させるためには前立腺を刺激すればいい。男の気持ちのいい部分だって話だ。指をさらに捻じ込み中を探る。
「やだ、変だよ」
「暴れんな。往生際が悪いぜ」
 勝己は邪魔をする出久の腕を一掴みにまとめる。後孔の奥を探っては引き抜き、浅く入れてはかき混ぜるように探る。
「ああ、んん、や」
 出久の声音が変わった。
「ここかよ」
「違う、や、やだ」
 指先に触れる膨らんだ部分を更に刺激する。出久は身体を捩って喘いでいる。元気のなかった性器が固くなってきた。徐々に頭をもたげて勃起する。
「やだ、変だよ、ああ、かっちゃん」
「当たりっと」
 熱を含んだ出久の息遣い。指を2本に増やして捩じ入れ、膨らみを挟んで捏ねる。
「やだ、いやだよ、もう、離してよ、かっちゃん」
「嫌がってるように見えねえな、デク」
 掠れた声で勝己を呼ぶ声。指に絡みつく柔く熱い肉の感触。しこりに触れるたび肉は勝己の指を締め付けては緩む。擦ったり潰すように押したり嬲り続ける。感じすぎて辛いのか。出久の目から涙が零れ落ちた。
 指をぬるりと引き抜く。出久はまるで気づいていないようだ。目を瞑り開脚した足を閉じもせず悶えている。赤く充血した窄まりが勝己を誘うようにひくついている。下腹部が熱い。あいつがあられもない姿で悶えまくるから、多少治まってたってのにまた勃起しちまった。
 挿れてみてえ。あんだけ柔らかくなってたら入るんじゃねえか。
 勝己はポケットからゴムを取り出した。親の寝室から失敬したものだ。親がとか思うときめえけど。これを付けりゃ交尾にはならねえってことだろ。ベルトを外して、さっきまで指を入れていた箇所を撫でる。柔らかい。するっと入っちまいそうだ。ゴムをつけて自身をそこに押し当てる。出久は勝己の挙動に気づいてないのか、胸を波打たせ目を瞑ったままだ。腰を前に進めると和らいだ部分に屹立の先端が少しだけ潜る。
「あ、あ、はあ」
 出久が目を開けて声を上げる。勝己の挙動に気付いて、信じられないといった表情を浮かべる。
「やだ、かっちゃん、何してん。つっ」
「ん、バカデクが」
 抜けそうになったので出久の腰を掴んで引き寄せる。腰を前後に揺するたびにギシギシとベッドのスプリングが軋む。
「嘘だろ、嘘だ、無理だよ。入るわけないじゃないか。離して」
「黙ってろ、クソナード」
「やだ、離せよ、離してってば」
 暴れる身体を組み敷いて猛る欲望を押し付ける。捩じ込もうとしてもなかなか入らない。汗が吹き出す。苦悶の表情を浮かべるムカつく幼馴染。てめえは俺より下だ。追いかけるのはいつもてめえだったはずだ。それがいつの間にか俺がてめえを追いかけてるなんて許せねえ。いつもいつも俺の目の前にちらちらといやがって。
「くそがっ」
 ぐっと腰を入れたら亀頭のえらまで潜った。
「あ、あ!こんな、かっちゃん、やあ、あ」
 デクが悲鳴を上げた。締め付けのきつさに勝己の口からも呻き声が漏れる。太い部分が入ればいける。出久の腰を掴んで固定し、腰を前に強く振った。振るたびに身体に竿が捻じ込まれる。
「いやだ、かっちゃん」
「うるせえ」
「こんなのは、ダメだ、ああ!」
 構わずに力任せに押し入ってゆく。揺さぶる度に後孔に猛りが呑み込まれてゆく。熱くてうねる出久の体内。犯しているんだ。出久を。痛みのせいか、勃起していた出久のペニスは萎えている。
「はは、ははは」勝己は口角を上げる。「てめえ、いっちまうだろ。力抜けよクズが」
 睨みつけてくる出久の目。生意気だ。てめえは俺に逆らえねえ。苛ついてぐっと力を込めて穿つ。俺にそんな目を向けんじゃねえ。おまえはもっと違う目で俺を見てたじゃねえか。てめえの視線は目障りだ。俺を見ないで他のヒーローを見てる時はもっと苛つく。てめえがいるだけで俺の心は騒めくんだ。
 ずり上がる身体を押さえつけ、身体を重ねて逃さないよう体重をかける。挿入したペニスを抜いては突き入れるうちに引っ掛かりなく貫けるようになってきた。気持ちいい。リズミカルに律動して熱い体内を抽送する。下腹部に当たる硬い感触。また出久のペニスが緩く立ち上がった。感じてやがるのか。出久は目を瞑って喘いでいる。苦しそうに。だがどこか快感の篭った甘い声に身体が火照る。声を殺してるのが忌々しい。ベッドが壊れるかと思うほどに激しく揺さぶる。引き抜いてはめり込むペニスを熱く締め付ける身体。気持ちよくて溺れてしまいそうだ。
「あ、あ、酷いよ、かっちゃん」
 何言ってやがる。酷いのはてめえだろ。身体を起こし出久の足首を掴んで股を大きく開いた。自分と繋がっている部分が顕になりひくひくと震えてる。
「ざまあねえな、デク」
「ちょ、やだ、やめてよ」
 身を捩る出久に再び覆い被さり律動を再開した。腰に溜まってきた痺れが全身に広がる。勝己は「くっ、は」と唸り深く突き上げ、熱い肉に締められて射精した。脱力して出久の肩口に顔を伏せる。
「ふ、は、は」
 笑い声が漏れる。てめえを支配して意のままにした。苛々がおさまる。溜飲が下がる。勝己は上気して赤くなった出久の頬に触れる。
「てめえも気持ちよさそうによがってたじゃねえかよ」
 個性が発現してからこれでも気を付けて苛めてきた。跡がつけば問題になる。全力出せば壊しちまう。でもこうすればいいんだ。外から見てもわからねえ。てめえに嫌とは言わせねえ。指先で首筋を辿り乳首を撫でる。逃げ出さなかったんだから、こいつだって同罪だ。
「てめえだって興味くらいあっただろ」
 耳朶を食み、囁く。呆然としていた出久がピクリと震える。半身を起こすと勝己を押しのけて身体の下から逃れ、のろのろと立ち上がって服を着始める。
「ほらよ、約束のもんだ」
 勝己はベッドに腰掛けて出久の足元にノートを投げる。放り出されたノートに出久は目を向けたが拾おうとはしない。
「何されんのか、てめえもケツ洗われた時点で気づいたろうがよ」
 出久は答えずなにやらブツブツと呟いている。また無視かよ。
「滑稽だな。そんなにノートが大事かよ」
 勝己は苛々して揶揄する。
「違うよ」出久は低い声で否定する。「ノートの中身は覚えてる。なくしてもまた書けばいいんだから」
 出久は鞄を持って立ち上がったが、足元がふらついている。
「はあ?じゃあなんでおとなしく身体嬲らせてんだよ」
「君の家の風呂に入ったことだってあるし、君に身体を弄られたことは何度もある。だから悪戯の範囲なら我慢できるかなって」
「はあ?何をてめえ」
 出久は痛みに堪えるように息を吐いて続ける。「でも、幼馴染相手にここまでするなんて思わないよ。こんなのヴィランのすることだ。ヒーロー志望ならしちゃいけないことだよ」
 何を他人事みたいに説教してんだ。やられたのはてめえだろ。しちゃいけねえだと?てめえに起こったことだろうが。ムカつく。
「こんなことってなんだ?言ってみろや」
 出久は「レ」と言いかけて口を噤む。てめえ、レイプだって言いてえのか。
「じゃあなんでうちに来たんだ。好奇心かよ」
 出久は首を振る。ノートのためでもねえ、やらせるつもりでもねえ、興味本位でもねえ。だったらなんだ。
「君が」
 出久が勝己に真っ直ぐな視線を向ける。嫌な予感がした。こいつがこんな顔をするときは碌なことを言わないんだ。
「やめろ」
 その目は。そんな目で俺を見るな。
「君が辛そうな顔をしてたから、だから僕は」
「はああ!?」
 激昂した勝己は、出久の胸ぐらを掴んでぐいっと壁に押し付けた。かはっと出久が苦しげに息を吐く。
「俺がだと、ふざけんなよ。てめえ、舐めてんのか!」
 てめえのせいで俺がこうなってんのに。なのに他ならねえてめえそれを言うのかよ。
「違うよ!かっちゃん」出久は咳き込みながら反論する。「僕を馬鹿にしてるのは君だろ。でもこんな、こんなことは君はしちゃいけないんだ!僕はもう何があっても君んちには来ない!」
 膠着した勝己の腕から逃れ、出久が階段を駆け下りてゆく。転がるような足音が遠ざかり、ドアの開閉音が響いた。勝己は足元のノートを壁に叩きつける。腸が煮えくり返る。どこまでもあいつは俺を苛つかせる。てめえが俺に気づかせたんだ。渇望を。欲情を。てめえとこんな風にならなきゃあ、知らなくてすんでたかもしれねえのに。ぶっ殺しちまいたい。勝己は壁を背にして座り込んだ。てめえをこの手で。握りこんでいた掌を広げる。
 自分がどんどん濁っていく気がする。あの頃確かに掌の中にあったものはいつの間にか砂粒みたいに零れ落ちてしまった。いくら手を伸ばしてもひと粒たりともう拾えやしねえ。あいつは俺から離れねえなんて、一体何を根拠に信じてたんだ。個性がなくてもあいつは思い通りになんてなりゃしねえ。俺の夢は何だったんだ。俺の欲しいものは何だったんだろう。

5

 リビングのソファに寝転んだ。何もすることがないが、寮に帰る気は起こらない。外出許可は得た。「学校を襲撃されたわけだからどっちにしろ危ねえだろ」と言うと「GPS発信機だけはONにして身につけておくように」と電話口で言われた。
 父は暫く会社に泊まり、母は月末まで出張だという。その間家には自分だけだ。気ままでいい。母親に電話した時「いつまで家にいるの?」と問われ「学校にヴィランが出たんだ。破壊された校舎に戻れるかよ。戻る理由もない」と答えたが、「戻りたくない理由があるの?」と図星を指され電話を切った。うるせえ。誰にも会いたくねえ。一人になりてえ。
 出久の野郎のせいだ。あいつが関わるといつも調子が狂う。ウジウジしてるくせに強い光を宿した視線が苛々させる。あいつだけだ。家が近かったから初めての連れ。幼馴染でなけりゃあこんなに側にいるタイプじゃねえ。凄い凄いって言いながらすぐ後ろをついてきたのに。いつの間にかついてこなくなって、話しかけなけりゃ話さなくなって。怯えやがながら影から観察してやがって。ムカついて苛めたくなってもしようがねえだろ。あいつが俺を避ける理由はわかってたんだ。今の俺があいつのヒーローじゃなくなったからだ。
 あいつに個性がないと知って俺は密かにほくそ笑んだ。出久は俺より永遠に下だ。逆らえば力づくで言うこと聞かせられる。勝手はさせねえ。選択肢なんて与えない。ああ、そうだ。嬉しかったんだ。馬鹿か俺は。これで出久はずっと俺の側にいる。そう思ってたなんて能天気もいいところだ。あいつが萎縮しちまって壁作って反抗しやがるなんて思わなかった。一時的に拗ねてやがるだけだと高をくくってた。どんなクソな個性だっていい。あの頃あいつに個性があったら今こんな風になんてならなかったかもしれねえ。
 オールマイトに俺は2度も助けられた。ヘドロヴィランの時とヴィランに誘拐された時。2度目の時はオールマイトは命を賭した。彼の力が衰えたのはそのせいだ。本来なら俺はより一層彼に傾倒していただろう。強さの象徴。憧れの対象。俺にだって彼は特別だ。なのに素直にそうなれないのはいつも出久が関わっているからだ。その上継承者だと。オールマイトへの感謝も憧れもあいつへの拘りが凌駕してしまう。
 あいつにとってオールマイトは尊敬も親愛も何もかも含んだ全てだ。あいつがオールマイトを仰ぎ見るたびに腸が煮えくり返る。誰よりも強い存在、完全無欠のヒーローオールマイト。俺はオールマイトを超えてやる。そうなればあいつは。畜生、あいつがなんだって言うんだ。
 暑い。クーラーついてんのに全然きいてねえじゃねえか。冷蔵庫の中には何もない。財布をポケットに入れて飲み物を買いに外に出た。外は茹だるような暑さ。影がアスファルトを真っ黒に焦がしていようだ。
コンビニに入る前に何かの気配を感じて立ち止まる。ひんやりした、首筋がぞっとするような気配。
 誰だ。ゆらりと景色が揺れた。白い靄が駐車スペースに漂い、視界を覆う。学校に来やがったバリアの個性の奴か。オールマイトが倒したって奴は違ったのか。姿は見えねえ。勝己は身構えた。
「外で個性を使っちゃいけねえ。が、仕方ねえよな」
 靄に向かって爆炎を飛ばす。シュッと爆音が消えた。やっぱり同じか。パリパリと音がして景色が白く烟り完全に囲まれる。
「出てこいや」自然と口角が上がる。「むしゃくしゃしてんだ。丁度いいぜ」
 何処から来やがる。勝己は全身の神経を研ぎすませる。
「君もさあ、こちら側だろう」
 姿は見えないが例の手首を顔にくっつけたヴィランの声だ。
「うぜえな。あん時言っただろうがよ。俺はオールマイトに憧れてんだ。オールマイトを越えんだよ」
「超えるんなら倒さなくちゃあなあ」
 耳元で鼓膜を震わせる声が聞こえた。ぶわっと鳥肌が立った。瞬間的に飛び退く。いつの間にかワープの出入口が背後に開き始めてた。後退りしたが、背後のバリヤにぶつかって跳ね返されそうになる。これ以上後退できない。
「邪魔だろ、オールマイトはさ。衰えてなお最強のヒーローなんてさ」
「うるせえよ」
 ワープの奥からまだ奴は姿を現さない。真っ黒な虚を睨みつける。
オールマイトを置いて逃げたのはさあ、英断だったよなあ」
「逃げたんじゃねえ、クソが!」
「見殺しにできたのになあ。残念だよ」
 ワープゲートから痩せた腕が伸びてくる。何とかここから出らんねえか。勝己は拳を握る。いいや、ワープゲートから出てきたところを返り討ちだ。近寄ったりしなければあの掌は脅威じゃねえ。距離を取って爆破しちまえば。
「大切なものを失くした時、人はヴィランになるんだ。欲しいものが手に入らないとわかったとき時、人はヴィランになるんだよ。絶望するくらいならいっそ壊してしまえと思うだろう。君ならわかってくれると思うんだけどな」
「はっ!めそめそした動機だぜ。俺は俺が一番だ。欲しいもんはこれから手に入れるんだ」
「それだよ。欲しいもの欲しがって何が悪いんだい。俺もやりたいようにしてるだけさ。ヒーローだけがしたいようにし放題で許されるなんて、不公平じゃないか。欲望のままに捻じ伏せて蹂躙して貪って支配する。そうしたくてもヒーローになっちゃあ不可能だろうが、ヴィランなら出来るんだよ。それが本当の自由って奴だろ。わかるだろう」
「べらべらとうぜえわ!」
 全身出やがったら爆破してやる。勝己は掌からパリッと火花を散らす。だが迫っていたヴィランの手の動きがピクリと止まった。
「邪魔が来たなあ。考えといてくれ。また来るよ」
 ぱんっとバリアが弾けた。空間が開け、元のクリアな背景が戻ってくる。
「くそったれが」
 校外はより危ねえってことか。不本意だがGPSをオンにするしかねえ。あのヴィラン野郎、邪魔が来たってなんだ。誰かうちに向かってんのか。相澤先生かよ。連れ戻しにやってきたのか。生憎まだ戻る気にならねえぜ。
 買い物を済ませ、コンビニを出て歩き始める。くそったれが、あの野郎。ふざけたこと言いやがって。俺にヴィランになれだと。オールマイトを置いて行ったのは助けを呼ぶためで。出久を連れて行ったのは他に敵がいたかも知れないからで。出久があんな無茶をしなきゃあ。あいつが。あいつさえ。畜生。なんでこんなこと考えなきゃいけねえんだ。
 陽炎の向こう、坂の下にゆらりと人影が見える。目を凝らすとそれは見慣れた癖っ毛の幼馴染の姿。
「やっと見つけたよ。かっちゃん」
「てめえが来たのか、デク」
 顔を見るだけでムカついてしょうがない。
「家にいなかったから探したよ。今GPSが反応したから見つけられたんだ」
 いつも苛々させる怯えた目、いや違う。怯えじゃねえ。似ているがこいつの目はいつもとは違う。眼の奥にある翳りは。罪悪感か。それとも他の何かか 。
オールマイトは回復したよ。かっちゃん。手足も元通りになったんだ」
「そうかよ」
 ほっとしたが、声に安堵を滲ませないよう、素っ気なく返す。「あの」と出久は言いかけて口籠り、俯いて漸く続ける。
「戻ってよ、かっちゃん」
「まだ戻んねえよ。今夏休みだしな。戻る理由ねえだろ」
「みんな、学校にいるよ」
「るせーな。許可は得てんだよ」
「だって、あのまま、だったから。僕は君に言わなきゃいけないこと、あるんだ」
 途切れ途切れに紡ぐ言葉。頭に血が登り、出久の腕を掴む。このまま握り潰してやりたい。出久は顔を顰めながらされるがままでいる。力を緩めず身体を引き寄せる。
「ごめん、かっちゃん。君はヒーローらしいことをしたのに、僕は酷いことを言った。相澤先生の言う通りだ。君は当然のことをしただけなのに、僕は」
「勘違いしてねえか」勝己は口の端に笑みを浮かべる。「俺はお前の邪魔しただけだぜ。てめえを連れてったのはヒーローだからじゃねえよ。てか、ヒーローらしいって言われたこたあ殆どねえしな」
 出久は辛そうな表情になり、顔を伏せる。
「そんな風に言わないでよ。君はヒーローだ」
「よく言うよなあ、思ってもねえくせによ」
 炎天下で炙られているせいか、出久の首元が赤く染まっている。触れれば熱いだろうか。汗ばんだシャツの下の肌が透けて見える。
「他の奴らでもそう思うのか。あの時君はそう聞いたよね」
 出久は顔を上げて、勝己と一瞬視線を交わす。
「ああ」
「僕は飯田くんや麗日さんや轟くんや他の誰でも、きっとそうは思わないよ。彼らが同じことをするなら僕のためだ。彼らは友達だから。僕でもそうすると思うから。でも君は違うだろ」
「ああ。たりめーだ。お友達ごっこなんてやれるかよ」
「僕は君といつかはそんな風に接したいと思ってた」
「はっ。てめえがだと?笑わせるな。ありえねえ」
「秘密を共有できたし。もっと穏やかな関係になりたかったんだ。昔みたいに」
「今更何言ってんだ」
 なれるわけがねえ。てめえが俺を避けたことで。俺を拒絶し続けたことで。そして、こうやって俺に会いに来やがったことで。俺がどんなに揺さぶられているか。 わかってねえだろ。あの頃は気づいてなかった。オレがてめえに抱く衝動の正体を。俺はてめえをめちゃくちゃにしてえんだ。先に俺をめちゃくちゃにしたのはてめえの方なんだから。
「うん、甘かった。僕自身がこれじゃ、そんな風になれるわけがないんだ」
「わかりきってらあ。てめえが自分を過信してたってだけだろ」
 修復するには壊れすぎてしまった。
「そうかも知れないけど。それに、君だけは違うんだ」
「何が言いてえんだ」
「皆は昔の僕を知らない」出久は苦しげに言う。「個性があるから同等の友でいてくれるんだ。本来は側にいることすらできないだろう。僕は彼らにとっては仲間じゃなく助ける対象になるんだ」
「たりめーだろ。個性のねえ奴なんか誰が対等に見るかよ」
 てめえは個性を得たことを隠してたんだろう。てめえの自壊する破滅的な個性を。俺が勘付かなかったら、今も隠し続けるつもりだったんだろ。 俺にもずっと。
「彼らのことはとても好きだし尊敬してる。尊敬できる人たちと友達になれるなんて夢みたいだ。ほんとに嬉しい。今の僕だからこそ可能になった関係なんだ。だけど君は僕に個性がなくてもあっても変わらなかった。僕もやっぱり君が、苦手で」
「何が言いてえんだ」
「彼らは僕を同じだと思ってくれる。助けてくれるなら仲間としてだ。でも君は僕を仲間だと思ってないだろ。なのになんで君が、僕を助けるなんて。だから混乱した」
「てめえの邪魔をしたんだ」
「違うだろ、かっちゃん!」出久は感情的に言い返す。「俺が間違ってた。僕は自分の無力感から八つ当たりしたんだ。ああするのは当たり前のことなんだ。君はヒーローだからだ。あの場所で要救助者は僕の方だった。他に敵がいるかも知れない状況で。君の行動は正しかったよ。なのに僕は自分の無力感を君にぶつけたんだ」
「ちげえよ。てめえのヒーロー像を勝手に俺に押し付けんな」
「でも僕にとって君はヒーローなんだ。強くてタフでいつも先頭を走る。認めたくないのに認めざるをえなかった。昔からずっと」
 出久は顔を上げて真っ直ぐな視線を向ける。個性もない頃からヒーローたらんとし、ヒーローらしくあれと勝己にも望む。口に出して言わなくてもかの瞳がいつもそう語っている。この視線の先にいつも俺が、俺だけがありたいと望まずにはいられない。俺はヴィランになるわけねえんだよ。そうなればこいつは俺を見なくなるじゃねえか。そんなこと我慢がならねえ。許せるわけがねえんだ。
「ずっとだあ?てめえの態度はそんな風には見えなかったぜ」
 出久は口籠る。「君の言葉は刃のようで、僕は傷つくばかりだった」
「んなこたあ、ガキの頃からだろうが」
「そうだ、ね。僕は君が眩しくて羨ましくて、辛くなった。だから距離をおいて見ているだけにしようとした」
「はあ?見ているだけってなんだ。俺は動画の中のヒーローと一緒かよ」
「そうしようと、してたのかもしれない。それに、君は凄い個性を持ってるのに、酷いことにばかり使って。側にいると悪いところばかり見えてしまう。遠くからなら凄いところだけ見れるから」
「ふざけんなよ」
「でも君はそれを許してくれなかった」
 てめえも出来なかったんだろ。俺を切り離しちまうことが。だからここにいるんだろ。中途半端なんだよ、てめえは。てめえは俺を振りほどけえねえんだ。自覚しろよってんだ。ここまでくりゃあもうひと押しか。
「なら好都合ってこったろ。遠くで見てろよ。話はそれだけか。じゃあな」
「待ってよ!君に戻って欲しいんだ。かっちゃん!僕は君を側で見ていたいんだ」
「またてめえの都合ってわけかよ」
「そうだよ。戻ってほしい。僕のわがままだ」
「また見てるだけか」
「今は、見てるだけじゃなくて、時々、かっちゃんと手合わせもしたいよ」
「それだけか。俺はそれだけじゃ許さねえってわかってんだよな」
「どうすればいい?かっちゃん」
 出久の表情が曇る。情けない面だ。勝己はすっと心が晴れるのを感じる。そうだ。しようとしたって無理なんだよ。俺ができねえのにてめえにできるわけねえ。てめえに感じるどうしようもない衝動。愚かだとわかってても抑えられない。そんな域にてめえは落ちてきたんだ。同じところに。俺のところに。勝己はニヤリと笑う。
「俺を連れ戻すのにどうすりゃいいのか知りてえか」
「かっちゃん」
出久は頷く。
「んじゃ、教えてやるぜ。来いよデク」
 勝己は腕を離して歩き出す。出久の肌に赤く跡がついた。その腕を摩りながらついてくる。
「俺がてめえを連れて離れたのはな、てめえが要救助者だったからとか、そんな殊勝な理由じゃねえよ」
「そう、なのか?かっちゃん。なら君はどうしてあんなことを。」
「てめえに教える理由ねえよな」
「そこまで言っておいてそれはないだろ」
「知りてえか」
「うん、知りたいよ」
 家に到着し、門を開けて振り返り、出久に手を伸ばす。
「もう二度と俺んちには来ねえって言ってたよな。どうすんだ。出久」
 覚えてんだろ。家に入るってことが何を意味するのか。出久は顔を上げて何か問いたげに口を動かしたが、声を発することはなく、差し出された勝己の手を取り、大人しく足を踏み出した。勝己は出久の腕を強く引いて家に連れ込む。靴を脱ぐのももどかしく玄関に上がり、二階の自分の部屋のドアを開ける。起き抜けでカーテンを締めたままの薄暗い部屋。
 ドアを閉めると出久を壁に押し付けてキスをする。「かっ」と名を呼びかける出久の唇を塞ぐ。乱暴に開いた口から舌を滑りこませる。「ん、ん」と出久は苦しげに呻いているが抵抗は緩い。ぴったりと唇を重ねて思う様に口内を蹂躙してやっと離してやる。出久ははあはあと吐息をついて呼吸を整えている。ふと勝己と視線が交錯する。再び唇が触れ合う。今度はそっと。顎を掴んで口を開けさせると唇を覆い舌を入れる。出久の口内を探り、舌をぬるりと絡めあう。息継ぎする間もない貪るようなキスに出久の足の力が抜けたのか、ずるずると床に座り込む。一緒にしゃがみながら頬を掌で挟み込んで勝己はキスを続ける。何度も身体に触れて、身体を繋げたこともあったのに、キスをしたことはなかった。保健室でも触れられなかった。こんなにも気持ちいいなんて。初めての感覚に溺れて味わうのに夢中になる。漸く唇を離して、肩で息をする出久の腕を引っ張り、ベッドに無造作に転がす。
「な、に、かっちゃん、今、なのか?」
「たりめーだ。てめえに選択権はねえよ」
 狼狽した出久の上に乗り上げて組み伏せる。肌に触れ首筋に唇で触れる。ちゅっと吸い付いて跡をつける。
「わ、かっちゃん、何」
 狼狽える相手を押し倒してシャツをたくし上げて身体をまさぐる。下肢を絡めて勃起したものを押し付ける。ひゅっと出久が息を呑む。
「このまま手ぶらで帰るか、俺を連れ戻すか」勝己は縮こまる相手の耳元に唇を寄せて囁く。「どうする?お前次第だぜ」
 返事を待たずに再び唇を奪う。

6

夏休みの間残りの1週間、勝己は出久を貪った。
 濃密な空間に少年達の靭やかな四肢が絡みあう。空調を付けたばかりの部屋はまだ茹だるように暑く。擦れ合う出久の裸の肌はそれより熱い。隙間なく身体を重ねてシーツの上で縺れ合う。首筋を舐めて乳首を甘噛みする。片手を股の間に入れて窄まりを探る。出久が身体を竦ませる。
 こいつが嫌がるくらい念入りに洗ったとはいえ、俺は潔癖なはずなのに。なんでこいつを舐めたり噛んだりしてんだろな。口淫したり後孔を弄ったり体液混じりあわせたり、他のやつなら考えられねえ。ま、出久にもしゃぶらせるけどよ。キスをしながら指で中を確かめる。以前にいじり倒した前立腺のしこりを見つけて撫でる。
「や、だ、そこ、やだって」
「喘ぎながら言われてもやめられねえな。嫌じゃねえだろ」
 こいつを嬲るだけで自分のものもビクビク反応する。快感も痛みも俺の手の内だ。 気持ちよくて止められねえ。指を2本入れて指の隙間を徐々に広げる。広げたまま深く突き入れてかき混ぜる。
「あ、やだ、ふあ」
 喘ぎつつ拒む言葉。身体は受け入れているのに口は素直じゃねえ。
「いくぜ」
 指を引き抜いてゴムをつけた昂ぶりを押し当てる。ぐっと力を入れて突くと慣らした蕾を開いてぬるりと亀頭が潜る。「はあっ」と出久が溜息を吐く。更に腰を進めて竿をじりじりとめり込ませてゆく。薄膜越しに伝わる溶けるような熱。
「や、だ、かっちゃん」
 出久の甘い吐息交じりの声。煽るんじゃねえよ。腰を引いては揺すり身体を貫いてゆく。動くたびに相手は喘ぎ声を上げる。
「あ、あ」
「ふ、は、堪んねえ」
 収縮する肉壁にペニスが締め付けられる。きつくて気持よくて搾り取られそうだ。まだイッてたまるかよ。ふっと息を吐き。仕返しとばかりに小刻みに中を擦る。
「ちょ、や、やだ、動かさないで」
 出久は腕を突っ張り身体を放そうとする。逃がすかよ。押さえ込んで深く挿入する。
「すげえな。繋がってんだぜ」
「な、何言ってんだよ」
 掠れた声で抗議されてもこっちを煽るだけだ。藻掻く身体を抱きしめて拘束する。貪るようにキスをする。律動し肌を打ち付ける。ぎりぎりまで引き抜いては体内に楔を打ち込む如く突き上げる。出久は声を殺して喘ぐ。引き抜いては貫きながら両手をシーツに縫い止めて見下ろす。出久は熱っぽい瞳で見上げてくる。泣かせてやりてえ。
「余裕だなあ、デク、物足んねえか」
「え、何、かっちゃ」
 足を肩に担いで出久の身体を折り曲げる。にやりと笑い、腰を引き強く打ち付ける。根元まで埋め込んでは引き抜く。奥まで深く抉られて出久は悲鳴を上げる。
「い、ああ」
「いい声出すじゃねえか」
「あ、はあ、もう許して、かっちゃん」
 出久の瞳が潤み目尻に涙が溜まる。
「デク、約束だな、教えてやるよ」
「かっちゃん?」
「なんであんなことしたのか。てめえは俺んだからだ」
「何、かっちゃん、よく聞こえない」
「てめえに手を出していいのは俺だけだ。てめえを傷つけんのも捩じ伏せんのも俺だけだ。デク。だから俺の前で勝手に死なせたりしねえ」
 律動を早めてゆく。激しく腰を打ち付ける。出久の中は熱くうねり、「やだ」と繰り返す出久の言葉とは裏腹に勝己をさらに奥に引き込む。
「約束、明日学校、行くよね、かっちゃん」
「ああ、今更何言ってんだ」
 夏休みは今日までだ。行かねえわけねえだろ。こいつの気にしてんのはそっちかよ。そうかよ。明日から学校か。勝己はペニスを引き抜くとゴムを外して捨て、そのまま再び挿入する。薄膜なしで直に感じる粘膜。ゴムをつけるより遙かに気持ちいい。肉壁に引っかかる感覚がたまらない。
「あ、かっちゃん、なんかしたの、さっきと違う」
「ああ、わかるよなあ、つけてねえの」
「まさか、かっちゃん、やめ、やめてよ」
「生の感覚をよお、味わえよ、デク」
 出久の中に印を残す。勝己の考えに気づいたのか、出久が狼狽する。押さえつけて中を激しく擦りあげる。前立腺のしこりに亀頭の先端が直に触れる。柔い突起をぐっと擦り上げる。
「や、はあ、あ」
 出久の身体が跳ねる。突くたびに出久が「あ、あ」と快感に喘ぐ。中心が熱くなり熱が陰茎をせり上がってくる。深く入れて動きを止める。
「は、う、デク」
 勝己は低く唸る。先端が弾けた。幼馴染の体内に精を注ぐ。征服感と高揚感。これまでゴムはつけていた。中に出さなきゃこいつは安心するかと衝動に堪えていた。でも最後の一線を越えちまった。こんなに気持ちいいなんてな。やめられそうにねえ。こいつの手も足も顔も、存在すべてが情動を煽る。覆いかぶさり荒い息を整える。
「なんで僕なんだ」
「は、俺だって知らねえよ」
 それは俺が一番知りたいことだ。なんでてめえなんだ。出久。
「なんで君なんだろう」ボソリと出久が呟く。「君は乱暴で短気で酷いことしてばかりなのに。なんで僕は」
「何だその物言いはよ。頭にくる奴だな。てめえはよ」
 だが腹は立たない。俺もそうだ。ムカつく奴なのになんでてめえなんかに俺がと、何度思ったか知れねえ。出会っちまったからだ。離れるなんて思えねえんだ。渇望するのはその目だ。てめえのその目が俺を狂わせてんだ。脳味が沸騰して身体の奥が熱くなる。捩じ伏せたくなる。
 てめえは俺のものなんだ。俺だけがてめえを自由にしていいんだ。他の誰にも渡さねえ。他の奴のものになるなんて許さねえ。耐えられねえ。ずっと前から俺のものだったんだ。物心ついたころから当たり前みたいに。後ろをついてきた頃も怯えながらも逆らうようになった頃も。側に寄ればムカついて苛つく奴でも俺のものなんだ。今までもこれからも。

 カーテンの隙間から朝の光が零れる。光の筋が出久の頬の上に差し込む。
 勝己は光を遮るように出久の頬に手を当てる。柔らかくほんのり温かい。出久はゆっくりと目を開けて勝己を見つめ、ちょっと困ったように笑うとまた目を瞑る。

END