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碧天飛天の小説サイト

飛天の小説置き場です。本業絵描きですが萌えを吐き出したく作りました。二次創作からオリジナルまで色々予定してます。無断転載を禁じます。よろしくお願いいたします。母艦サイトはBLUE HUMAN http://d.hatena.ne.jp/hiten_alice/ です。

掌の太陽(R18)

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 母親に怒号を背にして、勝己は家を飛び出した。
 心の中で悪態をつく。
 うぜえ、ほんっとにうぜえ。飯食う時の姿勢が悪いから始まって、口が悪い態度が悪いとハハオヤはくだらないことでガミガミ叱りやがるし、オヤジはいつもオロオロしてるだけで最終的にはハハオヤの味方だしよ。居心地わりいったらありゃしねえぜ。
反射板のポツポツと光るアスファルトを駆けた。走りながらほうっと息を吐く。肌に纏わりつく冷えた空気がむき出しの腕にちくちくと痛い。近所をぐるっと回って気づいたら出久の住む団地の前にいた。
 自然に足が向いていたのか。袖で涙をゴシゴシと拭いて出久の部屋の窓を見上げる。カーテンの隙間から蛍光灯の光がちらちらと漏れている。あいつは自分の部屋にいるようだ。時間的にもう飯は食っただろうから、部屋で動画でも見てんだろう。十中八九オールマイトの動画だろうな。
 勝己は小石を拾って窓に向かって投げた。小石は孤を描いて窓硝子に当たりカツンと音を立てる。少し待ったが出久は顔を出さない。
 もうひとつ小石を投げて「おい、デク!」と声を上げる。
 やっと出久がカーテンの向こうから顔を覗かせた。驚いた表情を浮かべて「かっちゃん?」と口を動かしながら、窓を開ける。大きな目を益々大きくしている。いくつになってもまだちっこい俺の幼馴染。
「どうしたの?かっちゃん」
「出てこいよ、デク」
「今?ダメだよ。もう夜なんだよ」
「ちょっとくらい構わねえだろ」
「だって」
「出てこいよ!」
 何を躊躇してんだ。出久のくせにごちゃごちゃ言うなよ。俺が来いって言ったらてめえは来るもんだろうが。てめえだけは。
「出てこい!」
 また涙が出そうになり下を向いて怒鳴る。
「かっちゃん、でも」
 出久は口籠る。パタン、とサッシの閉まる音が聞こえた。
 なんだと?出久の奴、窓を閉めやがったのか?あいつ、出てこない気かよ、クソが、クソが!握りこんだ拳が発汗して熱を帯びる。窓を爆破してやろうか。そうしたら出てこざるを得ないだろうからな。やったら大騒ぎになるだろうな。最大火力でどこまで出るか試したっていい。物騒な考えが頭をよぎる。
 本当に壊してやろうか。
 ニトロを含んだ汗が発火してチリっと爆ぜる。掌からパチパチと火花を散らす。
 ふと、トントンと階段を降りる子供の軽い足音が聞こえた。暫くして鍵を外す音がして玄関から出久が顔を出す。勝己はゴシゴシと顔を手の甲で顔を拭いた。出久は靴の踵を踏んだまま、つっかけながら転がるように駆けて来る。
「てめえ!」
 勝己は動揺を隠そうと人差し指で出久のおでこを思いっきり弾く。
「いったた、痛いよ、かっちゃん、酷いよ」
 出久は涙ぐんで額をさする。
「黙って窓閉めんじゃねえよ!クソが」
 出てこねえかと思ったじゃねえか、という言葉は飲み込んだ。
「あの、半袖じゃ風邪引いちゃうよ、かっちゃん。寒いから。上着いる?僕のだけど」
 出久は手に持ったダウンの上着を勝己に差し出す。見覚えのあるモスグリーン。
「寄越せ!」
 勝己は差し出された上着を引ったくるように受け取って袖を通す。少し袖丈が短い。ほんのり乳くさいような、出久の匂いがする。ぱんぱんとはたいて手の汗を上着に擦り付ける。俺の匂いをつけてやるわ。
「明日返してね。じゃあね」
 出久は裾を引っ張りながら微笑んで小さく手を振る。
 は?これだけで戻るつもりか?
「待てや」
 勝己は引き返そうとする出久の腕を引っ掴んだ。
「ちょ、ちょっと、かっちゃん」
「てめえも上着着てんな。じゃあいいだろ。ちょっと来い」
 勝己は出久の腕を引っ張り門から引き離す。
「え?何?」
 手を繋ぎ直して、慌てる出久を引きずるようにして歩き出す。
「どこへ行くんだよ、かっちゃん」
「うるせえ」
 出久が窓を閉めたときに不安になった自分も、出久が出てきたことで今安堵している自分にも腹が立つ。この手を離してなんかやるものか。
「子供は夜外に出ちゃいけないんだよ」
「うっぜえこと言うんじゃねえよ。てめーは親かよ、ああ?」
「かっちゃん、あの、もうっ」
 引っ張る腕に抵抗がなくなった。出久は諦めて大人しくついてくることにしたようだ。 出久の家も勝己の家も遠ざかってゆく。家々に灯る家族団欒の暖かい窓の光。こいつを連れてここから離れたい。遠くへ、もっと遠くへ行きたい。
 
 出久の手を引いて歩いて、いつも遊んでる公園に到着した。辺りを見回したが、しんと静まり返った園内には誰もいない。青味を帯びた街灯が照らす光景は昼間とは違って見える。滑り台もブランコも凍りついているように蒼い。まるで氷の国の建造物のようだ。
「氷の国みたいだね」
 白い息を吐いて出久が周りを見回す。
「は?何言ってんだ。いつもの公園だろーが」
 同じことを思っていたなんて、こそばゆい。勝己は繋いだ手を離して滑り台に駆け寄り、梯子を登り始めた。ちらっと振り向くと「かっちゃん」と名を呼んで、出久も自分に続いて登ってくる。
 勝己の口元は自然と緩む。手離してやったのに帰ったりしねえんだよな。出久はいつもそうだ。困った顔をしながらも、俺の後ろをついてこない時はないんだ。滑り台の頂上に二人で立った。
「わあ、星が綺麗だね」
 出久の言葉に初めて夜空を見上げた。黒い夜空に煌めく砂粒が隅々まで散らばり瞬いている。新月を過ぎたばかりの月は弓のように細く、優美に弧を描いている。満月の夜のように空が眩い光に隠されることがないから星がよく見えるのだ。月光は昏く優しい。
「あれがオリオン座だよね」
 出久が一際明るい一団の星々を指差す。
「知っとるわ」
 4つの明るい星の真ん中に3つの星が並び、太鼓の形の様に見える配置。人の形には全く見えない星座。星座ってのは大体そうだ。どう見ればそう見えるんだ。
「オリオンって神話では猟師なんだよね」
「それも知ってるっての。オリオンは自分に倒せない獲物はいないと思い上がり、神の差し向けた蠍に刺し殺されたっていう猟師の名だ。俺が教えてやったんだろ」
「かっちゃん色々知ってるもんね」
 蠍座は夏の星座だから冬の星座であるオリオン座と同時期に空に上ることはない。まるでオリオンが蠍から逃げているように。それともオリオンが蠍を追いかけているのだろうか。自分を傷つけた小さな生き物を。
 そっちかもしれない。悔しいだろうよ。本来ならばそんな小さな生き物にやられやしなかっただろうにと。永遠に天空を巡りお互いを追い続ける。
「寒いよ。そろそろ帰ろうよ」
 出久は身体を抱くようにして縮こまる。
「しょうがねえな。じゃあトンネルの中に入るか」
「え?まだ帰らないの?」
「うっせえ!帰らねえっての」
 滑り台を降りて出久を手招きし、トンネルと呼んでいる土管に向かう。地面に半分埋められたアーチ型に少し背を屈めて入る。出久もついてきてアーチをくぐり、隣り合って座り身を寄せあう。昼間なら中に入るより、このアーチの上で登ったり滑ったりして遊んでいるところだ。
「お母さん、きっと心配してるよ」
「ババアが心配なんかしてねえよ」
「お母さんをババアなんて言っちゃダメだよ」
「うっせえ!ババアはババアだ!それよりよ、てめえはどうせ部屋でオールマイトの動画見てたんだろ。どんなの見てたんだ。言ってみろよ」
「え、うん、そうだけど」一瞬戸惑ったもののにこっと笑うと「今日のオールマイトはね」と出久は見たばかりらしい動画の話を喋り始めた。
 こいつはオールマイトの話を振るとすぐにのってきやがる。毎日見てるだろうによく話すネタがつきないものだ。全くお手軽な奴だよてめえは。でも、ただすごいと賛美するだけじゃなく、細かく分析してやがるのが他の奴と違うところだ。観察眼には時々舌を巻く。
 身振り手振りを交えながらお喋りして、一息つくと出久は掌にほうっと息を吹きかける。勝己は出久の指に触れてそっとつまんでみる。氷のように冷たいかじかんだ指。
「なに、かっちゃん?」
「両方の手、貸してみろや」
 勝己は出久の両手を包みこみ、着火しないように温度に注意して掌の温度をほんのり上げて温めてやる。今は手に汗はかいてないからできることだ。
「あったかいか」
「うん。あったかいよ。かっちゃんの個性、凄いね」そう言ってふっと目を伏せた出久の表情が翳りを帯びる。「いいなあ」
 出久は時折俺をすごいと言いながら辛そうな顔をする。手放しで俺をすげえって言ってた頃と違って。ひとりだけ個性が発現しなかった、珍しい無個性の出久。
 出久に個性が発現しないと知った時、哀れだと思うと同時にどこかほっとした。現れた個性によってはそれまでの関係が変わってしまうからだ。個性次第で関係は変わる。いい個性が周囲の評価を変える。出久の母親は念動力の個性を持ってるし、父親は火を吹くらしい。出方によっちゃあすげえ個性になる可能性はあった。だがそうはならなかった。
 そんな個性はデクにはいらねえ。個性が発現してきてから、周りには関係が逆転した奴らもいるんだ。他の奴なら別に構わねえ。だが出久だけはそうなるのは許せねえ。個性がないならずっと俺達はこのままだ。もっとも、発現したとしても、出久が俺以上の個性持つなんてねえけどな。
 けれども、出久の瞳が陰るたびに不安になる。無個性でいいじゃねえか。てめえにもしあってもどうせ大した個性になりゃしねえよ。諦めりゃいいんだ。諦めろよ。
 出久の手を裏返して掌を合わせて指を絡める。指先まで温めてやる。出久が指をムズムズとうごめかす。
「かっちゃん、温かすぎてちょっと痒くなってきたよ」
「ああ、もういいな」
 絡めた指が解かれて離れてゆく。
「かっちゃんありがと」
 出久は手を離してさすさすと擦り合わせながらふわっと微笑む。表情にさっきまでの翳りはない。こいつの頬も寒さで真っ赤になってるんだろうか。いつも寒いと林檎みたいに頬を染めていた。アーチの入り口から差し込む青白い街灯の光ではよく見えない。手を頬に伸ばして触れてみる。
「冷てえ」
「だって、寒いんだもん」
「こっち向けよ」
 両方の頬を両手で挟んでこちらを向かせる。もちふわっとして柔けえ。大福みたいな頬。噛んでみたくなるような。掌で包み込んで少しずつ温度を上げてゆく。
「なんか、かっちゃん」
「なんだよ」
ホカロンみたい」
「てめえ、他に言い方ねえのかよ」
 パチっと指先が爆ぜる。
「たっ、わ、かっちゃん」
「てめえが余計なこと言うからだ」
 驚いて出久は身体を引こうとするが逃さないと勝己は頬をむにゅっと挟む。
「動くなよ、バカ」
 顔を突き合わせるようにして保温してやる。生意気言うからだ。脅かしちまったか。ちょっと爆ぜただけだろ。
 顔を近づけると出久の瞳がよく見える。緑がかった瞳の中に俺が映っている。こいつの瞳の中にも俺が映っているだろうか。暫くそのままの姿勢で額を突き合わせる。そっと身を寄せる。氷の国でこのアーチの中だけが暖かい場所であるかのように。
 十分温かくなっただろう、とそっと頬から手を離す。
「わあ、ホカホカだ」
 出久が頬を擦って笑う。背筋がむず痒くまる。出久なんかに、なにやってんだ俺は。無理やり連れだしてきちまったからか。デクに悪いなんて思ってねえ。こいつが帰りたいなんてうるせえからだ。それだけだ。ここには俺たち以外誰もいねえからだ。誰も見てねえから。
「てめえの手、貸せ」
 勝己は出久の両手を掴み、掌を自分の両頬に当てる。紅葉みてえな小さい細っこい指と薄い柔らかい掌。自分の掌は個性が発現してから手の平の皮が段々固く分厚くなって手自体に厚みが増している。もうこいつとは全然違う手だ。
「かっちゃん?」
「ああ、確かにホカロンだな」
「かっちゃんは自分で温められるのに」
「ああ?てめえ、文句言うんじゃねえよ。俺が温めてやったんだろうがよ」
 そう言って目を瞑る。触れられた頬の温もりで強張った心が溶けてゆく。凍えた胸に温かいものが流れ込んでくる。
 出久だけはこのままでいい。この先もこいつが離れることなんてない。どんな扱いをしても俺についてくる奴なんだから。
 でももし、俺を拒絶するなんてことがあったら。さっき俺の前で窓を閉めたように。俺がいくら呼んでも出てこなかったら。もしも。いや、そんなことあり得ねえ。出久が離れていくわけがねえ。そんなこと許さねえ。絶対に。
 勝己は頬に当てられた出久の手の甲を掌で包むように覆う。

 


 真夏の昼間 。太陽は真上から全て燃やし尽くす如く照りつける。熱せられたアスファルトからはゆらゆらと陽炎が昇る。
 一歩外に足を踏み出しただけで、もう身体から汗が噴き出した。勝己は出てきたばかりのコンビニを振り返って顔を顰める。手に下げたレジ袋の表面に水滴がびっしりとついている。中のジュースがぬるくなりそうだぜ。掌からポタリと滴る汗が地面に落ちて、しゅっと音を立てて蒸発する。
 家に向かう下り坂を歩んでいると、進行方向にゆらゆらと蜃気楼のような人影が見える。人影は顔を上げると勝己に向かって声をかけた。
「かっちゃん」
 聞き慣れた幼馴染の呼ぶ声。目を凝らすと陽炎の向こうにはあいつの顔。憎らしくてたまらないのに声だけで胸を揺さぶる。忌々しい幼馴染。勝己はぎりっと歯軋りをした。

1

 ある日の午後だった。
「ちゃっちゃと歩けや。遅えんだよ」
 勝己は階段を登りながら振り返って出久を詰った。手に持った木箱の中身がごそりと揺れる。
「でもかっちゃん、壊れ物だから慎重に扱わないと」
「慎重に早く歩けってんだ、馬鹿が。遅くなるだろーがよ」
 出久と勝己はそれぞれ木箱を抱えて理科室に向かっていた。前の授業で理科室から持ち出して使用した道具をしまうためだ。日直の雑用だから仕方がない。次の授業は全校訓練ということで、先生達も他の生徒も既に別エリアに移動している。校長ともさっきすれちがったから、校舎に残っているのは遅刻して用意に手間取っているオールマイトだけだろう。
 入学してから二年生になった今まで、日直は出久とペアにされる。席が前後している関係か、はたまた相澤先生の余計な配慮であるのか。おそらくどちらもあるだろう。全く厄介だ。
 漸く理科室の前に来たものの、木箱で両手が塞がっていてドアが開けられない。
「クソが。面倒だ」と勝己は足で理科室のドアを蹴り開けた。
「かっちゃん、ちょっと乱棒だよ」と出久が慌てる。
「るせーわ。入ってこいや、デク。ちゃっちゃと棚にしまうぜ」
 大きな机に木箱を置いて中身を棚に戻しながら、勝己は出久を振り見る。
メスシリンダーがここで、ビーカーがあっちで」
 とぶつぶつ言いながら出久は先に中身を選り分けて机に並べている。
 ガチでやりあってから、出久は少しずつ勝己に対して緊張が解けてきたようにみえる。 あの夜出久に戦えと強いたのは八つ当たりだったのか、オールマイトのかわりに殴って欲しかったのか。自分でもよくわかんねえ。結局こっちが勝っちまったけど。
 あれからオールマイトの秘密を出久と共有することになった。やはりあいつには個性がなかった。個性は授かったのだと、やっとあいつの秘密を捕らえたのだ。クラスの奴らはそれを知らない。これからも知ることはないだろう。秘密は自分と出久とオールマイトだけのものだ。
 だが知ったからといって、今までの関係がいきなり変わるわけでもなかった。徐々に変化してきたものの、いまだ距離を測りかねている。出久もそうだろう。会話がイマイチ噛み合わないのは相変わらずだし。秘密を明かされてもなお、出久は勝己を苛つかせる存在だ。
「これ、そっちの棚じゃねえのか?」
「あ、ごめん、間違ってた?」
 出久にメスシリンダーを手渡す。渡すときに何気なく指をするりと撫でた。ビクッと出久が反応する。
「気いつけろ。落とすなよ、デク」勝己はにやっと笑う。
「う、うん、ごめん」
 相変わらずだな。俺に向かってきやがった時の勢いはどうした。
 罪悪感に押し潰されそうだったあの時、俺は形にならない思いを出久にぶつけることがどうしても必要だった。みっともなく縋るような行為だったとしても。
 拳を向けても戸惑う出久に焦れた。本気になった出久に歓喜した。感情が抑えきれず俺もてめえも本音をぶちまけた。何考えてるかわからないと、てめえの真意をずっと勘繰ってたけれど、何のことはない。てめえの言葉はそのまま本音だった。俺は自分の畏れをてめえに投影していただけだ。言い方を変えりゃあ、てめえは根っからのヒーローオタクだから、俺をどんなに避けたくても、離れきれなかったってわけだろうが。中学には俺以上の戦闘系の個性を持つ奴なんていなかったからな。周り中優れた個性持ちばかりの今と違ってよ。追いかけてたって言ってたな。過去形のつもりかよ出久。
 昨日のことのように蘇る感触。掌に残る筋肉の弾ける感覚。殴った手応え。殴られた痛み。戦って、地面に組み伏せて、勝利した。掌に感じるあいつの心臓の鼓動。膝で押さえこんだあいつの腹と左腕。掴んだ右腕。荒い呼吸。爆炎の煙に咳き込んで上下する胸。 手を滑らせて、苦しげに歪んだあいつの顔に触れて押さえつけた。出久の命を手中に収めている感覚。愉悦にぞくぞくして下腹部が熱くなった。あんな風に出久の体温を近くに感じたのはいつぶりだっただろう。
「おいデク」
 勝己が呼ぶと、棚の戸を閉めながら出久が振り返る。
「なに、かっちゃん」
「放課後手合わせしろや」
「え?いいの?うん!」出久はぱっと顔を輝かせたが「あ、でも先生が許してくれるかどうかわからないよ」と言う。
「強くなりたくねえのかよ、てめえは」
「そりゃ、なりたいよ。だけど」
「じゃあ、やんだろ。俺に負けっぱなしでいいんかよ」
 にやっと笑って挑発する。あれからトレーニングと称して、時折拳を合わせるようになった。手合わせするその時間だけは、ストレートに対話できている気がする。拳が出久との唯一の会話の方法であるかのように。
オールマイトがてめえに呉れた力を鍛えねえでどうするよ。無個性のてめえなんざ誰も相手にしなかったろうが」
「よくない、けど」出久はぶつぶつと呟く。「ガチじゃなければいいのかも。個性使わなければ。でもつい本気出しちゃうこともあるかも知れないし」
 いらっとして勝己は怒鳴る。「ごちゃごちゃとうぜえ!いいんかよ、いいんだな!手合わせくらい大したことじゃねえだろ」
 そう言いつつ、こいつ真面目だから仕方ねえかとも思う。出久に限らず、雄英の生徒には色々な奴がいるが、本質的には真面目な生徒が多い。進学校だということと、皆ひとえにヒーローを目指す目的があるからだろう。生徒を信頼しているからこそ、個性を使う授業なんて危ないことが成り立つのだ。中学の時とは逆に出久は雄英に無理なく溶け込んでいる。あいつをザコだと言う俺の方がおかしいかのように周りの奴らは見ていた。だから入学してから苛つきどおしだった。馬鹿にされない環境は出久には初めてだろう。だがたとえ個性が大したことなくても、ここの奴らは人を馬鹿にして揶揄うことはないだろうよ。
 俺も、初めてか。中学までは寄ってくるのは頭も素行も悪い奴らばかりだった。真っ当な奴は相手を貶めたがる勝己には近寄らない。異質なのは出久だった。なのに何をしてもいつも後ろにいたはずの出久は、次第に離れていった。そのくせ離れたところから推し量るような視線を送ってくるのに苛ついた。あの苛々も消えるのか。
 やっと勝己の片付けが終わった。出久もうすぐ終わりそうだ。
オールマイトに報告してくっから、てめえは終わらせたら来い」
「あ、うん」
 出久は勝己に向かって頷き、棚に目を戻した。勝己はドアを開けようとして立ち止まり、振り返る。
「理科室、だなあ、覚えてるか。デク」
「え、ああ、え?」
 出久は手に持っていた器具を取り落としそうになった。
「中学の時、なあ、デク」
「覚えてないよ」
 出久は視線を合わせず、勝己の言葉を遮って答える。
「覚えてんだろう。忘れるわけねえよな」
 勝己は再び問いかけた。出久は返事を返さず黙って棚に機材を戻している。
「無視かよ」
 そう低く呟いて暫く待ってみる。出久は手を止めて俯いたまま黙っている。
「俺ぁ先に行くからな」
 じれったくなり、鼻を鳴らして勝己はドアを開ける。
「昔のこと、もう忘れたから」
 背後から聞こえるか聞こえないかの小さな声で出久が答えた。忘れてえってことかよ。勝己は大股に歩いて理科室を離れる。歩きながら掌から火花を散らす。あいつへの苛つきは解消されるはずだった。怯えた目で俺を見なくなることを渇望していたはずだった。
 俺の後ろから消えたくせに衛星のように遠巻きにして張り付いていた出久。衛星から彗星みてえになってどんどん遠ざかっていこうとしている出久。心のどこかで恐れていたことで、当たり前だと思ってもいて、でも認められなかった。追いかけていたのは出久だったはずなのにと憤りながら、逃げる出久を追いかけた。そうさせる出久を憎んだ。理屈じゃなく、あいつを得なければならないのだと、本能が告げていた。あいつのことなんてどうでもいいと思いたいのに無視できない。まならない苛立ちを思い知らせてやりたいと、心も身体も追い詰めた。
 いつの間にかてめえを追いかけるようになって、追いかけて追いついて。やっと捕まえたってのに。俺の望む距離はこんなんじゃねえ。 俺の望むてめえとの関係はこの延長線上にはねえ。

 ズシンと地響きがして足元が揺れた。
 地震か?いや俺にはわかる。これは爆発だ。だが変だ。音がしねえ。消音性の爆弾かなんかか。それともそういう個性か。どちらにしろ校内に何者かが侵入したってことか。
 勝己は身構えるとあたりを伺い耳を澄ます。物音がしない。他の教師はこの校舎に残ってないとは言え不自然な静寂。職員室にはオールマイトしかいない。そこを狙ったってことか。狙いはオールマイト。勝己は職員室に向かって走った。
 だが計算違いだったな。オールマイトの他に誰もいないと踏んでたら俺と出久とタイミングよく校舎内にいたというわけだ。
 職員室に駆けつけた勝己は戸を開けようとしたがビクともしない。ビンゴだぜ。ドアをふっ飛ばして職員室に足を踏み入れる。爆破の煙が晴れたが視界はけぶったままだ。
オールマイト!いんのか」
 室内は白っぽい霞がかっており、机や椅子は竜巻にでも逢ったように乱雑に隅に寄せ集められ、天井まで積み重なっている。
「爆豪少年、校舎にいたのかい」
 声の方向を見る。白く濁った空間の中で痩せた身体のままのオールマイトが巨体の敵と対峙していた。
オールマイト!」
 勝己は叫んで敵に向かって立て続けに爆発させる。だが音もしない上に爆炎も爆風も届かない。なんでだ。肩で息をしながら駆け寄ると目の前で何かにぶつかった。ずぶりと沈んだ身体は勢いよく跳ね返される。なんだ?オールマイトとの間に弾力のある膜のようなものがある。
「バリアみたいなものが張られているようなんだ。敵の個性だろう」
 オールマイトが振り返って言う。
「先に言えや!オールマイト
 手がじんじんと痺れる。抜かった。無駄撃ちした。
「君は皆を呼んできてくれ。ここは私だけで相手する。大丈夫だ」
 オールマイトはヒーロー体型になった。すぐにまた戻ってしまうだろうに、勝己を安心させようと。また振り返って勝己に向かって笑顔を見せる。
オールマイト!かっちゃん!」
 出久が名を呼びながら廊下を駆けてくる。異変に気づいたのだろう。二人なら何とかなるだろうか。だがバリヤが張られていては、手助けするどころかオールマイトの側にも行けない。
「かっちゃん、オールマイトは?」
 出久は入り口に立つ勝己の横から奥を覗き込む。
「はやまんなよ、デク。攻撃すんな」
「緑谷少年もいたのか」
 だが、折悪しくオールマイトは痩せた体型に戻ってしまった。敵と相対するオールマイトを見て、出久は我を忘れて拳を握りバリアを殴る。甲高い音がしてバリヤの一部分が解かれた。反動で転がる出久の身体。だがすぐさま破れた個所はみるみる元通りになる。止める間もなく再び出久は個性を使い、反動で倒れた。
オールマイト!」
 出久が悲壮な声で叫ぶ。キリがねえ。バリアの個性を持った奴を見つけて叩くか、イレイザーヘッドを連れてきて個性を消去してもらうしかねえ。出久は立ち上がったが、腕がだらりと下がっている。片腕は折れたようだ。だが左手を構えて更にバリアを殴り、反動でふっ飛ばされる。
「馬鹿が!」
 なおも立ち上がり飛び出そうとするデクを勝己は引き止めた。
「退いてよ、かっちゃん、オールマイトが」出久は叫んで身を捩る。
オールマイトがなんのために奴を足止めしてると思ってんだ!」勝己は羽交い締めにして怒鳴る。「てめえの両腕はもう壊れてやがんだろ。これでまだ戦えると思ってるのかよ」
「やれるよ。まだ足がある」
「ふざけんな!クソが!」
「かっちゃんは皆を呼んできて、僕はここで」
「てめえ、他にも敵がいるかもしれねえんだ。自惚れてんじゃねえ!」
「離してよ、オールマイトが!」
 くっそ!埒が明かねえ。勝己は正気を失い暴れる出久の腹に片腕を巻きつけて片手を自由にすると、出久の背中に手を当てて至近距離から爆破した。火力は押さえ衝撃だけを与える。
「ぐ、は」
 出久は呻いて気絶した。腕に脱力した身体の重みがかかる。
「クソナードが。手間かけさせやがって」
 勝己はぐったりした身体を肩に担いで、オールマイトをちらっと振り返る。頼んだぞ。と目で示して頷くオールマイト。勝己はぎりっと歯を食いしばる。あんたはかっこいいよ。かっこ良すぎて目を奪われちまう。けれどもこの馬鹿があんたを参考にして無茶しちまうんだよ。「なんでデクだ」とあの時問うた言葉をあんたはどう取ったんだ。
 背中に響く音のない轟音に後ろ髪を引かれながら、出久を連れて廊下を駆ける。どこかに敵が潜んでいるかもしれないが、走るしかない。外に音さえ聞こえたなら。爆音のしない爆発。爆音を吸い込むバリア。効果はどこまで続いてんだ。この校舎内だけなら境界線はどうなんだ。そうだ、試しに境界から外に物理的に音を立ててやりゃあいいんだ。勝己は窓から見える太陽に向かって片手を掲げる。それから腕を後ろに振りかぶると「死ねや!」と叫んで連続爆破させながら腕を前に勢いよく振った。廊下の硝子窓が連鎖的に次々と吹き飛び粉々になる。硝子の割れる音と爆風と爆音。
「よし!これで来なきゃあ知らねえぞ」
 爆発音は外に聞こえたはずだ。勝己は肩で息をついた。すぐさま複数の足音が階段を駆け上がってくるのが聞こえてくる。廊下の向こうからこちらに向かってくる影が見える。先生達がやっと駆けつけてくれた。安堵して力が抜けた。いつになく血相を変えた相澤は、すれ違いざまに「お前達は早く避難しろ」と言う。イレイザーヘッド、相澤先生が来てくれたならバリアは解かれるだろう。オールマイトは助かる。それまで持ってればだが。いや、持たねえわけがねえ。クソが。
 保健室に出久を連れていってベッドに寝かせる。まだ気絶したままか。椅子に座って顔を見下ろす。奥の部屋からリカバリーガールが顔を出した。出久を見て「おやまあ、またこの子は」と呆れるリカバリーガールに「俺がやった」とその理由を話す。
「腕はまた酷いもんだけど、火傷は大したことないよ。ほぼ衝撃だけだね。あんた、大したもんだ」
 傷を負わせて褒められるなんでおかしなもんだ。腕と背中の火傷を治療している間、勝己はカーテンの外で待った。出久は気を失ったまま気付く様子はない。治療を終えてリカバリーガールがカーテンを開ける。
「手当は済んだよ。心配ない。前より体力がついたようだからね。完治できるよ」
「心配なんざしてねえよ」
 包帯でぐるぐる巻にされた出久の両腕。胸から背中に巻かれた包帯。勝己はベッドの側に椅子を寄せて座った。こいつをあの場に残して行けば、また個性を使っただろう。自分を顧みずに。今度は右足か左足か、両方折っても構わずに。万一瞬間的にバリアが解けたとしても、そんな身体で飛び出してれば確実に死んじまったろう。俺は間違ってねえ。だよなオールマイト。こんなことであんたの力の後継者を失うのは本意じゃねえだろ。
 包帯の下の出久の身体。中学の頃はもっと薄い胸だった。剥き出しの首筋に触れ、鎖骨に触れる。少し筋肉はついたものの、肌触りは中学生の時と変わらない。
 中学生の時、あの日、苛立ちのままに理科室に出久を連れ込んだ。帰りに廊下ですれ違った時、おどおどして顔を伏せて通りすぎようとするのにムカついたからだ。ちょっと脅すくらいのつもりだった。

2

 放課後の薄暗い理科室。勝己は出久を床に押し倒して馬乗りになり、シャツのボタンを一つ一つゆっくり外してゆく。校舎の外は寒風が吹きすさび、窓の外に木の葉が舞う。換気扇に風が吹きこんで、カタカタと音を立てている。
「かっちゃん、何で」
 出久の声が震えている。勝己はシャツの間から手を滑りこませて薄い胸に掌を当てる。
「向こうから来るの緑谷じゃねえ?」
 周りの奴らに言われるまでもない。身を縮めるように歩いてくるのは出久だ。あっちも気づいたらしい。目が合うと俯いて足早に通り過ぎる。挨拶もなしか。自分もしなかったが、出久のくせにとカチンときた。
「お前ら先に帰れ」
 回れ右して出久の後を追う。「またかよ、飽きねえな」「緑谷、勝己が行ったぞー」背後からかけられる呆れたような声に、振り向いて「うるせえ!」と怒鳴る。加減するくらいなら何で手を出すんだと言う奴も。ムカつくならカツアゲするかと言う奴も。何もわかってねえ。誰も手を出すんじゃねえ。あいつに手を出していいのは俺だけだ。俺の手であいつに思い知らせてやらなきゃいけねえんだ。
 幼い頃から近所に住む幼馴染。ふわふわ頭の幼馴染。遊ぶぜと家まで誘いに行った。おどおどしながらどこでもついてきた。すごいなあ、かっちゃんと言われると嬉しくなった。俺をキラキラした目で仰いでいた。そのてめえが非難の目を向ける。俺に怯えながら弱い奴を守り、許さないぞと言いやがる。てめえがヒーローのつもりかよ、と歯ぎしりをする。ざけんな。てめえがヒーローなわけねえだろ。
 あいつがオールマイトに夢中になり始めたのは、いつ頃からだっただろう。オールマイトだけじゃねえ。他のヒーローを以前は俺に向けていた目で見るようになったのは。ムカついてあいつのヒーローノートを目の前で焼いた。消し炭にしたらあいつが泣きじゃくったから大人に怒られた。それからは加減をするようにした。ノートは灰にしないように。身体を傷つけても火傷の痕を残さないように。手加減なしでてめえを叩きのめせたら、どんなに気持ちいいだろう。そんなことしたら死んじまうからできねえけど。いっそ目の前からいなくなれと願うこともある。どんなに楽になるだろう。追いついた。俺の目の前にいやがるから悪いんだぜ、デク。

「おとなしくしろよ。なあ、デク」
 肌に当てた掌が熱を帯びてゆく。熱さを感じても、火傷をさせないくらいに温度を調整する。出久の身体が跳ねる。
「や、熱い、止めて、かっちゃん」
「暴れんな、焼くぞてめえ」
 はじめだけ脅せばおとなしくなる。馬乗りになって服を剥いで上半身を裸にする。乳首を指でなぞり摘む。ひくっと出久の喉が上下する。くっと笑みが漏れる。小せえ頃はかっこいいとかすごいとか言ってたくせに。今のてめえのその態度はなんだ。怯えてるくせに見すかしたような生意気な目。追いつめてやりてえ。徐々に熱を下げて平熱より少し高いくらいに調整する。首筋を両手で締めるようにさすり、触れたまま手を下ろして脇腹を両手で挟んで擦る。滑らかな肌。吸い付くようだ。上半身を余さず触れる。
「熱いよ、かっちゃん」
 出久は両腕で顔を覆う。とっくに掌の温度は下げてるのに気づいてないのか。太腿の上に移動し、腹に手を滑らせてチャックを下げる。下着の中を探る。体毛に触れる。その下を探り局部に指を滑らせ、ゆるっと握る。
「いや、止め」
 不穏な動きに出久が身を捩る。
「クソが。暴れんなよ」
「やだ、やめてよ、やめろ!」
 出久は抵抗して勝己を押しのけようとした。
「暴れんなよ。大事なとこ焼いちまうぜ」
 性器を握ったままで少しだけ温度を上げる。動転した出久が仰け反る。
「かっちゃん、やめて、熱いよ、熱い」
「おとなしくしてろよ、加減できねえかも知れねえぜ」
 本当はどのくらいで火傷を負わせちまうかは熟知してる。他ならないこいつで実験済みだ。触れたいんだ。肌に身体に心に。なのに嫌がらせにかこつけるしか触れられない。気が向いた時にいくらでも触れられたのにおかしいだろ。出久は大人しくなった。緩急をつけて扱くと性器が芯を持ち始める。先端を指先で捏ねる。出久の息遣いが乱れがちになる。
「勃ってきたぜ。きめえな。気持ちいいのかよ」
「かっちゃんが変な触り方するからだ。もう嫌だよ」
 嗚咽混じりに言いながら腕で顔を隠す。掠れた声。上気した頬。セックスを思わせる触れ方をしているせいか腰に熱が集まり、勃起してきた。出久の痴態に欲情してるのか。性器が首をもたげ、ズボンの前が膨らみ始める。まずい。こいつに知られちまう。勝己は腰を浮かす。その隙に出久は足を曲げ、勝己を蹴り飛ばした。
「ってーなあ、てめえ!」
 勝己は横倒しになり尻餅をついた。その隙に出久は起き上がり、チャックを上げると脱がしたシャツを拾って走り去る。
「くそっ。抗いやがって」
 残された勝己は掌を眺める。出久のペニスに触れた手だ。擦ったら張り詰めてきて固くなった。俺と同じ男のもの。追いつめてやったのに、なのにまだ足りねえ。もっと弄りてえ。もっと嬲りてえ。勝己はズボンの中に手を突っ込み、自身の屹立したものを握る。出久を扱いた手で己のペニスを掴んで扱く。目を瞑って出久の痴態を思い浮かべる。あいつの掠れた声、息遣い。果てる寸前に亀頭を手で覆う。生暖かい液体の感触。手をズボンから引き抜いて眺める。掌を汚す白濁。忌々しい情欲の証。
 机の横に設置された流しで手を洗う。俺はおかしい。自分がコントロールできない。あいつが俺をおかしくするんだ。他の奴が俺をどう言おうとてんで気にもならねえ。でも出久の視線は気に触って仕方がねえ。あいつが俺を否定すんのだけは許せねえ。苛立ちを解消する術がなくて関係が歪んでゆく。だが諦められるようならとっくにそうしてる。目に入れば気になる。目に入らなくても気に触る。ままならない感情が空回りする。
 出久は雄英高校を昔から目指してる。自分もそうだ。譲る気はない。だが高校まで同じなんて冗談じゃねえぞ。あいつに感じる執着。苛立ち、焦り、情動、そんなものをこれからも抱え続けなければならないなんて。高校まであいつに囚われるなんて。合格なんて無理に決まってる。だが万が一。なんとしても阻止しなきゃならねえ。思い知らせてやればいいんだ。踏みにじってやる。お前なんざ無理だって。そうしなきゃ俺はデクを。いつかあいつを。

3

 保健室の外で複数の足音がする。ドアを開けて相澤が入って来た。廊下をストレッチャーに乗せられた誰かが運ばれてゆくのが見えてどきっとする。相澤はリカバリーガールに、瀕死のオールマイトを病院に連れて行くと報告した。敵はオールマイトによって倒された。そいつがバリアを張っていた奴なのかどうかはわからない。戦いによりオールマイトの四肢が断裂仕掛けていたと。
「四肢って、大丈夫なのかよ」勝己が口を挟む。
「わからん」相澤は腕を組んで溜息を吐く。「それしか言えん」
 相澤は治療のために一緒にリカバリーガールに病院に来てほしいと頼んだ。リカバリーガールは快諾し、支度すると言って奥に引っ込む。相澤は勝己に向き直る。
「あの爆破音はお前だな。外に知らせるために窓を爆破したか。無謀に戦ったりせずよくやった」
 珍しく相澤が褒め言葉を口にする。勝己は顔をそむける。褒められるようなことはしてない。逃げただけだ。あそこに出久を置いていけなかっただけだ。
「なんのこと?」騒ぎに目覚めたらしい。出久がカーテンをそろっと開く。
 相澤はまずいという表情になり、「寝てろ、緑谷」と言ったが、出久は聞かない。
「なに、四肢って?オールマイトの?」みるみる顔が青ざめる。「四肢が、断裂?相澤先生、オールマイト、嘘ですよね」
「しかけた、だ、ちぎれちゃいない」相澤は苦しげに言い、勝己に目配せすると「あとは頼んだ」とリカバリーガールと共に立ち去った。
 くそっ!よりによって余計なことを。タイミングってのがあるだろうが。勝己は舌打ちをする。出久は「オールマイト」と呟いて起き上がり、ベッドからからよろよろと這い出した。「寝てろ馬鹿」と言っても出久は聞かず壁伝いに歩いて扉の前で崩折れ、しゃがみ込む。酷い有様だ。
「デク、戻れ、てめえは寝てろ」
 勝己は肩を掴んで、立ち上がろうとする出久を引き止める。
「ごめん、今君の顔を見たくない」振り返らずに低い声で出久は言う。「なんで僕をあの場に置いていってくれなかったんだ」
「んだと、てめえ。あの場でてめえに何が出来たってんだ」
 頭に来た。出久が傷ついてゆくオールマイトを、黙って見ていられるわけがない。十中八九手足がズタズタになるまで、バリアを破ろうと足掻いただろう。他に敵がいたかも知れない。あるいはそれが敵の目的の一つだったかもしれない。冷静になれないなら足手纏いでしかないんだ。出久の目からぽろぽろと涙が溢れ出した。
「君は正しいことをしたよ。わかってる。僕が理不尽なことを言ってるってことは。君は悪くない」デクはしゃくりあげながら続ける。「でも、ごめん。今君の顔を見るのが辛い」
 勝己はギリッと歯軋りをする。いつの間にか指を出久の肩にぐっと食い込ませていたのに気づき、手を放す。
「これが半分野郎やつるんでる奴らでも、てめえはそう言えんのかよ」
 出久は苦しげな表情で答えない。勝己は出久の腕を引いてぐいっと立たせ、乱暴にベッドに押し倒して肩を押さえつける。
「い、た」出久は顔を顰める。
「ああ?どうなんだよ、デク!」
「彼らは君みたいに力づくで止めたり、無理強いしたりしない」
 出久は辛そうな顔で目を伏せる。こいつ。
「こっちを向けや!」
 顔を近づけて怒鳴る。ふと意識する。唇が触れそうな距離。唇を重ねたらこいつはどう思うんだろう。こいつに俺を押し返す力はない。身体が辛いだろうから押しのけるどころか、身動きすらまともにできないだろう。今なら逃げられない。いつも俺を探るように見返す生意気な目がどんな風になるんだろう。唇を奪ったら。
 一瞬の夢想。現実は唇が触れることなく凍りついたままだ。衝動は絶え間なく押し寄せるのに動けない。唇を重ねるなんて簡単なことなのに。ほんの少しだけ動けば触れるのに。出久の視線が外された。気付いたのか、気付いてねえのか。気付いてても聞かねえのか。
「話もしたくねえってか」
 出久は目を伏せて何も言わず顔を逸らしたままだ。勝己は出久から身体を離した。
「今は引いてやる。てめえの物言いに納得したわけじゃねえぞ、クソが!」
 勝己は壁を殴りつけて保健室を後にした。教室に引き返さず寮にも戻らず、そのまま学校を出る。門の前で振り向いた。以前自分が帰ろうとした時、あいつは追ってきた。あいつはあえて俺に近づいてくることはない。ちょっかいを出すのはいつも俺ばかりだ。でもあいつは俺が弱ってるときはいつも感づいて追ってきた。俺を避けやがるくせにそんな時ばかりと腹が立ったけれど。けれども、たとえ傷を負っていなかったとしても、今回はあいつは追ってこないだろう。
 久しぶりに自宅に帰ってきた。両親とも仕事に出ていて留守だ。しんと静まった家。2階の自分の部屋に上がってベッドに寝転ぶ。視線の先に見えるのは本棚。片隅に突っ込んであるのは出久のノートだ。中学の頃、あいつはこれを受け取るのが目的で家に来たくせに、持ち帰らなかった。一言でも勝己のことが書いてあったなら、消し炭にしていたかも知れない。捨てるに捨てられず返すに返せず、そのまま本棚にある。あの日。一線を越えちまった中学の時のあの日の放課後。

4 

 ぱさぱさと軽い紙の擦れる音が聞こえた。
 音のする方を見やると、植え込みの繁みの上にノートが開いて置いてある。見覚えがある。出久のノートだ。風に煽られてページがひらひらとめくれてゆく。いや、置いてあるんじゃなく落ちたのだ。自分が投げて落としたのだ。ノートを教室から外にばらまいた時、拾いに行って戻った出久が1冊足りないと落ち込んでいた。春の嵐に吹かれて教室から随分離れたところに飛ばされたものだ。
 拾ってぱらぱらと眺めて思案する。細かい字や図で埋め尽くされた紙面。一心不乱にノートに書き込む出久の姿を思い出してむかっ腹が立つ。こんなもの、燃やしてやろうか。何人ものヒーローの個性をいちいち詳細に調べて。憧れるヒーロー達をノートに書けば、自分もなれるとでも思ってんのか。個性もないくせに。
 さくさくと足音が近づいてくる。出久の足音だ。校舎の向こうから姿を現した出久は、勝己の顔を見て「あ、かっちゃん」と身を竦めたが手元のノートに気づいて「返してよ」と小さな声で言った。
「見つけてやったんだぜ。礼を言うのが先じゃねえのか」
 勝己はにやっと笑う。
「君が外に放ったんじゃないか」
「だから?」
 出久は恨めしげに黙り込む。勝己はにっと口角を上げてノートの端を摘んで振った。
「返してやるには条件があるぜ」
「何?かっちゃん」
「てめえ、雄英受けんのやめろよ」
「嫌だ」
 出久は即答する。そうだろうよ。想定通りだ。
「じゃあ譲歩してやる」
 どうせ受かりゃしねえ。勝己は出久にゆっくり歩み寄り、ノートを摘んでひらひらと揺する。
「これから家に来て、俺の言うこと聞けば返してやるよ」
「かっちゃんの家?なんで」きょとんとして出久は問い返す。
「遊んでやるよ。俺の気が済んだら返してやる」
「え、と、なんで?」
 戸惑ったように、出久は目を泳がせる。
「どうすんだ。返して欲しいんだろ」
 出久は勝己の視線を避けて俯く。じれったくなり、勝己は声を荒らげる。
「てめえ!いるのか?いらねえのか?」
「いるよ」
「だったら来るしかねえだろうが!」
 出久は逡巡していたが「わかったよ」と答えて、勝己の後ろをついてくる。つかず離れずついてくる足音。久しぶりの感覚だ。出久はうなだれながら、それでも反抗的な光を瞳に宿している。生意気に。そんな顔してられんのも今だけだ。
 家につくとすぐに部屋に連れ込んだ。ベッドの上に俯せにして押し倒して「ケツ突き出せよ」と出久を四つん這いにする。出久は「なんで」と問うが、構わずズボンと下着を膝まで下げた。
「やだ、なに、何するんだよ、かっちゃん」不安そうな声で出久は聞く。
「うるせえ。脚閉じて揃えろよ」
 勝己は膝立ちになり出久の足を跨いだ。ズボンの前を寛げると閉じた太腿の隙間に陰茎を当てて挟ませる。
「何、なに?なんか足の間に」
「こっち見んな!」
 振り返ろうとした頭を掴んで前を向かせ、シーツに押し付けた。亀頭をぐっと押し込んで半ばまで差し入れる。先端で出久の陰嚢を押し上げる。
「わ、ちょっと、何なの?」
 と出久が慌てた。性器全体が柔い人肌に包まれる。出久の体温。身を引いては押すと太腿の肉に皮膚が擦られる。気分がいい。てめえを犯してるみてえだ。腰を揺すり前後に振る。はっはっと息が荒くなる。
「ねえ、かっちゃん」
「んだよ、黙ってろ。こっち見んな」
「ねえ、もういいかな」
 冷静な声。勝己は腰の動きを止める。てめえには全然応えてねえんだ。当然だ。身体の中に挿れてるわけじゃねえ。脚の間に、外側だけに触れてるだけだ。こんなのただの自慰にすぎねえ。自分だけが興奮してる事実に猛烈に腹が立った。こっちなら応えるのか。後孔に指で触れる。
「わ!どこ触ってんだ」出久が吃驚して振り返る。
「こっち見んな、クソが」
 頭をぐっと押さえつける。ここに、挿れたら。てめえに傷をつけてやれるのか。ふにふにと指先で嬲り、ぐっと親指を突き入れる。
「嫌だよ、やだ!もう、嫌だ」
 出久は逃れようとして横倒しに倒れる。太腿の間から陰茎が抜けた。くそっ不完全燃焼だ。勝己は勃起したままの性器を何とかズボンにしまう。出久は慌てて立とうとして、絡まる下着とズボンに足を取られて転んだ。こいつを乱れさせてやりてえ。勝己は出久の足に絡まった衣類を引き抜いて部屋の隅に投げる。
「ちょ、かっちゃん」
 下半身を裸にされた出久はシャツで前を隠そうと焦っている。シャツから覗く太腿。ずくりと屹立が脈打つ。
「これで歩けるだろうが。ちょっと来い」
 勝己は出久の腕を掴んで階下の風呂場に連れて行った。裾と袖口を捲って「脱げ」と言う。出久は「え?なんで?」と目を丸くして棒立ちになった。
「脱げっつったら脱げよ!」
 焦れったくなりさっさと出久の服を剥いだ。裸にされ風呂の床に座り込んだ出久に「中を洗浄すんだよ」と告げる。
 何をされるのか、予想できんじゃねえのか。それでもわかってて従えるのか。四つん這いになれというと出久は戸惑っていたが、素直に従った。思い通りになったのにいらっとする。余程あのノートが大事なのかよ。
 シャワーで洗浄する間出久は耐えていた。綺麗に洗って裸のままの出久の腕を引いて立たせる。「かっちゃん」と震える声で問う出久を部屋に連れてきた。所在なさげに戸惑う出久を押し倒して火照る肌を撫でる。骨に沿って肩を摩り、胸に腹に掌を当てて触れていく。出久は目を瞑って耐えている。
「脚を立てて開けよ」
「なんで?」
「さっさとしろ!」
 ぐずぐずしている出久の脛を掴んで両足を開かせ、後孔に指先を挿入する。
「や、嘘、なにしてんだよ、かっちゃん」
 慌てた出久が上体を起こしかけたので、のしかかって身体で押さえつける。
「なんでそんなところ、かっちゃん」
「洗っただろうが。黙ってろ。探してんだ」耳元で囁く。
「なに、を」
「てめえのいいところだ」
 勃起させるためには前立腺を刺激すればいい。男の気持ちのいい部分だって話だ。指をさらに捻じ込み中を探る。
「やだ、変だよ」
「暴れんな。往生際が悪いぜ」
 勝己は邪魔をする出久の腕を一掴みにまとめる。後孔の奥を探っては引き抜き、浅く入れてはかき混ぜるように探る。
「ああ、んん、や」
 出久の声音が変わった。
「ここかよ」
「違う、や、やだ」
 指先に触れる膨らんだ部分を更に刺激する。出久は身体を捩って喘いでいる。元気のなかった性器が固くなってきた。徐々に頭をもたげて勃起する。
「やだ、変だよ、ああ、かっちゃん」
「当たりっと」
 熱を含んだ出久の息遣い。指を2本に増やして捩じ入れ、膨らみを挟んで捏ねる。
「やだ、いやだよ、もう、離してよ、かっちゃん」
「嫌がってるように見えねえな、デク」
 掠れた声で勝己を呼ぶ声。指に絡みつく柔く熱い肉の感触。しこりに触れるたび肉は勝己の指を締め付けては緩む。擦ったり潰すように押したり嬲り続ける。感じすぎて辛いのか。出久の目から涙が零れ落ちた。
 指をぬるりと引き抜く。出久はまるで気づいていないようだ。目を瞑り開脚した足を閉じもせず悶えている。赤く充血した窄まりが勝己を誘うようにひくついている。下腹部が熱い。あいつがあられもない姿で悶えまくるから、多少治まってたってのにまた勃起しちまった。
 挿れてみてえ。あんだけ柔らかくなってたら入るんじゃねえか。
 勝己はポケットからゴムを取り出した。親の寝室から失敬したものだ。親がとか思うときめえけど。これを付けりゃ交尾にはならねえってことだろ。ベルトを外して、さっきまで指を入れていた箇所を撫でる。柔らかい。するっと入っちまいそうだ。ゴムをつけて自身をそこに押し当てる。出久は勝己の挙動に気づいてないのか、胸を波打たせ目を瞑ったままだ。腰を前に進めると和らいだ部分に屹立の先端が少しだけ潜る。
「あ、あ、はあ」
 出久が目を開けて声を上げる。勝己の挙動に気付いて、信じられないといった表情を浮かべる。
「やだ、かっちゃん、何してん。つっ」
「ん、バカデクが」
 抜けそうになったので出久の腰を掴んで引き寄せる。腰を前後に揺するたびにギシギシとベッドのスプリングが軋む。
「嘘だろ、嘘だ、無理だよ。入るわけないじゃないか。離して」
「黙ってろ、クソナード」
「やだ、離せよ、離してってば」
 暴れる身体を組み敷いて猛る欲望を押し付ける。捩じ込もうとしてもなかなか入らない。汗が吹き出す。苦悶の表情を浮かべるムカつく幼馴染。てめえは俺より下だ。追いかけるのはいつもてめえだったはずだ。それがいつの間にか俺がてめえを追いかけてるなんて許せねえ。いつもいつも俺の目の前にちらちらといやがって。
「くそがっ」
 ぐっと腰を入れたら亀頭のえらまで潜った。
「あ、あ!こんな、かっちゃん、やあ、あ」
 デクが悲鳴を上げた。締め付けのきつさに勝己の口からも呻き声が漏れる。太い部分が入ればいける。出久の腰を掴んで固定し、腰を前に強く振った。振るたびに身体に竿が捻じ込まれる。
「いやだ、かっちゃん」
「うるせえ」
「こんなのは、ダメだ、ああ!」
 構わずに力任せに押し入ってゆく。揺さぶる度に後孔に猛りが呑み込まれてゆく。熱くてうねる出久の体内。犯しているんだ。出久を。痛みのせいか、勃起していた出久のペニスは萎えている。
「はは、ははは」勝己は口角を上げる。「てめえ、いっちまうだろ。力抜けよクズが」
 睨みつけてくる出久の目。生意気だ。てめえは俺に逆らえねえ。苛ついてぐっと力を込めて穿つ。俺にそんな目を向けんじゃねえ。おまえはもっと違う目で俺を見てたじゃねえか。てめえの視線は目障りだ。俺を見ないで他のヒーローを見てる時はもっと苛つく。てめえがいるだけで俺の心は騒めくんだ。
 ずり上がる身体を押さえつけ、身体を重ねて逃さないよう体重をかける。挿入したペニスを抜いては突き入れるうちに引っ掛かりなく貫けるようになってきた。気持ちいい。リズミカルに律動して熱い体内を抽送する。下腹部に当たる硬い感触。また出久のペニスが緩く立ち上がった。感じてやがるのか。出久は目を瞑って喘いでいる。苦しそうに。だがどこか快感の篭った甘い声に身体が火照る。声を殺してるのが忌々しい。ベッドが壊れるかと思うほどに激しく揺さぶる。引き抜いてはめり込むペニスを熱く締め付ける身体。気持ちよくて溺れてしまいそうだ。
「あ、あ、酷いよ、かっちゃん」
 何言ってやがる。酷いのはてめえだろ。身体を起こし出久の足首を掴んで股を大きく開いた。自分と繋がっている部分が顕になりひくひくと震えてる。
「ざまあねえな、デク」
「ちょ、やだ、やめてよ」
 身を捩る出久に再び覆い被さり律動を再開した。腰に溜まってきた痺れが全身に広がる。勝己は「くっ、は」と唸り深く突き上げ、熱い肉に締められて射精した。脱力して出久の肩口に顔を伏せる。
「ふ、は、は」
 笑い声が漏れる。てめえを支配して意のままにした。苛々がおさまる。溜飲が下がる。勝己は上気して赤くなった出久の頬に触れる。
「てめえも気持ちよさそうによがってたじゃねえかよ」
 個性が発現してからこれでも気を付けて苛めてきた。跡がつけば問題になる。全力出せば壊しちまう。でもこうすればいいんだ。外から見てもわからねえ。てめえに嫌とは言わせねえ。指先で首筋を辿り乳首を撫でる。逃げ出さなかったんだから、こいつだって同罪だ。
「てめえだって興味くらいあっただろ」
 耳朶を食み、囁く。呆然としていた出久がピクリと震える。半身を起こすと勝己を押しのけて身体の下から逃れ、のろのろと立ち上がって服を着始める。
「ほらよ、約束のもんだ」
 勝己はベッドに腰掛けて出久の足元にノートを投げる。放り出されたノートに出久は目を向けたが拾おうとはしない。
「何されんのか、てめえもケツ洗われた時点で気づいたろうがよ」
 出久は答えずなにやらブツブツと呟いている。また無視かよ。
「滑稽だな。そんなにノートが大事かよ」
 勝己は苛々して揶揄する。
「違うよ」出久は低い声で否定する。「ノートの中身は覚えてる。なくしてもまた書けばいいんだから」
 出久は鞄を持って立ち上がったが、足元がふらついている。
「はあ?じゃあなんでおとなしく身体嬲らせてんだよ」
「君の家の風呂に入ったことだってあるし、君に身体を弄られたことは何度もある。だから悪戯の範囲なら我慢できるかなって」
「はあ?何をてめえ」
 出久は痛みに堪えるように息を吐いて続ける。「でも、幼馴染相手にここまでするなんて思わないよ。こんなのヴィランのすることだ。ヒーロー志望ならしちゃいけないことだよ」
 何を他人事みたいに説教してんだ。やられたのはてめえだろ。しちゃいけねえだと?てめえに起こったことだろうが。ムカつく。
「こんなことってなんだ?言ってみろや」
 出久は「レ」と言いかけて口を噤む。てめえ、レイプだって言いてえのか。
「じゃあなんでうちに来たんだ。好奇心かよ」
 出久は首を振る。ノートのためでもねえ、やらせるつもりでもねえ、興味本位でもねえ。だったらなんだ。
「君が」
 出久が勝己に真っ直ぐな視線を向ける。嫌な予感がした。こいつがこんな顔をするときは碌なことを言わないんだ。
「やめろ」
 その目は。そんな目で俺を見るな。
「君が辛そうな顔をしてたから、だから僕は」
「はああ!?」
 激昂した勝己は、出久の胸ぐらを掴んでぐいっと壁に押し付けた。かはっと出久が苦しげに息を吐く。
「俺がだと、ふざけんなよ。てめえ、舐めてんのか!」
 てめえのせいで俺がこうなってんのに。なのに他ならねえてめえそれを言うのかよ。
「違うよ!かっちゃん」出久は咳き込みながら反論する。「僕を馬鹿にしてるのは君だろ。でもこんな、こんなことは君はしちゃいけないんだ!僕はもう何があっても君んちには来ない!」
 膠着した勝己の腕から逃れ、出久が階段を駆け下りてゆく。転がるような足音が遠ざかり、ドアの開閉音が響いた。勝己は足元のノートを壁に叩きつける。腸が煮えくり返る。どこまでもあいつは俺を苛つかせる。てめえが俺に気づかせたんだ。渇望を。欲情を。てめえとこんな風にならなきゃあ、知らなくてすんでたかもしれねえのに。ぶっ殺しちまいたい。勝己は壁を背にして座り込んだ。てめえをこの手で。握りこんでいた掌を広げる。
 自分がどんどん濁っていく気がする。あの頃確かに掌の中にあったものはいつの間にか砂粒みたいに零れ落ちてしまった。いくら手を伸ばしてもひと粒たりともう拾えやしねえ。あいつは俺から離れねえなんて、一体何を根拠に信じてたんだ。個性がなくてもあいつは思い通りになんてなりゃしねえ。俺の夢は何だったんだ。俺の欲しいものは何だったんだろう。

5

 リビングのソファに寝転んだ。何もすることがないが、寮に帰る気は起こらない。外出許可は得た。「学校を襲撃されたわけだからどっちにしろ危ねえだろ」と言うと「GPS発信機だけはONにして身につけておくように」と電話口で言われた。
 父は暫く会社に泊まり、母は月末まで出張だという。その間家には自分だけだ。気ままでいい。母親に電話した時「いつまで家にいるの?」と問われ「学校にヴィランが出たんだ。破壊された校舎に戻れるかよ。戻る理由もない」と答えたが、「戻りたくない理由があるの?」と図星を指され電話を切った。うるせえ。誰にも会いたくねえ。一人になりてえ。
 出久の野郎のせいだ。あいつが関わるといつも調子が狂う。ウジウジしてるくせに強い光を宿した視線が苛々させる。あいつだけだ。家が近かったから初めての連れ。幼馴染でなけりゃあこんなに側にいるタイプじゃねえ。凄い凄いって言いながらすぐ後ろをついてきたのに。いつの間にかついてこなくなって、話しかけなけりゃ話さなくなって。怯えやがながら影から観察してやがって。ムカついて苛めたくなってもしようがねえだろ。あいつが俺を避ける理由はわかってたんだ。今の俺があいつのヒーローじゃなくなったからだ。
 あいつに個性がないと知って俺は密かにほくそ笑んだ。出久は俺より永遠に下だ。逆らえば力づくで言うこと聞かせられる。勝手はさせねえ。選択肢なんて与えない。ああ、そうだ。嬉しかったんだ。馬鹿か俺は。これで出久はずっと俺の側にいる。そう思ってたなんて能天気もいいところだ。あいつが萎縮しちまって壁作って反抗しやがるなんて思わなかった。一時的に拗ねてやがるだけだと高をくくってた。どんなクソな個性だっていい。あの頃あいつに個性があったら今こんな風になんてならなかったかもしれねえ。
 オールマイトに俺は2度も助けられた。ヘドロヴィランの時とヴィランに誘拐された時。2度目の時はオールマイトは命を賭した。彼の力が衰えたのはそのせいだ。本来なら俺はより一層彼に傾倒していただろう。強さの象徴。憧れの対象。俺にだって彼は特別だ。なのに素直にそうなれないのはいつも出久が関わっているからだ。その上継承者だと。オールマイトへの感謝も憧れもあいつへの拘りが凌駕してしまう。
 あいつにとってオールマイトは尊敬も親愛も何もかも含んだ全てだ。あいつがオールマイトを仰ぎ見るたびに腸が煮えくり返る。誰よりも強い存在、完全無欠のヒーローオールマイト。俺はオールマイトを超えてやる。そうなればあいつは。畜生、あいつがなんだって言うんだ。
 暑い。クーラーついてんのに全然きいてねえじゃねえか。冷蔵庫の中には何もない。財布をポケットに入れて飲み物を買いに外に出た。外は茹だるような暑さ。影がアスファルトを真っ黒に焦がしていようだ。
コンビニに入る前に何かの気配を感じて立ち止まる。ひんやりした、首筋がぞっとするような気配。
 誰だ。ゆらりと景色が揺れた。白い靄が駐車スペースに漂い、視界を覆う。学校に来やがったバリアの個性の奴か。オールマイトが倒したって奴は違ったのか。姿は見えねえ。勝己は身構えた。
「外で個性を使っちゃいけねえ。が、仕方ねえよな」
 靄に向かって爆炎を飛ばす。シュッと爆音が消えた。やっぱり同じか。パリパリと音がして景色が白く烟り完全に囲まれる。
「出てこいや」自然と口角が上がる。「むしゃくしゃしてんだ。丁度いいぜ」
 何処から来やがる。勝己は全身の神経を研ぎすませる。
「君もさあ、こちら側だろう」
 姿は見えないが例の手首を顔にくっつけたヴィランの声だ。
「うぜえな。あん時言っただろうがよ。俺はオールマイトに憧れてんだ。オールマイトを越えんだよ」
「超えるんなら倒さなくちゃあなあ」
 耳元で鼓膜を震わせる声が聞こえた。ぶわっと鳥肌が立った。瞬間的に飛び退く。いつの間にかワープの出入口が背後に開き始めてた。後退りしたが、背後のバリヤにぶつかって跳ね返されそうになる。これ以上後退できない。
「邪魔だろ、オールマイトはさ。衰えてなお最強のヒーローなんてさ」
「うるせえよ」
 ワープの奥からまだ奴は姿を現さない。真っ黒な虚を睨みつける。
オールマイトを置いて逃げたのはさあ、英断だったよなあ」
「逃げたんじゃねえ、クソが!」
「見殺しにできたのになあ。残念だよ」
 ワープゲートから痩せた腕が伸びてくる。何とかここから出らんねえか。勝己は拳を握る。いいや、ワープゲートから出てきたところを返り討ちだ。近寄ったりしなければあの掌は脅威じゃねえ。距離を取って爆破しちまえば。
「大切なものを失くした時、人はヴィランになるんだ。欲しいものが手に入らないとわかったとき時、人はヴィランになるんだよ。絶望するくらいならいっそ壊してしまえと思うだろう。君ならわかってくれると思うんだけどな」
「はっ!めそめそした動機だぜ。俺は俺が一番だ。欲しいもんはこれから手に入れるんだ」
「それだよ。欲しいもの欲しがって何が悪いんだい。俺もやりたいようにしてるだけさ。ヒーローだけがしたいようにし放題で許されるなんて、不公平じゃないか。欲望のままに捻じ伏せて蹂躙して貪って支配する。そうしたくてもヒーローになっちゃあ不可能だろうが、ヴィランなら出来るんだよ。それが本当の自由って奴だろ。わかるだろう」
「べらべらとうぜえわ!」
 全身出やがったら爆破してやる。勝己は掌からパリッと火花を散らす。だが迫っていたヴィランの手の動きがピクリと止まった。
「邪魔が来たなあ。考えといてくれ。また来るよ」
 ぱんっとバリアが弾けた。空間が開け、元のクリアな背景が戻ってくる。
「くそったれが」
 校外はより危ねえってことか。不本意だがGPSをオンにするしかねえ。あのヴィラン野郎、邪魔が来たってなんだ。誰かうちに向かってんのか。相澤先生かよ。連れ戻しにやってきたのか。生憎まだ戻る気にならねえぜ。
 買い物を済ませ、コンビニを出て歩き始める。くそったれが、あの野郎。ふざけたこと言いやがって。俺にヴィランになれだと。オールマイトを置いて行ったのは助けを呼ぶためで。出久を連れて行ったのは他に敵がいたかも知れないからで。出久があんな無茶をしなきゃあ。あいつが。あいつさえ。畜生。なんでこんなこと考えなきゃいけねえんだ。
 陽炎の向こう、坂の下にゆらりと人影が見える。目を凝らすとそれは見慣れた癖っ毛の幼馴染の姿。
「やっと見つけたよ。かっちゃん」
「てめえが来たのか、デク」
 顔を見るだけでムカついてしょうがない。
「家にいなかったから探したよ。今GPSが反応したから見つけられたんだ」
 いつも苛々させる怯えた目、いや違う。怯えじゃねえ。似ているがこいつの目はいつもとは違う。眼の奥にある翳りは。罪悪感か。それとも他の何かか 。
オールマイトは回復したよ。かっちゃん。手足も元通りになったんだ」
「そうかよ」
 ほっとしたが、声に安堵を滲ませないよう、素っ気なく返す。「あの」と出久は言いかけて口籠り、俯いて漸く続ける。
「戻ってよ、かっちゃん」
「まだ戻んねえよ。今夏休みだしな。戻る理由ねえだろ」
「みんな、学校にいるよ」
「るせーな。許可は得てんだよ」
「だって、あのまま、だったから。僕は君に言わなきゃいけないこと、あるんだ」
 途切れ途切れに紡ぐ言葉。頭に血が登り、出久の腕を掴む。このまま握り潰してやりたい。出久は顔を顰めながらされるがままでいる。力を緩めず身体を引き寄せる。
「ごめん、かっちゃん。君はヒーローらしいことをしたのに、僕は酷いことを言った。相澤先生の言う通りだ。君は当然のことをしただけなのに、僕は」
「勘違いしてねえか」勝己は口の端に笑みを浮かべる。「俺はお前の邪魔しただけだぜ。てめえを連れてったのはヒーローだからじゃねえよ。てか、ヒーローらしいって言われたこたあ殆どねえしな」
 出久は辛そうな表情になり、顔を伏せる。
「そんな風に言わないでよ。君はヒーローだ」
「よく言うよなあ、思ってもねえくせによ」
 炎天下で炙られているせいか、出久の首元が赤く染まっている。触れれば熱いだろうか。汗ばんだシャツの下の肌が透けて見える。
「他の奴らでもそう思うのか。あの時君はそう聞いたよね」
 出久は顔を上げて、勝己と一瞬視線を交わす。
「ああ」
「僕は飯田くんや麗日さんや轟くんや他の誰でも、きっとそうは思わないよ。彼らが同じことをするなら僕のためだ。彼らは友達だから。僕でもそうすると思うから。でも君は違うだろ」
「ああ。たりめーだ。お友達ごっこなんてやれるかよ」
「僕は君といつかはそんな風に接したいと思ってた」
「はっ。てめえがだと?笑わせるな。ありえねえ」
「秘密を共有できたし。もっと穏やかな関係になりたかったんだ。昔みたいに」
「今更何言ってんだ」
 なれるわけがねえ。てめえが俺を避けたことで。俺を拒絶し続けたことで。そして、こうやって俺に会いに来やがったことで。俺がどんなに揺さぶられているか。 わかってねえだろ。あの頃は気づいてなかった。オレがてめえに抱く衝動の正体を。俺はてめえをめちゃくちゃにしてえんだ。先に俺をめちゃくちゃにしたのはてめえの方なんだから。
「うん、甘かった。僕自身がこれじゃ、そんな風になれるわけがないんだ」
「わかりきってらあ。てめえが自分を過信してたってだけだろ」
 修復するには壊れすぎてしまった。
「そうかも知れないけど。それに、君だけは違うんだ」
「何が言いてえんだ」
「皆は昔の僕を知らない」出久は苦しげに言う。「個性があるから同等の友でいてくれるんだ。本来は側にいることすらできないだろう。僕は彼らにとっては仲間じゃなく助ける対象になるんだ」
「たりめーだろ。個性のねえ奴なんか誰が対等に見るかよ」
 てめえは個性を得たことを隠してたんだろう。てめえの自壊する破滅的な個性を。俺が勘付かなかったら、今も隠し続けるつもりだったんだろ。 俺にもずっと。
「彼らのことはとても好きだし尊敬してる。尊敬できる人たちと友達になれるなんて夢みたいだ。ほんとに嬉しい。今の僕だからこそ可能になった関係なんだ。だけど君は僕に個性がなくてもあっても変わらなかった。僕もやっぱり君が、苦手で」
「何が言いてえんだ」
「彼らは僕を同じだと思ってくれる。助けてくれるなら仲間としてだ。でも君は僕を仲間だと思ってないだろ。なのになんで君が、僕を助けるなんて。だから混乱した」
「てめえの邪魔をしたんだ」
「違うだろ、かっちゃん!」出久は感情的に言い返す。「俺が間違ってた。僕は自分の無力感から八つ当たりしたんだ。ああするのは当たり前のことなんだ。君はヒーローだからだ。あの場所で要救助者は僕の方だった。他に敵がいるかも知れない状況で。君の行動は正しかったよ。なのに僕は自分の無力感を君にぶつけたんだ」
「ちげえよ。てめえのヒーロー像を勝手に俺に押し付けんな」
「でも僕にとって君はヒーローなんだ。強くてタフでいつも先頭を走る。認めたくないのに認めざるをえなかった。昔からずっと」
 出久は顔を上げて真っ直ぐな視線を向ける。個性もない頃からヒーローたらんとし、ヒーローらしくあれと勝己にも望む。口に出して言わなくてもかの瞳がいつもそう語っている。この視線の先にいつも俺が、俺だけがありたいと望まずにはいられない。俺はヴィランになるわけねえんだよ。そうなればこいつは俺を見なくなるじゃねえか。そんなこと我慢がならねえ。許せるわけがねえんだ。
「ずっとだあ?てめえの態度はそんな風には見えなかったぜ」
 出久は口籠る。「君の言葉は刃のようで、僕は傷つくばかりだった」
「んなこたあ、ガキの頃からだろうが」
「そうだ、ね。僕は君が眩しくて羨ましくて、辛くなった。だから距離をおいて見ているだけにしようとした」
「はあ?見ているだけってなんだ。俺は動画の中のヒーローと一緒かよ」
「そうしようと、してたのかもしれない。それに、君は凄い個性を持ってるのに、酷いことにばかり使って。側にいると悪いところばかり見えてしまう。遠くからなら凄いところだけ見れるから」
「ふざけんなよ」
「でも君はそれを許してくれなかった」
 てめえも出来なかったんだろ。俺を切り離しちまうことが。だからここにいるんだろ。中途半端なんだよ、てめえは。てめえは俺を振りほどけえねえんだ。自覚しろよってんだ。ここまでくりゃあもうひと押しか。
「なら好都合ってこったろ。遠くで見てろよ。話はそれだけか。じゃあな」
「待ってよ!君に戻って欲しいんだ。かっちゃん!僕は君を側で見ていたいんだ」
「またてめえの都合ってわけかよ」
「そうだよ。戻ってほしい。僕のわがままだ」
「また見てるだけか」
「今は、見てるだけじゃなくて、時々、かっちゃんと手合わせもしたいよ」
「それだけか。俺はそれだけじゃ許さねえってわかってんだよな」
「どうすればいい?かっちゃん」
 出久の表情が曇る。情けない面だ。勝己はすっと心が晴れるのを感じる。そうだ。しようとしたって無理なんだよ。俺ができねえのにてめえにできるわけねえ。てめえに感じるどうしようもない衝動。愚かだとわかってても抑えられない。そんな域にてめえは落ちてきたんだ。同じところに。俺のところに。勝己はニヤリと笑う。
「俺を連れ戻すのにどうすりゃいいのか知りてえか」
「かっちゃん」
出久は頷く。
「んじゃ、教えてやるぜ。来いよデク」
 勝己は腕を離して歩き出す。出久の肌に赤く跡がついた。その腕を摩りながらついてくる。
「俺がてめえを連れて離れたのはな、てめえが要救助者だったからとか、そんな殊勝な理由じゃねえよ」
「そう、なのか?かっちゃん。なら君はどうしてあんなことを。」
「てめえに教える理由ねえよな」
「そこまで言っておいてそれはないだろ」
「知りてえか」
「うん、知りたいよ」
 家に到着し、門を開けて振り返り、出久に手を伸ばす。
「もう二度と俺んちには来ねえって言ってたよな。どうすんだ。出久」
 覚えてんだろ。家に入るってことが何を意味するのか。出久は顔を上げて何か問いたげに口を動かしたが、声を発することはなく、差し出された勝己の手を取り、大人しく足を踏み出した。勝己は出久の腕を強く引いて家に連れ込む。靴を脱ぐのももどかしく玄関に上がり、二階の自分の部屋のドアを開ける。起き抜けでカーテンを締めたままの薄暗い部屋。
 ドアを閉めると出久を壁に押し付けてキスをする。「かっ」と名を呼びかける出久の唇を塞ぐ。乱暴に開いた口から舌を滑りこませる。「ん、ん」と出久は苦しげに呻いているが抵抗は緩い。ぴったりと唇を重ねて思う様に口内を蹂躙してやっと離してやる。出久ははあはあと吐息をついて呼吸を整えている。ふと勝己と視線が交錯する。再び唇が触れ合う。今度はそっと。顎を掴んで口を開けさせると唇を覆い舌を入れる。出久の口内を探り、舌をぬるりと絡めあう。息継ぎする間もない貪るようなキスに出久の足の力が抜けたのか、ずるずると床に座り込む。一緒にしゃがみながら頬を掌で挟み込んで勝己はキスを続ける。何度も身体に触れて、身体を繋げたこともあったのに、キスをしたことはなかった。保健室でも触れられなかった。こんなにも気持ちいいなんて。初めての感覚に溺れて味わうのに夢中になる。漸く唇を離して、肩で息をする出久の腕を引っ張り、ベッドに無造作に転がす。
「な、に、かっちゃん、今、なのか?」
「たりめーだ。てめえに選択権はねえよ」
 狼狽した出久の上に乗り上げて組み伏せる。肌に触れ首筋に唇で触れる。ちゅっと吸い付いて跡をつける。
「わ、かっちゃん、何」
 狼狽える相手を押し倒してシャツをたくし上げて身体をまさぐる。下肢を絡めて勃起したものを押し付ける。ひゅっと出久が息を呑む。
「このまま手ぶらで帰るか、俺を連れ戻すか」勝己は縮こまる相手の耳元に唇を寄せて囁く。「どうする?お前次第だぜ」
 返事を待たずに再び唇を奪う。

6

夏休みの間残りの1週間、勝己は出久を貪った。
 濃密な空間に少年達の靭やかな四肢が絡みあう。空調を付けたばかりの部屋はまだ茹だるように暑く。擦れ合う出久の裸の肌はそれより熱い。隙間なく身体を重ねてシーツの上で縺れ合う。首筋を舐めて乳首を甘噛みする。片手を股の間に入れて窄まりを探る。出久が身体を竦ませる。
 こいつが嫌がるくらい念入りに洗ったとはいえ、俺は潔癖なはずなのに。なんでこいつを舐めたり噛んだりしてんだろな。口淫したり後孔を弄ったり体液混じりあわせたり、他のやつなら考えられねえ。ま、出久にもしゃぶらせるけどよ。キスをしながら指で中を確かめる。以前にいじり倒した前立腺のしこりを見つけて撫でる。
「や、だ、そこ、やだって」
「喘ぎながら言われてもやめられねえな。嫌じゃねえだろ」
 こいつを嬲るだけで自分のものもビクビク反応する。快感も痛みも俺の手の内だ。 気持ちよくて止められねえ。指を2本入れて指の隙間を徐々に広げる。広げたまま深く突き入れてかき混ぜる。
「あ、やだ、ふあ」
 喘ぎつつ拒む言葉。身体は受け入れているのに口は素直じゃねえ。
「いくぜ」
 指を引き抜いてゴムをつけた昂ぶりを押し当てる。ぐっと力を入れて突くと慣らした蕾を開いてぬるりと亀頭が潜る。「はあっ」と出久が溜息を吐く。更に腰を進めて竿をじりじりとめり込ませてゆく。薄膜越しに伝わる溶けるような熱。
「や、だ、かっちゃん」
 出久の甘い吐息交じりの声。煽るんじゃねえよ。腰を引いては揺すり身体を貫いてゆく。動くたびに相手は喘ぎ声を上げる。
「あ、あ」
「ふ、は、堪んねえ」
 収縮する肉壁にペニスが締め付けられる。きつくて気持よくて搾り取られそうだ。まだイッてたまるかよ。ふっと息を吐き。仕返しとばかりに小刻みに中を擦る。
「ちょ、や、やだ、動かさないで」
 出久は腕を突っ張り身体を放そうとする。逃がすかよ。押さえ込んで深く挿入する。
「すげえな。繋がってんだぜ」
「な、何言ってんだよ」
 掠れた声で抗議されてもこっちを煽るだけだ。藻掻く身体を抱きしめて拘束する。貪るようにキスをする。律動し肌を打ち付ける。ぎりぎりまで引き抜いては体内に楔を打ち込む如く突き上げる。出久は声を殺して喘ぐ。引き抜いては貫きながら両手をシーツに縫い止めて見下ろす。出久は熱っぽい瞳で見上げてくる。泣かせてやりてえ。
「余裕だなあ、デク、物足んねえか」
「え、何、かっちゃ」
 足を肩に担いで出久の身体を折り曲げる。にやりと笑い、腰を引き強く打ち付ける。根元まで埋め込んでは引き抜く。奥まで深く抉られて出久は悲鳴を上げる。
「い、ああ」
「いい声出すじゃねえか」
「あ、はあ、もう許して、かっちゃん」
 出久の瞳が潤み目尻に涙が溜まる。
「デク、約束だな、教えてやるよ」
「かっちゃん?」
「なんであんなことしたのか。てめえは俺んだからだ」
「何、かっちゃん、よく聞こえない」
「てめえに手を出していいのは俺だけだ。てめえを傷つけんのも捩じ伏せんのも俺だけだ。デク。だから俺の前で勝手に死なせたりしねえ」
 律動を早めてゆく。激しく腰を打ち付ける。出久の中は熱くうねり、「やだ」と繰り返す出久の言葉とは裏腹に勝己をさらに奥に引き込む。
「約束、明日学校、行くよね、かっちゃん」
「ああ、今更何言ってんだ」
 夏休みは今日までだ。行かねえわけねえだろ。こいつの気にしてんのはそっちかよ。そうかよ。明日から学校か。勝己はペニスを引き抜くとゴムを外して捨て、そのまま再び挿入する。薄膜なしで直に感じる粘膜。ゴムをつけるより遙かに気持ちいい。肉壁に引っかかる感覚がたまらない。
「あ、かっちゃん、なんかしたの、さっきと違う」
「ああ、わかるよなあ、つけてねえの」
「まさか、かっちゃん、やめ、やめてよ」
「生の感覚をよお、味わえよ、デク」
 出久の中に印を残す。勝己の考えに気づいたのか、出久が狼狽する。押さえつけて中を激しく擦りあげる。前立腺のしこりに亀頭の先端が直に触れる。柔い突起をぐっと擦り上げる。
「や、はあ、あ」
 出久の身体が跳ねる。突くたびに出久が「あ、あ」と快感に喘ぐ。中心が熱くなり熱が陰茎をせり上がってくる。深く入れて動きを止める。
「は、う、デク」
 勝己は低く唸る。先端が弾けた。幼馴染の体内に精を注ぐ。征服感と高揚感。これまでゴムはつけていた。中に出さなきゃこいつは安心するかと衝動に堪えていた。でも最後の一線を越えちまった。こんなに気持ちいいなんてな。やめられそうにねえ。こいつの手も足も顔も、存在すべてが情動を煽る。覆いかぶさり荒い息を整える。
「なんで僕なんだ」
「は、俺だって知らねえよ」
 それは俺が一番知りたいことだ。なんでてめえなんだ。出久。
「なんで君なんだろう」ボソリと出久が呟く。「君は乱暴で短気で酷いことしてばかりなのに。なんで僕は」
「何だその物言いはよ。頭にくる奴だな。てめえはよ」
 だが腹は立たない。俺もそうだ。ムカつく奴なのになんでてめえなんかに俺がと、何度思ったか知れねえ。出会っちまったからだ。離れるなんて思えねえんだ。渇望するのはその目だ。てめえのその目が俺を狂わせてんだ。脳味が沸騰して身体の奥が熱くなる。捩じ伏せたくなる。
 てめえは俺のものなんだ。俺だけがてめえを自由にしていいんだ。他の誰にも渡さねえ。他の奴のものになるなんて許さねえ。耐えられねえ。ずっと前から俺のものだったんだ。物心ついたころから当たり前みたいに。後ろをついてきた頃も怯えながらも逆らうようになった頃も。側に寄ればムカついて苛つく奴でも俺のものなんだ。今までもこれからも。

 カーテンの隙間から朝の光が零れる。光の筋が出久の頬の上に差し込む。
 勝己は光を遮るように出久の頬に手を当てる。柔らかくほんのり温かい。出久はゆっくりと目を開けて勝己を見つめ、ちょっと困ったように笑うとまた目を瞑る。

END

 

インフォメーション2017年4月~

最新情報です。上に行くほど新しいニュースです。母艦サイトのINFOや自作創作小説カテゴリー に内容紹介文を詳しく載せてます。母艦サイトへのリンク→Blue Human

2017/04/14 勝デク小説「オリオンの驕り」をUPしました。

2017/04/24 勝デク小説「掌の太陽」をUPしました。

 

オリオンの驕り(掌の太陽より)

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 母親に怒号を背にして、勝己は家を飛び出した。
 心の中で悪態をつく。
 うぜえ、ほんっとにうぜえ。飯食う時の姿勢が悪いから始まって、口が悪い態度が悪いとハハオヤはくだらないことでガミガミ叱りやがるし、オヤジはいつもオロオロしてるだけで最終的にはハハオヤの味方だしよ。居心地わりいったらありゃしねえぜ。
 反射板のポツポツと光るアスファルトを駆けた。走りながらほうっと息を吐く。肌に纏わりつく冷えた空気がむき出しの腕にちくちくと痛い。近所をぐるっと回って気づいたら出久の住む団地の前にいた。
 自然に足が向いていたのか。袖で涙をゴシゴシと拭いて出久の部屋の窓を見上げる。カーテンの隙間から蛍光灯の光がちらちらと漏れている。あいつは自分の部屋にいるようだ。時間的にもう飯は食っただろうから、部屋で動画でも見てんだろう。十中八九オールマイトの動画だろうな。
 勝己は小石を拾って窓に向かって投げた。小石は孤を描いて窓硝子に当たりカツンと音を立てる。少し待ったが出久は顔を出さない。
 もうひとつ小石を投げて「おい、デク!」と声を上げる。
 やっと出久がカーテンの向こうから顔を覗かせた。驚いた表情を浮かべて「かっちゃん?」と口を動かしながら、窓を開ける。大きな目を益々大きくしている。いくつになってもまだちっこい俺の幼馴染。
「どうしたの?かっちゃん」
「出てこいよ、デク」
「今?ダメだよ。もう夜なんだよ」
「ちょっとくらい構わねえだろ」
「だって」
「出てこいよ!」
 何を躊躇してんだ。出久のくせにごちゃごちゃ言うなよ。俺が来いって言ったらてめえは来るもんだろうが。てめえだけは。
「出てこい!」
 また涙が出そうになり下を向いて怒鳴る。
「かっちゃん、でも」
 出久は口籠る。パタン、とサッシの閉まる音が聞こえた。
 なんだと?出久の奴、窓を閉めやがったのか?あいつ、出てこない気かよ、クソが、クソが!握りこんだ拳が発汗して熱を帯びる。窓を爆破してやろうか。そうしたら出てこざるを得ないだろうからな。やったら大騒ぎになるだろうな。最大火力でどこまで出るか試したっていい。物騒な考えが頭をよぎる。
 本当に壊してやろうか。
 ニトロを含んだ汗が発火してチリっと爆ぜる。掌からパチパチと火花を散らす。
 ふと、トントンと階段を降りる子供の軽い足音が聞こえた。暫くして鍵を外す音がして玄関から出久が顔を出す。勝己はゴシゴシと顔を手の甲で顔を拭いた。出久は靴の踵を踏んだまま、つっかけながら転がるように駆けて来る。
「てめえ!」
 勝己は動揺を隠そうと人差し指で出久のおでこを思いっきり弾く。
「いったた、痛いよ、かっちゃん、酷いよ」
 出久は涙ぐんで額をさする。
「黙って窓閉めんじゃねえよ!クソが」
 出てこねえかと思ったじゃねえか、という言葉は飲み込んだ。
「あの、半袖じゃ風邪引いちゃうよ、かっちゃん。寒いから。上着いる?僕のだけど」
 出久は手に持ったダウンの上着を勝己に差し出す。見覚えのあるモスグリーン。
「寄越せ!」
 勝己は差し出された上着を引ったくるように受け取って袖を通す。少し袖丈が短い。ほんのり乳くさいような、出久の匂いがする。ぱんぱんとはたいて手の汗を上着に擦り付ける。俺の匂いをつけてやるわ。
「明日返してね。じゃあね」
 出久は裾を引っ張りながら微笑んで小さく手を振る。
 は?これだけで戻るつもりか?
「待てや」
 勝己は引き返そうとする出久の腕を引っ掴んだ。
「ちょ、ちょっと、かっちゃん」
「てめえも上着着てんな。じゃあいいだろ。ちょっと来い」
 勝己は出久の腕を引っ張り門から引き離す。
「え?何?」
 手を繋ぎ直して、慌てる出久を引きずるようにして歩き出す。
「どこへ行くんだよ、かっちゃん」
「うるせえ」
 出久が窓を閉めたときに不安になった自分も、出久が出てきたことで今安堵している自分にも腹が立つ。この手を離してなんかやるものか。
「子供は夜外に出ちゃいけないんだよ」
「うっぜえこと言うんじゃねえよ。てめーは親かよ、ああ?」
「かっちゃん、あの、もうっ」
 引っ張る腕に抵抗がなくなった。出久は諦めて大人しくついてくることにしたようだ。 出久の家も勝己の家も遠ざかってゆく。家々に灯る家族団欒の暖かい窓の光。こいつを連れてここから離れたい。遠くへ、もっと遠くへ行きたい。
 
 出久の手を引いて歩いて、いつも遊んでる公園に到着した。辺りを見回したが、しんと静まり返った園内には誰もいない。青味を帯びた街灯が照らす光景は昼間とは違って見える。滑り台もブランコも凍りついているように蒼い。まるで氷の国の建造物のようだ。
「氷の国みたいだね」
 白い息を吐いて出久が周りを見回す。
「は?何言ってんだ。いつもの公園だろーが」
 同じことを思っていたなんて、こそばゆい。勝己は繋いだ手を離して滑り台に駆け寄り、梯子を登り始めた。ちらっと振り向くと「かっちゃん」と名を呼んで、出久も自分に続いて登ってくる。
 勝己の口元は自然と緩む。手離してやったのに帰ったりしねえんだよな。出久はいつもそうだ。困った顔をしながらも、俺の後ろをついてこない時はないんだ。滑り台の頂上に二人で立った。
「わあ、星が綺麗だね」
 出久の言葉に初めて夜空を見上げた。黒い夜空に煌めく砂粒が隅々まで散らばり瞬いている。新月を過ぎたばかりの月は弓のように細く、優美に弧を描いている。満月の夜のように空が眩い光に隠されることがないから星がよく見えるのだ。月光は昏く優しい。
「あれがオリオン座だよね」
 出久が一際明るい一団の星々を指差す。
「知っとるわ」
 4つの明るい星の真ん中に3つの星が並び、太鼓の形の様に見える配置。人の形には全く見えない星座。星座ってのは大体そうだ。どう見ればそう見えるんだ。
「オリオンって神話では猟師なんだよね」
「それも知ってるっての。オリオンは自分に倒せない獲物はいないと思い上がり、神の差し向けた蠍に刺し殺されたっていう猟師の名だ。俺が教えてやったんだろ」
「かっちゃん色々知ってるもんね」
 蠍座は夏の星座だから冬の星座であるオリオン座と同時期に空に上ることはない。まるでオリオンが蠍から逃げているように。それともオリオンが蠍を追いかけているのだろうか。自分を傷つけた小さな生き物を。
 そっちかもしれない。悔しいだろうよ。本来ならばそんな小さな生き物にやられやしなかっただろうにと。永遠に天空を巡りお互いを追い続ける。
「寒いよ。そろそろ帰ろうよ」
 出久は身体を抱くようにして縮こまる。
「しょうがねえな。じゃあトンネルの中に入るか」
「え?まだ帰らないの?」
「うっせえ!帰らねえっての」
 滑り台を降りて出久を手招きし、トンネルと呼んでいる土管に向かう。地面に半分埋められたアーチ型に少し背を屈めて入る。出久もついてきてアーチをくぐり、隣り合って座り身を寄せあう。昼間なら中に入るより、このアーチの上で登ったり滑ったりして遊んでいるところだ。
「お母さん、きっと心配してるよ」
「ババアが心配なんかしてねえよ」
「お母さんをババアなんて言っちゃダメだよ」
「うっせえ!ババアはババアだ!それよりよ、てめえはどうせ部屋でオールマイトの動画見てたんだろ。どんなの見てたんだ。言ってみろよ」
「え、うん、そうだけど」一瞬戸惑ったもののにこっと笑うと「今日のオールマイトはね」と出久は見たばかりらしい動画の話を喋り始めた。
 こいつはオールマイトの話を振るとすぐにのってきやがる。毎日見てるだろうによく話すネタがつきないものだ。全くお手軽な奴だよてめえは。でも、ただすごいと賛美するだけじゃなく、細かく分析してやがるのが他の奴と違うところだ。観察眼には時々舌を巻く。
 身振り手振りを交えながらお喋りして、一息つくと出久は掌にほうっと息を吹きかける。勝己は出久の指に触れてそっとつまんでみる。氷のように冷たいかじかんだ指。
「なに、かっちゃん?」
「両方の手、貸してみろや」
 勝己は出久の両手を包みこみ、着火しないように温度に注意して掌の温度をほんのり上げて温めてやる。今は手に汗はかいてないからできることだ。
「あったかいか」
「うん。あったかいよ。かっちゃんの個性、凄いね」そう言ってふっと目を伏せた出久の表情が翳りを帯びる。「いいなあ」
 出久は時折俺をすごいと言いながら辛そうな顔をする。手放しで俺をすげえって言ってた頃と違って。ひとりだけ個性が発現しなかった、珍しい無個性の出久。
 出久に個性が発現しないと知った時、哀れだと思うと同時にどこかほっとした。現れた個性によってはそれまでの関係が変わってしまうからだ。個性次第で関係は変わる。いい個性が周囲の評価を変える。出久の母親は念動力の個性を持ってるし、父親は火を吹くらしい。出方によっちゃあすげえ個性になる可能性はあった。だがそうはならなかった。
 そんな個性はデクにはいらねえ。個性が発現してきてから、周りには関係が逆転した奴らもいるんだ。他の奴なら別に構わねえ。だが出久だけはそうなるのは許せねえ。個性がないならずっと俺達はこのままだ。もっとも、発現したとしても、出久が俺以上の個性持つなんてねえけどな。
 けれども、出久の瞳が陰るたびに不安になる。無個性でいいじゃねえか。てめえにもしあってもどうせ大した個性になりゃしねえよ。諦めりゃいいんだ。諦めろよ。
 出久の手を裏返して掌を合わせて指を絡める。指先まで温めてやる。出久が指をムズムズとうごめかす。
「かっちゃん、温かすぎてちょっと痒くなってきたよ」
「ああ、もういいな」
 絡めた指が解かれて離れてゆく。
「かっちゃんありがと」
 出久は手を離してさすさすと擦り合わせながらふわっと微笑む。表情にさっきまでの翳りはない。こいつの頬も寒さで真っ赤になってるんだろうか。いつも寒いと林檎みたいに頬を染めていた。アーチの入り口から差し込む青白い街灯の光ではよく見えない。手を頬に伸ばして触れてみる。
「冷てえ」
「だって、寒いんだもん」
「こっち向けよ」
 両方の頬を両手で挟んでこちらを向かせる。もちふわっとして柔けえ。大福みたいな頬。噛んでみたくなるような。掌で包み込んで少しずつ温度を上げてゆく。
「なんか、かっちゃん」
「なんだよ」
ホカロンみたい」
「てめえ、他に言い方ねえのかよ」
 パチっと指先が爆ぜる。
「たっ、わ、かっちゃん」
「てめえが余計なこと言うからだ」
 驚いて出久は身体を引こうとするが逃さないと勝己は頬をむにゅっと挟む。
「動くなよ、バカ」
 顔を突き合わせるようにして保温してやる。生意気言うからだ。脅かしちまったか。ちょっと爆ぜただけだろ。
 顔を近づけると出久の瞳がよく見える。緑がかった瞳の中に俺が映っている。こいつの瞳の中にも俺が映っているだろうか。暫くそのままの姿勢で額を突き合わせる。そっと身を寄せる。氷の国でこのアーチの中だけが暖かい場所であるかのように。
 十分温かくなっただろう、とそっと頬から手を離す。
「わあ、ホカホカだ」
 出久が頬を擦って笑う。背筋がむず痒くなる。出久なんかに、なにやってんだ俺は。無理やり連れだしてきちまったからか。デクに悪いなんて思ってねえ。こいつが帰りたいなんてうるせえからだ。それだけだ。ここには俺たち以外誰もいねえからだ。誰も見てねえから。
「てめえの手、貸せ」
 勝己は出久の両手を掴み、掌を自分の両頬に当てる。紅葉みてえな小さい細っこい指と薄い柔らかい掌。自分の掌は個性が発現してから手の平の皮が段々固く分厚くなって手自体に厚みが増している。もうこいつとは全然違う手だ。
「かっちゃん?」
「ああ、確かにホカロンだな」
「かっちゃんは自分で温められるのに」
「ああ?てめえ、文句言うんじゃねえよ。俺が温めてやったんだろうがよ」
 そう言って目を瞑る。触れられた頬の温もりで強張った心が溶けてゆく。凍えた胸に温かいものが流れ込んでくる。
 出久だけはこのままでいい。この先もこいつが離れることなんてない。どんな扱いをしても俺についてくる奴なんだから。
 でももし、俺を拒絶するなんてことがあったら。さっき俺の前で窓を閉めたように。俺がいくら呼んでも出てこなかったら。もしも。いや、そんなことあり得ねえ。出久が離れていくわけがねえ。そんなこと許さねえ。絶対に。
 勝己は頬に当てられた出久の手の甲を掌で包むように覆う。

 

END

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インフォメーション2016年12月

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2016/12/1 ヒロアカ小説「優しい時間」と「幼年期の終わり」をUPしました。「幼年期の終わり」は「優しい時間」からの抜粋です。

幼年期の終わり(優しい時間より)

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有頂天だった。誰よりもいい個性が発現したのだ。
 力をひけらかしたくてしょうがなかった。それに水を差すのはいつも出久だ。また遊んでやってた奴を庇って俺を非難しやがる。
「やめなよ。かっちゃん」
「どけよデク。そいつがヴィラン役だろうが」
「遊んでるだけだろ」「なあ、かっちゃん」子分達が口々に調子を合わせる。
「かっちゃんが勝手に決めたんだろ。そんなのヒーローじゃない」
「一番強えのがヒーローだろ」
「僕が許さない」
 生意気なことを言いやがる。頭にきて出久に殴りかかった。だが腕を伸ばした瞬間、身体が前によろけた。前に出した腕を出久が掴んで引っ張ったのだ。勝己はバランスを崩して膝をついた。
 今、何が起こった?こいつが反撃したのか。個性もねえ何も出来ねえこいつが。
「逃げて」出久が庇った奴に声をかける。
 子分達が逃げる奴を追いかけていった。だが逃げる奴なんか目に入らない。頭に血が上り、出久を引き倒して馬乗りになった。
「デクのくせに」
 と言いながら平手で叩く。拳で殴らないくらいには頭は冷静だった。おどおどした目を見て溜飲が下がる。
「おいデク、謝れば許してやる」
「何を?」
「俺に逆らったことをだ」
 ビクつき目を逸らしながらもあいつは反論した。
「間違ってるのはかっちゃんだよ」
「なんだと」
 地面に手を叩きつけて小さく爆破すると、ビクリと出久が震えた。だが怯えてるくせになおも言い募る。
「あんなのヒーローじゃないよ」
「てめえ」
「かっちゃんはすごい個性を持ってるのに。どうしてあんな使い方しかしないんだよ」
 腹が立った。思い知らせてやる。
「ちょっと来い」
 立たせて手を引っぱった。あいつは「どこに行くの」と不安気に聞く。「いいもの見せてやるよ」と答えてにやりと笑う。
 森を歩かせて大きな木の下に出久を連れてきた。最近仲間に入ってこない出久。自分が乱暴するからか、あいつが生意気だからなのか。もうきっかけは忘れた。
 最近知った個性の使い方だ。掌を下に向けて爆破すればかなり高いところまで跳べる。出久の腰を抱えて狙った枝にジャンプした。「うわあ」とあいつが叫ぶ。
 あいつを抱えたまま木の枝に座り、原っぱの全景を見渡した。まるで森の王になったかのようだ。 怖がってしがみつく身体をしっかり抱きしめる。
「見てみろよデク。な、俺の個性でここまでジャンプできるんだぜ」
 得意になって言う。こんなことできるの俺だけだ。
「早く降りようよ、かっちゃん」
 折角連れてきてやったってのにとイラッとした。てめえだから見せてやってんのに。
 ふとタンクトップ越しの出久の体躯を意識する。個性の影響で体温の高い自分より低い体温のはずなのに、なぜか自分よりほんのり熱く感じる。ふわふわのくせっ毛の日向の匂い。つい最近まで無造作に当たり前のように触れていたのに。叩いたり蹴ったりすることはあっても、今はこんなふうに触れられない。出久が触れてくることももう殆どない。いつも俺のすぐ後をついてきたくせに。いつの間にか楯突くようになった。怯えながらも反抗する出久。お前がそんなだから俺は。
 俺を認めねえのか。認めろよ。どうすれば認めるんだ。てめえの言うヒーローってなんだよ。強ければいいんじゃないのかよ。離れても離れきらずに、遠くから観察しやがって。ふざけんな。それがてめえの望む距離なのかよ。俺を参考にして、てめえがヒーローになるつもりなのかよ。なれねえよ。てめえは俺より下だ。ずっと下のままだ。だからてめえは俺だけ見てりゃいいんだ。
「怖いよ、かっちゃん」
 そう言い、出久は勝己を見上げ、さらにぎゅっと抱きついてくる。緑がかった大きな瞳。密着するあいつの身体。触れたところがぶわっと熱を帯びる。頭が真っ白になり、勝己は動転して手を離してしまった。
 しまった。
 腕を掴もうとしたが間に合わない。やべえ、落ちる前になんとかしないと。
 勝己は地面に掌を向けた。温度は低めにして地面を爆破して爆風を起こす。出久の身体がゆっくり軟着陸したのが見えた。
 ジャンプして下に降りる。出久は寝転んだまま目を丸くしている。
「おい」と勝己は声をかけた。
 出久はそろっと顔を向けた。焦点が合ってない。だが勝己を認めるとみるみる目に涙を貯める。背筋にふわりと走る感覚。これは何だ。上半身を起こした出久の目から大粒の涙が吹き出し、ぽろぽろと零れ落ちる。
「酷いよ、かっちゃん」
「落ちるてめえが悪いんだ」
 そう言いながら触って身体を確認する。熱で赤くなってるところはあるが、大した怪我はないようだ。
「ほんとにデクだな。てめえひとりじゃ何もできねえ」そう言いながら勝己はほっとする。
「酷いよ。舌ちょっと噛んじゃったよ」
「ああ!? 知るかよ」
 見ると出久の舌先に血が滲んでいる。紅い紅い色。吸い寄せられる。勝己は顔を寄せてそれを舐めた。
「か、かっちゃん?」
 引っ込んだ舌を追いかけて口を合わせる。ふにゅりと柔らかい唇。はむっと啄む。そろっと隙間に舌を忍ばせる。
「ん、ん」
 逃げる舌を捉えてぴちゃぴちゃと音を立てて絡ませる。柔らかくて甘い。とろけてしまいそうだ。出久はぎゅっと目を瞑り頬を紅潮させている。勝己のなすがままだ。気分がいい。キスを味わいようやく出久の唇を開放した。
 気持よかった。喉が渇く。もっと欲しい。こいつを。
 もっとよこせよ。
 無意識に幼馴染の頬に手を伸ばす。指先が滑らかな肌に届く。
「かっちゃん」
 か細い声で呼ばれて我に返った。今、何をしていたんだ俺は。何をしようとしていたんだ。
「クソが」
 胸のうちに燻る行き場のない熱。内側からじりじりと灼かれてゆくようだ。熱の向かう先は今目の前にいるのに。
 こいつのことだけは何一つ思い通りにならねえ。なんで、なんでだ。
 立ち上がり、ぼうっとしている出久に言った。
「おいデク、誰にも言うなよ。二人だけの秘密だからな」

END

優しい時間(R18)

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 落ちる。
 青葉の茂る木の枝が足元から離れていく。
 眼前に青い空が見えた。
 木漏れ日を背にして勝己の姿が逆光になっている。焦燥した表情を顔に浮かべているようだ。出久の腕を捕まえようとこちらに手を伸ばしている。だが子供の手では届かない。 こんな高い木から落ちたらどうなっちゃうんだろう。僕死んじゃうかも。
 出久が目を瞑ると背後から爆音が響いた。温かい爆風に抱かれるように押し上げられ、地面にふわりと背中から着地する。
 助かった。今のはかっちゃんがやったのか。
 でも元はといえば落ちたのは、かっちゃんが手を放したからじゃないか。
 木から降りてきた勝己が出久を見下ろす。一瞬心配そうな表情に見えたのは気のせいだろうか。心底ムカついたように彼は言った。
「落ちてんじゃねえよ、バカデク」

「こっちが小さい頃よく遊んだ森なんだ」
 出久は麗日と飯田に地元の雑木林の案内をしていた。初めての友達が自分の町に来てくれたのだ。心がウキウキと弾んでいた。木の葉を踏みしめ、3人は木漏れ日の射す坂道を歩いてゆく。
 今日は早帰り。「せっかく時間があるんだから、駅を降りてデクくんの住む町を散策しよう」と言い出したのは麗日だった。
「意外とアウトドアだったんだな」
 と言いながら飯田はハンカチで汗を拭いている。
「うん、かっちゃんといると、ほとんど外遊びだったから。いつも一緒にいたんだ」
「爆豪くんとか?」
「ふたりの時も他の友達がいる時もあったけどね。かっちゃんは積極的に色んな事をやりたがるから、毎日が冒険でわくわくしたよ」と答えてから、あ、と付け加える。「小さい頃はね、仲良かったから 」
「そうだったな。今の緑谷くんと彼からは想像出来ないが」
「色々あったんだ。今となってはもう何が原因かわからないくらい」
 憧れて背中を追いかけた。彼のようになりたかった。ずっとそう思っていられたならよかったのに。
「そのうち普通に話せる時がくるよ、デクくん」麗日が朗らかに言った。
「うん、ありがとう、麗日さん」
「クラスの結束のためにもそうなることを望みたいものだな」
「真面目!学級委員長らしい言葉だね、飯田くん」
 そんな日はいつ来るだろう。いつか来ればいいけれどまるで想像できない。
 森の中を川に沿って歩くと、開けた丘に出た。原っぱの真ん中に高い木が見える。高さは2、3階の建物くらいだろうか。5階くらいはあるように思っていたけれど、子供だったから高く見えたのだろう。それでも十分高い大木だ。記憶より枝葉が伸びて青々と繁っている。
 麗日の個性に浮かして貰って木の頂上近くまで浮き上がり、太めの枝を選んでそれぞれ座った。森の向こうに出久や勝己の家の屋根が見える。
「いい景色だね」
「うん。ここから街が見渡せるんだ」
 そう言いつつ記憶を探る。何故だろう。ここからの景色に見覚えがないような気がする。木には登ったはずなのに。今初めて見たように感じるのは僕が大きくなったからだろうか。

 翌日、食堂にて。出久は麗日、飯田と共にトレーを持って行列に並んでいた。一般にはさほど知られていないクックヒーローも、出久には名前を知る憧れのヒーローのひとり。顔が見られないかなと惣菜の並ぶ棚の隙間を覗く。
「あの木、結構高かったよねえ。小さい頃でしょ。よく登れたねデク君」
小鉢をトレーに乗せながら麗日が言った。
「うーん。どうやって登ったんだっけ」
 出久は遠い記憶を思い起こす。もやっと得意げな金髪の幼馴染の顔が浮かんできた。同時に付随した記憶が蘇ってくる。
「ああ、かっちゃんだ。かっちゃんに無理やり木の上に連れて行かれたんだった。しがみついていた手を離されちゃって。落ちて大泣きしたんだ」
「あの木からか?大変じゃないか」
 飯田が驚いて聞き返してきた。出久は慌ててフォローする。
「でも、でもね、かっちゃんが爆風を起こしてくれたから、大怪我もなく事なきを得たんだよ。落ちてんじゃねえってキレられたけど」
「彼のせいではないのか」
「まあ、そうだけど、昔のことだから。そっか、だから。あの時は景色見る余裕なんてなかったんだな。覚えてないはずだ。結局僕も昨日初めて見たようなもんだね」
 背後から呆れた口調の上鳴の声がする。
「また爆豪かよ。あいつとろくな思い出がねえんだなあ、緑谷」
「お前、ガキの頃から理不尽なとこ変わらねえのな、爆豪」
 切島の言葉に驚いて振り向いた。二人の後ろにいる赤い瞳にギロッと睨まれる。
 誰にも言うなよ。
 あの後の記憶が蘇った。そうだ。かっちゃんそう言ってたんだった。
 舌打ちすると勝己は列から離れて通り過ぎてしまった。すれ違いざまに肩をぶつけられる。
「あ、かっちゃん」
 忘れてた。そういえばあの時「絶対誰にも言うなよ。俺たちだけの秘密だからな」って、そう言ってたんだ。皆に教えちゃった。それって僕を落としたことを言うなって意味だろう。なんか勝手だな。でも一応謝ったほうがいいのかな。こんな約束、もう覚えてないかも知れないけど。
 トレーをテーブルに置いて席につく。飯田と麗日は向かい側に座った。
「爆豪くん、昔デクくんのこと馬鹿にしてたんだよね」麗日が言った。
「かっちゃんだけじゃないけどね。昔だけじゃなくて、かっちゃんは今もだと思うよ」
「だからデクって」
「ううん。今のその名前はかっちゃんじゃなくて、麗日さんがつけてくれた名前だよ」
「えへへ」麗日が微笑む。
「おら、邪魔だデク!ちゃっちゃと椅子引けや。狭えんだよ」
 いつのまにか背後に立っていた勝己が怒鳴った。
「わあ!なんで後ろに」反射的に身体が竦んでしまう。
「そんなに驚くことかよ、緑谷」勝己の向かい側に座った上鳴と切島が笑う。
 慌てて出久が椅子を引くと、勝己はそのまま真後ろの席に座った。他に開いてる席はいくらでもあるのに、なんでわざわざ側に座るんだろう。引いた椅子を戻せなくなった。
「緑谷くん、君の力は誰もが認めざるを得ないんだ。彼にしても、もう馬鹿にしたくてもできないだろう」飯田は溜息をついた。「しかし、子供ならともかくウマが合わなければ、関わらないようにするのが普通だと思うんだが。彼は変わってるな」
「飯田くんも合わない人でも放っておけない方だよね」麗日がさらっと言う。
「麗日さん、それだと飯田くんも変わってるって意味に」
「ぼ、僕は、俺は委員長だからだ」憮然として飯田が答える。
 あの頃は。出久は言葉を飲み込む。友達にも言えないことだ。あの頃は個性がなかったんだから。勝己だけじゃなく皆に馬鹿にされていて、それが普通だった。
 でも今は授かったものとはいえ、個性を持ってるんだ。勝己や皆と同じように。だから胸を張っていいんだ。そうなんだけれど、どうもまだ慣れない。
「昔のことはしょうがないが」飯田が続ける。「だが、君もいけないかも知れないな」
「え?」
「そうそう」背後から上鳴が声をかけてくる。「爆豪が苦手なんだろうけどさあ、何もしてなくても怯えるなんて失礼とすら言えねえか?」
 切島も上鳴に続けて話し出す。
「怯えねえでさ、ちゃんと向き合ってみろよ、緑谷。そうすれば、ちったあこいつも変わってくるんじゃないか?」
「なあ、爆豪」
「うっせえわ、クソが。くだらねえことぺちゃくちゃ喋ってんなよ。俺あ行くぜ」
 勢い良く立ち上がった拍子に勝己の椅子がガタンとぶつかり、出久の椅子に衝撃が走る。舌打ちをして振り返りもせず勝己は立ち去った。
「おい爆豪!乱暴だぞ」
「大丈夫か?緑谷」
 上鳴と切島が心配そうにこちらを向いている。出久は背中をさする。自分達のことをからかわれるのはいつものことなのに。他に何か気に触ることでもあったのだろうか。
「うん、全然平気だよ」食堂を出て行く勝己を見送りながら、出久は言う。「君達の言うとおりだね。できれば僕もかっちゃんと向き合いたいんだ」
「おお、その意気だぜ」上鳴は親指を立ててにかっと笑う。
 食事に戻って出久は考える。
 ああは言ったものの。勝己の攻撃性は生来のものだ。昔から自分が関わりなくとも、いつも周囲を威嚇してあんな感じだった。
 けれども確かに、間違ってるところは自分にもあるかも知れない。
 勝己の嫌がらせは振りきれてないところがあった。酷い物言いに散々傷つけられたが。 ノートを焦がしても焼失させたりしなかった。暴力を奮っても脅す程度。大怪我を負わせたり身体に酷い火傷を残すようなことはない。カツアゲもしない。内申書に響くからと嘯くが大したことはしないのだ。ならば目的もなくわざわざ何故絡むのかと、出久自身も思い当たらず、勝己の取り巻きも不思議がっていた。
 ただただ気に食わないからと言って。それだけで。
 容赦なく暴力を奮われたのは、高校で最初の授業の時が初めてだ。個性を隠していたと決めつけて、怒りのままに彼は自制を失った。遠慮のない剥き出しの感情に晒されるのは、今までとはとても比較にならない怖さだった。それで、これまでは手加減をされていたのだと知ったのだ。あれでも。
 ああ見えて彼は理性的なんだ。今のままがいい状況ではないことはわかってるはず。皆と同じように級友と呼べるようになるには、僕がかっちゃんへの感情をフラットにしていかないといけない。
平常心で付き合えるようにならなくちゃだめだ。相手を変えるには自分が変わらなきゃ。飯田くんの言うように、上鳴りくんや切島くんの言うように。クラスの結束のためにも。

 帰りの電車を降りて駅のロータリーを抜けると、10メートルほど前を勝己が歩いていた。 帰り道で彼を見かけるのはいつものことだ。タイミング的に毎日同じ電車に乗ることが多いわけだから。
 いつも学校から飯田や麗日と一緒に電車に乗って帰るけど、彼らと降りる駅は違う。降車してからは彼らとは別々になり、かわりに勝己と自宅までの道のりを共にすることになる。近所だから家まで帰り道は同じだ。会うと気まずいが、かといって避ける理由もなかった。
 いや、気まずいと思っちゃダメだ。平常心平常心。皆みたいに級友だと思うんだ。そう考えつつも出久はただ彼の背中を見つめて歩く。
 昔と同じだ。彼の背中を追っていた幼い頃と。でも同じじゃないはずだよね。
 ふと、勝己が立ち止まり、振り向いて怒鳴った。
「おい!俺の背後を取るんじゃねえよ。ついてくんなや。クソデク」
「ご、ごめん」反射的に謝してしまったが、言い返す。「家、同じ方向だからしょうがないよ」
「ああ!?」勝己は目をむいて睨んでくる。
 出久は怯んだものの意を決し、歩みを早めて勝己を追い越そうとした。だが追い抜く寸前に強く腕を捕まれ引き止められる。
「てめえ、俺の前を歩くんじゃねえ」
「は?理不尽だよ。どうしろって言うんだよ、かっちゃん」
 勝己は 苦虫を噛み潰したような顔で睨みながら手で示す。
「隣、歩けや」
「え?」
「さっさと隣に来やがれ!てめえトロいんだよ」
「う、うん」
 恐る恐る隣に移動する。連れ立って歩きながら勝己の顔をちらちらと伺う。機嫌がいいわけでもないみたいだ。どういう風の吹き回しだろう。隣を歩けなんて。けれども昼間のことを謝るいい機会かも知れない。
「あの、今日はごめん」
「は?何がだ」
「昔の話、皆に話したりして」
「ああ?どうでもいいわ。あんなの」
「それに、かっちゃんが昔教えてくれた場所、麗日さんと飯田くんに教えちゃった。ごめん」
「てめえ、何かと思ったら、今更そんなくだらねえこと言いやがって」
 勝己はいつものように爆発せず、ふつふつと憤り出した。だが怒鳴るでもなく燻らせたままそれ以上何も言わない。なぜか我慢しているようだ。
「うん、そうだよね。でも約束だったから」
「今更だばあか。約束ってんなら破んなや。バカデク。ていうか、約束したのはそこじゃねえ」
「そうなんだっけ。他に何か約束した?」
「覚えてねえならいいわ」
 言葉に棘がなくなった。あれ?もう怒ってない? やけに優しいというか大人しいというか。どうしたんだろう。
 薄紅色の夕焼けを筆で描いたような墨染めの雲が覆ってゆく。陽の名残りが雲の隙間に透けて金色の波のよう。黄昏が隣を歩く幼馴染の顔を影色に隠してゆく。表情をそっと伺う。穏やかそうに見えるのは気のせいだろうか。勝己が振り向く。
「んだよ。何顔見てんだ」
「ううん、ごめん、何でもないよ」
「ふん」
目が合っても怒られない。どうしたんだろう。
 無言で歩きながらつらつらと考える。個性がないと馬鹿にされてたあの頃は、今と違って友達は一人もいなかった。勝己だけがやたらに絡んできただけで。ある意味そんな彼との歪な関係が、唯一の同級生と繋がりだったようなものだ。彼が絡んで来なければ、ひとりなりに平穏な生活だったろうけど。
 彼は周りに何を言われても、構わずに毎日何かと言いがかりをつけてきた。それは雄英に来た今も、多少減ったとはいえ変わらない。だから、いつ難癖つけられるかと構えてしまう。
「おい、デク」
「な、何?かっちゃん」
「お前んちだろうが」
「あ、ホントだ」
 いつの間にか自宅に到着していた。勝己の歩幅に合わせていたせいか、いつもより早く着いた気がする。
「じゃあ、また明日」
 勝己は何か言いたげな素振りを見せたが「ああ、じゃあな」とだけ返事した。
 普通だ。出久が玄関のドアを開けても勝己はまだ門の前に佇んでいた。ちょっと手を振ってみると、勝己はフンッと横を向いて漸く立ち去った。
 どうしちゃったんだろう。 すごくイライラを我慢してるようにも見えたけど。上鳴くんや切島くんの言う通りなのかな。そうだ、彼らが何か言ってくれたのかも知れない。人の言うことをきくようなかっちゃんではないのだけれど。
 かっちゃんの気紛れなんだろう。こんなの今日だけで、明日になったらまたいつもどおりになるんだろう。
でもなんか、嬉しかったな。
 出久は心がふくっと暖かくなるのを感じた。

 だが予想に反して、翌日勝己は駅の改札口で出久を待っていた。目が合うと隣を歩くよう示され、また肩を並べて共に帰宅した。やはり眉間に皺を寄せて何か我慢している様子だったが、歩くうちに不機嫌な表情ではなくなっていった。家に到着すると出久が玄関に入るまで、勝己は門の前で立っていた。
 なにがなんだかわからない。訳がわからないままに次の日も、その次の日も彼は待っていて、いつの間にか一緒に帰宅するのが日常となった。勝己がまだ来ていない時は出久が待っているようになった。はじめは恐る恐る話しかけていたが、怒鳴られないとわかると、次第に授業の話や世間話もできるようになった。気まずいこともなくなってきた。
「お、おはよ」
「おお」
 出久の挨拶に勝己はちょっと目を向けて短く返す。以前はギロッと睨まれたり舌打ちされたりしたものだけれど。普通の何気ないやり取りをしているなんて、ちょっと前なら考えられなかった。今でも不思議でたまらない。
どうしちゃったんだろ。事あるごとに言いがかりをつけてきたかっちゃんが。聞きたいけれど聞きづらい。 居心地は悪くないけど、ついぞ訪れたことのない平穏な日々に戸惑ってしまう。気まぐれ、なのかな。今だけなのかな。前の席に座る勝己の背中は何も語ってくれない。
「爆豪、最近緑谷に無闇に怒鳴らなくなったな」
 上鳴と切島が勝己の席に近づいてきた。上鳴が後ろの席の出久に目配せしてにっと笑う。
「目が合うだけで突っかかってたのにな」
「て言うか、今までもよー。先に爆豪が目合わせてたんじゃねえの」
「そりゃあさ、あれだ、あれ。だから機嫌いいんだろ」
 二人はニヤニヤと笑っている。上鳴がこちらを向く。
「一緒に帰ってんだろ。緑谷」
 いきなり話を振られた。ちらっと勝己の背中を見る。別に言ってもいいんだよね。
「え、うん。そうだけど」
「やっぱなー」
「うるせえ!」
 勝己が怒鳴った。だが怒っている時の声音ではない。らしくないこと指摘されて照れてるみたいな感じだ。
 皆もいいことだと思ってくれてる。自分も緊張せずに勝己と一緒に歩けるようになるのは嬉しい。勝己も関係をリセットして新しくするべきだと思ってるのかもしれない。自分と同じように変わろうとしてるんだ。
 友達、は無理、かな。でも友達にはなれないにしても、他の関係のあり方があるかも知れない。他の関係ってどんなだろう。幼馴染なのはずっと変わらないけど。出久は思いを膨らませた。

 その日の帰り道。突然立ち止まると勝己は「食ってくか。お前も来い」と言い、ファーストフードを顎でしゃくった。出久は迷った。どうしよう。小腹は空いてるけど、帰りに食べるところに立ち寄ったことなんてない。
「いいよ僕は。お母さんがご飯作ってるし」恐る恐る出久は返事する。
「ごちゃごちゃうるせえ!どっちも食えばいいだろ」
 勝己は苛立ちを顔に浮かべた。出久は反射的に後退りしたが、勝己に腕を捕まれ、無理やり引っ張られて店に連れ込まれる。
「横暴だよ、かっちゃん」
「家で食っても外で食っても一緒なんだよ」
振り向いて勝己が言った。
 僕と一緒に御飯食べたいの?らしくない勝己にどうしていいかわからなくなる。
 勝己はバーガーを3個とコーラ、出久はシェイクを買って席についた。勝己はあっという間にガツガツとバーガーを平けてしまった。シェイクは冷たくてすぐには飲みきれない。僕が待たせてるのかな。でも、今が自分の意思を伝えて彼の考えを確認するチャンスだろうか。シェイクをちょっとずつ吸いながら言葉を探す。
「あの、かっちゃん。戻れるよね」
「は?」
「うんと子供の頃みたいに。その、そうだと僕は嬉しいけど」
 昔みたいに、と。だが勝己の表情が変わった。みるみる眉間に皺が寄ってゆく。
「は!昔みてえに戻りてえだと?俺はそうなのかとでも?」
 勝己は突然声を荒らげると、テーブルを平手で強く叩いた。 驚いて出久はビクッと慄く。
「んなわけねえだろ。俺は違うぜ、デク。無理だ。戻れるわけがねえんだ。元になんか全ッ然戻りたくねえし。水に流してなかったことにしてやろうって言ってんのか。てめえは。ざけんな! 」
「か、かっちゃん?」
 いきなり憤る勝己に出久は戸惑った。何を怒ってるのかわからない。
「デクってアダ名みてえによ。勝手にてめえは。畜生っ!なんでもてめえの都合がいいように上書きすりゃあいいだろうが。てめえはそうでも俺はなあ」途中で勝己は言葉を切り、出久を睨む。「 クソが!」
 言い捨てて勝己は席を離れた。勝己の剣幕に押されたが、我に返って出久はすぐに後を追いかける。洗面所に続く通路で勝己は立ち止まっていた。拳をぎゅっと握りこんでいる。
「どうしたの、かっちゃん」
「だー、もう!やめだやめだ!まどろっこしいわ」
 と勝己はいきなり切れた。振り向きざまに出久を壁に押し付ける。
「痛い、かっちゃん、なに」
 壁にぶつけられた肩の骨が痛い。抗議しようとして、釣り上がった勝己の眼差しに息を呑む。なんか怒らせるようなこと言ったんだろうか。勝己の両手に囲まれて正面から向き合う形になった。
「俺と付き合え。デク」
「付き合うって、どこに」
「舐めてんのかてめえは!付き合うっつったら一つだろうが」
「まさか、それって、お付き合いのこと?」
「他にあんのかよ」
 何言ってるんだろう。勝己の言葉が頭に入ってこない。
「えーと、え?冗談」
「俺が冗談言ったことあったかよ」
「な、ないね」
「じゃあ、決まりな」
「え、待ってよ。その、君のことをそんな風に思ったことなんてないよ」
「なら今思えよ。今から思え」
 勝己は出久の胸ぐらをつかんで唇を重ねた。濡れた柔らかい感触。
 かっちゃん、何を?かっちゃんとキスしてるのか僕は。
 出久は動転して慌てる。なんでこんなこと。誰かが来たらどうしよう。唇の隙間から勝己の舌がねじ込まれた。驚いて首を振ると顎を固定される。
「う、んく、ん」
 荒々しく口内を蹂躙されて苦しい。勝己は歯列をなぞり口腔を隈なく舐める。息継ぎの合間にも唇は離されず、また角度を変えて深く重ねられる。出久の逃げる舌を追いかけて勝己のそれがさらに深く差し入れられる。
「ん、んー」
 息が詰まりそうになりそろっと舌を差し出した。そこを待っていたとばかりに絡め取られる。舌先から舌裏まで勝己の舌が生き物のように這い回る。勝己の唾液は薄いコーラの味がする。
 音を立ててやっと唇が離れた。
「ん、はあ、は、はあ」
 漸く解放されて呼吸を取り戻せた。咳き込んで声が掠れる。頭の芯がぼうっとする。
「甘え」
 勝己が呟く。
 嬲られた舌がじんと痺れている。まだ口内に勝己の感触が残っているようだ。
「なあ、どうなんだ。デク」
 勝己も息を整えながら、また問うた。
 本気で自分に聞いているんだ。かと言って勝己と付き合うなんてとても考えられない。でも断ったらどうなる。また前みたいなギスギスした関係に戻ってしまうのか。それは嫌だ。どうしても嫌だ。嫌だけど。どうすればいいんだろう。
「さっさと答えろや。答えによっちゃあ」
 勝己は出久の目の前に掌をかざしてパンっと火花を出した。ニトロの匂いが漂う。
「むちゃくちゃだ!こんなとこで個性なんか使ったら、お店が壊れちゃうよ」
 慌てて出久は勝己の掌に手をかざして蓋をした。だが熱くてすぐに手を離してしまう。
「だよなあ、デク。さっさと答えろや」
 とても僕の意志なんかきいてくれそうにない。大体付き合うって何するんだよ?僕とかっちゃんで。かっちゃんはなにか勘違いしてるんだ。きっとそうに決まってる。
 元々出久は勝己に押されると従ってしまう。逆らう時は正義感が勝つからだ。自分が正しいと確信してる時は、命を賭しても絶対に譲れない。けれども善悪の介在しない事象では、自分が譲って収まることならばと結局譲ってしまう。
 今の勝己に悪気は感じられない。やり方は問題ありだが、そもそも言ってることが問題だらけだがそれでも。ならば自分としてはここで抗うべき理由がない。
 出久は落ち着こうと深呼吸する。なんだかんだ言っても、折角勝己から歩み寄ってくれていたのだ。願ってもないことだった。それが嬉しいと思ったのだ。他のことは後で考えよう。
「いいよ」と出久は承諾した。
「よし」
 勝己はニヤリと笑い、腕の囲いを解いた。張り詰めた空気が霧散する。出久は安堵して身体の緊張を解いた。
「それで、何をしたいの、かっちゃん。デ、デートとか?」
「は?今更何言ってんだ。そりゃ今やってるだろうが」
「そ、そう?これデートだったんだ。じゃあこのままでいいってことかな」
 ひとまず出久はほっとした。だが勝己が怒鳴る。
「はあ?馬鹿かてめえは!」
「そ、そうだよね。じゃあ何をすればいいのかな」
「はあ?何をって、てめえ。このくそナードが」勝己は口籠り、そっぽを向いて続ける。「調べろよ、てめえはオタクだろうがよ」
 勝己をしても言いづらいことなのだろうか。それともあえて自分で調べてこいと言いたいのだろうか。
 帰宅して出久はパソコンに向かった。困った時のグーグル先生だ。付き合うって、男同士でどうするのかってことかな。身体の構造的にできることって。調べていくうちに出久は青くなった。
 まさか、こんなことかっちゃんと?そんな、とても無理だ。
 僕、これをOKしちゃったの?

 翌日の学校。昨夜から気の重いままに、出久は寝不足気味で登校した。
 教室に入ると勝己と目が合った。心臓が跳ねる。だが彼は昨日のことなどなかったかのように平然としている。前の座席に座る勝己の背中を見ながら思考がぐるぐると渦を巻いた。
キスまでしてきたんだ。しかもあんな濃厚な。冗談ではないのだ。 どうして僕なんだろう。どう考えればいいんだ。
 確かめたいと思ったが、なかなか学校では二人きりになれない。勝己は休み時間にはさっとどこかにいなくなる。昼休みになっても食堂には来ていない。上鳴に聞くと、売店でパンを買って何処かに行ったらしい。
「最近爆豪くん、デクくんにつっかかってこんね」麗日が言った。「デクくんもそう思うよね」
「え、う、うん。そうだね」
 思いがけず勝己の名前が出て焦ってしまう。
「教室でも後ろ向いてはデクくんに言いがかりつけてたのにな。そういうことも最近はほとんどないし、廊下で睨んでくることも少なくなったな」飯田が言った。
「やっぱりそれっていいこと、なんだよね」出久はふたりに尋ねる。
「いいことじゃないか?爆豪くんも成長してるんだろう」飯田は言葉を続ける。「いつまでも子供じゃいられないと彼もわかってるんだろうな」
「そ、そうかもね。このままのほうがいい、よね」
「そりゃそうだよ。というか、爆豪くんが怒るとデクくんがびくびくしちゃうし。ウチはデクくんが良いのがいい」麗日が微笑んで言った。
「何か、引っかかるのかい?緑谷くん」
「ううん、何も。僕も良いことだなあと思ってるから」
 出久は2人に笑顔を見せる。 どう説明していいものかわからないし、なにより心配はかけたくない。

 とうとう学校では勝己と話す機会はなく、帰宅時間になった。後は電車を降りてからの2人の帰り道。駅の階段を下った先で、いつものように壁を背にして勝己が待っていた。
「かっちゃん、あの」
 話そうとすると勝己は「来いよ」と顎をしゃくった。少し早めの勝己に歩調を合わせて黙って並んで歩く。
「調べたんかよ」やっと勝己は口を開く。
「うん、あの。本当にあんなこと、したいの?」
「したいのか、だと?てめえ、付き合うって言ったよな。撤回する気か。殺すぞ!」
「だって僕男だよ?」
「今の時代珍しくねえだろ」
「それはそうだけど」
 性別も年齢も人種もはたまた種族すら超越する個性の時代だ。前時代ならともかく確かに珍しくはない。だがいざ自分がそうするかというと、まるで考えが及ばなかった。男女の性交ですら未知の世界だというのに。しかも相手は勝己だ。
「何も今日明日しようってんじゃねえんだ」
「そうか、そうだよね。なんだ」
 出久はほっと胸をなでおろした。
「心構えだけはしとけよ」
「う、うん」
 考えるのはその時でいいだろう。今は居心地のいいこの関係を続ければいいのだ。
 先送りにしただけだというのに、出久は安堵した。だがその日は思いのほかすぐに来ることになる。

 3日後、出久は勝己に家に来るよう誘われた。
 思いもよらない歩み寄りに出久は浮かれてしまい、迂闊なことに3日前の勝己の言葉をすっかり忘れていた。
「いいの?」
「いいって言っただろうがよ」
「かっちゃんの家なんて何年ぶりだろ。ううん、十何年ぶりかな」
「てめえ聞いてんのかよ」ぼそっと勝己が付け加える。「俺んち今日親いねえし」
「かっちゃんち共働きだもんね。お母さんにかっちゃんちに行くって言わなきゃ」
 鞄を置いて母親に一声かけると、待っていた勝己と一緒に家に向かった。変わらない勝己の家。リビングを抜け、すぐに勝己の部屋に案内される。部屋の中は子供の頃と随分様変わりしていた。おもちゃ箱も勿論ないし。ベッドと本棚と机の上にパソコンがあるだけで、随分シンプルになっている。
「昔貼ってたオールマイトのポスター外したんだね。あれ、かっこよかった」
「たりめーだろ!とうの昔に外したわ。俺はオールマイトを越えるんだからよ」
 自分のオールマイト尽くしの部屋とは大違いだ。オールマイトを越えるなんて、力を貰っても自分にはとても言えない。けれども勝己は幼い頃から本気で言えてしまう。そこが勝己の勝己らしいところだ。
「てめーはまだベタベタ部屋中にポスターとか貼ってんのかよ」
「うん、もっと増えてるよ」
「ガキか、てめーは」
 部屋の中を眺めているとするりと背後から腕が回った。ドキリとして身体を捩るがさらにぎゅっと力が込められる。
「か、かっちゃん? 」
 恐る恐る声を出す。勝己は出久を羽交い締めにして告げた。
「するぞ。わかってて来たんだよな。デク」
 背後から耳元で囁く声。吐息。ぞわりと背筋に痺れが走る。
「ごめん。わ、わかってなかったよ」
「てめえコラ!ふざけんなよ。じゃあ今わかれや」
「あの、正直に言うよ」出久は深呼吸して口を開く。「僕には無理だと思う」
「ああ!? デクてめえ!いい加減にしろよ!やりもしねえで怖気づいたってだけでよ」
「だって、かっちゃん知ってるの?あんなすごいことするんだよ」
「アホか!知っとるわ、クソデク」
 もがいて腕を逃れたが、ドアは勝己の背後。彼はにやりと笑って後ろ手に鍵をかけた。逃げ場のない部屋の中で勝己にじりじりと迫られる。後退って距離をとったものの、出久の後ろには壁しかない。
「待ってよ、かっちゃん」
「ざけんな!待つって何をだ。無理かどうかはやってみねえとわかんねえだろうが!」
 とうとう壁際に追い詰められた。腕を捕まれ身体を押し付けられる。勝己は172センチ、自分は166センチ。目の前に立たれると少し見上げる形になる。ドキンと動悸が高鳴る。昔からこうやって威嚇されてきた。怒気を含んだ赤い瞳に身体が反射的に竦む。
「これ以上待てっかよ!観念しろや、クソナード」
 勝己の顔が近づいてきた。唇が触れる。後退りすると後頭部を捕まれ唇が重ねられた。はずみで開いた口の中に勝己の舌が滑り込む。舌が触れ合い、くちゅりと音を立てる。逃げるとさらに奥に入り、舌を絡め取られ嬲られる。暫く口腔内は勝己の思うがままに蹂躙された。ねっとり舐め上げ、貪るように蠢く。漸く糸を引いて唇が離れる。呼吸を奪われて息が苦しい。
「逃げたら頭爆破するぜ」
 勝己は熱を含んだ声でそう脅し、またキスをする。
 何言ってんだ。僕だって反撃くらい。
 だめだ、できない。僕の個性を出せばかっちゃんの部屋を破壊してしまうかも知れない。
 個性の調整は勝己のほうが一枚も二枚も上手だ。勝己は狙ったものだけを爆破できるだろう。僕はまだ使いこなせない。もしも取り返しのつかないことになったら。
 勝己は出久の腰に腕を回してベッドに押し倒した。シャツのボタンを外してゆくと、ズボンを下着ごと手早く引っこ抜く。押さえつけたまま器用に衣服を剥ぎとってゆく。一糸纏わぬ姿にされた。抵抗するべきなのか、するならどこまですべきなのか。出久が思考を巡らせるうちに事態は後戻りできないところまで進んでいく。
「観念しろよなあ、デク」
 出久の上に馬乗りになると勝己は悪辣に笑い、服を脱いでゆく。鍛えられた身体が顕になった。綺麗に筋肉ついてるなあ。僕もそこそこついたと思うけど全然敵わないな。と、そんなことを考えてる間に、裸になった勝己の身体が出久に覆いかぶさった。
「か、かっちゃん?かっちゃん」
 重みのある筋肉質な身体。肌が触れあいぴったりと重なる。背中に回された腕が出久の肩と肩甲骨を撫でる。弾力のある硬いものが下っ腹に当たった。これって、まさかかっちゃんの?思い当たって顔が熱くなる。
「デク、口あけろ。腕はこう、俺の背中に捕まれや」
 唇がくっつきそうな距離で勝己が指示する。促されるままに背中にそろっと手を回した。唇が触れ合う。裸で抱きあいキスをする。脚を絡められる。深い口付けを交わした後、勝己の唇が首筋を滑り降り、鎖骨、胸筋と順に肌を辿る。触れる感触は擽ったく、時折吸い付かれるとちくりとする。
 なんで、こんなこと。思考が働かない。勝己の行為が出久の何かを奪ってゆく。
 勝己がふっと笑う。局部に触れられて出久は「ひゃあ」っと声を上げる。勝己の手に扱かれて次第に勃ちあがってゆくのがわかる。愛撫を加えながら勝己の頭が下の方に移動してゆく。ふと先端が生温かい感触に包まれる。
「え、何」
 驚いて頭を起こす。股に伏せた勝己が出久のものを咥えているのが見えた。
「おい、いきなり動くな」勝己が顔を顰める。
「ちょ、かっちゃん、何してるの」
「わかるだろうが」
 勝己は出久のものから口を離してにやりと笑って言う。
「てめえもやれよな」
「え、そんな」
 そう言うと勝己はまた咥える。歯が掠めてぞくりとした。食べられてしまいそうだ。勝己の舌先が先端を割って擽る。雁の形をなぞる。腰がじわりと熱くなり中心に熱が集まってくる。「あ、あ」と自分とは思えない甘えた声が漏れる。
「は、なして、かっちゃん」
 だが勝己は頬張ったまま離してくれない。浅く深く咥えては口内で押さえるように舐める。出久は堪らずに吐精してしまった。
「う、嘘。ごめんなさい、かっちゃん」
 罪悪感が押し寄せる。勝己がしたこととはいえ出しちゃうなんて。自分のせいだ。勝己は咳をしてティッシュで口を拭って言う。
「ほらよ。てめえもやれ」
 勝己が壁を背にして体育座りになり脚を開く。出久は蹲り顔を近づけた。勃起して目の前にそそり立つ勝己のもの。裏側をこの方向から見るってないよね。自分のよりずっと立派だ。そんなことよりどうしよう。
 恐る恐る陰嚢の少し上を指で掴んでみる。上下に擦り動かすと肉の芯を包む表皮が縒れる。勝己がふっと息を吐いた。そっと先端に舌で触れる。
「くすぐってえよ。ちゃんとやれ」
 出久は目を瞑って亀頭を口に咥える。体温と皮膚の感触。確かな生々しい身体の一部。勝己の猛るペニスだ。
「てめえが俺の咥えてるとか。クルもんがあるよな」
 感じているのか勝己の声が上擦って熱っぽい。勝己がしたように竿まで口に含んで前後に動かす。浮き出た血管が舌先に脈打つ。舌を這わせて転がすように舐める。次第に勝己の息遣いが荒くなってきた。かっちゃん、このまま射精しちゃうのかな。僕しちゃったし。覚悟していると髪をくしゃりと撫でられた。
「もういい。離せよデク。いっちまうだろ。俺はいい」
 勝己は口腔内からペニスを引き抜くと腰を上げ、出久を組み敷いた。仰向けにした出久の膝を割り脚を開かせる。
「まっ、待ってよ、かっちゃん」
 股の間に勝己の腰が入れられた。慌てた時には遅い。彼の脇腹を挟む形になり、もう脚を閉じられない。膝頭を掴まれて大きく脚を広げられる。身動きの取れない無防備な格好にされ、勝己の視線から逃げられない。勝己はさらに身体を寄せて膝の上に出久の両太腿を乗せた。ペニスの先端でつんつんとノックするように後孔を突く。
「俺はこっちがいいわ」
 告げられてすうっと背筋が寒くなる。追いつめられた。捕食者の前の獲物になったようだ。勝己と触れ合った太腿が燻されたように熱い。晒された局部を見て勝己はにやっと笑った。指で確かめるように触れ、揉んでほぐしていく。
「やだ、何やって、そんなところ」慌てて出久は頭を起こす。
「おい、暴れんなや、デク!」
「だって、かっちゃん、ひあっ」
 いきなりペニスをぎゅっと捕まれた。体が竦んだ。急所を握られては抵抗できない。そのまま緩く扱かれる。同時に後孔に勝己の指先が潜り、そのままずぶっと沈められる。
「ひっ、や、かっちゃん」
「てめえも調べたんだろ。なら騒ぐんじゃねえよ」
 勝己のなすがままだ。探るように後孔を責められる。指が抽送する動きに合わせて、内部が粘着性の水音を立てる。何か潤滑油になるものを使ったのだろう。でなきゃスムーズに動かせるわけない。こんな、自分の中からぬるぬるした音がするわけない。
 勝己を迎え入れやすくするために、身体が変えられてしまう。触れられたところから内部が熟れてゆく。身体の芯が火照る。喘いでしまいそうになり、必死で我慢する。指が増やされ出し入れしたり、かき混ぜられたりされるうちに、次第に中が痺れて熱くなってきた。もう勝己の指が何本入ってるのかわからない。
「もういいよな」
 勝己は出久の膝裏を掴んで脚を開かせると局部を密着させた。押し当てられた熱。勝己の性器だ。ひくっと喉が鳴る。そのまま勝己のペニスはぐっと入ってきた。
「あ、あー!」出久は悲鳴を上げた。
 めりめりと切り開かれてゆく身体。勝己は出久の腰骨を掴んでぐぐっと突き入ってくる。凶暴な熱の塊は引いてはまた押し込まれる。
「くそ、ちょっとずつしか入んねえな。我慢しろよ。ちと力入れるからな」
「嘘、む、無理だよ」
「うるせえ、まだ先っぽしか入ってねえ。根本まで全部入れるんだよ。てめえは力抜け」
「え、そんな、無理、かっちゃん」
 勝己は覆いかぶさり強く腰を振った。先端が抉り込み肉茎がぐっと中を穿ってゆく。背骨に衝撃が走り、息が詰まる。
「ひあっ、はっ、いや、や、あっ」
「は、はあ、入ったぜデク」
 身体の奥深くに感じる感触。さっき咥えた彼のもの。貫かれてる。かっちゃんに。結合した部分が熱くて焼かれそうだ。
 勝己が腰をくねらせ身を揺すり始める。硬い弾力のある熱はうねり、行きつ戻りつ体内を動めく。しだいに突き上げる力は強くなり、身体がガクガクと揺さぶられる。
「あ、んあ、はあ、ああっ」
「すげえ気持ちいいな、おいデク。てめえはどうだ」
「かっちゃ、あ、んん」
「てめえん中、あったけえな」
 押し寄せる波に飲まれそうになる。言葉にならない。目尻から涙が流れた。勝己は突き上げながら、出久を落ち着かせるように優しくキスを繰り返す。
「感じてるツラしてるぜ、デク」
 にやっと笑うと勝己は腕を出久の腰に回し、ぐいっと抱き上げて膝の上に乗せた。体内の剛直が大きくしなるように動く。堪らずに出久は喘ぎ声を上げた。対面の姿勢にされ、繋がったままに強く抱きしめられる。
「俺のだ、俺のだ。デク、デク」
 勝己は出久の肩口に顔を伏せ、掠れた焼けつくような声で囁く。次第に揺さぶりが激しくなり、射精を意識した動きに変わる。突き上げる熱。陰茎が内部をあますところなく擦りあげる。勝己の身体が出久の中をみっちりと埋めてゆく。
 勝己は出久の身体を倒し、ペニスを引き抜くと腹の上に吐精した。白濁が腹筋の窪みに溜まる。肩で息をする勝己の額に汗の粒がきらきら光る。精液をティッシュで拭うと、彼は脇に手をついて出久を見下ろした。雫が出久の胸にパタパタ落ちる。雫で肌が小さく爆破されるみたいだ。掌の汗にしかニトロは含まれてないはずなのに。
「は、はは、デク」
 荒い息を吐きながら勝己が笑っている。艶を含んだ無邪気な笑顔。間近で見るのは久しぶりの。こんな得意げな笑顔を浮かべるのは、彼が闘いに勝利した時。

 夜が更けて空が白々と明るくなっていた。
 カーテン越しの薄明かりの中で出久は目覚めた。見慣れないベッドの中。軽い薄手の羽根布団にさらさらしたシーツ。下着も何も身につけないで裸のままだ。背中に感じる温もりは勝己。剥き出しの背中と臀部が触れあっている。あの後何度身体を重ねたかわからない。疲れて眠気が押し寄せてきて、「寝るな」と怒る勝己の声を聞きながらそのまま意識を手放した。
 僕は昨日かっちゃんと。
 あり得ない。なんてことをしたんだろう。彼の意志の強さを知ってるのに、説得できるなんて思い上がってたんだ。呑まれてしまうのは僕のほう。いつもそうだったじゃないか。
 流石にこれが一度で済まないことはわかる。後で考えればいいなんて、そんなものじゃない。浅はかだった。勝己に触れられた肌がまだ熱を持っている。繋げられた身体と身体。体の奥に植え付けられた感覚。獣みたいな行為。
 彼が、怖い。また彼が怖くなってしまったのか。なんでこんな。
 昨夜の衝撃が忘れられない。元には戻れない。越えてしまった。取り返しのつかないことだ。
 勝己が身じろぎをした。ドキッとする。そろっと触れ合っていた身体を離す。ベッドのスプリングが揺れる。勝己が目を覚まして身体を起こした。
「起きてんだろ。デク。こっち向けよ」
 出久は緊張して縮こまった。動悸が早くなってゆく。
「おい、おいって」
 肩を揺さぶられたが、出久は布団をぎゅっと掴んでさらに丸まる。
「てめえ、目も合わせらんねえのかよ!」
 勝己が焦れてますます苛立った口調になる。だが振り向けない。きっと今彼に見られてはまずい顔をしてる。
「こっち向きやがれ!」
 肩を捕まれてあっさりひっくり返された。力任せに組み敷かれ赤い目に見下ろされる。
「てめえ。なんだよ。その被害者面はよ!」 勝己は声を荒らげる。「合意の上だったよなあ。おい!」
 裸のままの剥き出しの勝己のペニスが押し付けられる。昨夜固くなり自分の中で暴れていたもの。頭が沸騰しそうだ。出久は身体を捩った。
「離してよ、こんなのダメだ、かっちゃん」
「ああ?」
「僕自身が君に臆してしまう。僕は君に対して平常心にならなきゃいけないんだから」
「何言ってんだ、てめえ」
「皆と同じように。だから」
「は?何言って」勝己は訝しげな顔をしていたが、徐々に理解したらしい。みるみる目元が釣り上がる。「デク、てめえ、俺を他の奴らと同じとこに落とそうってのか」
「落とすなんて、違うよ。僕らの関係をフラットにしないと前に進めない。これじゃまた君を」出久は目を逸らして続ける。「君を、怖いと思ってしまう」
「クソが!」勝己は声を震わせる。「俺はてめえが嫌いだ!」
 激怒した勝己が怒鳴った。彼の目が爛々と赤く光り、眼光鋭く出久を睨みつける。反射的に身体が竦み上がった。
「かっちゃ」やっと声が出る。
「いつもいつも苛々させやがって。うんとガキの時は俺はこんなじゃなかった。なのに小学生の時も中学生になっても、いつも満たされねえ。てめえのせいだ。てめえが俺の前をちょろちょろとしやがるからだ」
「か、かっちゃん?」
 出久は勝己の勢いに気圧された。硬直してしまい視線を外せない。腕がシーツに縫い付けられ、動きを封じられた。勝己は顔を近づけて出久に言い聞かせるように言う。
「俺がしてえんだ。抱きてえんだ。てめえの考えなんざ知ったことかよ。なんでかわかっかよ。こうすりゃてめえを俺の下に出来るからだ。てめえを組み敷いて俺より下だって思い知らせたかったんだよ」
「そんなことで?」出久は息を呑む。そんな理由でなのか。「僕はかっちゃんが僕と同じ事を考えてるのかとそう思って。君は違ったの?」
 それとも、君が何考えているのかを確認しなかった僕が悪いのか。混乱する。 射るよう瞳で見下ろす勝己。痛い。掴まれた手首を砕かれそうだ。
「てめえと同じだと?平常心ってやつかよ。平常心平常心、はっ!くっだらねえ」
「離してよ!かっちゃん」
 彼に従うわけにはいかない。出久はのしかかる重みを押し返そうと抗った。
「誰が離すか!ばあか」
 もがいても逃れることはできない。両腕を一纏めにして頭上に上げられ、押さえつけられる。
「こうすりゃ個性は使えねえよなあ、デク。もっとも、てめえは人んち壊すようなこたあ、できねえか」
「かっちゃん、離せってば!」
「名前を付けるってのは私物化するってことなんだぜ。てめえは俺のだからデクって名前を付けたんだ」
「なんだよそれ。僕はものじゃない」
「ああ、ガキだったからな。てめえの意志なんか知ったこっちゃねえわ。だがてめえは付き合うって言ったろうが!」
「かっちゃん」
「俺はあの頃てめえに向いた衝動を持て余してた。なんで無個性なてめえに負けてると思っちまうのか。舐められてると思っちまうのか。負けてると思う自分が嫌でたまらねえ。てめえにだけは負けたくねえ。そう意識してしょうがなかった。気になって気に触って暴力奮って傷つけて。それでも気が済むことなんてなかった。それまで何もかもうまくいってたんだ。なのにてめえのことだけがうまくいかなかった。てめえをどうすればいいのかわからなかった。怯えて離れていくてめえを追いかけるのはムカついた。かといって放ってもおけなかった。てめえに絡んでは苛立って苛立って。どう手に入れればいいんだって足掻いてたんだ。今ならわかるんだ。あの頃は性欲なんて知らなかったからな。衝動は性欲に直結するんだよなあ。デク。今ならてめえへの苛々を収める方法がある。てめえを抱けばいいんだからよ。俺の下に組み敷いて何度も何度でもてめえを貫けばいんだってな」
 勝己は一気にまくし立てた。勝己が手を振り上げる。殴られるかと思い目を瞑ったが、拳は飛んでこない。そのかわりに身体をひっくり返され、尻を高く上げられる。背後から被さる勝己の身体の重み。
「馬鹿が」勝己が声を低めて言う。「てめえのこたあ大嫌いだ」
「あ、やだ、やめてよ、かっちゃん」
 双丘を割り勝己の屹立が挿入される。熱く硬い塊が昨夜の行為で柔らかくなった道をまた押し開いてゆく。括れた部分まで収まると一気に突かれ、衝撃に息が詰まる。
「ん、くう、や、だ、いやだ」
「てめえが嫌いだ。デク、でえっ嫌いだ」
 勝己は出久の尻を固定すると深く突き入れては抜き、また突き入れる。背後から獣のように責め立てる。
「てめえは俺の下で喘いでんのが似合いだ。デク」
 律動が早くなる。打ち付けられて鳴る互いの肌のぶつかる音が生々しい。心も身体も勝己に穿たれ侵食される。内側から焼きつくされてしまう。
「デク、デク。クソが!」
 一際深く埋められ、身体を穿つペニスがドクリと脈打つのを感じる。背後の勝己の呻き声で彼が中で達したと知った。内壁をとろりと熱い液体が濡らすのを感じる。名を呼ばれながら行われた力づくの行為。
「かっちゃ、ん」
「上書きなんかさせねえ。てめえの名も身体も過去も未来も俺のもんだ」
 遠くなる意識の中で聞こえる勝己の声。

「待て待て、こっち来いよ、緑谷」
 教室に入る前に廊下で上鳴に引き止められた。
「今教室に入んねえ方がいいぜ。お前、あいつの真後ろの席だしよ」
 切島は教室内を隠すように入り口に立ちふさがる。いや、廊下にいる自分を隠しているのか。二人に背中を押されて教室を離れる。角を曲がって廊下の隅に連れていかれた。切島はそっと背後を伺うと声を潜めて問いかける。
「爆豪とうまくやってんのか」
「どうだったんだ」
「どうって」
 出久は口ごもる。力づくの行為の後、逃げるように家に帰った。次の日は身体が辛くて学校を休んでしまった。当然あれから勝己の顔を見てないわけで。
「爆豪の奴、このところずっと上機嫌だったのに、今日はすげえ荒れてっからさ」
「なんかまずいことがあったんだろ」
 彼らは勝己と出久が一緒に帰宅していたのを知っている。ふたりが仲良くなれるようにと応援してくれていた。クラスのためにもそうしたいと思っていたのに。皆が案じてくれてたのに。それなのに僕は。
「僕には無理だったみたいだ」出久は袖口をきゅっと摘む。「皆みたいに、かっちゃんとも向き合いたいと思ってたんだけど、ダメだった。ごめん」
「いやいや、謝るこたあ、全然ねえぜ」軽い口調で上鳴は言う。
「上鳴くんも切島くんも、僕らが普通に接することができるように、頑張れって言ってくれたのに」
「へ?何言ってんだ、緑谷。俺らはそんな意味で言ったんじゃねえよ」
「え、だって」出久は驚いて顔を上げた。
「普通になんてむりだろ。お前らお互い意識し過ぎてんのに」
「あん時はあいつに脈あんのかどうか確認しただけだぜ。お前が歩み寄りたいんだってわかったから、だったらいけそうだと踏んだんだ」
「脈あり?え、どこまで知ってるの?」
「爆豪と一線越えたんだろ」
 出久は仰天した。思わず問い返す。
「え!? そんなこと、かっちゃんが言ったの?」
「しー!声抑えろよ。あいつが言うわけねえじゃん。でもわかるっつーの。俺らが最初に話にのったんだからよ。というかこっちから聞きだしたというか」
「誰だか言わねえけど、ものにしてえ奴がいっけど、やり方知らねえって感じのこと言うからよ。ぽろっと。あの爆豪がだぜ。意外っちゃ意外だったけどよ。隠したってあいつが意識する相手なんて、お前しかいないしよ。バレバレだっつう話」
「だから直接的は言わねえけど、それとなく勝手に忠告してやったんだよ。二人きりの時間をなんとか作るもんだよなとか。顔見れば苛つくとしても、ぐっとこらえてまずは優しくするもんだよなとか。爆豪はうるさそうにしてたけどよ、その通りにしてたんだろ」
 腑に落ちる。最近の彼のらしくなさはそういうことだったのか。
「あのさ、あいつやっぱりダメか?」上鳴が訊ねる。「たきつけたのは俺らだけどよ。緑谷と爆豪、今までよりいい関係だったんじゃねえかなと思うんだよ」
「僕もそう思ってたよ。 またかっちゃんと普通に話せる日が来るなんて、思ってもみなかった。でも」
「それ以上はダメなのかよ」
「ダメというか。それまでまともに話もできなかったのに。かっちゃんとなんて、考えたこともないのに」出久は俯く。「でもかっちゃんは考える間もくれなくて」
「そりゃあ、考えさせたくなかったってことだろうな。まったく偉そうというかチキンというか」
「僕も悪いんだ。それでも考えてから答えるべきだった。でもかっちゃんの顔を見ると、どうしても押されちゃう。結局、昔みたいになってしまうんだ」
「なら、あいつをフルってことか。今更そりゃねえだろ」
「あいつがどんだけ荒れるかわかんねえ。そりゃお前、ほんとに殺されるぜ」
 ぶるっと身体が震える。でもうまくいくわけない。彼らには到底言えない。勝己が望むものは違うんだ。
「それとも、お前が爆豪に付き合ったのは、クラスのためだけなのかよ」
「そんなわけない」出久は首を横に振る。「クラスのためっていうのは多分口実で、僕もかっちゃんとちゃんと向き合いたかったよ。多分ずっと前からそう思ってたんだ」
 切島は腕を組み、じっと出久を見つめて口を開いた。
「多分飯田や麗日なら、爆豪はやめとけって言うだろうな。あいつらはお前の味方だ。爆豪はすげえ奴だけどきついしよ。お前の身になれば苦労が目に見えてるし、あえてあいつはねえよなって、立場が違えば俺らもそう思うだろうぜ。でもな、俺らは爆豪の味方なんだわ」
「あいつはお前がいいんだよ。てか、お前以外なくね?クラスメートの名前覚えたの、あいつ相当経ってからだぜ。つか、今でもほぼお前の名前しか呼ばねえじゃん」上鳴は呆れたようにぼやく。
「あいつはお前に固執してんだ。緑谷、なんだかんだ言ってお前もそうだろ。なあ、どうなんだ」
「違うよ」出久は指を握りこむ。「かっちゃんは僕が気に食わないんだ。嫌いだって言われたんだ。僕にはわからないよ。ああいうのは好き同士ですることなのに」
 ああいうこと、は勝己にとっては自分に対して力を誇示する手段でしかないのだ。
 僕を捩じ伏せる。それほどまでに憎まれているのだろうか。良くは思われていないと思ってはいたけれど。こんなにも。
「僕は嫌われてるんだ」
だが上鳴は出久の言葉をさらっと受け流す。
「何言ってんだ。何言われたかは聞かねえけどよ。爆豪の口の悪さわかってんだろ。お前に嫌いとか気に食わねえって言ってんのは、気になるから言ってんだろ。やってることは好きな子を苛める子供そのものだしよ」
「それは」
「あいつの失言なんて今更だろ。それで全部括っちまうのは、いささか乱暴じゃねえかな」
反論できない。そうかもしれない。勝己は直情そうにみえるけれど案外感情的ではない。人を傷つけて本心を虚勢で隠していることも多い。昔から彼を見てきて、彼の虚勢を見分けてきたのだからわかる。
 僕を傷つけようとしていたんだ。
 でも何故だろう。もっと酷いことを今まで散々言われてきたというのに。嫌いだと言われただけで今までよりずっと辛いなんて。
「男同士なんだぜ。好きでなきゃ抱いたりできねえよ。あいつはいいんだよ。わかってんだから。聞いてんのはお前の気持ちだよ」切島がまた問いかける。「緑谷は爆豪のこと、どう思ってんだ?」
「僕は」
「てか、待てよ、ん?」出久の言葉を遮り、上鳴は頭を捻る。「その言い方だとよ、あいつがお前を好きならいいってことになんねえか?お前は好き同士だからってしたんだよな」
「え。そんな意味じゃないよ」
 出久は意外な方向からの指摘に慌てる。切島が上鳴の発言にさらに重ねて言った。
「いやいや、そうなるよな。お前は好きだから抱かれること許したってことだよな?」
「抱かれる、とかそんなはっきりと」
思い出して顔が熱くなるのを感じる。言葉を聞くだけで生々しく感触が蘇ってくるようだ。
「そうに決まってんじゃんよ。お前、他の奴でも同じことできんのか」
 丸め込まれてるような気もする。でも、勝己じゃなかったらどうだっただろうか?同性相手に付き合うことに同意したり。キスをしたり身体を重ねたり。想像できない。ありえない。それって勝己だったからってことになるのだろうか。
「そういうこと、なのかな。」それなら納得できてしまうような気がする。「かっちゃんだったから」
 彼と一緒に過ごす帰り道のひとときはいつの間にか大切な時間になっていた。嬉しかった。彼の目的を無茶だと思ってもその時間と引き換えにできなかった。身勝手だったのは自分の方だ。
切島が背後に向かって呼びかけた。
「だとよ、爆豪」
「出てこいよ。聞いてんだろ」上鳴も続いて呼んだ。
「うぜえ。クソが」
 爆豪がのそっと影から出てきた。眉間に皺を寄せた明らかに不機嫌な様子に「うわあ」と悲鳴が出そうになる。
「お前が緑谷の気配に気づかないわけねえもんな」
「余計なことをべらべらと言いやがって。てめえら、さっさと失せろ!」勝己は怒鳴った。
「じゃあな、緑谷、後は二人で決めな」
 上鳴と切島はニヤニヤと笑いながら去り、廊下には出久と勝己だけが残された。勝己が出久に向き直る。もう怒ってはいないようだ。どこまで聞かれていたのだろう。身体が震える。だが言わなくちゃいけない。勢いで答えてはダメだ。
「ごちゃごちゃ言ってたけどよお。俺だから抱かれたって、ことなんだよなあ、デク」
凶悪な笑みを浮かべて勝己が口を開く。
「それは、そうなんだけど」そこは認めざるをえない。
「俺もてめえだから抱いたわけわけだからよ。なんの問題もねえよなあ」
 威嚇するような笑顔が怖い。でも押されちゃいけない。出久は息を吸い込み口を開く。
「あの、かっちゃん」
「んだよ」
「考えさせてほしいんだ」
「ああ?この期に及んで何言ってんだ、てめえ。ダメだ!俺がどんだけ曲げて曲げて。こんだけ自分を曲げたってのに、まだ足りねえってのか。これ以上曲げるとこなんてねえ!」
「かっちゃん、僕は逃げてるんじゃない。ちゃんと考えて」
「てめえはロクなこと考えねえだろ。感じろよ。考えるんじゃなくよ。友達なんかにゃなれねえ。てめえもそうだろ。そんなこと言ったことねえもんな。初めっからお前とは友達じゃねえんだ」
「そんな、かっちゃん」
「でも気になってしょうがねえ。苛立ってしょうがねえ。関わらずにいられねえ。だったらどうなりてえのか。てめえをどうしてえのか。俺はずっと。ずっとよお」勝己は拳を握る。「俺がそうしたようにてめえも感じろよ、クソが。今てめえはどうなんだ。まだ俺が怖えのかよ。ぶっ殺すぞ!」
 勝己の声が上擦っている。彼は無理強いしてるのではない。まっすぐ出久の心を問うているのだ。
 答えなきゃいけないんだ。胸がきゅうっと掴まれたみたいに痛い。僕は君が怖いのだろうか。それとも怖いのは僕の中の何かなのだろうか。僕はもう君の後についていってた僕じゃない。君は堂々と僕の前を歩いていた君じゃない。隣を歩いて身体を重ねて、僕は君に今何を感じているんだろう。それでもなお。
 ああ、怖いんだ。たまらなく怖い。
 君を怒らせるであろうことも。並んで歩いた時間を失うだろうことも。
「怖いよ」
 目を逸らして出久は小さな声で答えた。勝己の肩がピクリと震える。 喉が詰まったようにそれ以上声が発せられない。だが勝己は黙ってまだ出久の言葉を待っている。
 感情を晒しているのは君なのに暴かれるのは僕の方なんだ。
「君の顔が見れないんだ」出久は俯いてやっと言葉を紡ぐ。「怖いのか怖くないのか好きなのか嫌いなのか。混乱してわからない。こんなはずじゃなかった。前より酷いんだ。こんなんじゃダメになるよ」
「はっ」一瞬の沈黙の後、突然勝己がはじけたように笑い出した。
かっちゃん、笑ってる?
 なんで、かっちゃん、笑ってるんだ?
「それが俺がずっと味わってきたもんだ。てめえもおかしくなればいいんだ。ざまあみろ」
 出久はそろっと顔を上げる。勝己はさも嬉しそうに破顔している。一歩踏み出すと彼は片手で出久の首を掴んだ。身体を引く間もない。
「かっちゃん、何を」
 ひくりと咽喉が鳴る。締められるのか。だが熱い掌は優しく首筋をさするだけ。壊れ物に触れるようにさらさらと勝己の手が皮膚を滑る。指が顎を掴む。
「ざまあみろ」勝己が顔を近づける。「デク」
 触れるほどに間近で名を呼ぶ勝己の声。赤い瞳に火が灯っているかのようだ。かっちゃん、と名を呼ぶ前に唇が塞がれる。

 電車を降りると階段の下で勝己が待っているのが見えた。出久に気づいたのかこっちを見上げて、顔を顰める。出久は慌てて急ぎ足で駆け降りる。勝己の前に走り寄ると、どんっと胸を拳で小突かれた。ちょっと咳き込む。
「てめえ、遅えんだよ。同じ電車だろうがよ」
「ごめん。かっちゃん。ちょっと飯田くんと麗日さんと話してたから」
「あいつらとは学校で喋ってっから、もういいじゃねえか。」
「学校ではその、ちょっと言いにくくて。やっぱり二人には話しておこうと思ったから」
「俺らのことかよ」
「う、うん。二人には隠したくなかったから」
「一緒に帰ってるとしか言ってねえんじゃねえだろうな。全部話したんか」
「えーと、うん、そうだけど」
「ああ、ならいいわ」
 いつものように連れ立って歩き始めた。そっと横顔を見る。 勝己の機嫌は直っているようだ。顔には出てないけれど纏う雰囲気がそう告げている。彼の黄金色の髪が陽に照らされて透けるように輝いている。
「今日家に来んだよな」勝己が口を開く。
「うん。宿題してから」
「はあ?すぐ来い。宿題なんか持ってくりゃいいだろ」
 勝己はくるっと方向転換して道を引き返した。商店街の方に足を向ける。デクも小走りになって着いて行く。
「帰り道こっちだよ?かっちゃん」
「買うもんあんだよ」
「コンビニじゃダメなの?」
「近所でなんか買えるかよ」そう言ってから付け加える。「もうゴムがなくなったんだ。言わせんな、バカデク」
「あー、あ、そう、なんだ」
 出久は恥ずかしさから俯き、消え入りそうな声で返事をする。
「なしでいいってんなら俺は構わねえけどよ。その方が気持ちいいしよ」
「ハイ、いります」
 勝己は出久の顔を覗き込んでにやりと得意気な笑顔を見せる。
「顔が真っ赤になってるぜ、デク」
 橙色の陽が差す方向に見えるのは、子供の頃によく遊んだ森だ。丘の上に頭一つ突き出ているのは昔登った大木だろう。木の上から街を見下ろせたように、街からも木が見えるのだ。
「そういえば」出久は思い出して口を開く。「僕が忘れてる約束って何のことだったの?
 振り向いた勝己と視線が合った。
「言ったろうが、忘れてんならいいってよ」
「でも、気になるよ」
「教えねえよ。ぜってえ教えねえ。知りたきゃてめえで思い出せ」
 そう言うと勝己は歩を速める。慌てて出久も速足になり、彼に追いつく。

 有頂天だった。誰よりもいい個性が発現したのだ。
 力をひけらかしたくてしょうがなかった。それに水を差すのはいつも出久だ。また遊んでやってた奴を庇って俺を非難しやがる。
「やめなよ。かっちゃん」
「どけよデク。そいつがヴィラン役だろうが」
「遊んでるだけだろ」「なあ、かっちゃん」子分達が口々に調子を合わせる。
「かっちゃんが勝手に決めたんだろ。そんなのヒーローじゃない」
「一番強えのがヒーローだろ」
「僕が許さない」
 生意気なことを言いやがる。頭にきて出久に殴りかかった。だが腕を伸ばした瞬間、身体が前によろけた。前に出した腕を出久が掴んで引っ張ったのだ。勝己はバランスを崩して膝をついた。
 今、何が起こった?こいつが反撃したのか。個性もねえ何も出来ねえこいつが。
「逃げて」出久が庇った奴に声をかける。
 子分達が逃げる奴を追いかけていった。だが逃げる奴なんか目に入らない。頭に血が上り、出久を引き倒して馬乗りになった。
「デクのくせに」
 と言いながら平手で叩く。拳で殴らないくらいには頭は冷静だった。おどおどした目を見て溜飲が下がる。
「おいデク、謝れば許してやる」
「何を?」
「俺に逆らったことをだ」
 ビクつき目を逸らしながらもあいつは反論した。
「間違ってるのはかっちゃんだよ」
「なんだと」
 地面に手を叩きつけて小さく爆破すると、ビクリと出久が震えた。だが怯えてるくせになおも言い募る。
「あんなのヒーローじゃないよ」
「てめえ」
「かっちゃんはすごい個性を持ってるのに。どうしてあんな使い方しかしないんだよ」
 腹が立った。思い知らせてやる。
「ちょっと来い」
 立たせて手を引っぱった。あいつは「どこに行くの」と不安気に聞く。「いいもの見せてやるよ」と答えてにやりと笑う。
 森を歩かせて大きな木の下に出久を連れてきた。最近仲間に入ってこない出久。自分が乱暴するからか、あいつが生意気だからなのか。もうきっかけは忘れた。
 最近知った個性の使い方だ。掌を下に向けて爆破すればかなり高いところまで跳べる。出久の腰を抱えて狙った枝にジャンプした。「うわあ」とあいつが叫ぶ。
 あいつを抱えたまま木の枝に座り、原っぱの全景を見渡した。まるで森の王になったかのようだ。 怖がってしがみつく身体をしっかり抱きしめる。
「見てみろよデク。な、俺の個性でここまでジャンプできるんだぜ」
 得意になって言う。こんなことできるの俺だけだ。
「早く降りようよ、かっちゃん」
 折角連れてきてやったってのにとイラッとした。てめえだから見せてやってんのに。
 ふとタンクトップ越しの出久の体躯を意識する。個性の影響で体温の高い自分より低い体温のはずなのに、なぜか自分よりほんのり熱く感じる。ふわふわのくせっ毛の日向の匂い。つい最近まで無造作に当たり前のように触れていたのに。叩いたり蹴ったりすることはあっても、今はこんなふうに触れられない。出久が触れてくることももう殆どない。いつも俺のすぐ後をついてきたくせに。いつの間にか楯突くようになった。怯えながらも反抗する出久。お前がそんなだから俺は。
 俺を認めねえのか。認めろよ。どうすれば認めるんだ。てめえの言うヒーローってなんだよ。強ければいいんじゃないのかよ。離れても離れきらずに、遠くから観察しやがって。ふざけんな。それがてめえの望む距離なのかよ。俺を参考にして、てめえがヒーローになるつもりなのかよ。なれねえよ。てめえは俺より下だ。ずっと下のままだ。だからてめえは俺だけ見てりゃいいんだ。
「怖いよ、かっちゃん」
 そう言い、出久は勝己を見上げ、さらにぎゅっと抱きついてくる。緑がかった大きな瞳。密着するあいつの身体。触れたところがぶわっと熱を帯びる。頭が真っ白になり、勝己は動転して手を離してしまった。
 しまった。
 腕を掴もうとしたが間に合わない。やべえ、落ちる前になんとかしないと。
 勝己は地面に掌を向けた。温度は低めにして地面を爆破して爆風を起こす。出久の身体がゆっくり軟着陸したのが見えた。
 ジャンプして下に降りる。出久は寝転んだまま目を丸くしている。
「おい」と勝己は声をかけた。
 出久はそろっと顔を向けた。焦点が合ってない。だが勝己を認めるとみるみる目に涙を貯める。背筋にふわりと走る感覚。これは何だ。上半身を起こした出久の目から大粒の涙が吹き出し、ぽろぽろと零れ落ちる。
「酷いよ、かっちゃん」
「落ちるてめえが悪いんだ」
 そう言いながら触って身体を確認する。熱で赤くなってるところはあるが、大した怪我はないようだ。
「ほんとにデクだな。てめえひとりじゃ何もできねえ」そう言いながら勝己はほっとする。
「酷いよ。舌ちょっと噛んじゃったよ」
「ああ!? 知るかよ」
 見ると出久の舌先に血が滲んでいる。紅い紅い色。吸い寄せられる。勝己は顔を寄せてそれを舐めた。
「か、かっちゃん?」
 引っ込んだ舌を追いかけて口を合わせる。ふにゅりと柔らかい唇。はむっと啄む。そろっと隙間に舌を忍ばせる。
「ん、ん」
 逃げる舌を捉えてぴちゃぴちゃと音を立てて絡ませる。柔らかくて甘い。とろけてしまいそうだ。出久はぎゅっと目を瞑り頬を紅潮させている。勝己のなすがままだ。気分がいい。キスを味わいようやく出久の唇を開放した。
 気持よかった。喉が渇く。もっと欲しい。こいつを。
 もっとよこせよ。
 無意識に幼馴染の頬に手を伸ばす。指先が滑らかな肌に届く。
「かっちゃん」
 か細い声で呼ばれて我に返った。今、何をしていたんだ俺は。何をしようとしていたんだ。
「クソが」
 胸のうちに燻る行き場のない熱。内側からじりじりと灼かれてゆくようだ。熱の向かう先は今目の前にいるのに。
 こいつのことだけは何一つ思い通りにならねえ。なんで、なんでだ。
 立ち上がり、ぼうっとしている出久に言った。
「おいデク、誰にも言うなよ。二人だけの秘密だからな」

END