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デート(全年齢版)

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爆殺王:おい、クソデクには付き合ってる奴はいねえんだな

 

切島:今んとこあいつに彼女いるとかいう話は聞いたことねえよ

 

爆殺王:は!だろうよ!

 

切島:で、お前はどうなんだよ

 

爆殺王:ああ?クソデクにいねえのに、んな浮ついたことしてられっかよ

 

切島:それってよ、緑谷に恋人ができるまで、お前も恋人作らねえってことかよ。緑谷に恋人出来たらどーすんだ

 

爆殺王:ああ?デクにンな相手ができるわけねえだろ

 

切島:わかんねえぞ。あいつ優しいからよ。緑谷に気がなくても、グイグイ押されたら付き合っちゃうかもしんねえぞ

 

爆殺王:はさなやたややはさ

 

切島:おいおい、何て書いてんだ。読めねえぞ。取り乱してんのか

 

爆殺王:俺は冷静だ!くだらねえこと連絡してくんな。うぜえわ

 

切島:お前が聞いたんだろーがよ。あいつに先越されるほうが、お前ムカつくんじゃねえかよ

 

爆殺王:デクが誰かと付き合えるわけねえだろ。オールマイトの話しかしねえオタクだぜ。集中すると人の話なんも聞かねえし。そんじょそこらの奴がついてけるかよ

 

うぇーい:あいつのことよくわかってんじゃんよ。じゃ、お前が付き合っちゃえよ、爆豪

 

切島:お、上鳴。うっす

 

うぇーい:うっす。なんか面白そうな話してんじゃん。混ぜろよな。お前が一番緑谷をよく分かってるってんだろ、爆豪。気になんだったらよ。お前が付き合っちゃえばいいんじゃん

 

爆殺王:さあまさたかむはます

 

切島:なんだ、また取り乱してんのか

 

爆殺王:うるせえ!俺はいつも冷静だ!クソが

 

うぇーい:俺はぴったりだと思うぜ、お前ら。破れ鍋に綴じ蓋っていうだろ。緑谷みたいな一見まともそうに見えて、ぶっ壊れた奴には、お前みたいな直情に見えて、実は沈着冷静な奴が合ってると思うぜ。マジで。な、切島もそう思うだろ?

 

切島:ああ、先越されることもなくなるし、一石二鳥じゃねえか

 

爆殺王:無責任なこと言ってんじゃねえよ。クソが

うぇーい:緑谷に聞いてみりゃいいじゃん

 

爆殺王:ああ?デクに舐められてたまるかよ

 

切島:緑谷は好意を示してくれた相手を、舐めたりしねえだろ

 

爆殺王:好意??はあ?誰が誰にだ

 

切島:お前ここまできて…

 

うぇーい:まあ、面と向かって告白して振られたら、その後どう付き合ったらいいのか、困っちまうよな

 

爆殺王:さたはたたさたかまなまほ

 

切島:落ち着け爆豪

 

うぇーい:じゃあよ、なんなら取り持ってやろうか?俺らが呼び出してそれとなく聞いてやるよ。OKだったら決まりだし、断られたらなかったことにできるしよ。直接言うんじゃねえから平気だろ

 

爆殺王:は!あいつがOKするわけねえ。クソが

 

切島:てことは、OKなら付き合いてえんだな?あいつの真意が、はっきりすりゃいいんだよな。じゃ、お膳立てしてやるからよ

 

爆殺王:勝手にしろ!


1


「緑谷、こっちだ、こっち」
 ファミレスの店内に入った途端に名を呼ばれた。出久は声のする方に視線を向ける。奥の窓際の席に、上鳴と切島が座っていた。上鳴が「こっちこっち」と手招きしている。
「ごめん、遅れちゃって。待たせちゃったよね」
「いや、そうでもねえよ。遅れるってライン見たから、こっちも合わせたしよ」
 切島は出久に隣の席を勧めた。
「うん。ほんと久しぶりだね。上鳴君、切島君」
「お互い新社会人だし、何かと忙しいよな」
 そう言うと、上鳴はメニューを広げる。
「夕飯まだだろ?腹減ったし、色々摘もうぜ。ファミレス飲みっていいよな、安くてさ。俺金なくてよ」
 昨夜、上鳴と切島の2人で、明日の仕事帰りに会わないかと連絡があった。切島が出張でこっちに来るという。二つ返事でOKした。
 雄英を卒業してから、級友達はヒーロー事務所に入ったり、大学に進学したりと、それぞれの道を歩み出し、新生活が始まっていた。
 毎日クラスで顔を会わせていたのに、上鳴も切島も随分大人びてみえる。数カ月経っただけなのに。不思議な感じだ。
 かっちゃんはどうしてるかな。2人の顔を見るとつい思ってしまう。
 勝己は自分から人とつるむ方じゃなかったけれど、昔から周りに人が集まってきた。雄英にいた頃は、彼らのような元気な男子が、よく勝己の周りにいた。
 一年生の頃、上鳴に勝己が怖くなかったのか、と聞いたことがある。
 上鳴は言った。「だってよ、あいつ意外と良い奴じゃん。ああ見えて親分肌で面倒見いいしよ。テスト勉強ん時とか結構助けてもらってるぜ」それに、と不敵な表情で続けた。「俺はあいつと喧嘩しても、いい勝負だと思ってるからよ」
 強個性ならではの返事だった。
 切島に聞いた時は「あいつ強いし男気あんじゃん」と彼らしい答えが返ってきた。
「俺みたいな微妙な個性だと、やっぱ憧れちまうよな」と苦笑いする彼に、幼い頃の純粋な気持ちで、勝己を仰いでいた自分がダブった。
 小さな頃は自分も彼らと同じように。混じり気のない感情でもって、勝己と接していたのだ。万能感に溺れて、彼が変わってしまうまでは。
 でも、自分に見えてないだけで、今の彼の中にだって、あの頃の勝己がいるのかも知れない。無邪気で悪戯っ子な彼が。だからこそ幼い自分は、彼が変わってしまっても、惹かれていたのだろうから。
 ともあれ、彼らの言葉は、勝己への認識改めさせずにはいられなかった。勝己の乱暴な口調と態度は、三年間変わることはなかった。けれども、反射的なものだと思えば、次第に口の悪さにも慣れてきた。
 勝己との関係が段々好転してきたのは、他の見方を促してくれた、彼らのおかげでもあるのだ。
 卒業後、勝己はヒーロー事務所に入り、一人暮らしを始めた。寮生活で毎日顔を会わせていたのに、今はほぼ会うことがない。ヒーロー活動の現場でごくたまにニアミスするくらいだ。
 おかげで心穏やかな日々だけれど、いつも心をざわつかせていた存在がいない状態は、妙に気持ちを落ち着かなくさせる。
「なに食う?俺、唐揚げとピザがいいな。お前らは?」
 上鳴メニューを差し出した。受け取った切島はページをめくる。
「俺は刺身とタコの唐揚げと、枝豆は外せねえな」
「僕はええと、いっぱいあって決められないよ」
「焦んなくても、後で追加すりゃいいだろ。じゃ、とりあえず頼むな」
 ウエイトレスを呼んで注文すると、席を立って順番にドリンクバーに向かった。
「お前ら近況どうだ。俺はなかなか長続きしなくてよ。次の事務所が決まるまでバイト生活だ」
 レモンスカッシュを手にして、上鳴は席に着いた。
「お前の個性すげえ便利だけどな。攻撃にも使えるし、電力も使えんじゃん」切島が言った。
「そうそう、引く手数多なんだぜ。だからなかなか決め手がねえっていうか、決められねえんだよな」
「お前なあ、だから金欠なんだろ。真面目にやれってんだ」
「まだ自由にしてえっていうかさ。なあ、緑谷はなんか知んねえ事務所に行ったよな。もっと有名なとこ行くかと思ったぜ」
「うん、グラントリノのとこだよ。まだ教えてもらいたいことがいっぱいあるんだ。オールマイトも時々来てくれるんだよ」
「切島、お前はファットガムんとこ行ったよな」
「ああ、インターンで世話になったしな」
「大阪どうよ」
「居心地いいぜ。食い物美味いし、ノリが良いしよ。でもやっぱ、ファットガムがマジでカッコいいんだよ。ああなりてえよな」
 インターンの話から、自然に話題は高校の頃の思い出に移った。
「1年の頃、お前と爆豪、すっげえ喧嘩したよな」上鳴はにやにや笑って言った。「謹慎くらうほどの喧嘩なんて、あいつならともかく、緑谷は意外だったぜ」
 切島が肘でこずいた。「時々熱いよな、お前」
「あー、うん、まあ僕も意外だったというか、勢いで」
 売られた喧嘩を買うなんて、我ながら、らしくなかった。勝己が悩んでるなんて思わなくて、というより、あの勝己が悩むことがあるなんてと驚いた。そんな彼のSOSだ。助けなきゃいけない、自分にしか出来ないことなんだと思った。受けて立つしかなかった。怒られたけど、あれで良かったんだ。
「やっぱ男は拳で語らなくちゃな。殴り合って分かり合うって、男らしいぜ」
「いや、かっちゃんとわかり合ったかどうかは、微妙だけど」
「あれからお前ら、無闇に揉めなくなったじゃねえの。結果オーライだぜ」
「雨降って地固まるってやつだよな。話さなきゃわかんねえことはあるからよ」
 切島に追従して、上鳴がうんうんと頷く。本当にその通りだ。
 彼らと話していて思う。グラウンドベータで喧嘩した時。勝己は言っていた。出久が何を考えているのか、ずっとわからなくて、苛ついていたのだと。見下ろしていると思ってたなんて、吃驚した。観察してただけなのに、そんな風に取られてたなんて。
 とはいえ追いつきたかったのは本当だ。それは以前に彼にも言ったことだ。個性の性質も違うし、追い越しようがないけれど、気持ち的な部分でというか。
 もっと早くに誤解を解いてればよかったと思う。でも言ってくれなきゃわからない。以前のかっちゃんは、僕の話なんてまるで聞いてくれなくて、会話にならなかった。本当、人が何考えてるかなんて、わからない。
「どうしたよ、緑谷、ぼうっとしてよ」
 上鳴の声に、過去の世界に沈んでいた意識が、現在に引き戻される。
「うん、益体も無いことだけれど、もしかっちゃんと普通の幼馴染らしく仲良くしてたら、君達のような関係になれたのかなって思って」
「あー、ちょっと無理じゃねえかな」
 上鳴にさらっと返された。恥ずかしくなって、言い訳じみた返事をしてしまう。
「そうだよね。流石に性格が違いすぎて合わないよね、だったらいいなって思って」
「いや、違うって、誤解すんなよ!無理ってのはそういう意味じゃねえよ。じゃなくて、爆豪にとって難しいっつーか、別の意味でよ。いい意味で!なあ、切島」上鳴は焦った様子で切島に振った。
「そうそう、爆豪はさ、自分だけの測りを持ってて、他人の評価なんて、気にしねえ奴だったろ。俺らはもちろん、先生の評価すら屁でもねえ。でも、唯一、お前にどう見られてるかだけは、気にしてんだよな。なんつーか、緑谷は特別なんだよ」
「そんなことないと思うよ」
 フォローしてくれる気持ちは嬉しいけど、友達になれないのに特別なんて、意味がわからない。
「さてと、ところでさ、」と何気ない調子を装って、上鳴が口を開いた。
「お前さ、浮いた噂全くねえけど、付き合ってる奴いたりすんの?」
「ううん、ないよ。全然」
「交際に興味ない口か?」
「え?そんなことないよ。縁がないだけだよ。ヒーローの仕事の忙しさにかまけて、そっちは疎かになってるだけ」
「じゃあよ、紹介したい奴がいんだけどよ。どうだ?」
「ええ?今日の話って、そういう話だったの?」
「まあな、お前も興味あんだろ?」
「それはまあ、なくはないよ、でも、こ、心の準備が」
「こういうのは勢いだぜ」
「そういうもんなの?」
「そうそう、考えるよりノリと勢いだぜ」切島も調子を合わせた。
 うわあ、ドキドキする。お付き合いするなんてはじめてだ。中高生の頃は恋愛にほんのり憧れたりしたけれど、結局、雄英三年間は何もないままに卒業。社会人になったらますます縁遠くなった。
「その子って、どんな人?」
「ああ、まあ、いい奴だぜ。ちーっと気が強いけど」
 何故か上鳴は口ごもった。
「か、かわいい子かな」
 顔はそんなに気にしないけど、でもちょっとは気になる。
「あー、面はいい方だな。割と整ってるぜ」
 と言いながら、上鳴の視線が泳ぐ。何かおかしい。
「上鳴、言わねえわけにいかねえだろ」
「だよなあ…言わねえで会わせちゃえばいっかと思ったけど」
 切島に窘められ、上鳴はくるっと向き直って真顔になった。
「あのな、紹介したい奴って、爆豪なんだ」
「え?」
「爆豪がお前と付き合いたいらしいんだ」
「え?何言ってんの?」
「冗談じゃなくて、マジだぜ」切島が上鳴の後を継ぐように言った。
「あいつモテるくせに誰とも付き合わねえし。興味ねえのかって聞いたら、逆にお前に恋人がいるのか聞かれたんだよ」
「それ、ただ聞いただけじゃないの」
「信じねえのかよ。まあ、そうだよな。仕方ねえ、見せてやるよ。これがそのやりとりした時のグループラインなんだけどよ」
「かっちゃん、グループラインしてるの?へえ、意外」
「高校んときあいつに勉強のこと聞くために作ったグループ「バカの壁」だ。ひでえだろ。あいつの命名だ。上鳴もいるし、常闇とか瀬呂もいる。そのまま高校ん時の奴との連絡に使ってんだ。で、こん時はあいつに近況聞いて、えーと、こっから読んでみろ」
 切島はスマホの画面をスクロールすると、出久に差し出した。

「というわけだ。信じるか」
「信じがたいけど、信じるしかないよね…」
 さっきの、友達は無理ってそういう意味だったのか。額にじっとりと変な汗が出た。
「僕、押されたら付き合っちゃうように見える?」
「見えるぜ。てか、押されねえとつきあわねえって感じだな」
 切島は揶揄うように言った。そんなことない、とは言えない。ヒーローになった今でも、自分が誰かの恋愛対象になれるなんて思えない。きっと恋愛ってふわふわして甘い。そんな想像をするけれど、別世界の気がしてならない。
「お前が独り身でいる限り、爆豪は諦められねえんだよ。あいつは誰とも付き合えねえんだ」
「でも、でも、あのかっちゃんだよ。そういう雰囲気なんて、今も昔も片鱗もないよ」
「お前が気づいてねえだけだ。俺らは近くにいたからわかってんだよ。でなきゃあんなプライドの高い奴が、俺らの計画に乗ってくるわけねえだろ。あいつは自分じゃ絶対言えねえんだ」
「緑谷にはいつも偉そうでいたいんだろーな。ほんっとめんどくせえよな」上鳴が呆れたように口を挟む。「お前がダメだってんなら、きっぱりふってくれりゃいいんだ。そしたらスッキリして、あいつも前に進めんじゃね」
「明日の土曜日、待ち合わせ場所に、上鳴があいつ連れて来るからよ。もし嫌なら、お前来ないでくれよな。それが返事ってとこにするからよ。何もなかったことにして、今まで通りに出来るしよ。でももし付き合ってもいいってんなら、迎えに行くから、俺と一緒に来てくれよな」
 最終列車に飛び乗って、家に帰って来た。
 遅くなってしまった。リビングの灯りは既に消えている。母は寝ているのだろう。音を立てないように部屋に入り、ベッドに突っ伏す。平日は始発で出ないといけないから、母と顔を会わせるのは週末くらいだ。毎日寝るためだけに帰っているようなものだ。
「あー、どうしよう」落ち着いてよく心に問う。
 本気なのかっちゃん?彼らが言うなら本当なのだろう。かっちゃんが嘘をつく理由なんてない。証拠のラインだってあるんだ。
 人と付き合ったことなんてないし、そもそも考えたこともない。自分にとって晴天の霹靂だ。紹介されるのが男で、しかも相手が勝己だなんて。現場でたまたま会う時だって、恋愛を匂わせる雰囲気なんて微塵もないのに。
 でも本当に勝己が思ってくれているのだとしたら。
 幼い頃からの憧れと畏怖の対象。幼馴染に抱く思いとしては入り組んでいて、名前のつけられない感情を引き起こす幼馴染。彼が恋人になるなんて想像もできない。不安しかない。
 ならやめたほうがいいのかな。けれども、理由は?
 勝己は高校の時までは荒々しくて、粗暴だった。いや、過去形ではなく今も粗暴だけど、卒業後の彼は、真面目にヒーロー活動をしている。気が合うかといえばまるで合わない。でも、昔と違って、普通に話だってできる。
 いつも心の中にいて、気にせずにいられない存在。
 なぜだろう。おかしいな。問題点を探しても、確固とした断る理由にならない。ただ、漠然とした不安という感情だけだ。ならば。
 出久は身体を起こした。付き合いたいと言ってくれたのだ。元より恋愛自体が自分にとって未知の世界なのだ。たとえ相手が勝己でも誰であっても、未知なのは同じじゃないか。挑戦するいい機会だと思おう。飛び込んでみなければ何も変わらない。


2


「おお、来たんだな。緑谷」
 駅前のコンビニの前に立っていた切島が、こちらに向かって手を上げた。出久は改札を出ると足早に駆け寄る。
「うん、約束通り、僕行くよ」
「おお!そうこなくちゃな」
「かっちゃんの真意を知りたいんだ」
「おい、知るイコール付き合うことになんぞ。本当にいいのか?流されてねえよな」
「うん。大丈夫。僕決めたから」
「そうか。いやー、良かった。俺らもあいつに殺されないで済むわ」
「え?命懸けだったの?」
「いやいや、冗談だって。でもよ、ハッパかけたからには、いい方向に転がって欲しいじゃんよ」
 商店街に入ると、いきなり人の波に飲まれそうになった。休みの日は人でごった返している。はぐれないように切島の背中を追った。
 漸く待ち合わせのファーストフード店に到着した。外に設置してあるテーブル席に、ホッとした表情の上鳴と、険しい表情の勝己が座っている。
「遅えわ!クソが」
 まだ約束の時間前だけど、と思いつつ「ごめん」と出久は謝った。
「行くぞ。デク」勝己はすぐに席を立った。「え?皆でご飯食べるんじゃないの?」
「いやいや、デートの邪魔はしねえよ」
「じゃ、後はお若い2人でごゆっくり」
「うるせえ。クソが!さっさといけや
 上鳴と切島はにやにや笑いながら、店内に入っていった。
 すぐにふたりきりにされるなんて、思わなかった、どうしよう。
 勝己は出久に向かい「離れんなよ、クソナード」と声をかけた。緊張してしまい、うんうん、と数回頷く。
 再び商店街の人混みに戻ることになった。勝己はすいすいと、器用に人の間をすり抜けてゆく。出久は必死で背中を追ったものの、人の波にぶつかり押されてしまった。見失いそうだ。
「かっちゃん、待って」と声をかけた。
「ああ?」と勝己は振り向いて、眉根を寄せる。「てめえ、ついて来いっつったろーが」
「だって、かっちゃん、足早いよ」
 人混みの中でほらよ、と伸ばされた手を掴んだ。力強く温かい。
 散々な目にあった思い出しかない、爆破の個性を持つ彼の掌。それを頼もしいと思うなんて。
 漸く商店街を抜けることが出来た。ほっとする。しかし手は繋げられたまま、離されない。
 男同士で手を繋いで、往来を歩いているなんて。恥ずかしくなり、そっと指を緩めた。しかし、勝己の手はさらにぎゅっと掴んでくる。
 え?まだ、離しちゃだめなのか。かっちゃんの表情は変わらないけど。付き合ってるから、なのかな。ぽっぽっと頬が熱くなってきた。
 周りの人から、どう見られているんだろう。つい人目を気にして、キョロキョロしてしまう。でも誰も自分達を気にしてないようだ。今の時代、性別も体格も個性によっても、多様なカップルがいるから、珍しくないのだろうか。
 ショーウィンドウ自分達が映っている。周囲に溶け込んで違和感がない、ように見える。だんだんと手を繋いでることが、気にならなくなってきた。
「ここだ」と勝己はレトロ風の洋食屋の扉を開けた。りん、と澄んだドアベルの音が鳴る。
 繋いだ手がやっと解かれた。ほっとしたけれど、少し寂しく感じる。
 店内の灯りは抑えられていて仄暗い。燻んだ木造りの内装はヨーロッパ風に揃えられ、アンティークな時計やバースタンドがある。雰囲気があってかっこいい。案内されたテーブルには、グラスにロウソク型の電球が入っていて、暖かな光が灯っている。ちかちかと瞬いて本物の炎のようだ。
ビーフカツでいいな。この店の名物だ。てめえ、カツ好きだろ。」
「うん、好きだよ。豚カツとかメンチカツならよく食べるけど。へえ、牛カツなんて初めてだ」
 値段も意外とリーズナブルだ。勝己はウェイターを呼んで注文を取り、メニューを閉じると黙ってしまった。
 緊張で喉が乾いた。お冷を口に含んで舌を潤す。なんか、話題話題。大丈夫。今のかっちゃんは無闇に怒ったりしない、はずだよね。もじもじと顔を上げると、勝己の視線とかちあった。
「デクてめえ、まだ家から通ってんだな。てめえの職場から遠いのによ」
 勝己が先に口を開いた。
「うん、事務所まで特急で数時間だよ。でも通えなくはないし」
 始業時間が特に決まってないから、家から通えるのだ。でもできるだけ、早起きするようにしている。帰り時間はヒーロー活動次第だから読めない。終電を過ぎてしまって、事務所に泊めてもらうこともしばしばある。
「俺のマンションからのが近えよな」と勝己は職場の住所を告げた。
「へえ、事件現場で時々会うし、同じ市内だとは知ってたけど、近所だったんだね。かっちゃんはすぐ一人暮らし始めたよね」
「は!家から事務所まで距離あんだ。たりめーだろーが。元々卒業したら、家出ると決めてたからよ」
「一人暮らし始めた人多いね。皆、全国に散ってしまったもんね」
 料理がテーブルに置かれた。しばし舌鼓を打つ。牛のカツは豚とはまた違う味で新鮮だ。美味しい美味しいとパクつく出久を、勝己はガキかてめえ、と呆れたように揶揄する。
「オイデク、来週空いてんのか」
 まっすぐに出久を見据えて、勝己が尋ねた。暖色の灯りに浮かび上がる表情が、妙に真剣で緊張する。けれど、開いてるって?何を聞きたいんだろう。
「うん?何が?」
「週末の予定だ。わかんだろーがよ、クソが」
「え?僕ら、来週も会うの?」
「ああ!たりめーだろーが!」
「ごめん。そっか、そういうもんか。予定確認しないとはっきり言えないけど、多分空いてるよ」
「じゃあ、来週土曜日の10時、てめえんちに迎えに行く。いいな」
 直ぐに次の約束を取り付けられ、時間まで決まってしまった。
 店を出ると、勝己は手を差し出した。繋げってことだよね、違うのかな、と逡巡していると、引っ手繰るように手を掴まれた。再び手を繋いで往来を歩くことになった。今度は五本の指を絡ませるようにして。
 その日はゲームセンターやスポーツ店に立ち寄ったり、街を散策して、駅で別れた。
 階段を登りかけて振り向いた。改札を隔てた向こう側に、勝己は去らずに立っている。出久と視線が合うと、勝己はしかめ面して顔を背けた。
 家までの帰り道、団地の手前の角を曲がれば、勝己の実家がある。どこから帰っても、この曲がり角まではいつも一緒だった。駅で別れるのは変な感じだ。
 手のひらを広げてみた。肉厚で力強い掌の感触が残っている。


3


 インターホンが鳴った。席を立とうとした母に自分が出るからと言い、慌ててドアを開けると、勝己が立っていた。
 幼い頃の姿がフラッシュバックする。
 まだ勝己との関係に距離ができる前までは、家によく迎えにきてくれた。
 自分は幼稚園や小学校から帰ったら、パソコン開き、オールマイトの動画に齧り付いて、家にこもりがちだった。でも晴れた日には、いつも勝己が呼びに来た。
「さっさと来いや、行くぞ」
 あの頃は勝己が誘いに来ると、喜んで外に遊びに出ていたのだ。
 勝己は出久の顔を見るなり眉根を寄せた。
「まだ着替えてねえのかよ!遅えわ、クソデク。俺が来る前に準備しとけとや」
 まだ10時には15分も前なんだけどな、と思いながら「ごめん」と謝っておく。
「てめえ、先週この映画見てえって言ってたよな」
 スマホ画面を目の前につきつけられた。表示されているのは映画会社のサイト。今月封切られたばかりの、ハリウッドのヒーロー映画だ。
「うん。このシリーズは全部見てるよ。配信されるの待って、見ようと思ってるんだ。役者の個性が本物だから、迫力が凄いんだよね。でも今回の新キャラは時間を操る超人だから、さすがに…」
「うぜえ、薀蓄はいらねえわ。てめえはこれ見てえんだな。なら見に行くぞ」
「でも、待てば配信で見れるんだよ」
「ああ?クソが!さっさと着替えろや。行くぞ」
 勝己は有無を言わせず、出久を急き立てた。電車に乗って移動し、映画館に到着した。めあての映画は3階のようだ。上映スケジュールを確認してほっとする。
「もうすぐ始まるね。いい席が残ってるといいけど」
 発券機でチケットを買おうと財布を出すと、勝己に制せられた。
「てめえが遅えからもう買ったわ」
 手に持った2枚のチケットをひらっと示す。一緒にいたのにいつの間に買ったのだろう。
「あ、ありがとう。じゃあ僕の分払うよ」
「いらねえ」
「え?でも」
「いらねえって言ってんだ!クソが」
「だって、奢ってもらう理由がないよ」
「クソナードが!なら飲みモンでも買えや」
「え、全然安いけど。じゃあポップコーンも買う?」
「いらねえ。映画見てんのにボリボリうるせえ音させんのは、性に合わねえ」
 ブラックのアイスコーヒーと炭酸飲料を買って、席に着いた。上映時間が迫ってくる。わくわくしてきた。
「浮かれてんな。てめえ」
「映画館で映画見るなんて、久しぶりかも」
「俺もだ。つーか、家でも映画なんざほとんど見ねえ」
 チケットの値段は高いし、好きなシーンを繰り返し見たり出来ないけど、大画面と臨場感のある音響で見るのは楽しみだ。ここにいる皆がわくわくしながら上映を待っているんだ。一緒に一つのものを見る一体感っていいな。
 でも、かっちゃんはそんなに映画見ないんだっけ。僕に合わせてくれたのか。
 客電がすうっと消えた。次回上映作の宣伝映像が始まる。気分が高揚してきた。
 ふと、勝己の手が手の甲に置かれた。驚いて胸が跳ねる。
 爆破の衝撃に耐える、皮の厚いゴツっとした温かい掌だ。ただ置かれてるだけ、なのに。何故だろう。動悸が早くなってきた。
 画面が何かに遮られ、見えなくなった。
 真っ暗な影は勝己の顔だ、表情はわからない。スクリーンが見えないな、と顔を傾ける。勝己の顔が近づいた。
 柔らかいものが唇を掠めて、すっと離れた。
 唇に残る微かな温もり。かっちゃん僕にキスした?いや、今のはキスだったの?事故じゃないの?柔らかくて、温かくて、ぷにゅっとして。
 映画会社のマークが出て、本編が始まった。けれど、映画の内容が全然頭に入ってこない。
 勝己の指にするっと手の甲をなぞられた。擽ったいのにドキドキする。骨に沿ってするすると撫でられ、また手の甲の上に重ねられ、ぎゅっと握られる。
 スクリーンの光に仄白く照らされた勝己の横顔は、いつになく静かで、表情は読めない。
 エンディングが流れ、客電が着いた。
 顔が赤くなってるのではないだろうか。手で頬を覆い「お、面白かったね」と誤魔化すように言った。本当は勝己の悪戯が気になって映画どころではなかった。
「ああ」と生返事が返ってきた。
 ロビーに出ると「おいデク」と呼ばれ、腕をくいっと引かれた。映画館の片隅に連れていかれる。
 壁に背を押し付けられ、顎を掴まれて再度キスをされる。やわらかな感触。さっきのは事故ではなかったのだ。唇が離れるとほうっと息を吐いた。でも鼻先が触れるほどに顔は近いままだ。
「口開けや」
 言われるままに薄く口を開いた。勝己の唇が被さる。今度は掠めるだけじゃない、粘膜の擦れ合う濃厚なキス。水音が口内から鼓膜を震わせる。
 唇が離れても、頭がぼうっとして、胸の動悸がおさまらない。
 駅から歩く夕暮れの帰り道、唇の感触を思い出してまた鼓動が早くなる。今も近所に住んでたなら、帰り道もずっと一緒だった。ちょっと寂しく思ってしまう。でも、きっと平静でいられなかっただろうから、これで良かったのかも。
 来週は行くまでに準備しとけや、と勝己は言った。またデートの約束をした。
 ふわふわして甘い。これが恋愛なのかな。


4


 大水槽の中を揺蕩う海月の群れ。薄いレースの衣を着ているような、半透明の儚い幻。でも本当はゼリーのような手触りなのを知っている。
 綿飴をちぎったような雲の浮かぶ空
 波打ち際を撫でる白い泡。
 青い海から顔を出した薄黄色の頭
 波を蹴立てて近づいてくる幼い勝己。
 ぽてりと手に乗せられた、透明なすべすべした塊。
 これは何なのと問うと、海月だと言った。
 刺されると慌てたら、ミズクラゲは刺したりしねえよと笑った。
 ひんやりとして身動きしない、つるりとした手触り。
 本当に生き物なんだろうかと思った。
 掌に乗せたまま海水に浸して離したら、海月はするりと波に浚われ、ゆらゆらと泳いでいった。
 陽光の下の眩ゆく煌めく波
 遠い日の夏の海。
 ここは海ではないけれども。水槽の中を青い照明が淡く照らす。館内にいる人々も静かに影に沈み、音もなくて深海のようだ。
 まるで夜の海に、2人きりでいるかのような錯覚を起こす。だけど何故だろう。
 出久は隣に立っている勝己を窺い見た。ほの青く照らされた顔は静かで、表情は読み取れない。
 今日は勝己の車で連れてこられた、水族館の中にいる。
 お昼過ぎに「おい、着いたぞ。出て来いや」と勝己から携帯で呼び出された。
 ドアを開けても誰もいなくて、でも呼ぶ声が聞こえて、下を見下ろした。団地の入り口前に停車した目立つ赤い車の中から、勝己が姿を見せた。てっきり今日も電車だと思っていた。
 勝己の車の助手席に座るのは、初めてなので緊張した。でも、海沿いの道を走るのは爽快で、リラックスしてくると、自然に感嘆の声が出た。
 しかし、初めこそ返事を返していた勝己の言葉数は、目的地に近づくにつれ、次第に少なくなっていった。
 ここに来てからは、ほぼ沈黙している。
 どうしたんだろう。僕何かしたのかな。
「オイ、クソデク、今日で何回目のデートだ?」
 やっと勝己は口を開いた。
「え?3回目だよね?」
「そうだ。3回目ともなれば決めなきゃいけねえ。わかってんだろうな」
「ええ?」
 出久は驚いて聞き返した。付き合うかどうか決めるってことなのか?まだ勝己は決めかねていたのだろうか。いや、初めから付き合ってから、決めるつもりだったのか。
 そういえば、勝己からは好きとも何とも言われてない。上鳴くん達がそう言ってただけで、勝己自身の気持ちを聞いたわけじゃないのだ。
「僕らまだ付き合ってなかったの?」
 出久は問うた。やっぱりやめるって言われたらどうしよう。急に置き去りにされた気分になった。
 勝己に会うのが、楽しみになっていた。こんな風に一緒に過ごすのが、ずっと続くのだと思っていた。気持ちが彼にどんどん傾いて行くのを感じていた。もうおしまいなのなら、この気持ちはどこに行けばいいのだろう。元になんて戻れない、戻せない。
「あ?違えわ!死ねやクソカス!ざけんな!てめえはまだ、んな世迷言を。クソカスが!クソが。クソが!」
「か、かっちゃん?」
 あまりの剣幕に圧倒された。勝己は射るような目で出久を睨みつける。
「付き合ってねえのかだと?てめえよくもそんな戯言を言えるよなあ」
「でも、君は何も言わないから」
「言わなきゃわかんねえのか!クソが!てめえはこ、恋人だろうが」
「恋人?」ボワッと顔が熱くなった。「3回しか会ってないのに恋人って、わかんないよ。実感ないよ」
「ああ?わかんねえだと?ざけんな!そうでなきゃあ、俺が貴重な休日の時間割いて、デートしたりするかよ。前もってチケット買ったりするかよ。わざわざ車出して、水族館くんだりまで来るかよ!わかれやボケ!」
 安堵が胸に広がった。こんなにも嬉しくなるなんて。
「良かった」頬が緩んで、笑みが零れる。
「ああクソ、クソボケが!来いデク!」
 勝己に腕を掴まれ、引き摺られるように水族館を出た。車に押し込まれる。
「クソがクソが!」と連呼しながら勝己は車を飛ばす。
「てめえは自覚が足んねえようだな。クソデク。決めるってのは覚悟だ。俺のもんになる覚悟だ!つっても、今更てめえにはもう選択権はねえ。確認しただけだ」
 海沿いの道から進路が変えられた。帰り道ではない方向だ。街中を走り、タワーマンションに到着した。地下の駐車場に車を停め、上に上がった。勝己がカードキーをタッチすると、自動ドアが開いた。
「ここ、かっちゃんのマンション?すごいね」
「クソが。セキュリティを考えりゃ、これくらい普通だ。プロヒーローの常識だろーが」
 堅実な勝己らしい返答だった。エレベーターは上昇し、扉が開いた。うっかりして見てなかったけど、何階なんだろう。廊下にある細い窓から夜景が見える。窓の半分が以上が夜空ということは、相当上の階からの景色だ。
 腕を引かれ、勝己の部屋に入る。壁にある機械にカードキーを差し込むと、自動で足元の灯りがついた。廊下を抜けるとリビングがあり、カーテンのかかった大きな窓がある。リビングの間接照明の灯りも自動でつくようだ。壁がほの明るい光に照らされている。
「灯りのスイッチは?」
「あ?ついてんだろ。これで十分だ」
「ちょっと暗くないかな」
 問うと何故か睨まれた。
「景色見ていい?」と聞くと「後にしろや。その前にシャワー浴びろ」と浴室に押し込まれた。
 ひょっとして、今から?
 勝己の部屋に2人きり。身体を洗っていると、じわじわと実感がわいてきた。頭がふわあっと熱くなってくる。かっちゃん本気なんだ。
 浴室を出ると、すぐに勝己が入れ替わりに入った。勝己がシャワーを浴びてる間、悶々と考える。服は着ていいよね、とシャツに袖を通す。
 カーテンをそっと捲った。向かいのビルはホテルかな。ガラス張りのエレベーターが上がって行く。眼下には街の灯りが散らばって星のようだ。
 カーテンを摘む指先が震えているのに気づいた。いつかするのかなとは思ってたけど、もっと先だと思ってた。
 それに、何も調べてない。男同士でどんなことする気なんだろ。調べたらわかるだろうけど、なんて言葉で検索すればいいんだろ。
 かっちゃんは洗うの早いから、すぐ浴室から出てきてしまう。時間がない。
 そもそも、大事なことを確認してない。それ次第で、準備も心構えも変わってくる。
 出久は携帯を手に取り、ラインを開いた。


5


デク:@切島 今時間ある?

 

切島:緑谷か、どうだ、爆豪と上手くやってるか?

 

デク:うん。それで、切島くん、あの、聞きたいんだけど、男同士だと、あれの時どうするのかな

 

切島:あー…、なるほどね。まあ、やるこたあ男女と変わんねえんじゃねえの?人間だし

 

デク:でもその、男女なら役割がはっきりしてるよね。かっちゃんは男役と女役とどっちのつもりなんだろ

 

うぇーい:おっとお、面白い話してんじゃん

 

切島:おう、上鳴

 

うぇーい:おいおい、そりゃあ、愚問だぜ、緑谷。あの爆豪だぜ。わかりきってんじゃねえか

 

デク:そ、そうだよね。やっぱりそっかあ

 

うぇーい:なに、お前ら、もうそこまでいってんのか

 

デク:違うよ。そのうちそんな時が来たらってことだよ。何も調べてなくて。でも、さ、触りっこくらいだよね。初めてだもんね

 

切島:そーだなー、いきなりはねえだろ。あいつも多分経験ないだろうしな

 

うぇーい:いやいや、甘えんじゃねえか。爆豪だぞ。手加減する玉かよ

デク:そ、そうか。でもなんか用意必要だよね

 

うぇーい:ラブホなら色々揃ってんだろ

 

デク:いや、普通に部屋だから、ああ、違う、普通のホテルの部屋だった場合ってことだよ

 

切島:緑谷、ここまで来て、切羽詰まったお前の状況が、わからねえ俺らじゃねえぞ。爆豪んちかよ。ならきっと用意…

 

 浴室のドアが乱暴に開けられ、驚いて心臓が飛び出そうになった。
「おい、デク!」と勝己が怒鳴った。
 切島からの文面を読みきれず、慌ててスマホの電源を切った。タンクトップとハーフパンツを身につけた勝己は、出久を見て顔をしかめる。
「ああ?んだてめえ、しっかり着込みやがって。しかもスマホ持って何してやがる」
「な、なんでもないよ」
「おいこら。見せろや」
 ズカズカと近づいてきた勝己に、あっという間にスマホを取り上げられた。
「あ、あ、かっちゃん」
 勝己は「最近使ったアプリ」を確認し、「ふん、あいつらとのグループラインかよ」と言うとラインを開いた。画面を見る勝己の目が、みるみる釣り上がってゆく。ああ、やばい。
「てめえざけんな!奴らに何聞いてやがんだ!クソナード!阿呆かよ」
「ごめん、僕動転してて」
 それとなく尋ねるつもりだったのに、彼らに気取られてしまった。かあっと?が熱くなる。勝己は烈火の如く怒ってる。何してんだろ、僕。
「クソがぁ!」と吐き捨てて、勝己はスマホをソファに放り投げた。
 肩でぜいぜいと息をして、頭から湯気が出てるようだ。本当に湯気出てる。風呂上がりだからか。そうじゃなくて、どうしよう。怒らせてしまった。
「だが、覚悟はしてるってこったな。クソデク。知りてえんなら教えてやるわ」
「かっちゃん?」
 振り向いた勝己は、にかっと悪辣に笑っている。
 肩を抱かれて、ベッドルームに連れていかれ、押し倒された。
「こういうことだ。てめえは俺の下だ!」
 勝己は出久の下腹に乗り上げ、馬乗りになった。ハーフパンツが押し上げられ膨らんでいるのが目に入る。
 かっちゃんのかっちゃんが、もうかっちゃん状態だ。なんでもうこんなに?
 出久の両腕はシーツに押し付けられ、拘束された。
「触りっこだけとか有り得ねえわ。ガキじゃあるめえし。フルコースに決まってんだろーが」
「ちょ、かっちゃん待って」
「は!今更嫌だとか聞かねえぞ。奴らに知られちまったんじゃあ、もう引くわけにはいかねえしよ。引くつもりはハナっからなかったけどな」
「そ、そうじゃないけど」
 雰囲気も前触れもなく、始まってしまうのか。付き合うことすら未知だった自分にとって、展開が急すぎる。目が回る。
「てめえ、怖気付いたのかよ」
「まだ早すぎるかな、て」
「段階は踏んだ。てめえに心の準備時間は十分やったろーが」
「でも、3回しかデートしてないのに」
「黙れや、クソが」
 勝己は屈み込み、顔を近づける。「どんだけ待ったと思ってんだ。観念しろや、クソデク」


6


 カーテンを開けると、早朝の明るい日差しが差し込んできた。ダイニングが眩い光に満たされる。出久は窓の外を見下ろした。
 見晴らしがいい。遥か向こうには港があるのだろう。荷下ろしのクレーンが見える。昨夜はビルの窓灯りが星のように見えたけれど、彼方にあるのは高層ビル以外の何者でもない。
 キッチンから勝己が顔を出した。「あり合わせのもんだ」と言いながら、テーブルに朝食を乗せた盆を置く。皿には温めたクロワッサンとベーコンエッグとコーヒーが乗っている。
 昨夜は疲労と痛みでとても動けず、シャワーを浴びた後、勝己の部屋に泊まった。今もあそこにまだ挟まってるみたいだ。
 セミシングルのベッドに、勝己に抱きしめられて眠った。背中に感じる温もり。微睡みの中で、ダブルにしねえとな、と勝己が呟いてたような気がする。
「おいデク、来週末から同棲だ。迎えに行くからな」
 クロワッサンを齧りながら、勝己が告げた。びっくりして顔を上げる。
「ええ!早すぎるよ」
 昨晩、半ば脅迫まがいに責められて根を上げ、要求を飲むしかなかった。しかし、来週だなんて。
「てめえはうちに来るっつったよな」
「言ったよ、言ったけど」
「早かろうが遅かろうが、同じだろうが!それまでに、最低限の身の回りの荷物をまとめとけや。部屋の準備はしておいてやる。細けえもんはおいおい、揃えていきゃいい」
「待って、聞いてよ、かっちゃん」
「ああ?ぐだぐだ言ってんじゃねえ。てめえはOKしたろーが!もう決定事項だ」
 たった3回の逢瀬で全部決まってしまった。あれよあれよと事態が進んでしまい、思考が追いつかない。迷う暇は与えられないようだ。
 強引で自分勝手で、僕の言うことなんて、何一つ聞いてくれない。
 でも奇妙なことに、今はそれでも、断る理由が見つからないのだ。
 ふわふわして甘いような、足が地につかないような。でもそんな夢心地から、あっという間に卒業させられてしまった。もう少し浸っていたかったと思うのは、贅沢なんだろうか。
「僕は初めてなんだよ、かっちゃん」
 負け惜しみじみた言葉を呟くと、勝己の手が出久の頭をがしりと掴んで引き寄せた。
「ああ?初めて?何言ってんだてめえ。初めて初めてってなあ、オイ」
 正面から見据えられてドキッとする。赤い瞳がすうっと細められた。
「耳かっぽじって、よく聞きやがれ。てめえの初めての男も、最後の男も俺だからな」
 そう告げると勝己は悪戯っぽく笑った。


END

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