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輝くもの天より墜ち(R18版)

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prologue


「てめえ!ざけんなよ!」
勝己は吼えた。
足元から振動が響いてくる。
崩れかけて瓦礫が散乱するビルの最上階。衝撃による振動で、天井がいつ崩落してもおかしくない。
砂塵が舞い散る部屋の中に天井に開いた穴から光が差し込み、緑色のパーカーと特徴のあるくせっ毛を照らし出す。
勝己はデクと邂逅した。最も望まない形で。
デクは悲しげな視線を向けてくる。あの時のようだと、勝己は思う。
始業式のあの日。瓦礫とコンクリートの白い粉に塗れた講堂。轟音と悲鳴。足元に蹲り見上げてくるデク。
つい最近のことなのに、随分と昔のように思える。
「追いかけて来たのが君でよかった。他の友達だったら、僕はきっと迷ってしまっただろうから」
「ああ?てめえ!何言ってんだ。説明しろよ。なんでここにてめえがいんだ。何をしてやがんだよ。ヴィラン共に混じってよ」
デクは「僕は」と言いかけて止め、唇を引き結び、勝己を見据える。
「僕は行くよ」


scene・1


3年生の春を迎えた。
始業式の日は描き割りの青空ような、嘘くさい晴れの日だった。
春休み明けの呆けた顔をした生徒たちが、だらだらと講堂に並んだ。講堂の上部に連なる窓からは、花をみっしりと咲かせた満開の桜の枝が見える。
勝己はだるさを隠しもせずにポケットに手を突っ込んだ。
「かっちゃん」と小声で呼んで、デクが嗜めるように勝己の袖をそっとつまむ。
「うぜえ。ほっとけよ、クソが」
悪態をつきながらも、慣れた背後の存在に安堵しているのを自覚する。
一年生の時のあの事件の後、やむを得ないとはいえ、一度は学校を去ったのだ。雄英への復学が許可され、進級までできたのは先生方の尽力だ。今年も同じA組の面々と過ごすことになるだろう。
いつもの始業式のはずだった。
校長が講堂の壇上に立った。
マイクがキインとハウリングしたその瞬間、爆発音が轟いた。
誰かが「ヴィランの襲撃だ」と叫んだ。同時に、窓ガラスが次々と立て続けに割れ、複数のヴィランが一斉に飛び込んできた。
逃げ惑う新入生達、入ってきたヴィランに応戦する先生方、避難誘導する上級生たち。講堂内は混乱に包まれた。
「邪魔だ!どけえ」
勝己は爆破で一気に薙ぎ払いたいのを抑え、APショットでヴィラン達を次々と狙い撃つ。移動しながらデクはどこにいるのかと探す。デクは黒紐を使って生徒たちを大勢括って持ち上げ、移動させていた。少し息切れしているようだ。
混戦の中、爆弾を仕掛けられたのか、爆音とともに天井が崩れた。
瞬間、剥落してゆく天井の真下に走ってゆくデクが見えた。その先には逃げ遅れて腰を抜かしている数人の下級生がいる。
一体どう助けようってんだ。黒鞭を使えよ。どうした、使えねえのか。ダッシュしても全員は救えねえぞ。わかってんのか。だが考えなしに飛び出しても、そこで全員を掬おうとするのがあいつだ。一瞬の思考の後、勝己は反射的に走り出した。
「どけ、カス!」
逃げ遅れた生徒達に被さり、亀のように丸くなったデクを足蹴にし、勝己は掌を天井に向けた。欠片をなるべく小さくするために、火力を上げて爆破する。粉々にするには足りない。拳大に分かたれ降り注ぐ瓦礫を次々に粉砕してゆく。
コンクリートの欠片が雨霰と降り注ぐ。頬を欠片が掠めてチリっと痛みが走る。
四つ這いになったデクを背に、勝己は仁王立ちになっていた。
振り向くと、顔を上げたデクと目が合った。勝己の名を呼び、自分の方が傷ついたように痛々しい顔で見つめるデク。勝己は口角を上げる。
自分のために他人が傷つくのは嫌だろう。
「血が出てるよ、かっちゃん!もういいよ、大丈夫だから」
「だったら、てめえがそいつら連れてどきやがれ、クソが」
思い知ったかよ馬鹿が。ああ、それだけじゃねえ。ふと頭をよぎる。
デクの目に俺はどう映ってるのだろう。
泣きそうな顔で俺を見つめる瞳。この満足感のためにやったんだ。
俺はてめえの目にヒーローとしてうつってるのか。
浅ましい。邪念だ。
だが、表情とは裏腹に「ありがとう、かっちゃん」と礼を言う出久の声には何の熱もない。
「さっさと来いやクソデク。ヴィラン共を追うぞ」
勝己は内心の落胆を隠すために、デクに背を向ける。今更だ。デクがそういう奴だってことは嫌と言うほど知っている。
デクは「怪我してない? 」と訊きながら下級生達を外に出るよう促し、腰を上げる。
「緑谷、爆豪、来てくれ」
何処からか相澤先生の呼ぶ声がした。周囲を見回すと、先生が講堂の壊れたドアから顔を出し、クイっと手招きしているのが見える。
「下級生は全員寮に避難させた。今は校舎内に逃げたヴィラン達を追討している。お前らも手伝ってくれ」
「はい、先生」
「ああ、わかった」
勝己は制服に着いた粉をはたき、足元の瓦礫を蹴って道を作る。
オールマイトがいなくてよかった」デクが言った。
オールマイトは仕事で警察に協力してるとかなんとかで、暫く学校に来ていない。秘密裏に行動しているらしく、デクにも連絡はないらしい。
オールマイトなら、きっと今の身体でも皆を助けようと、無茶をしただろうから」
「ああ?てめえが言えんのかよ。さっきのはなんだ?無策で飛び出して、あいつらをどう助けるつもりだったんだ」
「黒鞭が出なくて、焦ってしまって、でも助けなきゃって思って、咄嗟にその」
慣れない個性を使い過ぎてガス欠したんだろう。しどろもどろに答えるデクにイラっとし、背中を思いっきり叩く。
死柄木相手に1人で空中戦を挑み、ボロボロになっていく姿を昨日のことのように思い出す。こいつは何一つ変わっていない、自分の命を秤にかけない気味のわりぃ幼馴染。
「成長しろや、クソが」
だがてめえのその厄介な性質と、逃げずに付き合ってゆくと決めたのだ。だから自分にできねえなら誰かを頼れや、いや、誰かじゃねえ、俺を。せめてそのくらいはしろや。言えない言葉を飲み込む。
講堂を出ると、砂煙が薄く漂っていた。外も講堂の中と同じように瓦礫が散乱している。避難する生徒とは逆方向に、ふたりは相澤先生を追って駆け出した。

始業式は中止になった。
幸い生徒にも教師にも負傷者は少なく、ヴィラン達は易々と捕縛された。派手な襲撃の割に強力なヴィランはいなかったらしい。ほとんどが金で雇われた町のチンピラだったと後で聞いた。
破壊された講堂はセメントス先生によって、すぐに再建された。しかし、調査とセキュリティ対策のために、ゴールデンウィーク明けまで、生徒たちは実家に戻り自宅待機となった。
安全のためになるべく家から出るなといわれ、どっさりと宿題が出された。
そんな時期に事件は起こった。


scene・2


鏡に映った身体に残る、引き攣った星のような傷痕。腹と肩、貫かれた背中にも同じ痕がある。
死柄木の個性からあいつを庇った時の傷だ。消せるそうだが消したくなかった。残してくれと俺は言った。
今も時々、あの時の夢を見る。
べっとりと身体に巻き付いたスライム。拘束された四肢は自由に動けない。爆破しても粘度の高い泥のようなヴィランにはダメージが通らない。
口を覆われて呼吸ができなくなった。酸欠で気が遠くなりそうになり懸命に足掻く。助けを求めてあたりを見回す。
だが誰もが遠巻きに見ているだけ。ヒーローが来てくれるからとか、頑張れとか無責任な声が聞こえる。
うるせえよ。見てんじゃねえよ。今苦しいんだ。今窒息しそうなんだ。
野次馬の中にデクを見つけた。視線が合った。
俺はどんな顔をしてあいつを見たんだ。
途端に弾けるようにデクが走ってくる。泣きそうな顔で聞きなれた声が自分の名を呼び、スライムに取り付いて懸命にはがそうとする。
なんでてめえが出てくんだよ。
なんでてめえだけなんだよ。
夢はそこで覚めることもあるし、その先に進むこともある。続きの展開もその都度変わる。デクが必死にスライムを剥ぎ取ろうとしたり、自分と同じようにスライムに呑まれてしまったりもする。だが駆け寄ってくるシーンだけは、いつも共通しているのだ。
繰り返し脳裏に焼き付けられる。あいつのむかつくほどの自己犠牲だけは、夢の中でも同じなのだ。
ヒーローといえど誰しも多少は利己的なのにデクは違う。川に落ちた俺に手を差し伸べた時も、ヘドロヴィランから俺を助けようとした時も。それが誰でもてめえは同じことをしたんだろう。言ってみればてめえのは条件反射みたいなもんだ。それが子供の頃から堪らなく許せなかった。てめえには好きな奴でも嫌いな奴でも同価値なんだ。
あの頃、ヒーロー物に多い、弱え奴が強い奴を庇うシチュエーションが嫌いだった。身の程知らずにも、奴らは庇うことで対等になれたつもりなのだと思った。そんな場面を好ましく思う奴らの気が知れなかった。弱え奴の向こう見ずな行動はヒーローには必要ねえ。傷ついたりしたら、負い目を負わせるだけだ。きっと気持ちをを押し付けて好意を求めてるんだ。自分を印象づけて一目置かれようと格好つけてるんだ。そんな場面が出るたび苛ついた。
だが今、そうせずにはいられない気持ちがわかっちまう。厚かましいとあんなに嫌ったのに、同じことをしようとしてしまう自分がいる。デクに俺を印象づけたいんだ。デクに同じくらいの思いを返してほしいんだ。
欲しくて堪らないのに他に手段がみつからない。だがこんなやり方じゃ、どんだけ経ってもてめえに通じやしねえ。
デクは見返りを求めねえ。地位や名声のためでもねえ。好かれたいとも一目置かれたいとも思ってねえ。その身を犠牲にして全力で救ったとしても、ただの自己満足だ。てめえの理想に近付きたいだけなんだ。
ましてや救われた奴が好意を持つ可能性があるなんて、考えもしねえ。
奴は好意を求めてねえし、受け止めるつもりもねえ。救うことに行動以上の意味はねえんだ。
だから気付かねえんだ。デクは自分が見返りを求めねえから、人もそうだと思ってんだ。てめえを命がけで救っても、ただヒーロー活動と思ってやがるんだ。救うとか庇う行動に邪念があるなんて、思いもよらねえんだ。俺は誰でも身体張って助けたりしねえんだよ。
てめえのあの姿が何年たっても、鮮やかに心に焼き付いているように。
せめて、てめえに俺を印象付けたいと思うのは欲なのか。

「ちゃんと家に篭ってるんだろうな」
相澤先生から勝己の携帯に連絡があったのは、襲撃から十日ほど経った頃だ。
「親は2人とも出張で留守だ。気楽にやってるぜ」
「こっそり繁華街に出てる奴もいるからな。そういう馬鹿は声の後ろから聞こえる、賑やかな音で丸わかりだ」
「まさかクラス全員、
いちいち確認してんじゃねえだろうな。うぜえな」
「ま、仕方ない。これも教師の仕事のひとつだ」
ところで、と相澤先生は声の調子を変えた。
「お前の家は緑谷の近所だったな。ひとつ聞きたいんだが、緑谷は家にいるか」
「知らねえよ。別に近所だからってわざわざ会ったりしねえしよ。デクは家にひとりでいるはずだぜ。母親は旅行中だって聞いたからよ」
「あいつに連絡が取れないんだ。確認できないか」
ただごとではない様子に「何があった」と聞くと、「他には言うなよ」と言添えて相澤先生は言った。
「ヒーロー協会の支部が何者かに襲撃される事件が頻発してるのは、お前も知ってるか」
「ああ、ニュースになってるな」
ちょうど自宅待機になってからだ。幸い被害は少なく、死傷者もないという。支部に誰もいない時を狙うのか、目撃者はいないらしい。
「ニュースではそう発表されたな。だが1台のカメラに犯人らしき者が写っていたよ。まだ他の生徒には黙っておくが、お前には伝えておこうと思ってな」
「何が写ってたんだよ」嫌な予感がした。デクは事件に巻き込まれたりしたのだろうか。
「関東支部の監視カメラに、緑谷らしき姿が映っていたらしい」
「はあ?何言ってんだ」勝己は呆れる。「何かと思えばくだらねえ。どう考えても人違いだろ。あのヒーロー馬鹿に限ってあり得ねえわ」
「俺もそう思う。だからお前も協会本部に来て確認してくれないか。今から迎えに行く」
意味がわからない。まず確認してみてからだ。勝己はデクの携帯と家の電話にかけてみた。しかし相澤先生の言うように、どちらも繋がらなかった。まだ時間はある。相澤先生を待っている間に、デクの実家のある団地に立ち寄ることにした。
団地をぐるりと取り囲む桜並木は、花の盛りを過ぎ初め、五月雨のように花びらを散らしている。薄紅色の花弁は淡い光を透かして儚げに積もる。日向の木はもう黄緑の若葉を覗かせている。
デクの自宅の呼び鈴を鳴らしてみたが、反応がない。やはり留守のようだ。どこに行ってる。何やってんだ。不安と苛立ちが混ざり合う。
迎えに来た相澤の先生の車に乗り込み、協会に向かう車中で事件の詳細をきいた。
数日前の深夜に、ヒーロー本部の裏の壁を壊し、何者かが侵入した。二重三重にプロテクトされた高い壁で、そうそう壊されることはない。だがオールマイト並みの力なら破壊は可能だ。犯人はまず監視カメラをなにか飛び道具のようなもので破壊し、上階から地下まで各部屋のドアを破壊して開き、何も盗らずに姿を消したらしい。屋内も屋外もほとんどのカメラが壊されていたが、ひとつだけ塀の側の木に設置されたものが残っていた。
「そのカメラに侵入者が映っていたそうだ。他の支部も同一犯の可能性があると見られている」
「その情報は誰が知ってんだ」
「雄英の各教師や、一部の信頼のおけるプロヒーローだけに伝えられた。雄英の生徒の可能性があるということで、影響を鑑みてヒーロー協会お得意の箝口令が敷かれている。まあ、ありがたいことだがな」
相澤先生は皮肉混じりに言う。
「信じられるかよ。デクがやったなんてよ。あいつに限ってあり得ねえよ」
「ああ、同感だ。だが、他に手がかりがない。襲撃事件が続くなら、公にせざるをえなくなるかもしれん」
「クソが!マジかよ」
「だからそれまでに真相を突き止めたい。後手に回ってヴィランどもにメディア操作をされるのは痛いからな」
以前のヴィラン連合による放送ジャックの時のように、ということだろう。隠していたのかとエンデヴァーが非難されたあの事件。去年のような殺伐とした状況を、再び生むわけにはいかない。そのためにはたとえ学生であろうとも、ということか。
車は関東支部に到着した。壊されたという外壁は元通りになっている。出張したセメントス先生によって修復されたらしい。各部屋も修理されている。ただ、ドア周りのセキュリティ関連はまだ修復が済んでいないそうだ。
監視ルームに通された。問題のカメラの映像を確認する。
早送りをして、深夜の3時ごろ、塀の上に少年のような小柄なシルエットの男が現れた。緑のパーカーを着てフードで頭を隠している。一瞬でその姿は塀の下に消え、壁が崩れる音がしたところで、映像はざざっと乱れた。
「は?こんだけかよ」
「どうだ、爆豪」
「後姿だしフードで顔も見えねえ。こんな一瞬じゃあ見極められねえよ。どう壁を壊したのかもわからねえじゃねえか」
だが明らかにシルエットはデクに似ていた。胸騒ぎがする。
本部のヒーロー達も、デクがヴィラン側についたなんて信じられないと言う。彼らはヴィラン連合一斉検挙の時の、死柄木とデクの死闘を知っている。例の事件でデクはプロヒーロー達に一目置かれてるらしい。
ついでにその場にいた自分も一目置かれている。だから今回もここに呼ばれたりしてるわけだが。
しかし、新学期早々の騒動以後、近所にいるのにあいつを全くみかけなかった。いつもなら、狙っていなくてもよくニアミスするのだ。そこでおかしいと思うべきだったのかもしれない。いや、あいつなわけがねえが。
「始業式の数日後、近所で警官の服を着た、顔のない変死体が発見されてる」
家に自分を送り届ける車中で、相澤先生は言った。
「なんだよ、それは!それもデクに関係あるっていうのかよ!」
「わからん。まだ調査中なんだ。無関係であってほしいがな」
オールマイトはこのこと知ってんのか」
支部は無事なのかと連絡があった。ニュースを見たんだろう。まだ緑谷の件は伏せてる。はっきりしてるわけじゃないし心配させるだけだからな。こちらからあの人に連絡は取れないし。まだ戻って来れないそうだ」
もしGWが終わっても学校に登校して来なかったなら。いや、連絡がないのは、ただ単に休みボケしてやがるだけかも知れない。
家に帰ってから再びデクの自宅に電話してみると、母親が出た。旅行から帰ってきたらしい。しかし母親が言うには、もう学校の寮に戻ると連絡があったという。本当のことは告げられなかった。
勝己は歯噛みする。あいつ、親にまで嘘をついてやがる。オールマイトの後継者だというのに、母親にも言わず、俺にも言わずに何してやがる。デクはまた学校をやめるつもりなのだろうか。
理由がわからない。信じられない。音信不通だったオールマイトからやっと連絡があったばかりだというのにだ。
待機なんてしてられない。勝己は毎日街に出て捜索することにした。
あり得ねえ。あいつが堕ちるわけがねえ。あいつがヒーローをやめるなんて。なにもかも捨ててヒーローに殉じると言ったあいつが。


scene・3


1年生の頃の3月のことだ。
学校をやめて姿を隠したデクから、俺の携帯に連絡があった。
「ミリオ先輩にこっそり花束を渡したいんだ」
だから、卒業の日に手引きをしてほしいというのだ。俺はあまり知らねえが、デクはインターンの時に世話になったのに、何も説明してないからという。
「クラスの奴らには会っていかねえのか」
「……会えないよ。今はまだ」
うじうじとめんどくせえ。と思ったが承諾した。次はデクにいつ会えるのかわからない。
ヴィランが活性化した不穏な時期だが、厳戒態勢の中、卒業式が行われた。
俺は式が終わるのを見計らって、先輩を呼び出した。
「はは!君は確か、デクと一緒にいた爆発する子だね。君、凄かったよ。お腹ぐっさり刺されてたけど、もう大丈夫なのかい?」
「子じゃねえ。大爆殺神ダイナマイトだ。あんなかすり傷屁でもねえ」
底抜けの明るさがちょっと苦手だが、マッスル形態のオールマイトを思わせるところがある。デクがわざわざ挨拶したいっていうのもわからなくはない。
待ち合わせ場所に指定した、訓練所に到着した。廃工場を模したロケーションは隠れるのに適しているし、卒業式なのでまず誰も来ない。デクは物陰から出てきてミリオ先輩に対面し、花束を渡して泣いていた。彼は一時個性を喪失していた。デクとしても思うところがあるのだろう。卒業後は晴れて念願のヒーロー事務所に入るらしい。
先輩を見送った後、そそくさと去って行こうとしたデクを、俺は「話がある」と呼び止めた。
今デクに言わなきゃならないことがある。
だが、何を言うのか決めてはいなかった。決められなかった。どう言葉にしたらいいのかわからない。
いつからだろう。てめえに欲を抱くようになったのは。てめえに触れたい。他の奴に触らせたくねえ。ガキのような我儘な欲だ。
自覚してからは、てめえに知られてはいけないと避けるようになった。なのにてめえが俺を避け始めたら本能が追いかけた。心を見透かされたと思い見下されてると疑った。だがてめえが何一つ気づいてはいないと知ると、頭の中は安堵と、真逆の憤りが渦巻いた。
今だってデクは考えもしないだろう。はっきり言わねえと伝わらねえ。言っても叶うはずがねえ。だが言葉にすべきなのだ。きっとデクは今後も気づかない。このままでは.何も変わらない。 
何処から告げればいいんだろう。どう告げれば良いのだろう。
呼び止めたものの、俺は逡巡し言葉を探しあぐねた。
「君とは本当に長い付き合いだよね。僕の秘密を知られてからはすごく助けられた。昔みたいに親密になれたよね」
沈黙に耐えられなくなったのか、告げる前にデクは口を開いた。
「はっ!親密?どこがだ。寝言言ってんじゃねえ」
思いと逆の言葉が口から出た。なんで俺はこうなんだと内心歯噛みする。
「君はそう言うと思った。でも、僕は嬉しいんだよ。やっと君に近づけたと思ってたから。君は僕にとって特別なんだ。子供の頃の君の存在は輝いていて、僕の魂の奥深くに刻みついている」
「けっ!おかしな言い回ししてんじゃねえよ」
少し気分が浮上する。てめえも距離を詰めたいと思ってたんだな。ならばちったあ脈あるんじゃねえか。てめえの秘密を知って、これから徐々に距離を詰めて、いつか新しい別の付き合い方ができるんじゃねえか。
「君やみんなが来年卒業したら、もう頻繁には会えなくなるね。でも、どんな形でもきっと現場で会えるよね」
「てめえとはOFAの秘密を共有してんだ。これっきりになるわけねえだろうがよ」
「うん、そうだね。でももう、僕の秘密はA組の皆も知ってるけどね」
「あいつらは重要性をわかってねえよ」
学校をやめる前に、他の奴らにもデクは秘密を手紙で教えた。だがOFAがどんな代物なのかという詳細は別だ。当然だ。持ち主が望めば譲渡できる個性だ。知るものが多いほど危険は増す。OFAの譲渡の方法も、歴代保持者がデクの中に幽霊みたいに居座ってることも、保持者がいずれどうなるのかってことも。AFOが弟への執着からOFAを狙ってるってことも。
秘密を知る者は最小限でいい。俺だけでいい。秘密を口実にしていつでも会える。デクの人生に介入できる。
「そうだね。かっちゃんがずっと秘密を守ってくれてた」
「てめえのためじゃねえわ、クソが。てめえがしっかりしねえからだろーがよ。ぽろっと喋りそうになるてめえを何度止めたか知れやしねえ」
「うん、そのたびにげんこつ食らったけど」
デクは少し笑った。笑顔を見るのは久しぶりだった。
「初めに知られたのが、他の誰かじゃなくかっちゃんでよかったと思うよ」
じれったい。そんな与太話がしたくて呼び止めたんじゃねえ。
しかし、俺はなかなか言い出せず、話題はさらにどうでもいい話になり、クラスの奴らの話にとんだ。
「恋人同士になってる人もいたよね。社会人になったら結婚するんだって言ってた。びっくりしたよ」
「は! んなわけねえって。あいつらが卒業まで続くかどうかわかりゃしねえ。ぼろが出るってよ」
「ひどいなあ、かっちゃん」
ふふっとまたデクは笑う。話題が途切れた。今が言う機会だろうか。
「僕は誰とも付き合えないけれど」
しかし、またしても俺が口を開く前にデクはポツリと言った。
「何故だ」出鼻を挫かれ、俺は問うた。
「だって、君ならわかるよね。OFAを持つ者は狙われるからだよ。夫や子供を失ったオールマイトの先代みたいね。家族や恋人がいれば危険に巻き込んでしまう。大切な人を犠牲者にしたくない。だからオールマイトはずっと独り身なんだよ」
「てめえはオールマイトじゃねえだろうが!」
予防線をはってるつもりか?いや、鈍いデクが俺が何を言おうとしてるのか、気づいてるとは思えない。
「うん、僕はオールマイトに遠く及ばない。だから、なおさらだよ。僕は絶対に誰とも付き合わないよ。大切な人も大切に思ってくれる人も失いたくない」
「人としての幸せってやつを捨てるってのかよ」
「そんなことない。僕は十分幸せだよ」
身に余る個性を得て、夢見ていた人生を歩むことだけを選び、それ以外の全てを引き換えにする。それを幸せだというのか。
「なんで、俺に言った」
「君にしか言えないよ。君と僕はOFAの秘密の全てを共有してるから。特別なんだ。そうだよね」
寂しそうに笑うデクに、それ以上何も言えなくなった。言おうとした言葉は飲み込むしかなかった。
てめえにとって俺が特別だと言ったな。けれど、てめえの特別と俺の特別は違うんだ。
てめえの魂の奥深くに刻みついていると言ったな。だがそれが何になる。
デクは誰のものにもならない。絶望的に俺の気持ちは一方通行だ。
てめえにとって俺は何だ。所詮はてめえにとって、幼馴染でクラスメイトで秘密の共有者でしかないのか。
だから俺はてめえが気に食わねえんだ。
気持ちに気づくな。もう忘れるんだ。
俺は何も望んじゃいない。


scene・4


テレビにビル街のライブ中継が映し出されている。
どうやらヴィランの襲撃に遭っているのは、近隣の高層ビル街のようだ。
あの中にはヒーロー協会支部のビルもある。ただの偶然だろうか。こそこそ侵入してやがるくせに、人目につく昼日中に襲撃するわけがない。だが胸騒ぎがする。
勝己はソファから立ち上がり、コスチュームに着替えて現地に向かうことにした。
自宅待機と言われてるが、仮免は取ってるのだ。ヒーロー活動に加わっても問題ないはずだ。
あの事件からヴィランによる事件が頻発するようになった。殆どが小物のヴィランによるものだが、奴らの個性によっては被害が大きくなることもある。
世の中が不安が満ちていくのが肌で感じられる。
自分の知らない、ヒーロー社会以前にあったという、不条理な無法地帯に戻っていくのだろうか。
ビル街は避難する人々で混乱していた。勝己はヒーロー達に加わり、ヴィランと戦いたいと申し出たが、避難誘導の方を頼まれた。不満だが仕方がない。主犯のヴィランは逮捕されたそうだ。便乗した輩が起こしている暴動もまもなく鎮圧されるという。
ヒーロー支部のプロヒーロー達は全員この事件に出払っており、その他の職員は避難して、現在はビルの中は無人らしい。勝己は支部の玄関ホールを見据える。襲撃するにはおあつらえ向きの状態じゃねえか。
ふと、ビルの窓から見慣れた小柄な影が走っていくのが見えた気がした。
気のせいだろうか。プロヒーロー達はもう中に人はいないと言っていた。あの影がデクかどうかわからない。
だが奴だと自分の勘が告げている。
勝己はビルの中に消えた影をダッシュで追った。ホールの真ん中で立ち止まり、耳を澄ます。微かに何者かの足音が聞こえる。勝己はその足音の方向を目指し、階段を飛ぶように駆け上がる。

ビルの最上階、2面を高い窓に囲まれた広い会議室で、勝己はデクに邂逅した。
緑色のパーカーを着てフードで頭を隠しているくせに、白いグローブと赤いブーツはコスチュームの特注品という、半端なコーディネートだ。侵入者がヒーロースーツを着るわけにはいかないからだろう。
「てめえ、デクだろ? 」と問うたが、デクは振り向かない。答えない。
「てめえだってこたあ、わかんだよ、おいデクよお」
名を呼ぶとデクはびくりと震え、ゆっくりと振り返った。
夕陽を背にした姿は、まるで太陽に灼かれているようだ。差し込む光を反射した塵が、雲母の欠片のように舞っている。
「こんなとこで何してやがる、クソデク」
「かっちゃんこそ、どうしてここに?僕は事件をニュースで見て来ただけだよ」 
「は-ん、おかしいよなあ。らしくねえじゃねえか。いつものてめえなら下で暴れているヴィラン共をほっとかねえよな。てめえ、支部に用があったんだろ?」
カマをかけた。支部を連続して襲撃してたのは本当にデクなのか。酷似していたとはいえ、防犯カメラの映像ではシルエットしか見えなかった。確証があるとはいえない。
デクの頭がびくりと揺れた。
「プロヒーロー達に見つかるわけにいかないから」
信じたくなかったことを肯定する言葉だった。
「あのヴィラン共はてめえの仲間じゃねえだろうな」
「まさか、違うよ」デクは首を振る。「でもこの騒ぎで支部の人達がみんな避難してくれてよかった」
「コソコソ何かやってんのか?ああ?いつも夜に襲撃してたくせに、今回は昼間かよ」
「やむを得なかったんだ。もう時間がないんだよ。こうしてる間にも、取り返しがつかなくなるかも知れない」
「俺の質問に答えろや!」
頭に来て威嚇のつもりでデクの足元を爆破した。コンクリートの床が抉れる。
デクはジャンプして避けると、空中からスマッシュを勝己に目掛け放ってきた。風圧で会議室の椅子や机が次々と渦巻くように宙に浮き、倒れてゆく。
やべえ!勝己は避けきれずに吹っ飛ばされ、壁にぶち当たった。衝撃で内臓が揺れ、背骨が軋む。
あの野郎ふざけやがって。本気でぷっぱなしやがった。
「か、は、おいクソデク!やりゃあがって!覚悟は出来てんだろうな」
掌をデクに向ける。手加減しては捉えられない。今の一撃でわかった。奴は本気だ。理由は不明だがそれほどに焦っているのだろう。
だが、自分はリミッターを解除出来るのか。人間を相手に。デクを相手に。
幼い頃から人を殺せる個性を自覚している自分は、粗暴だといわれても、結局手加減するのが身についてる。こんな時に身についた習性が恨めしくなる。
今の一撃でデクの右指はひしゃげていた。力の出力のコントロールは出来てたはずだ。己の身体への負荷の調整も忘れてやがるのか。
「クソが!」
デクのいる方向を大火力で爆破する。当たんなきゃ死なねえ。
広範囲を吹っ飛ばしたが、デクは翻るように飛び上がり、二弾目を放ってきた。咄嗟に横に跳んで避ける。さっきまで立っていた床に大穴が空いた。吹っ飛ばされた椅子が階下に落ちてゆく。
「この程度かよ!ああ?俺相手に指ごときでいけると思ってんのか。使ってこいや、腕をよ」と挑発する。
使わせて避けるのだ。あいつの片腕が使い物にならなくなれば、捉えるのは容易い。
「かっちゃん。お願いだ。今は見逃してよ」
デクは悲壮な声を上げた。
「ああ?アホかてめえ。理由も言わねえで何クソみてえなこと言ってんだ」
「言えないんだ。ごめん。多分、言ってもわかってもらえない。君はあれを見ていないから」
「あれって何だ」
答えず口を噤んだデクを睨んで1歩近づく。「まあいいどっちにしろ、同じことだ。てめえを捕まえて全部吐かす」
言い終わるや否や、デクに向かって掌を向け、狙い撃ちする。既に弾道の先にデクはいないが、避けられるのは織り込み済みだ。逃げる方向を追尾して連続でぶっ放す。
柱が抉れ防弾の窓硝子が割れる。壁に弾痕が増えていく。煙がもうもうと立ち込めてきた。視界を遮られる。
「クソが!」自分が爆破したせいだが、前も後ろも見えねえ。腕を振って煙を割く。
デクはどこだ。床に血は散ってねえ。傷は負わせられてねえか。あんだけ撃ったのに無傷かよ。
煙の先に揺れる人影が見えた。影の方向にAPショットを広範囲に連続して放つ。ちょっと当たったって死にゃしねえ。
煙が晴れた。デクは半分に崩れた柱の後ろに立っている。
「ビルが壊れちゃうよ。かっちゃん」
「ああ?だったらおとなしく捕まっとけや」
「それは、できないんだ」
出久が拳を固めるのが見えた。全力のスマッシュを出しやがるか。よし、上等だ。衝撃に備えて身構える。
その瞬間、がくりとデクの肩が下がった。足が床にめり込んだのだ。大穴を開けたせいで床が脆くなっていたらしい。デクは飛び上がって避ける。ヒビは蜘蛛の巣のように、一気に床一面に走ってきて勝己の足元に届き、ごそりと床が崩れた。
「クソが!」
「かっちゃん!」とデクがすっ飛んできて手を差し出した。
はあ?
頭にきた。今の今まで戦っていた相手だろうが。こんな時にまで人助けかよ、てめえ!
だが、伸ばされた指先に触れ、手を掴む。
いや、捕まえた。
勝己は空いた左手でデクの足元の床を爆破した。
「ええ!?かっちゃん?」
「ばあか、甘えんだよ」
勝己はデクの手を繋いだまま、崩落した穴の中に落ちていった。

パラパラとコンクリートの屑が落ちてくる。
勝己は目を覚まし、顔にかかった砂つぶを払う。光は上から降ってくる。どうやら地下階まで落下したらしい。瓦礫が散乱しているが、広い空間で柱が多く天井が低い。駐車場のようだ。
「いってえ、クソが。大穴掘削しやがって」
身体が動かねえ。背骨がいっちまったのか。クソが。デクは何処にいる。
頭を起こして見回すと、数メートル先にデクが見えた。瓦礫の下から起き上がろうとしている。
「おい、デクてめえ!」
勝己は身体を起こそうとしたが、腕と首しか動かせない。ふらりと立ち上がったデクが振り返った。
「言ったよね。僕は行くよ」
「デク、畜生!クソが、ふざけんじゃねえぞ、クソデクが! 」
デクが行っちまう。ここまで追い詰めたってのに。行かせてはいけないと焦るが、起き上がれない。
だが、ゆらりと数歩歩いて、デクはぐにゃりと崩折れた。
「は?」
あいつ、スタミナ切れかよ。
勝己はよろめきながら身体を起こした。衝撃で痺れてただけのようだ。外傷は多いものの、骨が折れたり肉が抉れたりといった大きな傷はない。デクを引きずり起こし、仰向けにして膝で腕を押さえつけ、馬乗りになる。デクの服は爆破のせいで焼けてボロボロになり、身体も傷だらけだ。だが手加減はしてやらない。パンパン、と頬を平手打ちする。
「起きろやクソデク。追いかけっこはしめえだ。観念しろよな」
デクは薄眼を開けた。「かっちゃん」
「てめえ、なんか言いかけたよな、さっき。言ってみろや。何を信じてくれないって?てめえの戯言聞いてやるよ」
「信じてくれないよ」とデクは沈んだ声で言う。「世の中に公表されることはないんだ。これからもきっと」
「何かを見たんだろ。それはなんだ。言ってみろや」
顎を掴んで固定し、デクと視線を合わせる。
「信じてくれないよ」
「言えや。言わねえと殴る。言うまで殴んぞ」
同じ言葉を繰り返すデクに苛々する。
デクは目を伏せたが、「じゃあ言うよ」と呟いた。覚悟を決めたらしい。
オールマイトを救出するためだよ」
「あ?何言ってんだ?」
「僕は見たんだよ、かっちゃん。ヒーロー支部の地下でヴィランに囲まれ、拷問されてるオールマイトを。ヒーロー達の上層部にヴィランがいるんだ。僕は支部の何処かに捕まってるオールマイトを探して、救わなきゃいけない」
「ちょっと待てや、てめえ」勝己はさらに続けようとするデクを制止する。「オールマイトが捕まったなんて、んな事件きいたことねえぞ。しかも支部が絡んでるなんてよ」
「だから信じないよって言ったよ。見ないとわからないよ」
デクは見たと言い切っている。誰かに聞いて思い込んでるわけではないらしい。馬鹿げた話としか思えないが、偽りと断じていいものか。まずもっと話させるべきだろう。
「詳しく言えってんだ。信じて欲しけりゃ信じるに足る材料を出してこい」
「僕の目の前でオールマイトがボロボロになって、倒れて、またヴィランに無理やり起こされて。もう時間がないんだよ。こうしてる間にもオールマイトがどんな目に遭ってるか」
「落ち着けや、てめえ。どっかの支部ヴィランの巣窟だっていうなら、慎重に考えろよ」
見たと言い張るばかりで、まるで要領を得ない説明だ。
「だから君は信じないって」
デクは落胆の色を声に滲ませる。「君は見てないから。僕はこの目で見たんだ」
「仮にんな事があったとしてだ、そん時てめえは何処にいた?拷問されるオールマイトを何処から見てやがった」
「僕は、僕はすぐ近くで見ていたんだ。身体を端から削られていくオールマイトの表情が苦しそうで、肉片や汗や血が飛び散って床を汚してた」
「近くで見てたんなら、止めなかったのかよ。戦って、やめさせなかったのかよ。むざむざと見殺しかよ」
「止める?」デクは混乱しているように頭を抱えて髪をかき乱す。
「目の前で触れそうなくらい近くだった」デクは手を止める。「あれ?僕は何処から見てたんだろう」
「あのなあ、俺は先日オールマイトに会ったばかりだ。オールマイトはピンピンしてたぞ。てめえは何を見たってんだ?ああ?」
嘘だ。オールマイトはまだ帰って来てない。だが相澤先生に連絡してきたのだ。デクが行方不明になる前に拉致されてるわけがない。
オールマイトが……無事?」
「ああ、元気いっぱいだわ。てめえは一体何を見たんだ。おい」
オールマイトは拷問にかけられて」
「どちらにしろ、ヒーロー本部を襲撃するなんて愚の骨頂だ。お前はオールマイトのためにヒーローやってんのかよ」
勝己の言葉が聞こえていないのか、「オールマイトオールマイトが……」とぶつぶつとデクは繰り返す。
「おい、どうした」
「いっ!頭が、いた、痛いよ。オールマイト
「おい!おいデク!」
虚ろな瞳を閉じて、デクは気を失った。頬を強く叩いてみたが、今度は目を覚まさない。何があった。打ち所が悪かったのか?
顔に掌をかざすと、吐息が触れた。息はしてるし脈は正常だ。
なら丁度いいか。勝己は意識を失ったデクを肩に担いで立ち上がった。


scene・5


緑谷出久の音声記録

こちらデク
聞こえますか
無事ヴィランのアジトに潜入しました
これからの行動はスマホに記録を残しておきます
渡されたイヤホンはクリアな音で通信できてます
ホログラムスキンは試したとおり成功してます
別の姿がちゃんと体表に投影されてるみたいです
すれ違ったけどヴィラン達は僕に気づいてません
オールマイトはどこにいるんだろう
誰かの足音が近づいてきました
大丈夫です気づかれてない
通り過ぎていきました
頂いた地図の通りならこの通路の先に捕虜を閉じ込めておく部屋があるはずですよね
おかしいです
行き止まりになってます
この地図は何か変だ
イヤホンに雑音が混じってますよ
声が聞こえません
塚内さん僕の声聞こえますか
ヴィランは僕に気づかないはずですよね
足音が聞こえてきます
増えてるみたいです
まるで僕を追いかけてきてるみたいです
塚内さん聞こえますか
大変です!
オールマイトが捕まってます
あの場所は知ってます
支部の取り調べ室です
どうして支部になんて
拷問されてます!
ああ!オールマイト
どうしよう助けなくちゃ
助け

(何かが倒れる音)
(通信遮断音)

緑谷出久の録音記録2

ヒーロー協会支部の潜入に成功した
僕の目的は誰にも知らせるわけにはいかない
だから後々のために今回も録音記録を残しておくことにする
目的が果たせなかった時のために
僕が何のために行動したのかわかるように
ヴィランの基地に潜入したときにヒーロー支部の地下に捕縛されているオールマイトの映像を見た
酷い拷問を受けていた
早く救出しなければ殺されてしまう
どこの支部なのかはわからない
だから片っ端からあたるしかない
どこかの支部オールマイトがいるんだ
なのにまだ見つけられない
時間がない
今までの支部は本物だった
でもここは偽の支部かもしれない
慎重に動かなければ
ヴィランに占拠されたヒーロー支部があるなんて信じがたいことだけれど事実なんだ
偽の支部のことはいずれ公にしなきゃいけないだろう
でも今発表したら捕まってるオールマイトに危険が及ぶかもしれない
今はオールマイトさえ見つけられればいい
なるべく人を傷つけたくない
1人だって傷つけたくない
彼らは真実を知らないんだ
でもオールマイトを助けることができれば証明することができる
まずいな
かっちゃんがいた
ここに入るところをかっちゃんに見つかったかも知れない
追ってきてる
やはり気づかれてしまった
彼もヒーロー協会支部が偽物だなんて知らないんだ。
言っても解ってもらえるとは思えない
でもオールマイトを見つける前に邪魔されるわけにはいかない
ああ頭がガンガンする
この頃頻繁に頭痛がする
戦いたくない
甘いだろうけど見逃してくれないだろうか
頭が割れそうに痛い

(通信遮断音)


scene・6


シャワーを浴びて、砂塗れだった身体がさっぱりした。勝己はTシャツとハーフパンツを身につけ、タオルで髪を乾かしながら部屋に戻る。ベッドの側に椅子を寄せて座り、惰眠を貪る幼馴染を見つめる。
デクを誰もいない本人の家に連れていくわけにもいかず、自分の実家に運んできた。
気絶したデクの服を脱がせ、埃だらけの身体を拭き、傷の手当てをして自室のベッドに寝かせた。上半身は包帯をまいただけでパンツ一丁だ。
ピクピクとデクの瞼が動いた。覚醒したようだ。そろっと目を開けて、キョロキョロと部屋を見回し、こちらに顔を向ける。
「ここ、かっちゃんの家だね」
「ああ、俺の部屋だ」
「かっちゃんの部屋……久しぶりだね」
身体を起こそうとして、デクは手首を戒める手錠に気づき、「これは?」と言って鎖を左右に引っ張る。
「てめえが妙なことしねえように、付けさせてもらったぜ。対ヴィラン用だ。そう簡単には壊れねえ」
「なんで、何があったの?」
「あ?てめえ、覚えてねえのかよ」
「確か僕はヒーロー支部に行って」徐々に思い出してきたのだろう。デクの顔色が変わった。「僕は君と戦ったんだ」
「思い出したかよ、てめえの愚行をよ」
「愚行……」
「こっちが聞きてえこと答えてもらうぜ。何があった?催眠術でもかけられてたのかよ。てめえ」
「違う。でも、言っても」
「信じねってんだろ。信じるかどうかは俺が判断する。言え!」
デクは手錠を嵌めた手を組んで膝を抱える。
「僕がヒーロー支部に行ったのは、行方不明のオールマイトを救出するためだった」
「そう言ってたな。ヒーロー支部ヴィランに何の関係があると思ってやがった。続けろよ」
「新学期が始まって、襲撃事件が起こったよね。それから自宅待機が決定する前に、学校で警察の顔見知りに会ったんだ。それで、聞いたんだ。オールマイトが事件の捜査中にヴィランに攫われたって」
「ああ?んなこと聞いたことねえぞ」
「極秘事項だと言われた。オールマイトが攫われたなんて、公には言えないんだって。だから潜入捜査を頼まれたんだ」
「ああ?そいつはてめえなんざに協力しろって言ったのか」
「その人はOFAの秘密を知ってるんだよ。オールマイトの古くからの知り合いなんだ。信用できる人だよ。」
「だが、警察が単独で学生に依頼するかよ」
「秘密の任務だから警察内部で捜査できないって、そう言ってた。それから、その人とヴィランのアジトに潜入して情報を得て、オールマイトを助け出す計画を立てた。ホログラムスキンって知ってる?警察で使う潜入捜査用のアイテムらしいんだけど。別人の像を顔に映し出す映像皮膜なんだ。それで変装したんだ。ただ、入り口に心を読むヴィランが配置されていて、バレる危険性があるから、暗示をかけて記憶の表層からオールマイト救出という目的を消したんだ。潜入したら僕の携帯に連絡してもらって、暗示を解くあるキーワードを聞き、目的を思い出す計画だった」
昔敵国にスパイを潜伏させる方法の一つとして、暗示をかける方法があったときいたことがある。スパイは目的を忘れて暫く潜伏し、キーワードを聞いたら暗示を解かれて、行動を開始するのだ。
「で、携帯は鳴らず暗示は解かれなかったのか」
「解かれたよ。ちゃんと目的を思い出してたから」
「本当にそいつは警察だったのか。偽物じゃなかったのか。もしヴィランならいくら変装したって無駄だ。てめえは正体がバレてると知らずに、丸腰で敵の巣窟に入ったことになる。暗示もクソもねえぞ」
「小規模な基地だったし、万が一の時は基地ごと吹っ飛ばして、逃げられると踏んでたよ。情報が得られなくなるから避けたいことだけど」
「キーワードは何だ」
オールマイトを見つけろ、だったと思う」
「その警察の野郎が鍵だな。そいつの名を教えろ。プロならともかく、潜入捜査なんて危ねえ仕事を学生に、しかもOFA後継者と知ってて頼むなんておかしいだろ。だれだそいつ」
それは、と出久は口籠る。「信頼できる人なんだ。絶対ヴィランじゃないよ」
「んなこたあ、どうでもいいわ。判断すんのはきいてからだ。言えってんだ」
「……塚内さんっていう刑事さんだよ。かっちゃんは知ってる?」
「ツカウチ……知らねえよ」
オールマイトの旧知で、ずっと昔からOFAのことも知ってるんだ。怪しい人じゃないよ」
「そいつの所属は?知んねえのかよ。今更かばってんじゃねえよ。」
デクは首を振る。本当にそこまでは知らないらしい。所属部署は相澤先生にあたることにしよう。勝己は携帯を手に取った。
「TVに出てたあ?ああ、襲撃区域には行ったけれど、なんも危険なこたあしてねえよ。プロヒーローに聞いてみろや。いや、他には誰もいねえ。俺1人だ」デクにちらっと視線を送る。「ひとつ聞きたいことがある」
通話を切り、デクに向き直る。
「おいデク、その塚内って刑事は、今月から北海道に転属になってんぞ」
「ええ!そんな」
「相澤先生に聞いてもらった。てめえは誰に会ったんだ?」
オールマイトは極秘任務に赴き、数日間音信不通になった。行方不明だと思い込まされたデクが、塚内刑事とやらの偽物に唆された。そういうことだろう。
たった数日だ。だが、今まで毎日オールマイトと連絡を取っていたデクにとっては、心を揺さぶるに十分だったのだろう。
学生の身では情報だって満足に得られない。ことに全寮制で、許可なく外に出られない身となれば尚更だ。デクは不安につけこまれたのだ。
「新学期早々のヴィラン襲撃事件も、ひょっとして偽警官を送り込むのが、真の目的だったのかもな。数日前に警官の服着た奴が、顔のない変死体で発見されてんだ。ヴィランが塚内って刑事になりすましていたのか。ヴィランに丸め込まれた警官だったのか。殺された理由は口封じなのか、仲間割れなのか。どうなんだか知れねえが」
「そんな、そんなことって」
「仮に殺されたのが本物の警官だったとしても、てめえの潜入捜査を知ってたのは、警察内でそいつ1人だったんだろう?どちらにしろもう、てめえの目的が潜入捜査だったと知る者はいないんだ。知ってるか?てめえはヒーロー達にヴィランの仲間になったと疑われてんだよ」
「僕が……ヴィランに?」
デクの声が震える。やっと事態の重大性に気づいたようだ。
「迂闊に偽物を信じやがって。てめえはOFA後継者の名に泥を塗りやがったんだ。このままじゃ、てめえはタルタロス送りになんぞ」
「だって、僕はオールマイトがヒーロー支部に囚われているのを見たんだ。今だってすごく鮮明な記憶がある」デクは包帯を巻いた腕を震わせる。「なのに全部が偽りだなんて」
ごめんなさい、オールマイト、とデクは悔しげに呟く。
それを見てちょっと溜飲が下がる。ああ、せいせいしたぜ。責めるのはこのくらいでいいか。
デクは戻って来たんだ。ヴィラン堕ちもしてなかった。
今はまだマスコミに箝口令がしかれている。間に合ったのだ。
しかし、疑いは晴れてねえんだ。何らかの証拠を探さないといけねえ。
ずっと隠してるわけにはいかないだろうが、どうする。諸々のケリがつくまで匿っておくか、それとも先生にだけでも告げておくべきなのか。
考えがまとまらないまま、夜になった。
勝己は隣室のクローゼットからマットレスを持ってきて、デクを寝かせたベッドの側に敷いた。明かりを落として暗くする。
「とりあえず、てめえは俺のベッドで寝てろ」
俯いていたデクは、思いつめたような表情で顔を上げる。向けられたまっすぐな瞳に、嫌な予感がした。
「君に頼みがあるんだ」
「あんだ。クソデク」
「君にOFAを譲渡したいんだ」
「ああ?なんだと!」
予感は的中した。クソみたいな提案を口にして、さらにデクは続ける。
「そうすればOFAは汚されない。秘密を知ってる君ならわかるよね。もしタルタロス送りになったら、OFAは封印されたも同然だ。それだけはダメなんだよ」
「てめえ、正気で言ってんのかよ。ざけんな!」
「お願いだよ。かっちゃん」
「クソして寝ろよ」と勝己は布団をかぶって背を向ける。
OFAの力。ヒーローなら誰もが羨望せずにいられないパワー。あのエンデヴァーを狂わせた力。たとえ個性持ちには負担のかかる、命を食らう力であったとしても、それが得られるのなら、何と引き換えにしても惜しくはないだろう。
ただ、今のOFAの所有者はデクだ。その一点で自分には不要なものだ。
背後で衣擦れの音がする。眠れないのか。寝返りをうっているようだ。
起きあがりベッドを降りた気配。堪らず振り返った。
すぐ側でデクが四つん這いになって、勝己の顔を覗き込んでいる。
「あ……の、かっちゃん」
「てめえ、なんか用かよ」
「お願いだよ、かっちゃん。OFAを受け取って欲しい。個性持ちの君にはきっとリスクになるけれど」
デクは悲壮な泣きそうな声で言う。
リスク。確証はないが、とオールマイトが言っていた。OFAは個性持ちの奴にとっては、使わず所有するだけで負担がかかり、寿命を縮めるのだという。膨大なパワーと引き換えの代償。デクはそれをリスクと言うのだろう。
だが、そんなことはまるで気にならなかった。半裸でにじりかってくるデク。包帯の巻かれていない場所から見えるむき出しの素肌。まるで夜這いのような構図だ。勝己は唾を飲んだ。
「譲渡する方法はDNAの摂取なんだ。知ってるだろ。あの島で、一度は君に譲渡しようとしたんだから」
「覚えてねえわ」
嘘だった。克明に覚えている。虫の息のデク。伸ばされた血で汚れた手。合わせたお互いの濡れた掌。
滑り落ちそうな手を落とすものかと強く掴んだ。血を舐めて、とデクは言った。しかし身体に力が漲るのが感じられたので、必要ないと判断して止めた。
あの時一時的にしか譲渡されなかったのを、オールマイトは奇跡だと称していた。しかしおそらく、正しい方法ではなかったからだろう。
デクは吐息がかかるほど側に近寄ってくる。
「本来なら譲渡する意志さえあれば、なんでもいいんだ、僕は髪の毛を飲んだけど」
「ざけんな!」
勝己は上体を起こし、デクを睨みつけた。
「僕は本気だよ。今だけでいいから君に保持してもらいたい。オールマイトに頼んで、無個性の人を探してもらって、いなければいつか僕がまた引き取るよ。でも今は、この世界からOFAが失われてしまうという、最悪の事態だけは避けなきゃいけない。君に頼むしかないんだ。秘密を知っている君にしか」
はらわたが沸々と煮え繰り返る。てめえの頭はOFAのことしかねえのかよ。そんなにOFAが大事かよ。
秘密を知りたかったのは自分だ。隠し事をしているてめえが我慢ならなかった。だから暴いた。秘密を共有することで、俺の心は嘘みたいに安定した。
だがてめえはそれをまるで印籠のように振り翳す。人の気も知らずに。
「なら俺にキスしてみろよ、デク」
「え??」
薄明りの中でも、デクが驚きに目を丸くしたのが見える。
「DNAであればなんでもいいってこったろ。なら唾液でもいいんだろーが」
「でもキスだよ?そんなことできないよ。なんで」
デクは怯んだ。勝己は苦笑してデクの腕を掴み、もう片方の手で手首からそろそろと上に撫でてゆく。
「できねえだろ。はは!クソデク。できねえよなあ」
肩から首筋をたどり頬を撫でる。間近に顔を近づける。
「てめえの覚悟なんざその程度だ。なあ、デク」
じゃらりと手錠の鎖が鳴った。勝己の顔にデクの手が触れ、引き寄せられる。
嗤う勝己の口に掠めるように触れた唇。
舌が勝己の唇を舐めた。
熱だけを残して。幻のように一瞬で離れる。
キスをされたのだ。
なによりも求めていたものを、てめえは俺にあっさりとくれやがった。
譲渡のため、それだけのために。てめえはそんなに簡単に差し出せるのか。
「てめえ!なにしやがる!」
頭に血が上った。デクを押し倒し、押さえつける。
「ごめん、かっちゃん、なんでもいいんだ、唾液でも血でも。誰も見てない。ふたりきりの闇の中だ」
薄闇の中で、デクが蠱惑的な声音で囁く。「ねえ、かっちゃん、譲渡できた?」
「てめえには、その程度のもんなのかよ!ふざけるな」
てめえは俺をOFAの容れ物として、それだけのために必要とするのか。俺の心を知りもしねえで。
「そ、そんな簡単なわけないだろ。僕の、ファ、ファーストキスだよ」
「初めてかよ。くっだらねえ。残念だったな、譲渡なんざできてねえよ。バーカ!」
腹が立って、勝己はデクの頬を打った。返す手でまた頬を打つ。痛いよ、と抗うデクに手を掴まれたが、その手を捻り、間髪入れずに布団の上に引き倒す。抵抗するデクの腕を押さえつけ、足の脛で膝を抑える。四肢を体重で押さえつけて組み伏せる。
しかしデクはもがいて逃れようとした。ならばと全身で押さえつける。取っ組み合いのはずが腰を押し付け、脚を絡ませて、まるでいちゃついているようになった。
包帯を巻いただけのデクの身体。素肌が触れ合って身体の中心が熱くなる。
「クソが!てめえはここでくたばれ!」
勝己は誘うように薄く開かれた唇に、噛み付くようにキスをする。飢えた獣のように。舌を入れて口内を荒々しく舐める。飢えていたのだ。抑えられていた欲が奔流のように押し寄せる。
「てめえは俺にOFAに全てを捧げろってのか。てめえのように」
唇を離し、問いかける。
「そうだよ」
「そんなことだけ、てめえは俺に頼るのか」
「それが今1番大切なことだろ。君にだってわかってるはずだ。君にしか頼れないんだ。秘密を知る君にしか」
「秘密、秘密、うぜえわ!なら俺にてめえの全部を寄越せ!」
デクは見返りを求めない。それが子供の頃から憧れた、ヒーローたるものだと言うのだろう。だが俺は違う。デクのようにはなれない。
いや、地位や名声はなんてものはもうでもいい。だが、デクにだけは見返りを求めずにいられない。
唇を貪るように重ねる。首筋に歯を立てて喰らうように吸い付く。デクの口から小さく声が漏れる。包帯の隙間から見える肌に唇を滑らせる。
「なんでもいいんだ」出久は呟く。「血でも汗でも涙でも」
「はっ!譲渡された気がしねえな。てめえも渡した気がしねえだろ。DNAをこんなことで譲渡できるかよ」
「できるんだよ。だって僕は譲渡された」
「なら足りねえんだ。貰ってほしいなら。DNAの一部なんかじゃ足りねえ。てめえの全部を食わせろよ!」
勝己は唯一身につけていたデクの下着を剥ぎ取り、局部を剥き出しにした。ついでに自分のTシャツも脱ぐ。
「や、なに、かっちゃん?」
「貰って欲しいんだろうが。なんでもいいんだろーがよ!」
言い捨てると、デクのものを摘んだ。先端を包むように扱く。
「ちょ、かっちゃん?なにしてんだよ?」
「黙ってろ、クソが、黙ってねえと握り潰す」
言われた通りに黙っているデクの息が震える。勝己はデクの両足を持ち上げて開脚させ、芯を持ち始めたそれを咥えた。
「かっちゃん!」ともがくデクの太腿を抱えるように固定してしゃぶる。自分の与える刺激にそれはさらに固くなってくる。デクの抵抗が鬱陶しい。
舌と内側で圧迫し、音を立てて抽送する。デクは勝己の頭を掴むが、引き離すことは叶わない。快感に抗うように首を振って耐えていたが、次第に抵抗する力が弱まってくる。
「や、かっちゃん、出ちゃう、やめ、あ」と呻き、デクは啜り哭くような声を上げて達した。
荒い息を吐いて、デクは脱力した。顔が見たくなり、枕元のライトをつける。デクは涙ぐんでいる。
塩辛いそれを飲み干して、勝己は「はっは!」と笑う。聖人ぶったって、快感には抗えないのだ。
「思い知ったかよ、クソが」
しかし、切れ切れの息の中で「譲渡できた?」とデクは問いかけてきた。
「ああ?」溜まらなく苛立つ。てめえは俺にイカされたんだろ。何とも思わねえのかよ。
「譲渡された気はしねえな。てめえは譲渡された時、どう感じた?」
オールマイトの髪を飲んだ時は、何も」
「てめえは無個性だったからな。別の個性が混じれば、何かを感じねえはずはねえだろうよ。まだ譲渡できてねえな。なんたって、俺は望んでねえんだからよ」
「そんな……」
勝己は下着を脱き、屹立したものをあらわにして、仰向けに寝転ぶ。デクは吃驚した表情を浮かべて怯んだ。手錠の鎖を掴み、腕を掴んで引き寄せ、仰臥させると尻を掴んで揉む。
「俺のを自分で入れろや。ここによ、デク」と勝己はデクの窄まりを突く。
「なんで?そんな、無理だよ、かっちゃん」
「俺が望まなきゃ譲渡はできねえ。そうだよな、デク」
唾を付けて指を差し入れ、指の数を2本に増やし、広げるように解す。
「かっちゃん……あ、ふ」
自分の名を呼ぶ声が掠れる。そこは狭く熱い。人間の体内の熱さ。デクは声を殺して悶えている。
「おら、やれよ、デク」
デクはビクつきながら勝己に跨ると勝己の性器を窄まりにあてがう。縋るように見つめてくるが、顎をしゃくり、やれと促す。デクは目を逸らすと、「ん、ん、」小さな声を出して腰を少し下ろした。雁首が半分くらい潜る。それだけで苦痛に出久は小さく喘ぐ。
「う、ふあ……、無理、だよ。かっちゃん」
「先っぽしかはいってねえぞ。ちゃんとやれや」
詰りながらも興奮していた。豆電球の照明に浮かぶなめらかな身体のライン。きつく熱い肉壁が亀頭を締め付ける。デクの中に入ったんだ。やっと括れまで入れて、デクは苦しげに息を吐いて止まる。
「動けよ、デク」デクの両尻を掴み、じりじりと尻を下ろさせる。
「うあ、かっちゃん、無理だ、これ以上入んない。痛いよ」
とデクは苦悶の表情を浮かべる。熱い肉がまとわりつく。もっともっとと本能が囁く。
「は!やれよおら」デクの尻を乱暴に上下に揺さぶる。
「や、やめ、かっちゃん」
激しく動かすと強く締めてくるが、緩んだ時により深く潜ってゆく。肉棒に串刺しにされてデクは「あう、」と苦しげに啼く。
デクの陰嚢とペニスが下腹にのっかり、揺れる。いい眺めだが半分も入っていかねえ。尻を掴んだまま腰を突き上げて揺さぶる。自由に動けないのがもどかしい。
勝己は身体を起こし、デクの身体を仰向けに倒して下に組み敷いた。手錠で戒めた腕は頭上に上げる。
動いたはずみで抜けた屹立を蕾に押し付け、一気に強く突き上げる。
「ああ…」とデクが溜息のように唸る。楔を打ち込むように、激しく腰を振って挿入してゆく。肉の杭が秘部にめり込んでゆく。デクは声を上げて拒むように締め付けてくる。抜いて欲しいのか。誰が抜いてやるかよ。奥まで挿入し、ふうっと息を吐いて、腰を掴んで引き寄せては何度も穿つ。
「……かっちゃんのが、奥に入ってくる、熱いよ」
「そーだ。てめえは犯されてんだ。もっと俺を感じろや、クソが」
譫言のようなデクの呟きに煽られ、さらに激しく律動する。デクは揺さぶられる度に「ん、ん、」と小さく悶える。デクの身体の奥まで押し広げ、己の硬い肉で繰り返し貫く。下腹部が熱い。熱が膨れて出口を求めている。局部が芯から繋がる感覚。堪らない。
身体をぴったりと重ね、付け根まで入れて息をつき、動きを停める。首元にキスをして鎖骨を舐める。快楽が脳天まで突き抜けた。それと共に唸り声を上げる。奔流がデクの体内に向かってゆく。
デクの目尻から涙が伝った。溢れてしまう前に舌で拭って舐める。深く食らうようにキスをする。デクも応え、互いに舌を絡ませ合う。
「これで譲渡できたのかな」
唇を離すと、薄目を開けてデクは問いかけてきた。
「キスに応えたのは譲渡のためかよ。てめえはどこまで苛立たせやがんだ」
腹が立ち、屹立したまま張りを失わない自身を、再びデクに突き入れた。腰を振って抜いては抉り、最奥まで貫く。身を引いては中を擦りあげて抉る。雄の本能のままに激しく律動して犯す。デクはすすり泣くように喘ぐ。
デクの身体を返し、うつ伏せにすると尻を持ち上げ、根元にまで一気に埋めた。
「あ、ああ!」とデクは叫ぶ。
精液を放出されてぬめる体内は、滑らかに奥まで勝己を受けいれた。体を捩っても、手錠で手の自由のきかないデクは逃れられない。戒められた手でシーツを掴んで悶える。引き抜いては貫き、前後に激しく揺さぶって責める。
肩胛骨を舐め上げ、肩に噛み付き歯型をつける。痛い、とデクは悶える。滲み出た血を舐める。羽根を毟り取るような行為だと思う。事実、 OFAでデクは羽根を得たのだ。夢を叶える翼を。
「てめえを全部食らってやる。てめえを俺のもんにする」
3年生の卒業式の時に飲み込んだ言葉は、嵐になり欲情になり発露を求める。OFAなんざいらねえんだ。俺が欲しいのはてめえだけだ。激しく突き上げては引き抜き、擦りあげる、肉棒で貫いては引き抜きまた突き上げる。
印を付けるにはどれだけ繰り返せばいいのだろう。皮膚を擦り合わせ、肉を打ち付けながら、煩悶する。
ゆるりと引き抜くとデクの内部が恋しがり纏わり付いてくるようだ。挿れては抜いて、深々と埋めると中に射精する。己を注いで満たす。
屹立の硬直は解けない。まだ全然足らねえ。デクを横向きに寝かせ、背後から抱えるように抱きしめ、片足を持ち上げてぐっぐっと腰を振って挿入してゆく。
デクの身体に食い込んだ自分の性器。横抱きにしてデクのペニスを扱きながら、長いストロークで根本から先端まで出し入れし、ゆっくりと突き続ける。突くたびに上がるデクの甘い嬌声。快感に震える吐息。繋げた部分から溶け合ってゆくような錯覚を起こす。
OFAなんか抜けちまえばいい。デクの中を俺だけで満たせればいいのによ。
新しい関係になれるなんて、なんで思ったんだ。なれるわけねえ。俺はてめえを屈伏させたいんだ。支配してえんだ。昔から何一つ変わっちゃいねえんだ。今こそこの身体を征服するんだ。心を征服するんだ。堕ちろよ。俺のところまで堕ちてこいや。
激しいセックスの一夜が更けていく。俺のもんなんだ。ずっと前からそうなんだ。遠慮するなんて全く俺らしくなかった。
てめえをヒーローに誘導したのが俺だと言うのなら、てめえをヒーローの座から落とすのも俺だ。


scene・7


スライムが絡みつく。肩から下はとぷりと呑まれている。
海月のように透けたそれの体内で、足が宙に浮いている。透明な体表から肘から先がはみ出して揺れる。
いつもと違うのは囚われているのが自分ではなくデクの方だということだ。
デクと名を呼び駆け寄ろうとする。
だが足取りは鉛の靴を履いたように重くなり、ゆっくりとしか歩けない。
デクの名を何度も呼ぶ。
気絶しているのか、眠っているのか。デクは目を瞑っている。
何度も怒鳴る。叫ぶ。
目を覚ませ、助けを求めろよ、そうしてくれれば俺は。

カーテンの隙間から光が帯になって漏れる。
裸のまま抱き合って眠ったようだ。腕の中の温もり。淡い光の中で、間近でみつめる睫毛、低めの鼻梁、唇。
手錠をつけたままだった。外してデクの手を握りこむ。デクの瞼が震えて薄目を開ける。
「デク」
と呼ぶと虚な瞳に光が宿った。
「かっちゃん、譲渡されたかな」
開口一番その質問かとムカついたが、自分の身体に変化はないかと感覚を探る。あの島での時のような変化は伺えない。個性の譲渡はやはり出来てないようだ。
「変わんねえな」
「本当に?譲渡しても、すぐにわかるような変化はないんだよ。僕だってすぐには確認できなかった」
「俺は一度仮譲渡されてんだろ。あれと全然感覚が違うぜ。思った通りだな。望んでない相手には譲渡できないってこった。無理矢理与えるような真似ができるのは、ヴィランの親玉だけだろうよ」
「なんで?OFAの力だよ。君は欲しくないの」
「リスクあんだろうが」
「確かにそうだけど」
「ま、リスクなんざあ気にならねえが。借り物の力なんざいらねえ。てめえなんぞに頼まれたって貰えるかってんだ」
「じゃあなんで僕を……」
「わかんだろ。抱く理由が他にあんのかよ」
「いや、その、嫌がらせか性欲処理なのかと思ってた……」
デクはバツが悪そうにもごもごと言い、握られた手で顔を隠そうとする。
「はあ?てめえ…ふざけんなよ。俺をなんだと思ってやがる!」
「ごめん、でも思ってもみなかったから」
「てめえはほんっとにクソだな。自分からキスしたくせによ」
「あれは、君に挑発されたから、ムキになって…。やんなきゃダメなのかなって……」
しどろもどろに言い訳する唇に軽くキスをする。デクの顔が真っ赤になる。
「仮に譲渡できたとしたら、てめえはどうする。俺が欲しいものがなんなのか。馬鹿なてめえでもわかんだろうが」
「かっちゃん、でも、僕はもう」
「何度でも試せよ。俺の欲しいもんを呉れるって確証を寄越せよ。譲渡されてもいいって思わせてみろ。何度もやればわかんねえぜ。俺だってその気になるかもな」
「そうしたら、受け取る気になってくれる?」
首を引き寄せるように腕を回して抱きしめる。「俺をその気にさせてみろや」
勝己はパンとコーヒーと目玉焼きの簡単な朝食を用意した。勝己のTシャツを着たデクは部屋から出てくると、ダイニングの席についた。彼シャツよろしく肩からずり落ちる袖を上げている。まるで同棲中のようでこそばゆい。
「遅かったじゃねえか。適当にどれでも着ろって言ったろ」
「うん、ありがとう、かっちゃん」と言い、デクはおどおどと視線を送ってくる。
やっぱりこのままデクを匿っちまうか。
暗示をかけられていてことを証明できなければ、逮捕されるかもしれない。デクはどこにも行けないのだ。俺が黙ってれば、こいつはこのまま俺のものだ。
だが、同時に未来の平和の象徴は失われる。地に堕ちたとしても、平和の象徴は必要なのか。
朝食の皿を片付けていると、呼び鈴が鳴った。
「俺だ、爆豪」
インターホンの画面に映っているのは相澤先生だ。何で来たのだろう。
「爆豪、緑谷もいるんだろう?」
「はあ?いねえよ、なんで」
「隠すな爆豪。緑谷の携帯のGPSを追ってきたんだ」
そんなわけねえ。電源は切って隠していたはずだ。勝己はベッドルームに駆け込んだ。ベッドの下を探ったが、携帯はなくなっている。
「デク!」ダイニングに戻るとデクに掴みかかった。デクの膝から携帯が滑り落ちる。
「デク、てめえ!携帯見つけてたのかよ」
「うん……君が朝食の用意してる時に探した」
「遅えと思ったぜ。GPSをオンにしやがったな!」
GPSをつければ、担任の相澤先生には生徒の居場所がわかってしまう。
「くそが!」
勝己は手を振り放し悪態をつく。解放されたデクは携帯を拾い、テーブルに置いた。再びインターホンが鳴る。
「かっちゃん。君にAFOは渡せたかどうかわからない。けれど、AFOのことはもういいんだ」静かな口調でデクは言う。「君に迷惑はかけられないよ。君の心を知ったのなら、尚更だ」
「嫌だったってのか」
てめえから仕掛けておいて、抱かせといて、俺とは嫌だとそう言うのか。
「違うよ。すごく、すごく嬉しいよ。思ってもみなかった。こんな僕を君がそんな風に思ってくれるなんて。嘘みたいだ。でも、君はヒーローなんだよ」
「てめえもだろうが」
「もう、違うよ」デクは唇を噛んで俯く。「こんな形でなんて、悔しいけれど。でも、君を巻き込むのだけは絶対駄目だ」
「まだんなこと言ってんのか、てめえは!元はといやあてめえが誰にも言わねえで、一人で突っ走っちまったからだろうが!」
「そう、だね。でも頼ったりしたら君まで共犯になるよ。そうなったら、今度こそ僕は僕を赦せなくなる。僕はもう、ヒーローではいられないんだ」
「てめえはなんでそうなんだ!ああ、クソが!」
何故いきなりデクは考えを変えた?OFAを譲渡するまでここにいるつもりじゃなかったのか。
まさか、俺がてめえを欲しいと言ったからなのか。
そう言うことかよ、クソが。絶対に誰とも付き合えない、大切な人も大切に思ってくれる人も失いたくない。デクはそう言っていた。
そんな存在は側に置けないということか。ならば心を明かしたことが、抱いたことが裏目に出てしまったのか。俺がてめえに気持ちはねえと思ってたからこそ、側にいられたというのか。
「僕は取り返しのつかないことをしてしまった。償わなきゃいけない。だからこうするのが一番いいんだ」
デクは真っ直ぐな視線を勝己に向ける。昔から殴っても蹴っても怯むことのなかった、強い意志の宿る瞳。どうしようもなく憎み、惹かれた瞳。知っている。こんな顔をしたデクは途方もなく頑固なんだ。
「わからずやが!てめえ1人で何もかも決めやがって」
それでもデクの決心を変え、留め置く術はないかと必死に考える。
デクを抱えて裏から逃げられないか。携帯をどっかに捨ててデクを隠せないか。何か方法はないのか。
「先生を待たせられないよ、かっちゃん」
再びインターホンが鳴った。結局逃げる気のないデクを先生から隠すことはできない。呼んでしまった以上、いくらごねても手遅れだ。
「君を共犯にすることは、自分が罪人になるよりも辛いんだよ。かっちゃん」
「うるせえよ。てめえはそれでいいのかよ。」
絶対に認めたくなかった。ずっと昔、ガキの頃から、俺だけが気づいていた時から。てめえはムカつくくらい身の程知らずなヒーローなんだ。自分の痛みより人の痛みを優先するてめえの性。そんなてめえだから、いつもいつも、てめえの目に俺がどう映ってるのか気になってしょうがなくて、いつの間にかどうしようもなく囚われたんだ。たとえヴィランの汚名を被るとしても、てめえは自分の保身のためには動かない。
「話は終わったか?いくぞ、緑谷。詳しくは着いてから聞く」
扉の外で相澤先生が腕組みをして待っていた。
「はい。先生。かっちゃん」デクは困ったような顔をして微笑んでみせる。「服ありがとう。後で返すね」
まるでなんでもないように、デクは明るく振る舞う。明日また会えるかのように。
容疑者として逮捕されたなら、今度はいつ会えるというのだろう。
はたと気づく。デクは説明できるのか。教えるまで何が起こったのか知らなかったくせに、自分で自覚してもいないことを言葉にできるのか。そっくり罪を認めちまうんじゃねえか。
こいつを一人で行かせちゃいけねえ。もう側から離しちゃいけねえんだ。
「おい待てよ、俺も着いていく。こいつの説明力のなさは知ってんだろ。長くてくどいだけで要領を得ねえし、馬鹿だから言われるままに罪を被っちかねねえ」
「え、ちょっとひどいよ、かっちゃん」
言われように不満げなデクの肩を掴んで引き寄せ、相澤先生を睨む。「いいよな、先生」
「しょうがない奴だな。まあわからんでもない。構わん。お前も来い」
相澤先生は頭をかいて二人を車に乗せた。車中でデクはオールマイトの消息を尋ね、何事もないと聞いて安堵していた。
車はヒーロー本部には向かわなかった。逆方向に車は走る。
「どこに向かってんだ?」
「病院だ。俺は警察じゃないぞ。緑谷を捕縛しに来たわけじゃない」
病院に到着すると、相澤先生に連れられデクは検査室に入っていった。ふたりを見送り、勝己はじりじりしながら待合室で待機する。暫くして勝己も検査室に呼ばれた。デクは大きな硝子窓の向こうでCTを撮ってるらしい。相澤先生だけが中の長椅子に座っていた。勝己は向かい側の長椅子に腰掛け、ポケットに手を突っ込む。
「あのな、先生。車ん中でも言ったけどよ。クソデクはヴィランに堕ちてねえ。催眠術をかけられたかなんかだ。奴の意思じゃねえんだ」
相澤先生に共通認識を持ってほしいと思った。実際デクの状態を見れば明らかなはずだ。しかし目論見通りにはいかなかった。
「いや、そういう形跡はなかったよ」
相澤先生の言葉にざっと頭の血が下がる気がした。
「それじゃあ、暗示にかかったわけでもなく、ただ騙されてたってのか。自分の意志で……あの馬鹿が!」
「それも少し違うな」
「どういうことだ?」
「どうやら緑谷は個性にかけられていたようだ。イメージを頭に固着させるものらしい。緑谷は脳裏にあるイメージを植え付けられていたんだ」
「それだけか。それだけであいつは」
デクは暗示にかけられ洗脳されたわけではなかったのか。見たものを疑うこともなく、素面で支部を襲撃してたというのか。
「自分の意思に反した暗示にはかかりにくいものだ。普通の精神状態なら騙されることはなかっただろう。潜入捜査前に暗示をかけられたそうだな。オールマイトを見つけるという、緑谷の目的と合致する暗示だったから、容易にかかってしまったと考えられる。脳に焼き付けられたイメージを暗示で隠し、キーワードで暗示が解かれ目的を思い出させてから、適度なタイムラグを挟んで、イメージが脳に蘇らせるようにされていたのだろう。緑谷の言うには、オールマイトがヒーロー本部で拷問されているイメージだったそうだ。そうとうえげつない代物だったらしい。」
「それがどんなきついイメージだったしても、一度見せられたくらいで操られちまったりすんのかよ」
「1度じゃない。そのイメージは1日に何度もフラッシュバックしたらしい。繰り返し頭の中で再生する仕様らしいね。寝ても覚めても夢にも見る。白昼夢のように現実との境目が薄れてゆく。悪夢がフラッシュバックして精神を追い詰めてゆく。そういう個性なんだ」
「推測にしては断言すんじゃねえか」
「ああ、実はな、学校で顔のない死体が見つかっただろう。その個性因子を解析したら、某大国所属の元軍人のものだったとわかったんだ。彼は前線には出ることなく、捕虜を洗脳する部門に属していたらしい。彼の個性が適していたからだ」
「穏やかじゃねえな」
「それだけじゃない。某大国では優秀な兵士を作るために、彼の個性によって自国兵に繰り返し残酷な映像を見せ続けたという話だ。常軌を逸した過剰なストレスにさらされ、ともすると精神が壊れてゆく。そのうち麻痺して残虐行為を平気で行える兵士が出来上がるわけだ。この個性は実に洗脳に適している。時間も手間もかかる洗脳が簡単に、より多くの人数に、より短時間で出来るわけだからな」
「敵国の捕虜だけじゃなく自国民までもかよ。捕虜ならいいってわけじゃねえが、まともじゃねえ」
「合理的だと判断されたのだろう。しかし、戦場にいる間ならともかく、帰還しても兵達の壊された精神は元には戻らなかった。彼は疑問を感じて退職したそうだ。なのにヴィランに下った理由はわからん。お前のような物理的な強個性ではないが、敵に回れば厄介な個性だからな。某大国も行方を捜索していた。おかげでデータベースから探すことができたんだが」
「なんか問題があんのか」
「記録上、彼はずっと以前に死亡していたよ」
「でもそいつの個性なんだろ。死を偽装したのかよ」勝己ははたと気づく。「もしかして、そいつ、AFOに個性を奪われたんじゃねえのか。他のヴィランにそいつの個性が与えられ、口封じに使い捨てにされたんだ」
勝己の言葉に相澤先生は頷く。
「その可能性は高いな。死者を弄ぶ許し難い行為だ。身体はとうに滅びたのに、個性だけが幽霊のように生き続ける」
相澤先生は誰かを思い出しているように遠い目をした。
「ともかく、彼は結局、自分の意に反して、軍人だった頃と同じような個性の使われ方をされてしまったわけだ」
「自分の意思で自覚的に行動する分、催眠術より質が悪ぃな。クソが」
繰り返し脳裏に焼き付けられる鮮烈なイメージ。何度も思い出すそれに思考も行動も支配される。そんなイメージを自分もよく知っている。
「緑谷はイメージを繰り返し見せられるうちに、その場に自分がいて実際に目撃したと思い込んでしまったんだろう。そのくらい鮮明な像を送られたんだろうな」
「そのクソ個性、もう解除したんだろうな」
「ああ、勿論だ。しかし、精神的ダメージは大きいようだ。暫く入院して検査を受けてもらうことになる」
「ヒーロー本部にはどう報告するつもりなんだよ」
「それは、これから考えるところだ。お前にも何があったのか聞かなきゃならん」
「ああ、わかってる」勿論、昨夜のことだけは伏せておくつもりだった。
「ともあれ、緑谷が五体満足で安心したよ」
相澤先生は安堵した穏やかな声色になる。
バタバタと足音が聞こえた。看護士に歩くように注意されている声が聞こえる。ひょろりと背の高いその人物は勢いよくドアを開けて入ってきて、ペコリと頭を下げる。
「早い到着だったな、オールマイト」相澤先生が言う。
「緑谷少年は無事か!」
ヴィランに拉致されたとデクが思い込んでいたオールマイトは、拍子抜けするほど元気な姿だっだ。
「あんた、遅えよ!」
「すまない。ニュースを見て、よもやと思って切り上げてきたんだ」
「あんたは、今やクソデクの弱点なんだ。ヒーローを引退したとしても、あいつの精神的支柱なのに変わりはねえんだ。しっかりしろよ。あいつはまだガキで馬鹿なんだからよ」
「爆豪、お前な」
嗜めようとする相澤先生を制してオールマイトは言う。
「その通りだね。自覚するよ。彼を心配してくれる君のためにも」
「一言余計だ。クソが」
勝己は顔を背けて、深く腰掛ける。


epilogue


数日後、勝己は入院中のデクの元を訪れた。
「あ、かっちゃん」
勝己に気づき、ベッドに寝ていた出久は身体を起こした。ベッドサイドの椅子に腰掛けていた相澤先生が振り返る。
「あんたもいたのか。やっぱり暇なんだろ」
「聞き取り調査だ。この後はヒーロー協会に行く。おかげで全く暇がなくなったよ。」
勝己に答えながら、相澤先生はメモを鞄にしまう。
「てめえ、身体はどうなんだ」
「異常はないみたい。色んな検査をされたよ。脳とか神経とか」デクはヘラッと微笑んだ。
「もうすぐGWが終わる。デクは学校戻れんのか」
勝己は相澤先生に目を向けた。
「表向きは、緑谷は犯人のアジトに捕まっていて、お前が救出したことにした。今まで姿を見せていたのは偽物だと。そういうことにしたぞ。ほぼお前の主張通りにな」
相澤先生はヒーロー達に連絡し、本部に送られたデクに付き添った。証拠として提出したデクの携帯に入っていた口述記録は、事の真相を示していた。マスコミ向けのシナリオに誰も異論はなかった。ヒーロー達は知った上で乗ってくれた。なにより秘密を知っている校長がそう計らった。それほどに、未来のオールマイトの後継者という、称号の影響力は大きいようだ。
デクを拉致したのに殺さずに、逃して犯罪を起こさせる。それこそがヴィランの目的だったのだから、奴らの思い通りにするわけにはいかない。
デクが直接人やプロヒーローを攻撃しなかったのも大きい。個性をかけられていてもヒーローとしての分別はあったようだ。
「新学期には緑谷も間に合うだろう。今期は随分遅い開始になってしまったな」
相澤先生は立ち上がり、「俺は協会に戻る。緑谷は任せたぞ、爆豪」と言って病室から出ていった。入れかわりに勝己は椅子に座る。
「かっちゃん、君にAFOは譲渡されてたのかな」
相澤先生が去ったのを見計らい、デクは尋ねてくる。
「いいや、貰ってねえわ」
「そっか」
「ほっとしたか。OFAを失ってなくてよ」
「うん。また僕はヒーローに戻れるんだね」デクは柔らかく微笑む。「君のおかげだ」
しばらく黙って、デクは肯いた。
「あの時は君の意思を無視してごめん。個性持ちの君がOFAを保有すれば、負担になる。君にそんな枷は負わせてはいけないのに」
「てめえならいいとでも?は!馬鹿かよ。例え譲渡されたとしても俺は縛られやしねえ。やりたいようにやるぜ。欲しいものは全部手に入れる」
「そうだね」デクは微笑んだ。「君ならそうするし、きっとできるだろうね。大切な人も守れそうだ」
「てめえだって自分で自分のことくらい守れんだろ。お互いヒーローなんだからよ。デク、今更独り身を固辞する我儘を通せると思うなよ」
「そんな、我儘なんかじゃ」
「綺麗事言ってんじゃねえよ。てめえ、本当は俺にAFOを譲渡してなくてホッとしたんだろ」
「え?そんなこと、ないよ」
思いがけない言葉だったのだろう。デクの声が上擦った。
「OFAを葬ってしまうとしても、てめえは俺には譲渡したくなかったんだろ。ああ?てめえの心に聞いてみろや」
勝久に組み敷かれながら、貫かれながらも、デクは何度も譲渡出来たのかと聞いた。願うように、恐れるように。怯えるように。
「そうかもしれないね」デクは目を伏せて俯く。「いや、そうなんだろうな。あの南の島では君に譲渡することに何の躊躇もなかったんだよ。それなのに。いや、きっとそれで理解してしまったんだと思う。OFAを失うことの意味を」
溜息を吐き、デクは自嘲気味に呟く。「僕は弱いな」  
「てめえはOFAが惜しいのかよ」
デクは首を振った。「違うよ。OFAは受け継がれていくものだ。他の人になら誰にでも譲渡しようと思える。ミリオ先輩でもプロヒーローの人達でも。必要ならば躊躇なんてしない。でも僕は、君にだけは譲渡したくないんだ、きっと、心の何処かで」
「なんで、そう思うんだ」
「君と並び立つのが僕の願いだからだよ」
デクは掛け布団を握りしめる。
「混じり気のないヒーローでありたいのに。OFAを葬ってしまうところだったのに、なのに僕は」
窓から青々とした若葉を繁らせた木が見える。青い葉は強い日差しに立ち向かうように力強く繁る。満開の桜に包まれていた始業式から随分経ってしまった。もう初夏の気配が漂っている。
「こっち見ろや、デク」
デクは勝己を見上げた。デクの表情はいつになく便りなさげに見える。
「かっちゃん、君は僕にとって迷いなんだ」
勝己はデクの顎を掴み、キスをして不敵に笑う。
「だったら、迷えよ、デク」
てめえにとって今の俺がなんなのか。
てめえが俺自身に望むことはなんなのか。
きっとそれは一言では言い表せやしない。
俺にとっててめえがそうであるように。
てめえは大切なものもそうでないものも目いっぱい抱えて
守りたいからといってそのすべてを遠ざけるという。
だが、俺はてめえの思い通りにするとは限らねえ。たとえそれが最も正しい判断だとしても、俺にとっても最良とは限らねえからな。
なにもかも捨ててヒーローに殉じるなんて傲慢、もう許すわけにはいかねえんだ。
てめえは目を離すと、どこまでも上を目指してしまう。まっすぐに翼を広げて太陽に灼かれたイカロスのように。
だからてめえを地に落として、てめえの立つ地面を忘れるなと。押さえつけるのは俺の役目だ。

俺はてめえの枷であり続ける。

 

END