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碧天飛天の小説サイト

飛天の小説置き場です。本業絵描きですが萌えを吐き出したく作りました。二次創作からオリジナルまで色々予定してます。無断転載を禁じます。よろしくお願いいたします。母艦サイトはBLUE HUMAN http://d.hatena.ne.jp/hiten_alice/ です。

蜃気楼の灯火(全年齢バージョン)

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俺はお前に期待しない。そんな人間がひとりくらいいた方がいいだろう?
 比企谷はそう言った。君を嫌いだと言った俺の言葉に俺もお前が嫌いだと返してくれたように。
 俺は誰も選ばない。君以外は。言外の意味に気づかない君ではないだろう。皆には優等生を続けても君がいてくれるなら耐えられる。君にだけは怒らせ嫌われたとしても本音でいたい。
 ポケットに手を突っ込んだまま振り返る君。地面に落ちる長い影。赤い夕焼けの中で金の光に縁取られた輪郭。幻のように蜃気楼のように。


 目を覚まして温もりに気づく。身体を起こした葉山は隣で眠る比企谷を見下ろす。薄いカーテン越しに陽が部屋を薄明るくしている。
 比企谷はセックスした後は体力が尽きていつも泊まってゆく。俺が際限なく貪ってしまうからなのだけれど。いや、わかっていて疲れさせているんだよな。君がこんなに側にいる。無防備に俺に寄り添っている。
「比企谷、俺は幸せだよ」
 髪に触れていると比企谷が目を覚ます。
「いつから起きてた」
「起きたのはついさっきだよ」
 葉山は言う。
「帰んなきゃ」
「俺の服着れば?一緒に出ようよ。どうせ同じ大学に向かうんだから。」
「ぜってーやだ」
「いつも思うんだけど。着替え少しここに置いてけばいいじゃないか。どうせ来るときは泊まってくんだから」
 比企谷は少し間を置いて返事をする。
「小町が心配する」
 昨日の服に着替えると比企谷は「じゃあな」と玄関を出てゆく。
 比企谷を見送りながら 葉山は髪をかきあげる。ようやくここまで来たんだ。焦るな。そう自分に言い聞かせる。

 君が俺に壁を作って俺を切りそうになるたびその壁を崩してきた。怒らせて苛ついてそれでも懸命に絆を繋ぎ止めようとした。君だけはなくしたくないという衝動に囚われていた。避けられても押しかけるし嫌われようと踏み込む。一方通行でも感情の押し付けでも構わない。人に好かれたい、嫌われたくないのが俺であったのに。好かれたいわけではないと、ここで引くくらいなら嫌われても構わないと、自分の衝動が優先した。君のことでは俺らしくなくなくなる。君だけが、君だけをと。それがどうしてなのかはわかっていた。
 高校を卒業して比企谷は俺と同じ大学に入った。というより入らせた。何処でもいいと言い、上の大学に行く意欲が微塵もなかった比企谷。一緒に受験勉強をすると言うと比企谷の家族に大いに歓迎された。渋面を作る比企谷を何処でもいいなら俺と同じでもいいだろうと説き伏せた。その名目で比企谷を繋ぎ止めるためだ。
 勉強には図書館のほか比企谷の家にも通い俺の家にも誘った。部屋で勉強するときは物理的に段々距離を縮めていった。向かい合わせから隣に。肌が触れる体温を感じる距離を不自然に思わせないように。
リア充はなんでやたら距離が近いんだよ」と文句を言っていた比企谷も段々慣れて何も言わなくなった。
 
 大学の試験に二人とも合格した翌日、葉山は比企谷を家に来ないかと誘った。部屋で2人ベッドを背もたれにして並んで座る。
「もうお前とお勉強しなくていいと思うとせいせいするな」
「ああ、俺も安心だ。これで君と大学も一緒だしね。4年間よろしく」
 比企谷は苦笑いをする。
「まあ、例えお前でも知ってる奴がいるってのは、まあ」比企谷は口籠り、言葉を続ける。「小町も親も嬉しそうだったし、その、お前に借りができたな」
「借りか」葉山は手に持っていたコップをテーブルに置く。「じゃあ借りを返してくれるかい」
 葉山は比企谷の正面に移動して身体を跨ぐと比企谷の顔の両サイドに手をつく。
「葉山?」
 比企谷は訝しげな表情を浮かべる。
「俺は君が好きみたいなんだ」葉山はそう告白しキスをする。「なんとしても一緒の大学に行かせたいと思ったくらいに」
 目を丸くして硬直している比企谷に何度か軽くキスをして聞く。
「嫌かな?」
「え、ちょっとよくわからないんだが」
 また唇を重ねて息継ぎのため開いた唇の隙間から舌を差し入れる。段々キスを深くしてゆく。首元に顔を埋め首筋にキスをする。言葉を紡ごうとするのをまたキスで口を塞ぐ。比企谷の身体をベッドサイドの床に倒しシャツのボタンを外してゆく。タンクトップをたくし上げて肌に唇を這わせる。比企谷の足がテーブルを蹴りコップが倒れて雫が床に滴る。
「葉山、コップが倒れた。溢れてる」
比企谷が上擦った声で言う。
「後でふけばいいよ。気をそらすなよ」
終電の時間を過ぎる頃にやっと比企谷を解放する。散々身体を暴かれて比企谷はぐったりとして動かない。
「帰れない、どうしてくれるんだ」
 と彼は言う。
「泊まってけばいい」と言うと少し間があって、
「そうするか」と比企谷は答える。
 俺は君を手に入れたとそう思っていた。

 新学期になり大学生活が始まった。通うには時間がかかるからと葉山は一人暮らしを始めた。比企谷は遠くても自宅から通うという。教科によっては比企谷と別々になるがクラスが同じのものではなるべく側にいるようにした。
「あっち行けよ。お前といると目立つ」と言う比企谷に「交友関係でもう無理をしたくないんだ」と葉山は答える。
「一緒にいたいからいるんだ」
 付き合いたい人と付き合う。したいようにしていいんだと。君が俺のものになってからそう思うようになった。
 比企谷は帰宅部にはならず文芸部に入った。高校の時の奉仕部のことから彼なりに思うところがあったのかも知れない。もっとも思ったところとはかなり違う賑やかな部活だったようだが
「材木座や海老名さんみたいなのばっかりだ。五月蝿くてしょうがねえ、面倒くせえ」
 と文句を言いながらも楽しんでいるようだ。
 葉山は高校の時と同じくサッカーに入部した。葉山の方が帰宅時間が遅いことが多く、初めの頃は比企谷はさっさと帰ってしまっていた。だが一方的でも約束をすると比企谷は律儀に守ってくれることがわかった。
 部活が終わると図書室にいる彼を見つけに行く。
「やあ、待たせたね」と言うと「待ってねえよ。たまたまだ」と返される。
 一緒に帰ると大抵比企谷は俺の家に来て泊まっていく。でも何度着替えを置いていけばと言ってもここはお前の家だと言い自分の物を決して残していかない。少し引っかかったがそれは彼のポリシーなのだとそう思っていた。

「小町ちゃんは家を出るのか」
「ああ、大学遠いから近くに部屋を借りるんだそうだ」
 土曜日の大学からの帰り道、葉山はそのまま比企谷を家に連れてきた。
「だから今日は帰るからな。あいつ明日は親と家具とか揃えに行くんだ」
 比企谷はベッドを背凭れにして買ってきた本をめくっている。
「君は行かないのかい」
「俺は留守番。折角の日曜日なんだし1人でのんびりしたいしな」
「そうか、なら明日君の家に行っていいかい?」
「1人でのんびりするって言わなかったか」
「1日家にいるんだろ。時間は何時でもいいよな」
「葉山、人の話聞いてるのかよ」
 葉山は少し考えて比企谷ににじり寄る。
「もう比企谷は小町ちゃんに面倒見てもらえないんだな。」
「小町もそう言ってたけどよ。別に心配ねえし」
「比企谷、一緒に暮らさないか」
「嫌だ」
 そう言うと比企谷に即座に断られる。釈然としない。大学に通うより借りた方が効率がいいはずだ。家賃だって折半にすれば電車代より安くなるくらいだ。今までは小町ちゃんのためかも思っていた。その心配もなく比企谷の家の方針でもないなら何故なんだ。もう2年も経つんだ。そろそろ先へ進んでもいいんじゃないのか。
「家を出てもいいんだろう。何の問題があるんだ」
「俺家が好きだし」
「通うの遠いって文句言ってたじゃないか。近くに借りた方が楽だろ」
「それはそう思ったこともあるけどな」
 目を逸らし言い訳じみた比企谷の物言いに苛立ち問い詰める。
「こっち向けよ。他に理由があるのか」
 両肩を掴み見据える。比企谷はやっと口を開く。
「2人で暮らす生活なんてものに慣れたくないんだ」
 そう言い目を上げる。
「俺は慣れるとその生活にしがみついてしまう。変えたくないと思ってしまう。行き来する付き合いならいつでも」
「終わりにできるってことか」
 比企谷の言葉に声が震える。
「そうは言わねえけど。気持ちなんて変わるだろ。あんまり耐性ねえからな俺は。用心に越したことはねえ」
 比企谷は言いながら視線を逸らす。
「俺が信用できないのか」
 比企谷の肩に置いた手に力が篭る。
「お前の気持ちだって変わるし、俺の気持ちだって変わるぞ」
「変わらないよ。変えない。変えさせない。俺が信じられないのか」
 どれだけ君を手に入れるために苦労したと思ってるんだ。今更手放すものか。誰にも奪われるものか。
「お前を信じてないわけじゃない。期待してないだけだ」
 葉山は凍りつく。あの時君は期待していないと言った。それはそんな意味だったのか。「お前みたいなリア充の何処を期待しろっていうんだ」
 比企谷は不敵に笑う。彼はわざと怒らせようとしている。怒らせて終わりにしようとしている。それがわかってるのに、手の内だと見え透いているのにどうしても腹がたつ。
「君が嫌いだ」
 そう口にすると比企谷の瞳が揺らぐ。
「そうだろ」
 彼は口元を歪ませて笑う。
「だから君の思いどおりにはしない」
「え、どういう意味だ」
 葉山は戸惑う比企谷の肩を掴んだまま押し倒す。
「俺が飽きるまで君は俺のものだ。君に選択権はないよ」
 組み伏せた比企谷の身体が竦むのがわかる。俺は君が好きだ。君も俺が好きなんだろう。それなのに諦めるなんてできない。

「平塚先生は言ったんだ。俺は傷つくのは慣れてるが、周りの人間は俺が傷つくことに耐えられないってな。俺はそれから気を付けてきたつもりだった。お前が教えてくれたことでもあるんだぜ」
 息を整えながら比企谷は言う。
「比企谷」
「俺は傷つけようとして傷つける。どう言えば人が傷つくか俺にはよくわかってるからな」
 比企谷は衣服を身につけてゆく。それが鎧を纏っていくように思える。
「でも俺の考えの外で怒る奴がいて、お前はいつもそうだ」
 比企谷は俯く。
「お前を傷つけてるつもりはないんだ。全然。なんでお前はそんな顔をするんだ」
「どうして君はそれがわからないんだ」
 葉山は言う。
「今は居心地がいいんだろうな。お互い。でもこれがずっととかねえだろ」
「なんでそう思うんだ」
「俺にもお前にもこれは本物じゃない」
 カッと頭に血がのぼる。葉山は玄関に向かう比企谷に駆け寄ると胸倉を掴みドアに押し付ける。比企谷は驚いて目を見開く。
「君の言う本物ってなんだ」
 襟元を締められて比企谷は葉山の腕を叩く。
「離せよ、葉山」
「今を偽物だって言うのか。なら本物なんて俺はいらない」
 そう怒鳴ってから葉山は苦しそうな比企谷に気づき手を離す。比企谷は咳き込むと直ぐにドアを開ける。
「とにかく一緒に住むとかねえから」
 言い捨てて走り去る比企谷の背中を見えなくなるまで見送る。ドアを閉めると葉山はズルズルと玄関に座り込む。
 俺の家に何も置いていかないのはそういうことか。君は俺に何も残さないつもりでいるのか。いつか俺とのことを終わりにして忘れるつもりでいるのか。
 あの頃君が嫌がっても俺はどうしても余計なお世話をせずにはいられなかった。君が人を傷つけると呼んでいる犠牲的な行動に怒らずにはいられなかった。返す刀でいつも君の方が傷ついているのに苛立った。その意味を考えもせずにした行動が、抑えられない衝動が、意味するところは明らかだった。
 俺は君が気になってしょうがなくて、君にも俺を気にして欲しかった。友達といるのは純粋に楽しいけれど君にはいつも心が掻き乱される。苦しいのに関わりたくて、関わっては傷ついて。わざわざ焼かれるために火に飛び込む羽虫のように俺は君に近づいた。
 それでもいつしか君が俺をまっすぐに見てくれるようになった。嬉しかった。認めあうけど君にはなれない。それでも心が通じ合える。互いにそんな確認をしてそれで満足するはずだった。けれども、俺はそれだけでは済まなかった。
 赤い夕焼けを共に眺めたあの日。分かり合えたと思うと同時に俺は君が欲しくなった。どうしても手に入れたくなった。俺をどう思っているかわからない相手にはどうすればいいのかわからない。だが好感を抱いてくれる相手を掌握するのは俺には容易いことだ。好意に対して君が好意を返してくれるなら俺が優位に立てる。奸計を弄すれば対人関係に疎い君を手玉に取れるのではないか。君の心も身体も絡め取る。君を永遠に繋ぎとめる。それができるかもしれない。俺にはできる。
 気になってるだけだった時には可能だなんて思いもしなかった欲だった。止めようもない誘惑だった。

 翌日は朝から雨の降りだしそうな黒い重たい雲が空に広がっていた。葉山は比企谷の家の呼び鈴を押す。インターホンから比企谷の声が返事をする。
「やあ、昨日はごめん」
 と言うと比企谷は少し間を置いて
「ああ、俺も」
 と答える。
「わざわざ来たんだ。まあ上がってくか」
 と比企谷がドアを開けて顔を出す。
「小町ちゃんはまだ帰ってないのかい?」
 リビングのソファーに座り葉山は聞く。
「今日は親と家具を選びに行くって言ったろ」
「そう言ってたね」リビングを見回して葉山は言う。「比企谷の家に来るのは久しぶりだな。卒業してから会うのははいつも俺の家だった」
「そうだな」
「比企谷の家には家族がいるから俺のところでいいと思っていたしね」
 そのことに不満はなかった。何の疑問も持っていなかった。今までは。
 飲み物を入れると言い比企谷はキッチンに向かう。葉山は立ち上がり比企谷の後を追う。
「座ってろよ何がいい?はや」
 振り返る比企谷を葉山は引き倒しキッチンの床に組み敷く。
「いて、なんだよ」
 比企谷のスウェットを脱がし下半身を剥き出しにする。
「どうしたんだ」
 驚いて問う比企谷を昏い瞳で見つめ葉山は黙ったままズボンを脱ぐ。

「これでこのキッチンに立つたびに俺を思い出さずにはいられないよな」荒く息を吐きながら薄く微笑んで葉山は言う。「ここで俺とセックスしたんだってね」
「葉山、お前」
 比企谷は驚いたようだがすぐに口元を震わせて怒りの表情を見せる。身体を起こし葉山を殴りつけさらに脱ぎ散らかされた服を投げつける。
「出て行け」
 葉山を睨みつけ震える声で比企谷は怒鳴る。
「比企谷」
「出てけよ」
 比企谷は葉山に背を向けて風呂場に駆け込む。シャワーの水音がする。葉山は投げつけられた衣服を身につける。
「帰るよ」
 風呂場にいる比企谷に声をかけるが返事はない。外は激しい雨が降っている。門の前で葉山は振り向く。しばらく見つめて目を伏せると雨の中に歩を踏み出す。濡れて家までの道のりを足取り重く歩く。
 取り返しのつかないことをした。でも堪らなかった。君は俺をいつか跡形もなく消そうとしている。いつか過去の思い出にしようとしている。だから何も残さないようにしているんだろう。俺との時間は今だけでいいと思ってるのか。俺と未来を見ようとしてくれないのか。君が人と深く付き合うことで傷つくのが嫌なのはわかってる。けれど、君の臆病さが俺を壊していくことに気付いてくれないのか。
 葉山は灰色の空を仰ぐ。降りしきる雨の雫が顔を流れ顎を滴る。濡れた服が身体に張り付く。寂しいんだよ比企谷。堪らなく寂しいんだ。欲を出したのがいけないのか。でもどんどん欲深になるのをどう止めればいいんだ。
こんなことで君を失うんだろうか。君を失いたくない。

 帰宅してから倒れて葉山は熱を出した。
 朝になっても熱は引かず大学を休むことにする。熱のせいで頭がぼうっとするがベッドに入っても寝付けない。比企谷に会いたい。でもどの面下げて会えると言うのか。1人ベッドに悶々としながら転がっていると呼び鈴が鳴る。重い身体を引きずりながら覗き穴を見ると比企谷が立っている。驚いてドアを開ける。
「比企谷、どうして」
「具合、悪そうだな。入っていいか」
 比企谷は目を泳がせながら言う。
「ああ」
 比企谷を部屋に上げると葉山はベッドに戻る。比企谷はベッドの側に座り込む。
「小町が俺のせいだっていうからよ。雨なんだから傘くらいは貸すべきだってよ」
「何があったのか言ったのか」
「いや、まあ。あいつすぐお前の味方するんだ。お前の外面に騙されてっから」視線を逸らし憎まれ口を聞きながら「その、大丈夫か」と比企谷は言う。
 心配して来てくれた。それがわかり胸が熱くなる。多分本当は小町ちゃんは何も知らないんだろう。君は俺が大学を休んでるのに気付いて来てくれたんだろう。君はわかってるのか。俺は君のことでどんな些細なことでも嬉しくなるんだ。このままずっと手放したくなくなるんだ。
「そうだよ。君のせいだ。だからここにいてくれ。そのくらいいいだろ」
「お前図々し」そう言いかけて「俺にできることないか?」と比企谷は不安げに言う。
 君にしてほしいことはいっぱいある。優しくしてほしい。側にいて欲しい。君に触れるのを許して欲しい。今なら我儘が許されるだろうか。
「熱はあるのか?」
 比企谷の手の平が葉山の額に当てられる。ひんやりと気持ちいい。
「君の額をくっつけて測ってくれないか」
「原始的だな」
 比企谷は呆れた表情でにじりより上に屈み込むと葉山と額を触れ合わせる。額もひんやりと気持ちいい。比企谷の睫毛が触れる。吐息が当たる。このまま触れていて欲しい。
 比企谷の後頭部を掴むと葉山は引き寄せ唇を合わせる。驚き開いた比企谷の口から舌を挿入する。濡れた熱い口腔を貪るように蹂躙する。歯列を舌でたどり舌を探り当て擦り合わせる。口腔内を味わって名残惜しく唇を離す。
「風邪は移せば治るっていうだろ」
葉山は微笑むと真っ赤になった比企谷に言う。布団から手を伸ばし比企谷の手を取って握る。
「俺には兄弟がいないからわからないけど。君が兄弟だったらどうだっただろうね。小町ちゃんするみたいに構ってくれたかな。こんな風に熱を出したら看病してくれたかな」
「熱に頭やられたのかよ」
「毎日帰るといつも君がいて俺は安らいだかも知れないね」
「毎日家にお前が帰ってくるとかぞっとしねえな」
「でももっと辛かったかもな。どんどん膨れ上がる欲情する気持ちに潰されたかも知れないな。」
「なんでいきなり近親相姦?兄弟設定で話してるんじゃなかったのかよ。お前、兄弟ってもんを誤解してるぞ」
「俺は君と家族になりたいよ」
 比企谷は答えず黙り込む。葉山は繋げた手をぎゅっと握る。
「兄弟よりも親子よりも。ずっと側にいたい」
 腕を引くと比企谷は困ったような顔をする。そのまま強く引っ張り彼の身体に布団を被せる。引きずりこんだ布団の中で比企谷のシャツのボタンを外しはじめる。
「葉山」
 比企谷が押しとどめようとそっと葉山の手を抑える。
「人肌で温めてくれるかな。そうしてくれたら治りそうだ」
 そう言うと比企谷の緩い抵抗が止む。病人を嵩にきて卑怯だな俺は。比企谷は上目づかいに葉山を見てごそりと背を向ける。温もりを後ろから抱きしめる。裸の素肌が触れ合う。胸筋と腹筋をぴったり彼の背中に押し付けて拘束する。
 君の言葉は冷たくて心を引き裂くけれど身体は温かいんだ。君は本当は優しいから俺なんかに付け込まれるんだよ。俺は君を大切にしたいのに。それなのにどうして君から何もかも奪い尽くしたいんだろう。

 あの日君と夕陽を一緒に浴びて紅い空を共に眺めた。金に縁取られた君の横顔を眩しく見つめた。山の端に陽が落ちて金糸が消えてもその横顔は網膜にフィルムのように焼き付いた。
 俺も嫌いだと言ってくれたその言葉は君の優しさだったんだろう。期待しないと言ったのも言葉通りの意味だったんだろう。でも俺は俺が君を選んだように、君も俺を選んでくれたと思ったのだ。俺は期待して手を伸ばしたのだ。
 分かり合えたと思えたのが俺の思い込みであったとしても、一度心に焼き付いた光は消えない。例え目に映したのが遠い蜃気楼の灯火であったとしても。それは遠くとも確かにある灯火なんだ。欲しくてたまらなくて掴み取った。それが幻の灯火であったとしてもかまわない。
 俺は決して手放さない。

END