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2度ならコイだぜ

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「すっげえ見晴らしいいな!」
「おい、乗り出すなバカ」
闇に手を伸ばすユイトの腕を、シデンは乱暴に引っぱる。
「窓に硝子はないんだ。力をかけると真っ逆さまだぞ」
「あ、ああ、っぶね。わりい、シデン」
「言ったはずだぞ、間抜け」
「うう、そこまで言わなくても」
シデンがユイトを誘って訪れたのは夜の廃都のタワー。もう使われていない高層エレベーターにシデンの脳力で通電して、最上階に登ってきた。窓枠は残っているが、屋根はなくなっている。
遠くニューヒムカの街の光が煌々と灯り、手前には人のいない街が闇の中に広がる。人がいないから怪異もいない。1人になれるお気に入りの場所だ。
「音が全然なくて静かで、別の世界みたいだな。連れてきてくれてありがとう。シデン」
「ふん、気にするな。カメラの礼だ」
奴は人に物を贈るのが趣味らしい。最初は誰が受け取るものかと思ったが、絶妙にポイントをついたプレゼント故につい受け取ってしまう。わざわざ自分の嗜好を調べたのかと思うと無下にはできない。
「星すごいな。ニューヒムカの街中じゃこんなに沢山見れないよ。灯りが眩しすぎるもんな」
ユイトにつられて空を見上げる。星はまるで頭のすぐ上で瞬いているように見えた。触れれば水盆のように波紋が広がりそうだ。
「触れられそうだね」とユイトが言う。同じことを思っていたのが癪に触る。擽ったくもある。
「ニューヒムカの上に月が見えるよ、シデン」
「ああ、今夜は満月だな」
作り物めいた青褪めた月が、巨大なアドバルーンのように街を見下ろす。
「あそこに人が住んでるなんて信じられないよ」
月の住人。二千年前に隔てられた人々。
「もう俺たちと同じ姿なのかもわからないな」ユイトがポツリと言う。
「そんなことないだろ。カゲロウは僕たちと同じ容姿だろうが。二千年ぽっちで…」
と言いかけて止まる。その進化の過程をすっ飛ばして現れたのが怪異だ。獣因子に壊された人の成れの果て。
ふと、指先に冷たいものが触れた。星の水盆に触れてしまったのかと一瞬錯覚する。
「わ、雨だ、シデン!」
「くそ!戻るぞ。」
「まだパラパラってくらいだし。まだ大丈夫だろ?」
「バカが!雨で水溜りができると、僕の超脳力で帯電しちまうだろ。側にいる人間は痺れるだろうが」
「え、そうなのか」
「水のある場所で放電して広範囲に攻撃できるってことは、つまりそういう状況なら危ないってことだ。いつも放電してるわけじゃないがな」
「わかった。とりあえず屋根のあるとこに行こう」
エレベーターに通電して乗り込み階下に降りた。暗闇の中、電灯を探していくつかの光を灯す。ここは広場のようだ。上は吹き抜けになっているが、高いところまで光は届かない。
「お前の超脳力、ほんとに便利だな」
「うるさい!こんなみみっちいことに使いたくないんだ、僕は」
雨はあっという間に粒を増し、地面を勢いよく叩く。
「スコールみたいだから、すぐ止むだろ」
灯りに浮かび上がるユイトの輪郭。その手がするりと伸びてシデンの頬に触れた。
「おい、触るな!」
「あ、ごめん。濡れたかなと思って。嫌だった?」
「いや、嫌ってわけじゃない。不用意に僕に触れると痺れるからな」
「そっか、嫌がられてなくてよかった」
ほっとした口調に少し苛立つ。不意の接触に慌ててしまったが、わかるだろうが。誰が嫌だと思う奴をお気に入りの場所に連れて行くものか。
「僕が嫌だといつ言った」
「いや、俺が気に食わないって態度に現れてただろ、お前」
「あの頃のお前は無能だったろうが。今は少しはお前を認めてやらんこともない」と言って照れが出る。
「ん?ん?それって俺を認めてくれてるってことだよな」
「調子に乗るな!」
薄灯りに照らされた隣に座るユイトの横顔。短い間に子供の面影を残した顔が精悍さを帯びている。辛い戦いの中で得たものだ。
「俺ベルペッパーだって言ったろ」
眼差しを宙に向けて、ユイトは口を開く。
ベルペッパー。超脳力を付加された元無能力者。
「もしも、超脳力がいつかなくなったら、スカーレットネクサスにもいられなくなるよな」
「そうだろうな。お前は拍子抜けするほどにあっけらかんとしていたが、そういうことだ」
生まれながらのベルペッパーではない者が突然超脳力を無くしたら。思っただけで身震いする。そんな恐怖をユイトは抱えてゆくのだ。
「お前、今頃怖くなったのか」
「いや、それはないんだ。考えたって今やる事精一杯やるだけなのは変わらないし、そうなってもなんとかなるって気がする」
「お前らしいな。呆れるほど楽観的だ」
「でも、時々思うんだ。街の広告とか看板とか、昔はケバいな、視界に入ってきてうるさいし、無い方がさっぱりするのになと思ってたんだけどさ。ベルペッパーに戻ると全部見えなくなるんだよな」
「らしいな。日常の視界が変わるだろう」
「惜しいなんて全然思った事ない。思わないのに、なんでだろう」
シデンはユイトを見つめた。雨の音が激しくなった。雷鳴が轟き、吹き抜けのホールに反響する。
ユイトは顔をあげてシデンに微笑んだ。
「でもさ、今日お前とここに来て、星を見て。広告とか見えなくなると、ニューヒムカの街の中でも星がよく見えるかなって。それも案外悪くないかもって思ったよ」
「そうか」
「ありがとう、シデン」
混じり気のない素直な感謝の言葉。頬に熱が上がるのを感じる。きっとわかるくらい赤くなっているに違いない。薄暗いのは幸いだ。
「案外女々しい奴だな」つい憎まれ口を叩いてしまう。
「なんだよ、悩むだろ普通」
「お前がお前らしさをなくすなら、所詮そこまでの奴だということだ」
「お前さあ、言い方」
立ち上がったユイトが反論仕掛けたその時。
閃光が差し込み、空が破れたかと思うほどの雷鳴が轟いた。
「うわあ!」とよろけたユイトの身体がシデンに覆い被さる。
目の前のユイトの顔。見開かれた瞳。
そして、唇に触れた柔らかな熱。
電灯が消えた。
暗闇の中で唇の感触だけがあった。少し離れてまた重なる。ユイトの身体の重み。自分の手の平が静電気を帯びているのがわかる。ユイトの身体に腕を回したら驚かせてしまうかもしれない。
触れている唇を離したくない。
雨の音は聞こえない。
再び閃光が差し込んだ。唇が迷うようにそろりと離れた。
「重い。どけよ、ユイト
どのくらい時が過ぎたのか。
「あ、ごめん」ユイトはもう一度繰り返す。「ごめん」
「謝ることなどない」シデンも繰り返す。「ないんだ」
灯りはつけなかった。
 
「なんだよ、シデン、何怒ってるんだ」
「ええい、気安く僕に触るな!」
アジトにて。昨日の今日だというのに、ユイトは平然とした調子で話しかけてきて、その上肩を組んできた。こっちはどんな顔をして会えばいいのかと悩んで、眠れなかったというのにだ。
「別に俺悪い事したわけじゃないだろ、俺たちの昨日廃都に行って…」
「黙れ!それ以上言うな」
「シデンはなかったことにしたいのか。それなら俺は従うよ」
「ふざけるな!忘れようってのか。貴様のそういうところが我慢ならないんだ」
「なんなのお前。一体俺にどうしろって言うんだよ?」
ヒートアップしたせいでプラズマが散った。「痴話喧嘩はその辺にしておこうぜ」とカゲロウが止めに入ってきた。今になって周りが呆れ顔で見ているのに気づく。「忘れなくていい」とユイトに呟いてシデンはその場を離れた。
「俺で良ければ相談にのるぜ」
カゲロウがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「余計なお世話だ。別に相談したいことなどない」
「1度なら事故、2度ならコイだぜ」
「な、恋だと?バカ言うな。あり得ない」
「いや故意、偶然って意味だってんだがな。ほほお、そうかそうか」
にやけ顔のまま透明になり、カゲロウは空気に溶け込むように消えた。
「恋だと、バカバカしい。あり得ない」
シデンは痺れる手の平を見つめた。
 
 
END