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桜花残月(R18)

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大学1年生 初秋


 ドアベルの音に起こされた。
 俯せに寝ていた比企谷は目覚まし時計を確認する。まだ8時じゃねえか。誰だ日曜日のこんな時間に。寝ぼけ眼でドアを開けるとそこには卒業以来久しぶりに見る珍しい顔が微笑んで立っていた。見慣れた人好きのする表情も相変わらずな男。秋の初めの涼しい風が開けた扉を吹き抜ける。
「久しぶりだね」
「なんだよ。葉山」
「独り暮らししてるんだってね。君は千葉から出ないものだと思っていたよ」
「誰から聞い、ああ、まあな、俺もそのつもりだったんだけどよ。1、2年は都内の校舎なんだと」
「俺も都心の大学だけど家から通ってるよ」
 表情はにこやかなのになんだその微妙に責めるような声音は。釣られてつい言い訳じみた言い方になってしまう。
「家から通うには交通の便がちと悪いんだ。ウン時間もかかっちゃ通わなくなるって親に疑われてな。期間限定の一人暮らしだ。俺は不本意なんだけどな」
「そうか。それなら仕方がないな」
「おお」
「じゃ、上がらせて貰うよ」
「おい、なんだよ、勝手にお前」
 朝っぱらから押しかけてくるなりズカズカと人ん家に入り込むかよ普通。前からこいつは譲らねえというか押しが強いところがあったけど久々に会ってもこれかよ。
 葉山はちゃぶ台の側にショルダーバッグを置き、その隣に胡坐をかいて座った。比企谷は呆れる。おもてなししなきゃいけないのか?
「小町ちゃんに会ってね。それで君のことを聞いたんだ」
「あーそー。まあ、とりあえず茶でも出すわ」
 比企谷はキッチンに行くと戸棚からコップを2つ出し、ペットボトルと一緒にちゃぶ台に置いた。携帯が鳴ったのでそのままキッチンに戻る。
「勝手にやってくれ」
 葉山に声をかけて画面を見ると小町からのメールだった。比企谷は内容を見て眉根を寄せる。
「昨日葉山さんに住所教えたよ。近い内に来てくれるんじゃないかな」
 連絡遅えよ小町。もう来ちゃってるよ。比企谷はポチポチ文字を打って返事を送りつつ部屋に戻り腰を下ろす。丸いちゃぶ台を挟んで葉山と向かい合う。コップには2つとももう飲み物が注がれていた。比企谷は携帯をちゃぶ台に置いてテレビをつけてザッピングする。
 何話せばいいのかわかんねえな。何しに来たんだこいつ。とりあえず文句言っとくべきかな。そうもやもや考えていると葉山が口を開いた。
「朝からすまないな。でも君は変わってないな。安心したよ。」
「ああ、まあ」
 出鼻を挫かれて生返事になる。
「それが君の新しい携帯か。ちょっと見せてくれないか」
「ああ、なんで」
「ちゃんと番号交換しよう。君、俺の番号入れてないだろ」
 葉山は比企谷の携帯を受け取ると自分の携帯を取り出す。
「新しい携帯にしたら普通知り合いに知らせるだろ。電話番号まで変えたなら尚更だ」
「一斉メールしたぜ。面倒くさいっつったら小町がしてくれたんだが」
「俺には来てない」
「お前のメアドなんて知らねえよ」
「電話番号は知ってるだろ」
「俺のは教えたけどお前のは聞いてねえよ」
「かけたことあるだろ?普通かけてきたら登録するだろ」
 葉山はメアドと電話番号を登録して携帯を返した。受け取った比企谷は連絡先を確認する。平塚先生の上に葉山が来ちまったな。なんだかな。比企谷が目を上げると葉山と視線が合う。葉山は微笑んで静かに話し始める。
「卒業してからずっと俺は君のいそうなところを探したよ。会えるんじゃないかと思って。でも君はどこにもいなかった。町の中でも家の近くに行っても君には会えなかった。思い余って君の家に行ったんだ。それでも君はいなかった。君のことはそのとき小町ちゃんから聞いたんだよ」葉山は噛みしめるように言葉を続ける。「もう、すぐに君の所へ行くことしか考えられなかった」
らしくない葉山の話に比企谷は驚いて問うた。
「お前、なんでそこまでして俺を」
「君に会いたかったんだ」
 そう言いながら葉山は真剣な眼差しで見つめてくる。比企谷は言葉を失った。どうしてなのかと聞かずとも瞳が雄弁に伝えてくる。目を逸らすことが出来ず空気が張り詰める。葉山はふっと微笑する。
「君は今もあんな生き方をしているのかな」
 比企谷は弛緩した空気にほっとする。
「なんだよ藪から棒に。俺はもう奉仕部じゃねえよ」
「でも君は頼まれたら断らない、だろう」
「それは」
「人はそう簡単には変わらない、そうだろう」
 比企谷は返事に詰まり黙り込む。同じような環境が状況があるならば。押されたら断らないかも知れない。いや、きっと断れない。そうなったら手段は知っている効果的な方法しか選ばないだろう。
「けど今はそんな状況じゃねえし。先のことなんて」
 ようやく言葉を探して答える。
「老人のために焚火に飛び込む兎の話、覚えてるかい」
 唐突に葉山は話題を変える。比企谷はほっとする。
「そんな話したことあったっけ」
「あったよ。俺はその時君は愚かだと言った」
「かもな」
「俺なら兎が飛び込む前に止めたい」
 そう言うとまた葉山は比企谷をじっと見つめる。比企谷は視線から逃げるように目を逸らした。
「また俺が兎だっていうのかよ。あの頃俺が自分を犠牲にしてるっていうのがお前の説だったな。でも今も俺はそれを肯定するつもりはないぜ」
 葉山は溜息をつく。
「俺はその老人だったことしかないしね。だからこれからはそうしたい。俺は君の側にいる」
 比企谷は皮肉な笑みを浮かべる。
「それでお前に何の得があるんだ」
「君に側にいてほしい」
「同じことじゃねえか」
「君がいれば俺は自分を見失わないで済むんだ」
 葉山は真顔になり比企谷に躙り寄る。
「君と、いたいんだ」
 思いを込められた声音に返事に詰まる。なんと言えばいいのか言葉が思いつかない。葉山は微笑み比企谷の腕を引き寄せると唇を掠めるようにキスをする。
「覚えてるよね。君は俺とキスをしただろう」
 比企谷は唇をさする。すぐに離れたが唇の温もりが残っている。
「ああ」
 忘れようったって忘れられるわけがない。
「こんな風に何度も。俺と君は」
 葉山はまた唇を重ねる。軽く唇を合わせるキスを繰り返し唇を食むようなキスに移る。比企谷は座ったまま後退ろうとするが、背後の重ねた布団にそれ以上の後退を阻まれる。布団に背を預ける形で比企谷は仰向けになった。葉山は覆い被さり側面に手をついて囲い込む。電灯を背にして見下ろしてくる葉山の表情は逆光になりよく見えない。
 葉山は角度を何度も変えて柔らかく唇に触れてくる。葉山の整った顔が近くて思わず息を止めてしまう。だんだん緊張が取れてきた頃にやっとキスから解放された。ほっとして息継ぎをする。葉山は比企谷の両脇に手をついたまま微笑する。
「ちょっと口を開けてくれないか」
「口?なんで、はや」
 言葉の続きは合わされた葉山の唇に塞がれてしまった。捻じ込まれた濡れた生暖かい舌にまた呼吸を奪われる。


高校3年生 初夏


「奉仕部の仕事だろう。手伝うよ」
 葉山は比企谷を見つけて微笑すると声をかける。比企谷は図書室の自習用の机に本を積んでいたが、葉山を見て顔を顰める。
「ああ?なんでお前が」
「平塚先生にはもう言ったよ」
「しょうがねえな。なら資料室に由比ヶ浜がいるからそっち頼むわ」
「いや、もう結衣には会ったよ。君の方が大変なんだろ。俺はこっちを手伝う」
「またかよ。文化祭の時もお前は手伝うと言ってたくせに俺とばかり仕事してたじゃないか」
「あの時俺は君を手伝うつもりだったからね。今もそうだよ」
「俺とは仲良くできないって言ってたのにわからねえ」
 比企谷は必要な書籍を書いたプリントを葉山に見せる。作業の説明をする比企谷の横顔を葉山は見つめる。葉山は口を開いた。
「俺はもっと君を知りたいんだ。あの時一緒に側で仕事している時、俺は君を近くに感じた」
「そりゃ錯覚だな。全然近くねえし」
「俺に頼って欲しいんだ。でも君は俺に頼らせない」
「そりゃそうだろ。仲良くねえし」
「頼らないのに君は俺を使っているよね。俺に君を悪者にさせたり、名前だけ借りたり」非難を込めた口調に葉山はばつの悪い顔をして横を向く。
「あー、生徒会選挙のあれか。バレてたのか。悪いな」
「君は一番大事な物だけを守るために他の全てを切り捨てるんだ。自分のことも」葉山は言葉を切り、声を低めて続ける。「俺のことも」
 葉山は比企谷を睨む。
「自分だけ貧乏くじをひき泥を被って」
「悪かったな。今後はなるべくお前に迷惑かけねえようにするぜ」
「違う、そうじゃない」
 葉山は声を荒げそうになり気づいて声を押さえる。彼と話すといつも平行線になってしまう。そんな結論を出したいんじゃないんだ。手元に視線を落とすと資料の中にある仏教説話の本が目についた。
「焚火に飛び込む兎の話を知ってるかい」
「知ってるよ。倒れている老人を助けるために動物達が色々してる中で、自分は何も出来ないからって身を捧げようと火に飛び込んだ兎の話だろ」
「君は尊い話だと思うかい。愚かな話だと思うかい」
「時と場合によるな。あの話は他の奴と違い自分だけ老人を助ける力がないっていうプレッシャーがそうさせた側面もあるだろ。愚かな話だよな」
「愚かな話か」
「大体兎ってのは稲葉の白兎にしろ兎と亀にしろ間抜けの代名詞みたいな扱われ方じゃねえか。寂しいと死んじゃうとかよ」
「君は本当に捻くれてるな」
 葉山は微苦笑を浮かべて呟く。
「でも俺も尊い話だとは思わない。あんなことしても誰も喜ばない。自分を軽んじているからあんな真似が出来るんだ。彼は自分の価値を知るべきなんだ」
 比企谷は薄く笑う。
「はは、捻くれてるのはお前の方だろう。他の奴がいるから兎は何もする必要はなかったと思うけどな。1人だったなら話は違うぜ」
「助ける者が兎しかいないなら焚火に飛び込んでもいいのか」
「兎がそうしたいならな。それは自由だろ」
「その方が愚かじゃないか」
「あのさあ、人を兎に例えんなよ」
「そうかな。割とぴったりだと思うよ」葉山は続ける。「俺は君が自分を捨ててしまわないようにしたいんだ」
「思い上がるなよ、葉山」
 知らず声が大きくなっていたのか、気付くと周りの冷たい視線が集まっていた。恥ずかしくなった二人は図書室の席を立つと書棚の奥に足早に移動する。背の高い書棚に隠れて窓際に並んで座り込み、2人してほっと息を吐く。
「だーもう!お前、邪魔しに来たのかよ」
「すまない」
「目立っちまったし、ちょっと待ってから戻るか」
 そう言うと比企谷は目を閉じる。図書室の奥の本棚は利用する人が少ない。天井近くまで聳える本の群れに隠されて、誰もいない森に迷い込んだような錯覚を起こしそうだ。比企谷は独白するように言葉を紡ぐ。
「おせっかいだな。人を思い通りにしようなんて奴はエゴイストなんだぜ、葉山。動機はどうあれな」
「そう取ってくれて構わないよ」
 まったく悪びれない葉山に比企谷は溜息をついて言う。
「俺のことよりお前は自分のしたいことをすべきじゃねえのか」
 窓から涼しげな風が吹き抜けてカーテンが舞い上がる。外の木々の新緑が初夏の空に映える。葉山は隣にしゃがむ比企谷を見つめる。
 君は装う人の本質を見抜く。だから人は本当の姿を晒す。君はそれを自分は部外者だからだと言う。君は守るべき人を選び守るべきことを選びそれ以外を全て破壊する。そこまですれば救えると果たして知ってても他の誰が出来るだろうか。だがそれを許していいのだろうか。
 俺は君をどうしたいのだろう。君を見ているといつも相反する心に引き裂かれる。
 俺は君の側に並び立ちたい。でも俺を見抜いて救って欲しい。君に縋る心と対等でありたいと願う心とがせめぎ合う。君とだけは装った俺じゃなく見抜かれた俺とで付きあいたいんだ。そんな俺を頼って欲しい。俺を受け入れて欲しいんだ。君に必要とされたいんだ。
 けれども君が俺を必要とすることなんてあるんだろうか。君は人のために俺に頼っても自分のためには俺には頼らない。頑なな君の心が俺に開かれることなんてあるんだろうか。俺だけが君を必要としているだけではいつか誰かが君を攫ってしまう。
 君はいつまで部外者のつもりなんだ。
 葉山は隣にいる比企谷と二の腕が触れ合っているのに気づく。少し低めの体温。ほんのりと熱が伝わってくる。心が望めないならば身体の温もりならばどうだろう。すぐ隣にいるじゃないか。
 しゃがみ込んでいる比企谷に手を伸ばす。触れたい。柔らかそうな髪に手を伸ばしかけて動きを止める。シャツの襟元から見える白い首筋から目が離せない。比企谷が目を開けて葉山の方に首を傾けた。視線が交錯し縫い止められる。
 葉山は手を伸ばして比企谷の首筋に触れる。比企谷がビクッとして少し驚いたように葉山を見つめる。両方の掌で彼の頬を包む。俺は何をしようとしているんだ。君といると我を忘れてしまう。手が届けば止められない。隣あって座れるような、やっとここまで君に近づいたんだ。君を失いたくない。逃げてくれ、比企谷。
 心の逡巡とは裏腹に葉山は顔を近付けてゆく。何故逃げないんだ。黒曜石のような君の瞳が俺を見返している。
 ふわりと髪が触れる。唇が触れ合う。柔らかくて温かい。離してもう一度唇を重ねる。君が目を閉じる。少し唇を離してそっと息を継ぎまたキスをする。歯止めがきかない。角度を変えて重ねて上唇を啄ばみ下唇を啄ばむ。
 誰かの足音が聞こえる。
「ヒッキー、いる?資料探してるの?隼人くん来てない?」
「おかしいわね。本は積んであるからここにいると思うのだけれど」
 雪ノ下と由比ヶ浜の声に我に返った比企谷は反射的に葉山の肩を押して離れる。
「大きな声出すなよ由比ヶ浜、図書室だっての。すぐ行くから待ってろよ」
 比企谷は立ち上がり振り向かずに逃げるように駆け出して行った。足音が遠ざかって行く。残された葉山は壁を背にして脱力する。唇を指でなぞり先ほどまで唇の上にあった温もりを追いかける。届いてしまった。君の体温に。唇に。心臓がまだ早鐘を打っている。こんなにも簡単に君に触れてしまえるなんて。

 翌日、葉山は朝の登校時間に靴箱の側で比企谷を待っていた。通り過ぎる生徒達に軽く挨拶を返しながら玄関に目をやる。授業が始まる前に比企谷と二人きりになりたかった。昨日のことをなかったことにしたくない。登校ピークを過ぎて生徒が疎らになった頃、案の定比企谷は遅刻とまではいかないまでもかなり遅くに登校してきた。彼が上履きに履き替えたところで声をかける。
「遅いな、比企谷」
「葉山?こんなとこで何してんだ?」
「君に用があるんだ。ちょっとこっちに来てくれないか」
 葉山は比企谷を腕を引っ張り廊下の先に連れて行った。辺りを見回して人影がないのを確認すると半地下の階段を下りる。何か言いたげな表情を浮かべた比企谷と向かい合った。逃げないでくれと祈る。顎を掴むと比企谷は動揺の色を瞳に浮かべて視線を逸らす。
 そっとキスをする。少し乾いた柔らかい唇。肩を掴むと比企谷の身体が緊張して強張っているのを感じる。一瞬唇を離してまた重ねると比企谷が目を瞑る。君の睫毛が震えている。もうすぐ時間だとわかってるのに離すことができない。
 予鈴が鳴り響き温もりが唇から離れていった。俯いて肩で息をする比企谷の耳が真っ赤になっている。
「息できねえだろ」
「ごめん」
思わずふっと笑みがこぼれる。
「何がおかしいんだよ」
比企谷は上目遣いに睨んでくる。その目元が少し涙ぐんでいた。

 それから葉山は比企谷と隙あればキスをするようになった。休み時間や昼休みに放課後に、時間が見つけては比企谷を物陰に引っ張りこんだ。軽く唇を合わせたり啄ばんだり触れるだけのキス。それだけでも葉山は興奮して胸を高鳴らせた。
 比企谷は文句を言っても逃げはしない。キスを拒まない。なら合意と取っていいんだろう。そう受け取って唇を重ねた。
 だがそれ以上は踏み込めなかった。彼の心を確認するのは自分が丸裸になるような気がした。この行為に意味を持たせないようにただキスだけをする。唇を離すと1人ずつ物陰から出て何事もなかったように教室に戻る。教室ではいつも通りに用がなければ特に話すこともなくそれぞれ過ごす。秘密の逢瀬は誰にも知られず2人だけの悪戯のように回数を重ねた。
 だが許されると衝動が抑えられなくなってきた。もっともっとと身体が疼いた。
 生徒があまり来ないのでよく使うようになった1階の半地下の階段下。その日も昼休みの終わりに物陰に隠れて唇を重ねた。唇を舐めると目を瞑っていた比企谷が薄目を開ける。息継ぎするため少し開いた彼の唇の隙間。そっと舌先を入れてそのまま口の中深く伸ばす。口腔を探り比企谷の舌を舐めてみる。何故だろう。甘く感じる。
 びくっと比企谷の身体が震える。逃げないでくれと後ろの壁に押し付けてもっと奥に舌を入れて動かしてみる。熱く濡れた比企谷の舌が奥に逃げるのを追いかけて絡める。
「ん、ん」
 深く舌を入れられて比企谷が小さく呻く。頬を掌で固定して口腔を貪る。閉じていた比企谷が目を開ける。瞳が葉山の与える刺激に少し潤んでいる。唇を離し角度を変えてまた合わせる。歯列をなぞり舌をまた絡める。もっと触れたい。顎を掴んで引き寄せ肩を掴み力を込める。
 細い身体を抱きしめて深く口づける。唇だけじゃなく首筋にもキスをしたい。服の下の肌にもキスをしたい。組み伏せた身体に唇を這わせたい。肌に赤い痕を散らしたらどんなに綺麗だろう。赤い花弁みたいに俺のつけた印が散らばる白い肌は。彼の睫毛が震えている。赤くなった耳朶が見える。その下には白磁の首筋があるんだ。
 ひとつだけ、1度だけなら肌に唇を押し当ててもいいだろうか。吸い付いて跡をつけてもいいだろうか。だめだ、それをしたら俺はもう止まらなくなる。葉山はその衝動を必死で押さえつける。


大学1年生 秋


「また来たのかよ」
 のぞき窓から確認しながら比企谷は呆れて言う。ドアを開けると葉山は屈託なく笑って答える。
「遅くにごめん。今日は部活の集まりがあったんだ」
「いや遅くなるなら直帰しろよな、自分ちに」
「飲み物とか持ってきたけどいらないのか?君の好きな甘いあのコーヒーもあるけど」
「そ、そうか、上がれよ。せっかく来たんだし」
 高校の時毎日飲んでたマッ缶は近場ではなかなか見つからない。それを読まれて餌付けされてるようで面白くないがしょうがない。
 葉山はあれから頻繁に比企谷の周りに出没するようになった。方向が違うのにどういうわけか駅でよく声を掛けられる。帰り道や本屋で顔を合わせることも多い。たまに大学の前で待っているときもある。あいつが来てる時は門の前が騒つくのですぐにわかる。
 目立ってしょうがないから止めてくれと言うと、「したいようにしろと言ったのは君だろう」と言った覚えのない言葉で反論される。たとえ言ったとしてもお前は俺の言うことなんて聞かないはずじゃなかったのか。
 いまや葉山は大学からの帰りに部屋に毎日のように押しかけてくる。訪れては終電の時間まで部屋に入り浸る。どういうわけか夕食を一緒に食べることまである。土産を持って来るから拒めないし、それに追い返す理由がない。
「コーヒー、あったかい方がよかったかな」
「いや、どっちでも上手いし」
 口に広がるコーヒーの甘い味を堪能しながら思う。俺は少し心細かったのかも知れない。1人で過ごすのは平気なはずなのに。そういえば実家では両親が遅くても小町やカマクラがいたから完全に家で1人になるってことはなかった。我ながら似合わないが人恋しいのかも。
 寝転んでいた葉山が身体を寄せてくるとキスをしたいという合図。葉山は軽く触れるキスを繰り返しだんだん探るように唇を舌で突いてくる。唇の隙間から舌を入れられる。後頭部を押さえられ貪られる。床に縫い付けられ息継ぎすら許されないほど激しく口内を荒らされる。葉山は唇を離して比企谷を見下ろす。濡れた唇と熱を秘めた葉山の瞳に息を呑む。
 
 ある日の深夜のこと、終電に間に合うように出たはずの葉山が何故か戻ってきた。部屋に上がりこんで上着を脱ぎながら言う。
「帰る電車がなくなったんだ。泊めてくれないか」
「堅実なお前が珍しいな。でも布団一つしかねえんだけど」
「俺は何処でも寝るよ。部屋の隅でもいい」
「いやまあ、さすがにそれは風邪引くだろ。狭いけど一緒の布団で構わねえよ」
 先に風呂に入り葉山にも入れと促す。葉山が風呂場に消えると比企谷は寝巻用のスウェットを用意して洗面所に置いた。布団を敷いて横になりテレビを見る。
「服借りたよ。ありがとう。」
 風呂から上がった葉山が部屋に戻った。葉山が布団にもぐったので場所を開けるために片側に寄って背を向ける。葉山は暫くもぞもぞしていたが身体を寄せてきて背後から抱きしめてきた。
「ちょっ、なんだよ」
身を捩るが逃れられない。益々腕ががっちりと巻き付いてくる。
「は、葉山」
「告白してキスまでした相手を泊めるんだ。何かあってもいいってことだろ」
背後から葉山の掌が服の上から身体を確かめるように触れてくる。肋骨を一本一本撫でて胸の突起をさする。どういうつもりだ。
「君は細いな。ちゃんと飯食ってるのか」
「ちょ、やめろよ、擽ったい」
「触りっこまではしたろ」
「あれは、一回だけ、卒業でチャラだろ」
「それは無理だな」
「何をどうするんだよ」
「わかるだろ」
 葉山の言葉の意味は分かる。だがそこまで踏ん切りはつかない。布団の中で背後から服のボタンが外されてゆく。
「待てよ、葉山」
 声が上擦ってしまう。身体に直に触れてくる葉山の掌が熱い。乳首を摘まれ潰すようにさすられる。密着した背中に硬い葉山の胸筋と腹筋を感じる。絡められた脚は筋肉質で力強く逃れられそうにない。尻に触れる股間の硬さにドキリとする。
 葉山の手がスウェットのズボンに移動して下着の中に潜り込む。骨ばった長い指が探るように動き性器に絡みつく。比企谷はひゅっと息を呑む。
「心配しなくても触るだけだ。そこまではしたことあるじゃないか」
「だけどこれは」
 戯れに触れたあの頃とは違う。今すればこの行為は意味を持ってしまう。葉山はぺニスの先端を撫でると指で優しく摩る。背後から握られ先端から根元まで前後に擦られ扱かれる。ペッティングしようってのか。
 項に当てられた唇から漏れる葉山の吐息が荒い。高められて比企谷の呼吸も荒くなる。勃ち上がると指が離される。比企谷はほっとしながらも熱の籠る身体持て余す。どうしようかと迷っていると、ぐいっと肩を引かれ身体を向かい合わせにされる。
 葉山はスウェットから勃起したペニスを取り出すと比企谷のものと擦り合わせる。葉山の骨張った掌が2人の性器を包み間に人差し指を入れて巧みに擦る。
「一緒に、比企谷」
 葉山は2人のペニスを合わせて比企谷の手を取り一緒に握らせてまた擦り始める。上下に緩急をつけて扱かれ芯がより硬くなってくる。
「あ、葉山、まずい」
「俺もだ」
 絶頂を迎えそうになったところで葉山が亀頭を掌で包んだ。葉山も達して低い声で唸る。吐精して白濁が葉山の掌を濡らす。
「わりい」
「いや俺もだし」
 比企谷は焦って枕元のティッシュを数枚取り葉山の手に押し付けて拭き取った。葉山は微笑して言う。
「一緒にいけたね」
「はあ?は、何言ってんだよ」
 向かいあったまま葉山は屈託なく笑う。


高校3年生 春


 卒業式の前日に3年生が式のリハーサルのために登校してきた。久々の対面に教室の中は生徒たちは騒がしく談笑している。葉山は仲間に囲まれながらまだ登校しない比企谷に焦れる。予鈴が鳴る直前にやっと教室に入ってきた彼の姿を見てほっとする。
 リハーサルが終わると皆が帰り支度を始めた。葉山は帰ろうとして教室を出た比企谷を誰もいない音楽室に連れ込む。音楽室の天井は高く、大きな窓から光が差している。教室の真ん中にはグランドピアノが鎮座し木琴や他の楽器は教室後部に集められ、その隣に椅子が積まれている。
「音楽室はあまり来たことがないな。比企谷もそうだろう」
「まあな」比企谷は続ける。「しかし、お前結局3年間彼女なしだったな」
葉山は比企谷を無言で見つめた。首をかしげる彼に苦笑する。
「それが一番いいんだ。そう決めてたからな」
「なんだかんだ言って付き合う奴もないなんて俺と同じとか。モテるのに馬鹿だよな」
「好きでもなく求められたからって付き合ってもね。やはり好きになれなかったら傷つけるし傷つけられる。好きでもないのに付き合ってもいいことないんだ」
「難しい奴だよな、お前は」比企谷は室内を歩きながら首を捻る。「それってお前、経験者は語るってことかよ?」
「ご想像にお任せするよ」
「想像なんかできるかよ。ま、そりゃお前が俺と同じなわけねえか」
 比企谷はピアノの椅子に座り蓋を開けた。鍵盤を押してポーンと音を鳴らす。澄んだ音が静謐な室内に響く。メロディにならない単音が彼の指から零れ落ちる。葉山は比企谷に切なげな視線を送る。
 求める相手じゃないといけないんだ。知りたい会いたい側にいたいと思える相手じゃないと。触れたいという欲求だけだとそれが肉欲だけでも起こってしまう。気持ちでも身体でも求める相手じゃないといけないんだ。
 けれどもどんなに求めてもその相手が同じように思ってくれてるとは限らない。こんなに近くにいて何度も触れてそれでも。
 明日で卒業なんだ。大学は違うからもうこんな風に一緒の教室にいられることはない。こうやって側に佇む比企谷を見るのも今日限りだ。そう思うと胸の中が軋んで嵐のように渦巻く。ポーンとまたピアノの音が鳴った。葉山はピアノの鍵盤を触る比企谷の側に立つ。比企谷が上目遣いに見上げてくる。胸が詰まる。明日で君とは。
 葉山は比企谷の腕を引き身体を寄せた。気持ちも肉欲も溢れるほど湧き上がる。抑えても抑えきれず零れてしまいそうになる。葉山は比企谷の肩に手をかけて屈み唇を重ねて触れるだけのキスをする。誰もいない音楽室にキスの音が響く。もう一度唇を重ねて舌を入れて深く口内を探る。おずおずと比企谷が応えてくれる。互いに舌を触れ合わせ擦り合せる。でも全然足りない。唇を離して比企谷の身体を抱きしめ床に組み敷いて押さえつける。吃驚して見上げる彼の唇に噛み付くようにキスをして深く貪る。
「は、はや」
 狼狽えた比企谷は合わせた唇の隙間から名を呼ぶ。顎を掴んで口を塞いで荒々しく犯す。本能が膨れ上がり目の前の身体を求めている。羞恥も理性も何処かに追いやられる。衝動が全てを凌駕してゆく。葉山は自分のベルトを外して前を寛げ勃起した性器を取り出す。比企谷のベルトを緩めて下着の中に手を入れる。ペニスを探って摘むと少し芯を持ち始めているのがわかった。先端を撫でると比企谷が声を小さく声を上げる。互いの性器の先端を触れ合わせる。一緒に握って扱くと芯が育ち硬くなってくる。比企谷のシャツのボタンを下の方だけ外し肌を晒す。自分のシャツのボタンも外し、比企谷の上に身体を重ねて下腹に互いの性器を挟み腰を動かし擦り合わせる。
「はや、あ」
 比企谷が密やかに声を漏らす。薄皮で隔てる互いのペニスが熱く溶け合うようだ。前後に腰を振り高めてゆく。
「は、あ、比企谷」
 葉山は上り詰めて低く唸り息を吐く。動悸が耳の中でドクドクと聞こえる。心臓が飛び出そうだ。少し遅れて比企谷が達して押し殺した声で喘ぐ。彼の頭の両脇に手をつき射精した後の上気した頬を見つめる。視線は首筋を辿り波打つ胸を通りいつもはシャツに隠されているへそ周りの滑らかな肌で止まる。比企谷の肌の腹の上に溜まった白濁が溢れ腰を伝って流れ落ちる。比企谷は頭を起こしてぼんやりとそれを見ていたが葉山に視線を移す。一瞬戸惑いの表情を浮かべた。だがすぐにその表情は隠れ、口角を上げる。
「お前イク時あんな顔すんだな」
「君こそ」
 葉山は比企谷を見下ろし微笑もうとした。上手く笑えただろうか。葉山と目を合わせていた比企谷はすっとどこか怯えたように真顔になり顔を背ける。
「おい、どいてくれ」
 比企谷は側頭に置かれた葉山の腕を叩いた。彼を囲い込んだままだったと気づいて葉山は身体を離す。比企谷は葉山と目を合わせることなく身体を起こす。差し出されたハンカチで精液を拭い服を整える。
「明日卒業式だな、比企谷」
 式のことなど気にもしてないのに。葉山の口から空々しい言葉が滑り出る。
「ああ」
 比企谷は顔を上げずに葉山にハンカチを渡す。
「ここに捨てんなよ。じゃあな」
 比企谷は振り向くことなく逃げるように立ち去る。残された葉山は壁を背に座り込み表情を歪ませる。前髪をくしゃくしゃと掻きあげる。嵐のように押し寄せた情動に身を任せた。抑え込めなかった。いや抑え込もうなんて思わなかった。本能に身を任せるのはなんて気持ちがいいんだろう。身体がまだ疼いている。
 もっとだ。彼をもっと貪りたい。犯したい。君を傷つけることになっても。君を押さえつけて押し入って突き立てて突き上げて。君を暴いて身体の中から君の体温を感じたい。許されない凶暴な衝動が渦巻く。
 彼に気付かれてしまっただろうか。顔に出してしまっただろうか。彼の顔に一瞬垣間見えた怯えた表情。それすら欲情を掻き立てた。
 気持ちの制御なんてできないんだ。会いたくて触れたくて俺を認めてほしくて側にいるだけで高揚して。それだけじゃ足りなくて際限なく欲しくて求めて苦しくて辛くて。
 冷めるまで熱の中で悶えるしかないんだろうか。君の存在に意思も理性も全てもぎ取られてしまう。どんなに押さえ込んで踏みとどまっていたのか。君にはわからない。君にだけはわからない。付き合う奴もなかったな、なんて平気で俺に言えてしまう君になんか。


大学1年生 秋


 葉山は毎日比企谷のアパートに立ち寄る。そのまま泊まっていくことも多くなり、泊まると夜は必ず身体に触れてくる。身体を弄られ嬲られ葉山のものを触らせてくる。互いに扱いて高め合う行為は気持ちいい。触って触らせてじゃれあうような遊戲のような触れ合い。おかしいと思っても度重なる内に慣れてくる。
 初秋を過ぎて肌寒くなってきた。そのせいか比企谷は無意識に暖を取るように身体を寄せる。そうすると葉山はほうっと熱く吐息を漏らし手足を巻きつけてきつく抱きしめてくる。いつしか服越しに感じる体温を快いと思うようになっていた。
 だが次第に葉山は遊戲ではないと示すようになってくるようになった。比企谷を仰向けにして服を肌けると葉山は切なげな瞳で見下ろして身体にキスをする。吸い付かれるとちくっとして赤い跡がつく。葉山は首筋を舌先でなぞり唇を滑らせてゆく。首筋や鎖骨周りはかろうじて跡はつけないでいてくれる。だがそこから下の上半身の皮膚には遠慮なく唇を這わせ、吸い付きキスをする。
「ここは感じるかい、比企谷」
 葉山は胸の突起を舌で転がすように舐める。比企谷の肋骨に脇腹に臍の下に柔らかく唇を押し当ててチュっと吸い付く。
「ん、くすぐったい」
敏感なところを食まれ身を捩ると抑えつけられる。葉山の下腹部が硬くなってきているのに気づいて顔を見上げる。葉山は微笑して比企谷の下腹にそれを押し付ける。生々しい欲の証にどきりとして息を呑み密かに声を漏らす。
 朝早くに目が覚めてしまい比企谷は洗面所に向かった。電気を点けると乱された服の間から肌に赤い斑点が見え隠れする。服をめくってみて驚き息を漏らす。
 鏡に映った身体には赤い所有痕が散らばっている。まるで桜の花弁のような鮮やかな跡。
 もう戯れじゃない。これはセックスの前戯だ。葉山がこれ以上を求めているのは明らかだ。シャツのボタンを留めながら指が震える。でもあいつはいい奴だから無理強いはしないんじゃないかな。でも自分でいい奴じゃないとか言ってたな。いや、そこまではいくら何でもないかも。動揺して思考が頭の中でぐるぐると回る。
 鏡を覗き込み襟でキスマークが隠れたのを確認する。顔を洗い火照る頭を冷やして居間に戻るとまだ葉山は眠っていた。精悍で整った顔立ちに少し憂いを帯びた眉根。高校生の頃から変わらない絵に描いたような優等生の面だ。眠る葉山の枕元に胡座をかいて座り込む。
 こいつが俺を探して来てくれたと聞いた時は物好きだなと思ったが、素直にちょっと嬉しかった。戸塚も材木座も時々電話をくれるし由比ヶ浜からもメールがくる。雪ノ下からもたまーに事務的なメールがくる。土日に帰れば顔を合わせることだってある。
 だが皆もう新しい生活圏があることはわかってる。俺も少しずつでも今の環境に慣れていかなきゃいけない。
 そんな時にお前が来たんだ。環境が変われば繋がりも消えるものだし今迄そうだった。お前は俺と違って環境にすぐ慣れるだろうし友達作るのも得意だろう。嬉しいとは思ったけどほんの気まぐれで来たんだと思っていた。人間関係は進学程度ではリセットされないと言ったお前は自らそれを証明しに来たんだなと。お前は負けず嫌いだから。
 それがいつの間にかほぼ毎日だ。予想外過ぎだ。でも拒む理由がない。というよりも、拒めない。俺は高校の延長のような気楽さに甘えてるんだ。
 洗面所には歯ブラシが2本コップに差してある。クローゼットには比企谷の服の他に葉山の着替えも段々増えていってる。知らない内に生活圏が侵されている。不本意ながらお前がいるのが生活の一部になってきてるんだ。想像もしなかった状況だ。
 考えるのを先延ばしにしすぎた。楽に流れすぎたのかも知れない。
「かと言ってもな」
 比企谷は溜息をついてそう独りごちる。どうするのが正解なのかわからない。それに、熱病のようなものなんだろう。今どうなるってわけでもない。俺の考え過ぎかも知れないし。葉山の考えもわかんねえし。

 だがいきなりその日はやって来た。
 朝出がけに葉山が弁当を買ってくると言ってたので、帰ってから一緒に夕飯を取ることになっていた。
 夕方にアパートを訪れた葉山は珍しく表情が硬かった。いつになく言葉少なで話しかけても生返事しか返さない。夕食も考え込むように黙ってもくもくと食べている。
 比企谷はそっと様子を伺った。不機嫌そうだな。どうにも面倒くさいな。疲れてるのか。なにか知らないが言ってくれればいいのに。食べ終わりそうなところでやっと葉山が口を開く。
「入れたいんだ」
「何を」
「俺の」
「お前の?」
 比企谷が返すと葉山は顔を上げて苛立ったように眉を寄せる。
 「君って奴は。はっきり言わないとわからないのか」
 上目遣いに見つめてくるその瞳は熱を孕んだ雄の目をしている。こんな目を以前にも見たことがあった。葉山は口を開く。
「君の中に俺のペニスを挿入したい」
 比企谷は持っていた箸を取り落とした。直接的な葉山の言葉に身体が震える。
 キスをして身体に触れられて。それに慣れてくるといずれ葉山がそれ以上を求めてくる予感はしていた。前戯だと感じるようになってからいつか近い内にそれを言い出すかもと思っていた。だがそれが今日だとは思わなかった。いつであっても今日だとは思わなかったかも知れないが。
 けれどもそれは学生時代はしなかった未知の世界だ。覚悟なんて全くない。それに、今は行為が意味を持ってしまっている。
「あの、葉山、それは」
 頭が熱くなってきた。咽喉が乾いて声が掠れる。
「用意はしてきた。コンドームも潤滑油もある。色々調べて予習もしたし心配ないよ」
 なにそれ用意が良すぎて気合い入ってて怖いぞ。葉山はさらに追い詰めるように続ける。
「一緒に風呂に入ろう。洗ってやるから」
「い、嫌だ」
「自分で洗えるのかい」
「そうじゃなくて」
「じゃあ今すぐ抱くけどいいのかな」
「なん、なんでそうなるんだよ」
「君を抱きたいんだ」
 葉山は真剣な表情で比企谷を見つめて言う。
「君を俺の物にしたいんだ」
「物って、人をお前」
 反論する声が小さくなってゆく。拒む選択肢は与えられない。逃げ場がない。
 さんざん問答した末に葉山の勢いに押し切られ比企谷は渋々首を縦に振り承諾する。
「よし、決まりだな」
 上機嫌な葉山に風呂場に引きずられるように連れていかれ服を剥かれた。葉山も服を脱ぎ全裸になる。さすがに運動部上がりは身体が引き締まっていて腹筋も割れている。ついまじまじと見てしまう。葉山も比企谷の身体を見ていたが目が合うと何故か照れたように視線を逸らす。
「あー、服着てると細身に見えるけど、着痩せするんだな、葉山」
「比企谷、君は本当にたちが悪いな」
 葉山は掠れた声で呟くと比企谷の腕を引き、風呂場の戸を開けた。
 2人で入るには狭い風呂場でシャワーを浴びる。葉山に四つん這いにさせられ、あり得ない屈辱的な洗浄の時間が過ぎた。風呂場を出て先ほどの衝撃に呆然としたまま鏡を見る。葉山はざっくりドライヤーをかけると手早く比企谷の髪も乾かす。
 籠に入れていた着替えの服に手を伸ばすと背後から葉山にその手を掴まれた。比企谷の手から服を振り落とすと葉山は腕をそのまま首元に巻きつけて抱きしめてくる。背中に葉山の裸の上半身が密着する。触れる風呂上がりの熱い肌。
「服は必要ないよ。待てない」
 耳元で低い声で囁かれ、洗面所から連れ出された。葉山は折りたたんだ布団を足でぞんざいに広げると比企谷をその上に押し倒す。
 裸の身体は隠すところがない。葉山のペニスが勃ち上がり反り返っているのが見える。怖じ気づいて後退ろうとすると腰を掴まれ引き戻された。
「悪いけど待てないんだ」
 葉山は顔を近づけてキスをすると比企谷の足を折り曲げ大きく開脚させた。晒された中心をまじまじと見ている。比企谷は羞恥に足を閉じようとするが、葉山が間に身体を入れてきたので果たせない。葉山は持参した潤滑油を人差し指で掬うと親指で指全体に広げて窄まりを指でなぞる。ぬるりと後孔に指が入れられて比企谷は違和感に悲鳴を上げてしまった。
「ひあっ」
「ごめん、冷たかった?もう少し体温で温めるよ」
 捏ねて温めた潤滑油を塗り込めながら葉山の指が抽送する。身体の中を解されていく。増やされる指の生き物のような動きにおかしな気分になる。浅いところから深いところまで内壁が広げられてゆく。葉山の指は3本、4本か。嘘だろ、そんなに入ってしまったのか。身体が葉山を受け入れるように作り変えられてゆくのか。ようやく指が引き抜かれホッと溜め息が出る。
「もういいよね」
 葉山は手を添えて後孔にペニスを当てる。探るように押し付けられビクッとする。
「コンドーム使わなくてもいいかな」
「え、なんで、持ってきたんだろ」
「中に出さないようにするから」
 葉山が腰を押し付けると亀頭がぐっと突き入った。窄まりを押し広げられて比企谷は息を詰まらせる。葉山のペニスが入ったのか。熱くて弾力があって太い。これがあいつの感触なのか。揺さぶられさらに竿が押し入ってくる。突き上げられるたびに圧迫感にくっと息が詰まる。人の身体を受け入れる感じたことのない痛み。葉山はゆっくりと挿入しながら上擦った声で訊ねてくる。
「大丈夫か」
「んな、わけねえ」
 痛みを散らそうと切れ切れに息を吐く。壊れてしまいそうだ。葉山も入れるのがきついのか声が掠れて苦しそうだ。でも俺ほどじゃねえだろ。それともこいつは感じてるのか。
 葉山は上半身を倒し身体を重ねてくる。汗ばむ互いの身体がぴったりと触れ合う。葉山の鍛えられた筋肉が身体の上に密着して滑る。ごつごつとした男の身体。葉山が腰を前後に振るたびに灼熱が更に触れられたことのない奥に押し入り身を抉ってゆく。
「比企谷、比企谷」
 葉山が浮かされたように名前を呼ぶ。腰を打ち付けられる度に接合部から水音がする。激しいピストン運動に奥を突き上げられ身体を揺さぶられる。脈打つ葉山の身体の一部が比企谷の身体を穿ってゆく。
「ん、あ」
 擦られて小さく喘ぎ声を上げてしまい口に手を当てる。変な声を出しちまった。聞かれてないよな。ちらっと様子を伺う。葉山は顔を上げて比企谷を見つめ、熱っぽい吐息混じりの声で囁く。
「ほんとは中でいきたいんだけどな」
「お前、何言ってんだよ」
 葉山はにっと笑うと眉根を寄せる。ぐっと奥に突き入れて動きを止めると、達する前に一気に引き抜いた。内臓を押し上げていた圧迫が消えて比企谷はほっと息を吐く。葉山は比企谷の腹の上に先端を触れさせ精液を注ぐ。白濁は臍に溜まりとろりと溢れる。葉山はティッシュでそれを拭き取ると覆い被さってきた。比企谷の身体を抱きしめ愛撫してくまなくキスをする。首筋に吸い付かれてちくっとする。跡をつけられたかも知れない。そこは襟では隠せない。また首筋を吸われる。ああ、でも別に誰も気にしないか。葉山はキスをしながら下腹部に手をやり比企谷の勃ち上がったペニスを探る。
「君はいってないね」
 少し残念そうな声音に呆れる。
「そりゃそうだ。ケツでいけるわけねえだろ」
「そうかな。さっき君は」
 葉山は比企谷を見つめ、いかせるためにペニスを扱き始めた。

 翌日は休日。カーテン越しに柔らかい光が差し込み薄明るく部屋の中に満ちる。比企谷は珍しく朝遅く起きた。だが着替えることもできない。目を覚ました葉山に顔を見るなり抱き寄せられてからもう午後を回る。まだ布団から出してくれない。一日中俺を離さないつもりなのか。
 葉山は比企谷の身体に腕を巻きつけて深い口付けを繰り返して筋肉質な脚を絡めてくる。剥き出しの下半身を押し付け身体を愛撫してキスの跡をつけてゆく。
 葉山の背中に腕を回して応えながら比企谷は戸惑う。朝から布団の中で服を着ないでいちゃつくとか、俺の人生であり得ないだろ。比企谷は葉山の肩を軽く叩く。
「葉山、トイレ行きてえ」
「ああ、じゃあ俺も君の後で行くよ」
 葉山はついて来てトイレのドアの外で待ち、続いて入る。比企谷は裸だしついでにと風呂場に入った。シャワーから湯を出した瞬間に葉山も入ってくる。
「シャワーを浴びたいんだけど」
 狼狽えて比企谷が言うと葉山が笑う。
「俺もだよ。一緒でいいよね」
 返事をする前にドアが閉められシャワーを一緒に浴びることになってしまった。温水を浴びながら葉山は比企谷を抱きしめる。身体を密着させ深くキスをする。掌を肩甲骨に背筋に尻にと滑らせて身体中に這わせる。
 風呂場から出て身体をぞんざいに拭き終わるなりすぐまた葉山は比企谷を布団にひき戻した。比企谷を組み敷いて火照る肌を合わせてくる。また身体に唇を這わせてくる。
「シャワー浴びた意味がねえじゃねえか」
「そうだね」
葉山はにっこり笑って抱きしめてくる。
 ようやく密着していた身体がそろりと離れる。葉山は下腹部に降り比企谷の脚を開かせ太腿にキスをする。幾つも内股に吸い付かれ比企谷は擽ったくて身体を攀じる。葉山は比企谷のペニスを口に含む。咥えられた柔い感触に比企谷は慌てた。
「ちょ、ちょっと待てよ」
 身体を起こすと葉山と目が合う。赤い舌をちろりと出して亀頭を舐めながら上目遣いに見つめてくる。とんでもない光景にどきりとして頬が熱を持つのを感じる。俺は今きっと赤面してるよな。
「見るなよ」
「君が感じてるとこ見たいんだ」
「お前、悪趣味だぞ」
 葉山は竿を深く咥えると抽送する。口腔の温い粘膜の感触が気持ち良く高められていく。葉山に見られているのが恥ずかしくて堪らない。
「出る、離せよ、やだって」
 葉山は離そうとしない。身体を捩っても逃れられない。やばい、達してしまう。声を出さないように口元を覆う。波が押し寄せてきて中心が爆ぜる。
「ん、あ」
 痺れるように身体を支配した熱が引いていく。葉山の口内でいかされた。嫌だって言ったのにこいつは。なすがままにされ一部始終を見られていたかと思うと屈辱を感じる。
 足の間に伏せていた葉山が身体を起こした。ペニスがまた勃ち上がっているのが見える。葉山は熱を含んだ瞳で比企谷を射る。
「君の中でいきたい」
 うつ伏せにされて脚を開かされる。腰を掴んで引き寄せられ、比企谷は慌てて背後の葉山を振り見た。
「え、何、葉山」
顔に動揺が現れていたのだろう。葉山は苦笑して続ける。
「次にするよ。コンドームつけるよ。今回はね」
 葉山は比企谷の臀部を割ると腰を押し付けて挿入する。肉壁を擦り突き入るぺニスに夜とは違う場所を責められる。
「あ、あ、葉山」
「ん、後ろからだと感触が違うね」
「あ、ばかやろ」
「もっと深く入れていいかな」
 葉山は比企谷の尻を高く上げさせて引き寄せる。鬼頭の出ないぎりぎりまで引き抜き、強く突き上げる。
「ひあ、え」
 深々と挿入されて比企谷は引き攣った悲鳴を上げた。揺さぶられるほどにぐっと葉山のペニスが昨日より奥に入ってくる。
 「そこまでじゃ、ないのか、う、あ」
 葉山のペニスの付け根の皮膚と陰嚢が触れる。
「気持ちいいところ教えてくれないか」
「なんでそんな、何言ってんだよ」
「気持ちいい方がいいだろ。教えてくれないなら俺が探すよ」
 葉山のペニスがじりじりと左右に中を擦りながら引き抜かれる。行きつ戻りつ探るように入ってくる。体内でこりっとどこかが摩れる感触がした。身体がびくりと跳ねる。
「やだ、そこ、何だ今の」
「見つけたよ。ここみたいだね」
 葉山は屈み込み耳元で嬉しそうに囁くと何度もその場所を擦った。動くたびに内壁を痺れるような快感が押し寄せる。痺れは背筋を伝わり身体中に広がってゆく。
「気持ちいい?比企谷」
「は、や、」
 返事も悪態もつけない。じわじわと身体が熱くなり下腹に熱が集まり勃起してきたのを感じる。押し殺しても喘ぎ声が漏れて恥ずかしくて堪らない。
「君の中、熱いね。ぎゅっと締め付けてくるよ」
「お前が変な感じに動かすから、やだって言っただろ、葉山ぁ」
「何言ってんだ。これから何度もするんだから」
 嘘だろ。こんな恥ずかしい姿勢でこんな恥ずかしいこと、何度もするのかよ。葉山が背中に覆い被さる。抱きしめられて背中に葉山の硬い筋肉を感じる。葉山はぐっと突き上げると腰を押し付けて動きを止めた。貫いている肉の杭がぶるりと震える。葉山は低く唸り耳元でふうっと熱い息を吐く。比企谷は葉山が達したのだと気づく。
 その内こいつは生でしたいって言い出すんだろうな。てか、さっき言ってたじゃねえか。まだ抜かねえのかな。こいつのまだ硬いんだが。
「比企谷」
「な、なんだよ」
「まだいけそうなんだ」
「そ、そうか」
「今度はつけないでいいかな。君の中でいきたい」
「嫌だ。そんなの、中に入ったらどう取るんだよ。取れないだろ」
「洗ってやるから。頼む比企谷。お願いだ」
 真剣な表情で懇願されると断れない。拒む理由が見つからない。このまま俺はどんどんお前に染められていくんだろうか。

「想いを告げなきゃ出来なかったことがあるよ」
 仰向けにされた比企谷の身体に葉山の腰が密着している。身体を起こした葉山は接合部を見ながら抜き挿ししている。脚は大きく開かされた比企谷は太腿を掴まれて自由に動けない。葉山が腰を揺らし肌を打ち付けるたびに、さっきとは違ってペニスの皮膚がよれる感触がする。肉の棒が生々しく体内を穿ってゆく。昨夜も生で入れられたのに、宣言されたせいか意識してしまう。
「ん、は、それって、こういうことか」
 比企谷は顔を顰めて喘ぎ声混じりの声で問うた。さっき散々嬲られた敏感なところを雁に擦られ感じてしまう。嬌声を上げてしまいそうになり必死で堪える。身体を揺らされるたびに中心から聞こえる粘着質な水音が耳を苛む。
「それだけじゃないよ」
 葉山はそう言うと比企谷の腰を少し持ち上げ揺する速度を早めてゆく。引き抜いては突き上げ体内を往き来する葉山のペニスが股の間に見え隠れする。比企谷は息を呑み目を逸らす。
「そんなとこ見てんなよ」
「君の身体に入ってること確認してるんだよ」
 葉山は比企谷に視線を移し悪戯っぽく微笑む。
「夜と違って明るいからよく見えるよ。君にも見えるかな」
 欲情を映し出す瞳の下に晒され比企谷は羞恥に隠れたくなった。葉山が動くたびに繋げられた比企谷の身体も激しく揺さぶられる。葉山は目を瞑ってぐっと奥を抉り射精して低く唸る。後孔に埋められたそれがどくりと脈打ち熱い液体が吐き出される。
「あ、は、ほんとにお前、中に」
 飛沫が迸って後孔の中をじわりと濡らしてゆく。荒い息を吐きながら葉山が覆い被さってくる。筋肉質な体躯はずしりと重たい。首元にかかる葉山の息が熱い。広がってゆく葉山の熱を体内に感じる。


高校3年生 春から大学1年生秋


 卒業式が終わった。講堂でも教室でも周りに皆がいて比企谷と話せる機会はなかった。式が終わっても互いの家族が来ていて比企谷と2人きりになれる機会はない。比企谷の姿を目に留めながら外に出る。校庭には卒業生同士が集まっていたり在校生が待っていたりと賑やかしい。人の波に揉まれていつの間にか比企谷の姿を見失う。葉山は比企谷の姿を探しすが、喧騒に取り巻かれ身動きが取れない。
 暫くして在校生が去り卒業生も皆親と一緒にそれぞれの方向に散り始める。帰る前に比企谷に会いたい。少しだけでもいい。彼と話がしたい。葉山は用があると言って両親から離れた。見慣れた猫背の姿を探す。校庭の何処にも彼は見当たらない。いつの間にかもう帰ってしまったのか。
 葉山は立ち止まる。卒業が意味するものに気付いてしまった
 もう会えないんだ。街ですれ違うことはあるかも知れない。でも毎日会える時なんてこれからはもうないんだ。俺たちにはもう理由がない。何度もキスをして君の身体にも触れたのに。君の気持ちを知らないまま、俺の気持ちを告げないままに。
 俺たちの関係はなんだったんだろう。形にするのが怖かった。認めてしまえば告げてしまえば壊れると思っていた。失ってしまうと思っていた。壊れるのが怖くて、君との今をこの手に握っていたくて。そうして俺は未来の可能性を手放してしまったんだ。
 
 部屋のベッドに寝そべり天井をぼんやりと眺める。両親は仕事に戻り家には葉山1人残された。家では昔からいつも1人だ。だから皆と外に出かけて過ごすのが好きだった。でも1人なのは慣れてるし苦痛じゃなかった。
 今は堪えられない。寂しくてたまらない。心に出来た虚が広がってゆく。君といるだけであんなに波立ち、時に荒れ狂う嵐のように乱された心がいまはさざ波すら立たない。悦びも苦しみも、俺の中に何も無くなってしまった。俺は伽藍堂だ。
 君に会いたい。君に触れたい。君を誰かに盗られてしまうなんて堪えられない。ああ、そうだ。俺はもう君を俺の物だと思っていた。心を告げることがなくても、キスしかしてなくても、卒業前の一度しか身体に触れてなくても、君を俺の物だと思っていたんだ。
 葉山は身体を起こし膝を抱える。明日になれば慣れるのか。痛いほどのこの喪失に。

 卒業後の休みには一度も会えなかった。街中ですれ違うこともあると思っていたのに。彼は家に篭ってるのかも知れない。彼の携帯の番号を見ては溜息を吐く。何を言えばいいのだろう。
 悶々としたまま春休みは過ぎていった。明日からは大学生活が始まる。比企谷の通う大学は県内でも近場だ。きっとどこかで会えるだろう。

 電車の自動ドアが開くと薄桃色の花弁がふわりと飛び込んできた。ホームに広がった桜の花弁が風に舞って潮が引いていくように流れる。
 電車で通学するのは高校の時と同じだが今の行く先は東京だ。乗車時間は長く高校と時とは比べものにならない。大学に入ってからは忙しい日々に追われ帰ってから彼を探す時間もあまり取れない。それでも葉山は駅を出ると大学からの帰り道に本屋に立ち寄る。比企谷がいないだろうかと期待しては落胆する。彼と行ったことのある店やショッピングモールにも足を運び彼の姿を探して彷徨った。
 偶然でも何処かで会えないだろうか。会って何を言えばいいのだろう。またキスをしようって?言えるはずがない。嫌な顔をされるかもしれない。彼には黒歴史かもしれないのに。でも会いたい。
 もうすぐ夏になるというのに、いくら探しても何処にも姿を見かけない。何故なんだ。同じ地域にいるはずなのにさすがにおかしくないか。他の友達には会えるのに彼にだけは会えないなんて。彼が生活習慣をそんなに変えるだろうか。大学に行かないでずっと家の中に引きこもっているのか。いくらなんでもそんなはずはないだろ。彼の家に行けば会えるだろうか。でも行って何を言うんだ。
 比企谷の通っているはずの市内の大学の近くに何度も足を運んだ。だが一度も会えない。葉山は次第に焦り始めた。時間が経てば経つほど怖くなる。彼が誰かの物になってしまうかもしれない。誰かに盗られてしまう。彼は皮肉屋で人見知りだけれど高校の時と同じように良さに気づく人はきっといるだろう。惹かれる人だって出てくるだろう。彼が他の誰かとそんな関係になってしまうなんて考えるだけでおかしくなりそうだ。
 夏休みも会えないままに終わり、残暑は早くも過ぎて秋の気配が忍び寄る。歩道の植木がほんのり色づいてきている。葉山は空を見上げる。
 もう誤魔化せないんだ。彼を誰にも盗られたくない。誰かに奪われるのを指を咥えてみていられるはずがない。奪われる前に取り返す。今度こそ本当に俺の物にするんだ。出来るかどうかわからない。彼が受け入れてくれるとは限らない。でも少なくとも欲しいと伝えなければ、手を伸ばさなければ何も始まらない。
 なら俺は偶然なんて見えないものにはもう頼らない。
 葉山はガードレールに凭れかかりポケットから携帯を取り出す。迷いなく比企谷の番号を押す。だが繋がらなかった。何度かけても繋がらない。番号は間違ってない。携帯を変えたのか。葉山の心に疑いが沸き起こる。俺には教えないってことか。それが君の意思なのか。それとも忘れてるのか。俺のことを。
 君はクラスが変わるだけで関係はリセットするものだと言っていた。自然消滅という形で切り捨てることができるとも。君は俺との間に一欠片の繋がりも残さないつもりなのか。俺をリセットするつもりなのか。ふざけるな。
 理不尽だとわかっていても頭に血が上る。君がそのつもりなら直接家に行って会うだけだ。


大学3年生 冬


 土曜日の朝、朝食を済ませると皿をキッチンに運びながら葉山は問うてきた。
「今日は何か予定はあるのかい」
「家に帰る。冬服が必要だからな」
 比企谷は皿を受け取って洗いながら答える。今朝は朝食を用意したのは葉山だったので後片付けは比企谷だ。おかしいな。一人で朝食を取ったのいつだっけ。ルールを作るほど2人飯の機会が増えてきてるってことか。
「そうか。結構荷物になるんじゃないか。付き合うよ」
「いいのか?悪いな、助かる」
「丁度いいよ。サッカーのOBとして学校に行くんだ。君も付き合ってくれよ」
「は?なんで俺まで付き合わされることになるんだよ」
「君に付き合うって言っただろう」
「それはお前がだろ、なんで俺が」
「君も実家に帰るんだろ。ついでだからいいじゃないか」
 なんだかんだと押し切られてしまった。その上いらないと言うのに葉山のマフラーを首に巻かれる。
「マフラーを持ってきてない君がいけない。君は海辺の寒さを忘れたのかい?」
「だから取りに行くんだろ。いらねえって。なんか派手な柄で似合わねえし」
外そうとする比企谷の腕を止めて葉山は指で首筋にそっと触れる。いくつも指を滑らせて摩りながら悪戯っぽく微笑む。
「赤くなってるね。君がこれを見せたいのなら構わないよ」
「お前、お前のせいだろ」
「だから言ってるんじゃないか」
 そう言われるとぐうの音も出ない。巻き付けられたマフラーからは葉山の匂いがする。コロンか何かなのかうっすらとする柑橘系ぽい匂いに落ち着かない。比企谷はマフラーをほどくと葉山に押し付ける。
「やっぱりいらねえよ」
 葉山はふっと笑うとショルダーバッグにマフラーをしまう。
「一応持っていくよ」」
 電車に乗り駅に到着すると腕を組まれ引きずられるように学校に連れて行かれる。学校が見えてくると葉山にいきなりまたマフラーを巻かれた。
「お前、いらないって言っただろうが」
 文句を口にすると葉山が目で校門を示す。門の前に戸部が立っていた。葉山に気づくと戸部は嬉々として走り寄ってくる。比企谷は並んで歩いていた葉山からちょっと離れる。葉山はちらっと横目で比企谷を見るが何も言わない。
「隼人くん、久しぶりー」
 相変わらず明るい戸部に隼人も笑顔で挨拶する。
「ああ、久しぶりだな」
「ヒキタニくんもー。聞いてるよ」
「な、何を?」
 比企谷はマフラーに手をやり狼狽えて聞き返す。
「ん?ヒキタニくんも学校来るから隼人くんと一緒に行くって聞いたけど違うん?」
「あ、あー。そうそう、じゃあ俺はこっちだから」
「せっかくだし、ヒキタニ君もグラウンド見てかない?」
「いや、関係ないし、寒いしこれから家に」
 比企谷が言い終わる前に葉山が口を挟む。
「校舎の中にいれば寒くないだろ。じゃあ後で行くからな、比企谷」
「ああ、うん」
 グラウンドに向かう葉山と別れて比企谷は校舎に入り廊下を歩く。言外に勝手に帰るなって言ってんだなあれは。土曜日だから校舎の中に生徒は少ない。部活の生徒くらいか。ついこの間まで毎日通った校舎が別の建物のようだ。平塚先生に挨拶しようかな。職員室は開いてるようだけどいるかな。いや、話長くなりそうだし余計なこと聞き出されそうだし今回は止めとこう。
 階段を上がり図書室に向かう。誰もいないのに鍵が開いている。不用心だな。誰か鍵をかけ忘れたのか。書架の奥の方に歩いてゆくと窓際にしゃがむ。初めて葉山とキスした場所だ。図書室のドアが開けられたらしく重い軋む音がする。生徒が来たのかな。足音は近づいてきて比企谷の前で止まる。見上げると葉山が立っている。
「ここにいたのか。何処に行ったのかと思って探したよ」
「もう行くのか」
「ああ、そろそろね」
 比企谷は視線を逸らしてぼそっと口を開く。
「戸部のやつ、なんか知ってんのか?」
「君と一緒に行くって言っただけだよ。俺たちの関係のことは言ってないよ」
「そうか」
 比企谷はほっと息を吐く。それを見て葉山は続ける。
「今はまだね」
「まだって、葉山お前」
 慌てて見上げると葉山は面白がるような笑顔を浮かべている。
「揶揄うなよ」
 比企谷が溜息をついて立ち上がろうとすると葉山が隣に来てしゃがむ。もう行くんじゃなかったのか。比企谷はまた腰を下ろす。寒いのに換気のために窓を開けてあるのか、カーテンが風に吹かれてひらひらと舞う。葉山が口を開く。
「聞きたかったんだ」振り向いた比企谷と葉山の視線が交錯する。「初めてキスをした時君はなんで逃げなかった」
比企谷は葉山から目を逸らす。
「お前が何をするつもりなのか、どうしたいのか気になったんだ」
「それから何度もキスしただろう。あれは何故だ」
「最初に平気な顔しておいて今更動揺したら負けだろ」
「それだけなのか」
「それだけだ」比企谷は俯いて続ける。「お前はなんでこんなことするんだろうって思ってた。何考えてんだって、これに何の意味があるんだろうって。お前のことだからなんか意味あるんだろうってな」
「比企谷」
「それにこんなのは今だけだと思ってた。好奇心とか気紛れなんだろうって。でもお前は止める気配がなくてずっと続いて。でも一番長くても卒業までだと思ってたしな」
「本当は、嫌だったのか」
 葉山が傷ついたような表情で目を伏せる。比企谷は顔を上げて葉山を見つめる。
「嫌じゃなかった」
 葉山が瞳を上げる。比企谷は少し苛ついた表情を浮かべている。
「嫌じゃなかったんだよ。お前とキスなんておかしいってわかってるのに。拒む理由がなかったんだ。卒業の前の日にキスだけじゃなく一緒にマスターべーションみたいなことしたろ。あれも嫌じゃなかった。おかしなことしてるってわかってるのに。お前といると何かに呑まれてしまいそうで。それが怖かった。大したことじゃないと思おうとした」
比企谷は一気に捲したてて肩で息を吐く。葉山を振り向いて続ける。
「お前はどうだったんだよ」
「俺も同じだよ。怖かったんだ。でも君のそれとは違う」
 比企谷は葉山を見つめる。あの頃の葉山が比企谷を見つめ返している。
「君に手を伸ばしたその意味を知られるのが怖かった。それを悟られたら君を失うと思った。失うには俺は君とのキスに溺れすぎていた」
 葉山は比企谷の髪を撫でて一筋取って指に巻きつけて弄ぶ。
「キスだけで満足だったのに段々それだけじゃ足りなくなってきて、自分の歯止めがきかなくなってきそうで怖かった。衝動が抑えられなくてこのままだといつか君に酷いことをしてしまう。わかってても止められなかった」
「酷いことって、お前が?お前はしねえだろ。」
「できるんだよ、俺にも」
 葉山は声を低めて静かに言う。
「俺も知らなかった。本能に任せてしまうことがどんなに容易いことか」
 葉山はマフラーと首の間に手を滑り込ませ、襟足から見える比企谷の首筋をさする。
「結局我慢できなかったよな。俺は」
 比企谷は擽ったそうに首を振る。
「俺も卒業したら元の俺に戻れると思っていたよ。でも卒業しても君に囚われたままだった。終わりなんかなかったんだ、比企谷」
 葉山は比企谷の片頬を掌で覆い此方を向かせる。比企谷は葉山の手に自分の手を重ねて眼を瞑る。ふわりと温もりが触れ唇が柔らかく重ねられる。


大学1年生 初秋


 休日の早朝の上り電車は空いていた。手摺に凭れて電車に揺られながら葉山は手に持ったメモを見つめる。
 メモに書いてあるのは昨日小町ちゃんに教えてもらった比企谷の住所だ。路線は違うものの葉山の通う大学からさほど遠くではない。こんな近くにいたなんて。本当に君って奴は俺を苛立たせてばかりだ。葉山は顔を上げて車窓から景色を眺め、昨日の小町との会話を思い起こした。
「もう、お兄ちゃんたらしょうがないなあ。全くそういうところがごみいちゃんなんだから。葉山さん、今兄のメアド教えますよ」
 小町ちゃんは呆れた口調でそう言った。
 比企谷の家を訪ねると小町ちゃんがドアを開けた。比企谷のことを聞くと今はこの家にいないこと、その理由と現住所を教えてくれた。
「ありがとう。でもいいんだ。会って本人から直接聞きたいからね。住所だけで十分だよ」
 葉山は礼を言うと住所を携帯のメモに記録した。前もって連絡すると逃げてしまうかも知れない。彼の真意がわからない以上、連絡なしで行く方がいいだろう。小町ちゃんは柔らかく微笑んで言った。
「兄は独り暮らしで寂しがってると思います。会いに行ってくれたら喜ぶと思いますよ」 俺に会って喜ぶかどうかわからないな。でもその言葉に後押しされた。早朝なら君は確実に家にいるだろう。もっとも君はあまり出かけたりはしないだろうけど。
 駅に到着するとメモを見ながら住所を探した。そう遠く離れてはいない。商店街を抜けて比企谷の住むアパートに辿り着き、階段を上がって2階に上がる。メモにある部屋の番号には確かに比企谷と表札に書いてある。
 葉山は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。やっと君に会えるんだ。ドアベルを鳴らす。暫くして部屋の中から足音が近づいて来て扉が開かれる。寝癖頭の君が顔を出した。君はびっくりした表情を浮かべている。君は何も変わっていないね。心が高揚する。ぽっかりと空いていた心に温かいものが満ちてゆく。
「久しぶりだね」
秋の始まりを告げる涼しい風が吹き抜ける。


大学1年生 冬

  
 学校からの帰り道。約束通り比企谷の家に向かい街中を歩く。葉山は隣の比企谷に肩を寄せる。比企谷が離れようとするのを許さず腕を組んで引き寄せる。比企谷は顔を顰めて文句を言う。
「くっつくなよ」
「なんで」
「また知ってる奴に会ったら変に思われるだろ」
「そんなことはないだろ。むしろ俺は皆に言いたいよ。君は俺のものだってね」
「お前な、冗談じゃねえぞ」
 葉山は比企谷の顔を覗き込む。
「君は俺の物だろ」
 比企谷はちらっと葉山を見て言う。
「こういう状態をお前の物になったってんならそうなんだろ。逆はねえけど」
「俺を君の物だとは思ってくれないってことか」
「そんなの誰も思わねえよ」
「君は卑怯だ」
「なんだよ。認識の問題だろうが。思えねえもんはしょうがねえだろ」
「俺がどれだけ君を。君は自分の価値を知るべきなんだ。前もそう言っただろう」
「そんなこと忘れたぜ」
「君は本当に」
 葉山は言葉を切り苦笑して続ける。
「いいさ。俺が君の価値をわからせるよ」葉山は比企谷に顔を寄せて囁く。
「今なら君に出来ることが沢山あるからね」
 比企谷は立ち止まると頼りなさげな声で呟く。
「お前、その、思い上がるなよ」
 そう言うと比企谷はマフラーの端を巻き直して口元を覆い俯いて顔を埋める。葉山は微笑み、比企谷の隣に並ぶと歩幅を合わせて歩く。
「比企谷」
「なんだよ」
「俺は君とならしたいことがいっぱいあるんだよ。君にしたいこともいくらでもある」
 葉山は隣の細肩を抱き寄せる。比企谷は少し肩を揺するが振りほどこうとはしない。
「つきあうってそういうことだろ」
 葉山は肩を抱く腕に力を込める。

END

深淵と観察者(R18)

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「動いていいな」
薄い暗がりの中で聞こえた声に比企谷はひゅうっと喉を鳴らす。比企谷の身体を貫いている葉山の性器はさらに奥に入ろうとじりじりと動く。覆いかぶさる葉山の腕に爪を立て、裸の背中にも爪を滑らせる。腰を捩っても深く突き入れられたものは抜けることはない。動いたせいでかえって内壁を擦られてしまいより感じてしまい身悶える。
カーテンを閉めた理科室で比企谷は机の上に押し倒され脚を開いて身体に葉山を受け入れていた。葉山はシャツを脱ぎズボンを腿まで下げている。比企谷のシャツは肌蹴られただけだがズボンを脱がされ下半身は剥き出しにされている。誰か来たらどうしようとドアを見るとそれに気づいた葉山が顎を掴み正面を向かせる。
「はや、ま」
「俺を見てろよ。比企谷」
熱い杭が擦りながら引き抜かれ捩るように入れられる。ゆっくり繰り返す出し入れする動きが段々強くなり内側から灼熱に抉られてゆく。葉山の鍛えられた胸筋が身体の上で揺れるたびに肌を打ち付ける音が聞こえて体内を強く突き上げられる。
激しい揺さぶりが耐え難く目を瞑っていると顔にはたはたとの葉山の汗が落ちてくる。温かい雫。汗、なのか?目を開けると目の前に葉山の顔がある。薄暗がりの中でよく見えないが瞳が光っているように見える。
「葉山、お前」
「俺を見てろよ」
葉山は熱を帯びた低い声で言う。背中に回していた手を葉山の頬に当てると濡れた感触がある。これは誰なんだ。お前が言うように俺のせいだと言うのなら、俺はお前の何を引き出してしまったんだ。
深淵を覗くものは。そんな言葉が頭をよぎる。宙に浮いた比企谷の脚が葉山の揺さぶりに合わせて振り子のように動く。深淵を覗くものは、なんだっただろうか。


「観察者効果とは観察するという行為が観察される現象に与える変化だ。観察されることで対象の状態は変わる。観察し暴く観察者の行為が対象に影響を与えるわけだ」
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴りその音に平塚先生の話が遮られた。
「今日はここまで。それから比企谷、後で職員室に来るように」
 葉山はふうっと溜息をついた。かなり授業は脱線していた。よそ見をしたり上の空になっている生徒も多かっただろう。量子力学の話なんてついていけるのは俺とほかに。葉山はちらりと教室の廊下側に座る比企谷の方に目をやった。
 ぼんやりと中空を見つめて眠たそうだ。君もちゃんと聞いていたかな。君は文系だから興味はないか。
 葉山は教科書を片付けるといつものように仲間と窓際に集まった。たわいもない仲間の話を聞いて軽く相槌をうっているとふと視線を感じた。誰がこっちを見ているんだろうか。葉山がその視線の方向を目で辿ると頬杖をついて座っている比企谷と目が合った。気づいた比企谷はビクッとして慌てて目を逸らした。
 君が俺を見ていたのか。君はいつから俺を見ていたのだろう。何か気になることがあるのだろうか。
 休み時間が終わり授業が始まり席に戻った。授業中に気になって比企谷をちらちらと見ていたが彼は振り向くことはなかった。昼休みにも雑談に興じながら比企谷の様子を伺ったがその日はもう目が合うことはなかった。
 だが次の日の休み時間も葉山は比企谷の視線を感じた。比企谷は葉山と目が合うと目を伏せたり逸らしたり、時に席を立って教室を出て行った。
 比企谷の視線に気がついてから葉山は彼がなぜ見ているのか気になってしょうがなくなった。教室ではなく廊下で仲間とたむろし談笑していても視線を感じることがあった。気づいてそちらを向くと比企谷が見ていることが度々あった。葉山の方も見ていると気づくと比企谷はやはり目を逸らして立ち去った。
 俺の他は誰も彼の視線に気づいていないようだ。彼は目立たないようにしているから無理もないが。どうして俺を見ているんだろう。俺が君を見ているように君も俺を見ているのだろうか。それとも別の意味があるのだろうか。
 葉山は仲間と話しながらも気もそぞろに比企谷の去った方向に目を遣った。

 先生が黒板に文字を書き付けるカリカリという音だけが静かな教室に響いていた。葉山は比企谷を盗み見た。
 授業中は君はこちらを向くことはあまりない。全くないと言ってもいい。それは俺が授業中に君をいつも見ているからわかる。君は気づいてないだろうな。俺が君から目を離すわけないんだ。整った鼻筋薄い唇薄眼を開けた眠そうな目。退屈なのか欠伸をしている。上の空で中空を見つめてる。君の一挙一動から目が離せない。
 視線に気づいたのか比企谷が葉山の方を向いた。目が合ったので笑いかけると比企谷は困った表情で目を逸らした。
 君は俺がいつも見てることに気づいてくれたのだろうか。授業中だけじゃないんだ。夏休みのボランティア合宿の時も体育祭の時も俺はいつも君を見ていた。君はたまにしか気づいてくれなかったけれど。休み時間に俺を見ている君は、俺と同じ理由で見ていてくれるんだろうか。また振り向いてくれないだろうか。
 そう思いながら葉山は視線を送った。目を離すわけがない。どんな時も括り付けられたように俺は君から目を離せないんだ。
 休み時間には彼の視線を感じながらわざと気づかないふりをした。見ているのはわかっているのに素知らぬふりをしながら時々今気づいたように彼に目を移した。目が合うと彼は慌ててそっぽを向いた。目を逸らすとまたこっちを見ているのが感じられた。
 近づくと離れる離れると近づく。まるで野生動物のようだ。ふっと笑いが漏れた。俺は君が見ていることを知ってる。君も気づいているんだろう。

 葉山は放課後に忘れ物を取りに教室に戻った。戻る道の通りがかりに誰もいないと思っていた空き教室からパサパサと紙の擦れる軽い音が聞こえた。戸の小窓から教室を覗くと教室の窓際の席で比企谷が机を横にくっつけて並べ何か書類を束ねていた。
 書類を一枚ずつ取り冊子を作っているらしい。陽が低く斜めに差し込む光で1人座る彼の面差しに影が濃く落ちていた。葉山は戸を開けて声を掛けた。
「どうしたんだ」
 声を掛けると比企谷は顔を上げた。
「葉山か。平塚先生の雑用で資料作りを頼まれたんだよ。奉仕部への依頼と言われちゃ断れないしな」
「1人でやってるのか」
由比ヶ浜と雪ノ下は用があんだとよ。俺は暇だし。まあ簡単な仕事なんだがな。期限は今週だし暫く居残ることになりそうだ」
「結構な量じゃないか。手伝おうか」
「いらねえ。忙しいだろリア充は。部活いけよ」
「今日明日は休みなんだ。暇だからいいだろ」
 そう言うと葉山は比企谷の前の席の椅子を逆にして向かい合って座った。聞きたいことがあった。
 比企谷が何故俺を見ているのか。俺と同じ理由なのか。君は俺を認めてるし俺も君を認めてる。でも君の気持ちはわからない。君は俺をどう思ってる。もし俺と同じ気持ちなのなら俺は。教えてくれ。
 書類を揃えながら葉山は比企谷を見つめた。比企谷の長めの前髪が光に透けて栗色に染まっていた。こんなに近くで彼の顔を眺めることはあまりなかった。少し手を伸ばせば髪に触れられそうな距離。校庭の喧騒が遠く聞こえた。葉山は比企谷の様子を伺い口を開いた。
「君から見て俺はどう見える」
「いい奴じゃねえの」
「そんなことを聞いてるんじゃない。君は俺をどう思ってるんだ」
「ガチで聞きたいのか」
 比企谷は作業の手を止めて顔を上げた。
「ああ」
「スペック高い奴なんて目障りだろ普通」
 予期しなかった返事に葉山は言葉を失った。茫然とする葉山に比企谷はさらに刃のような言葉を紡いだ。
「劣等感を刺激されるばかりだろうに、あいつらはお前といて何がいいんだろうな」
「ひどいな」
 内心の動揺を隠してやっと言葉を紡いだ。
「明らかに引き立て役になるだけだ。損だろう」
「友達になるのに理由はないだろ」
「あるだろ理由は」
 いつもの比企谷らしい考え方に物言いだった。普段の葉山であれば憤りはしても傷つくことはなかっただろう。だが今は構えていなかっただけに比企谷の言葉が刺さった。
「あいつらはいい奴だ。お互いいい奴だと思ってるから付き合っていける。仲間なんだ」
「いい奴ってのはお前にとって都合のいい奴だろ」比企谷はさらに容赦なく続けた。「お前は自分がコントロールできる状況がいいんだ。支配欲が強いんだろな。コントロールできない状況は避けるんだ」
「君もそうじゃないのか」
 葉山はやっとの思いで言い返した。声が震えた。
「俺に都合のいい状況なんてあった試しがねえ。お前の作った城だろ。大したもんだと思ってるぜ」
 睨み付ける葉山を比企谷は意にも介さない。
「お前ならどこのグループでも王様だろうな。王様には取り巻きがいるだろう。取り巻きがいてこその王様だ」
「取り巻きなんて思ったことはないよ。そんな風に思われるのは不愉快だ」
「なら話しかけんなよ。聞かれたから答えただけだ」
 葉山は腹を立てて席を立った。足音荒く歩み去り教室の入り口でそっと振り返った。比企谷は何事もなかったかのように紙を束ねる作業を続けていた。葉山は俯いてそのまま踵を返し教室を出た。

 翌日の放課後も葉山は比企谷のいる空き教室に向かった。
 昨日は比企谷の物言いに怒りのまま教室を出てしまった。だが冷静になって思い返すといきなりどう思うと言われても返事に困るものかも知れない。俺の聞き方も良くなかった。ましてや相手は比企谷だ。それに、今日も休み時間に比企谷の視線を感じた。
 俺を見ているんだろ。何もないわけないだろう。君と話がしたい。君の心が知りたいんだ。今日は朝から今迄一言も君と話せなかった。それに、君と2人だけの空間でなら側で好きなだけ君を見ていられる。好きなだけ。
 西日の差す空き教室の戸を開けるとやはり昨日と同じ作業をしている比企谷がいた。比企谷は目を上げ葉山を見て驚き、それからバツの悪そうな表情を見せた。
「なんだよ」
「手伝おうと思ってね」
 葉山は微笑み昨日と同じように比企谷の正面に座り手伝いながら比企谷を見つめた。紙を束ねる音だけが静かな教室に響く。暫く黙って手を動かしていた比企谷はぽつりと口を開いた。
「来ると思ってなかった」
 比企谷は手元を見たまま葉山と目を合わせず続けた。
「苛ついてたんだ。悪い」
 葉山は珍しく殊勝な態度の比企谷に少し驚いて尋ねた。
「何を苛ついてたんだ」
「わからないからだ。どうすればいいのか」
「何をだ。比企谷」
「お前らが自然にしてることだ」
 比企谷はぶっきらぼうに言うと席を立ち追加の書類の束を並べ始めた。席に戻ると話題は変えられた。
「あいつらはお前の側にいたがる。なんでだろうな。あいつらに動機はないんだろう、お前の説だと」
「俺の側にいればわかるよ」
 するっとそんな言葉が出た。俺の側にいて欲しい。本心だ。けれど比企谷はさもおかしそうに吹き出した。
「そうしたいと思わないから想像出来ないな」
「嫌なのか」
「嫌とかいう話じゃねえよ。お前を嫌いな奴なんていないだろ。そりゃ。俺でもリア充に話かけられたら嬉しいさ。ぼっちの習性だから。でもそれだけだ」
「そこから始まることだってあるだろう」
「始まること、か」
 比企谷は作業の手を止めて顔を上げた。葉山は思いがけず目が合ってしまい、心の奥を見抜くようなその瞳の色に胸がどきりとした。
「相手がどんな奴なのかわからないのは怖いもんだ。得体が知れないものは何をするか読めない。傷つけられそうで怖い」
「俺のことも怖いと思っていたのかい」
「ああ、お前らのことだってはじめは怖かった。今は怖くねえよ。俺なりにお前らを理解したからな。でもそこまでだろ。お前らと俺は違う」
 お前ら、か。俺も一塊なんだな。君には。
 俺は何を苛立っているんだ。俺が答えてほしいことはそんなことじゃない。君の考えじゃなくて君の気持ちだ。君が俺をどう思ってるかだ。俺を見ていただろう。俺も君を見ていたからわかるんだ。

 葉山は翌日も比企谷の居残る空き教室を訪れた。比企谷は首を傾げて呆れたように言った。
「今日も来たのかよ。お前暇なのか?」
「暇だよ」
「嘘つけ。お前らはスケジュールはいっぱいなんだろ。手伝いならいらないぜ」
「俺が暇潰しで付き合ってるだけだ。それに提案もある」
 葉山は席につくと効率のいいやり方を比企谷に話し、比企谷は葉山の提案を聞きながら改善案を出した。相談を終えて作業を始めようとすると比企谷が言った。
「前もこういうことがあったな。お前と仕事の計画をするとスムーズに運ぶからいいな」
 比企谷の言葉に手が止まった。比企谷は席につくと紙を手に取ってひらひらと振った。「あれは悪巧みに近い計画だったけどな。お前の案もかなり黒かったよな」
 比企谷がその時のことを思い出したように笑みを浮かべた。
「夏合宿の肝試しの時のことか」
「ああ、お前が俺の計画に嬉々として乗るなんてあれからもうねえよな」
「それは君が悪いんだろう」
 あの頃は君が悪役を買って泥を被る性質だなんて知らなかった。あの時もイレギュラーな結果にならなければもしかして君は。今となってはもうわからないことだけれど。
「まあな、でもお前との悪巧みは楽しかったぜ」
 比企谷はにっと笑うと作業の手を動かし始めた。葉山は比企谷を見つめたまま考えていた。
 俺も楽しかったよ比企谷。きっと君よりもあの時間を楽しいと思っていた。仲間といるのは好きだ。彼らとの空間を手放したくない。けれど彼ら個人と一緒にいたいと本当に思っているだろうか。ただ仲間というものがいないと不安なだけなのではないだろうか。
 それで普通だと思っていたけれど。いつも一緒にいたい、話をしたいと思うのは彼らじゃなくて君なんだ。でもそれを言って叶うのか。君もそう思ってくれるなら俺は。
 葉山は手元から目を離さず作業に没頭する比企谷を食い入るように見つめた。欲しいと思うのは君だけなんだ。俺はそう告げてもいいのか。
「比企谷」
 呼ばれて比企谷は顔を上げた。葉山は低い声で問いかけた。
「俺のことをどう思ってるんだ」
「お前、前も聞いたよな、それ。いい印象を聞きたいなら仲間に聞けよ」
「君から聞きたいんだ。きみがどう思ってるかを」
 比企谷は溜息をついて口を開いた。
「俺が言うのもなんだけどお前のことは認めてる。自分を律する生き方は大したもんだ」
「そうじゃない、比企谷。俺が聞きたいのは」
「だからこそ関わりたくない」
 比企谷は言葉を切った。それ以上言うかどうか迷っているようだった。葉山は先を促した。
「なぜそう思うんだ」
「お互い相手に深入りすれば傷つけ合うだけだ。だからあえて近づいたりしないほうがいい。お互いうまくやってくためだ。俺はそう思ってる」
 葉山は憮然として口を開いた。
「なんだよ、それは。近づくなって言ってるのか」
「お前は自分にとって安心できる奴としか、付き合わないだろ」
「それは」
 比企谷の言葉は正鵠を得ている。今までそうしてきたのだ。反論する言葉が見つからなかった。
「苛立たせるような奴とは付き合えないだろ。お前だけじゃなく皆そうだ。選べる立場なら皆そうしたいんだ。わかってるなら、丁度いい距離を保つべきだろ」
「その距離は君が決めるのか」
「俺の物言いも生き方はお前には我慢ならないだろ。お前とは波風の立たない距離ってのが丁度いいんだよ」
「君の周りの人も自分を傷つける君の在り方を肯定してないだろう」
 苛立ちが声に出た。
「だからそういうことだってんだ。俺が俺らしいことをするとお前は怒るだろうが」
 そう言うと比企谷は手元の書類に目を移した。それっきり比企谷は黙り込み葉山も言葉を継がず紙の擦れる音だけが教室に響いた。
 葉山は比企谷の顔に差し掛かる陽の翳りを見ていた。空が曇ってきたようだ。明日は雨だろうか。雨だといい。サッカー部が休みになるから堂々とここに来れる。今日は俺らしくもなくサボってしまった。
「多分以前は俺は少しだけお前に」
 ぽつりと比企谷が呟いた。彼を見つめていなければ聞き逃すような声。顔を上げずに言う彼の表情がわからない。その後の言葉が続けられなかったので葉山は促した。
「俺に、なんだ」
「なんでもねえよ」
「途中でやめるなよ。気になるだろう」
「なんでもねえって空気読めよ。得意だろ」
「君が空気を読めなんて言うのか」
 比企谷は目を上げて葉山を見つめると自嘲のような苦笑のような曖昧な笑みを浮かべた。
「そうだな。俺らしくねえな。でもなんでもねえよ」
「比企谷」
「あの時みたいな2人で計画する機会はそうそうないだろうな」
 葉山は胸が詰まり唇を引き結んだ。余計なことを言いそうだった。ならどうして君はいつも俺を見ていたんだ。俺だっていつも君を見ているんだ。どうしてあの頃のことを二度とない思い出のように言うんだ。諦めたように話すのはやめてくれ。俺は君の目の前にいるのに君はどこか遠くを見ている。俺はここにいるんだ。
 そう考えて葉山ははたと気付いた。薄々感じていたけれど気付きたくなかったことだった。君が見ているのは違うんだ。

 翌日も葉山は放課後に比企谷のいる教室を訪れた。空は明るいが小雨が降っていて教室の中は薄暗かった。運動部による外の喧騒も聞こえない。今は雨が止むのを待っているのだろう。
 書類を並べていた比企谷は葉山が正面の席に座ると顔を上げた。
「よお。また来たのか」
「雨だからね」
 向かい合って座り作業に取り掛かかった。しばらくして葉山は口を開いた。
「君はよく俺を観察してるね。何がわかった」
「ああ?別に見ちゃいねえよ」
「俺たちを、かな。観察してたんだろ。何がわかった」
 比企谷は葉山を訝しげに見て束ねた紙を揃えながら言った。
「当たり前のことだけだ。お前の周りは男も女も皆お前を欲しがってる。お前はいい奴だよ。いい奴で男前で成績優秀で。言ってみればお前は獲物なんだな。だから皆欲しがるんだろう」
葉山は苦笑した。
「俺は皆の獲物なのかい」
「おまけにお前といる奴のステイタスを上げるからな。そこも獲物に相応しいわけだ」
「どうかな。一緒にいる人間でその人間を計ったりしないだろ」
「俺はそういうことは嫌ってほど知ってるよ。逆の意味でな。羨ましいよ全く」
「本気で思ってないだろ。君も獲物になりたいのかい」
比企谷は笑って言った。
「想像もつかねえ。あり得ねえし」
「あり得ない、かな」
「そういうものからは離れていたいしな」
「君は離れて見ているだけか」
 君は俺の視線に気付いてないだけだ。近くにいると見てしまう。目が離せなくなる。白い肌にほっそりした首。首筋を滑り落ち汗が溜まる鎖骨の窪み。シャツの合わせ目から見える素肌。
 獲物になりたいかい。欲しいと思われたいのかい比企谷。君は十分獲物なんだよ、比企谷。
「じろじろ見て悪かったな。由比ヶ浜にも言われてたんだけどな」
 比企谷はそう言うと窓の外に目を向けた。音もなく静かに降る柔らかい雨。細かい粒子の雨粒が音を吸い込んで静謐な時が流れていた。
「関係を続けるのは大変なことだな。薄氷の上を歩くようなものだ。葛藤しながら綱引きをしながらもこれをずっと続けてきたお前らを今は少しだけ尊敬しているかも知れない」
 そう言うと比企谷の視線が葉山に移った。葉山は動悸が早くなるのを苦々しく感じていた。君の瞳が俺に向くだけでそれだけで反応するのか俺の身体は。
 でも君の瞳は遠く俺を通り越して何かを見ている。君は目の前の俺を見ていない。俺を通して別の何かを見ているんだ。君が大切に思い今の関係を保ちたいと望んでいる彼女達なのか。期待して諦めた過去の誰かとの関係なのか。
 もう俺は気付きたくないことに気づいていた。この数日、2人で向かい合い作業している間、俺はずっと君を見つめているのに君は殆ど俺を見ていなかった。目を合わせても瞳に俺は映っていない。教室で俺が仲間といるときに俺を見ている視線とは違うんだ。
 そういうことだ。ここでも教室でも君は俺を見てるんじゃない。見てるのは俺と周りとの関係性や距離だ。君は仲間といる俺を見ていただけだ。俺の様子を観察していただけなんだ。俺は何度も君の気持ちを聞いているのに君は1度も答えてくれなかった。君は何を聞かれているのかすら気づいていないんだ。
 君は自分が何をしたのかわかってるのか。君に見られていることで俺は自分を振り見ざるをえなくなった。考えないようにしていたことを考えざるをえなくなった。そんな風に俺を変えてしまった君を恨まざるをえない。憎まざるをえない。君は俺の中にあった何かを壊してしまったんだ。

 放課後一緒に過ごす日々は4日目になった。2人で作業したお陰で早めに資料はまとまった。冊子の山は教室の後ろに積み重ねて残りの数冊を二人で束ねた。比企谷はふうっと息を吐いた。
「やっと終わったな。一応礼を言うぜ。お前が勝手に手伝っただけだけどな」
「ああ、よかったな」
「あとは数の確認だが今は数えたくねえや。明日確認して先生に渡せばおしまいだ。帰ろうぜ」
 そう言いながら比企谷は腰を上げた。葉山は席を立たなかった。立てなかった。座ったまま立ち上がらない葉山に比企谷は苦笑して言った。
「別に俺と一緒に帰ろうってんじゃねえよ」
 葉山は座ったまま手を伸ばすと比企谷の手を掴んだ。
「何だよ葉山」
 比企谷は問うた。葉山は眉を顰める比企谷を見つめた。期待して感違いして心を揺さぶられて気づいて落胆させられた。けれども手を伸ばせば触れられる距離に君を感じた。痛くて甘いこの時間は明日までなのか。
「なんだよ。帰らないのか」
 比企谷が訝しげに言った。ふと君と目が合った。俺を見ない君の視線が俺を捉えていた。胸がじわりと痛くなり掴む腕に力が入った。明日で君と過ごす放課後が終わってしまう。間近で誰も気にすることなく君を見つめていられた時間が。
 君を見つめて俺の独りよがりに気付いた。君の独りよがりにも気付いた。君は俺を理解したつもりでいるのか。何も理解してないくせに。勝手に決め付けて勝手に俺と君の間に線を引くんだ。知らずに掌に力が篭り比企谷が顔を顰めた。
「痛えぞ、葉山」
 葉山は立ち上がりぐいっと比企谷の腕を引くとその身体を机の上に押し倒した。椅子が倒れて音を立てた。覆い被さり身体を押し付けて体重をかけると葉山は比企谷を見下ろした。比企谷は驚いて目を丸くしていた。
「葉山?」
 比企谷が様子の変わった葉山に怯えを滲ませて名を呼んだ。
「君は傲慢だな」
 葉山はくっと笑い、触れたいと思っていた比企谷の前髪をさらりと梳いた。細くて柔らかくて予想通りの手触りだ。
「観測者効果の話覚えてるかい?」
「この間の先生の脱線話かよ。葉山、いきなりなんだ?」
「君もちゃんと聞いてたんだな。科学においては観察者効果とは、観察するという行為が観察される現象に与える変化のことを表し、物理学においては観測に使用する機器が観測対象の状態に影響を与えてしまうことを表すんだ」
「それがなんだ?どけよ」
 比企谷は身じろぎするが机から落下するのを心配してか動きは鈍かった。葉山が首筋に指で触れると比企谷の身体がびくりと震えた。滑らかな皮膚にそのまま指を滑らせて鎖骨を辿った。
「君が観察することで俺は変わった。君が見ているから俺は変わってしまう」
「はあ?俺は見ていただけだ」
「そうだね。見ていただけだ君は」
 その影響力を考えもしないで。君を見ていてわかったよ。君が興味があるのは周囲の中の俺の立ち位置で俺自身じゃないんだ。君は俺をいい奴だと言う。だからといって君はいい奴を好きというわけではないんだろう。君は俺の内側ばかり見てる。内側しか興味ないんだ。俺を欲しくもないくせに俺を見つめるから感違いした。
 それでも俺は君を見てしまう。俺は君の内側だけじゃなく外側も見てるんだ。全部見てる。全部欲しいんだ。瞳の色を近くで見たい。髪や肌に触れたい。触ったらどんな感じだろう。苦しくてたまらない。こんなの不公平じゃないか。俺だって欲しいものがある。奪いたいものがある。獲物であるより獲得する側でいたいんだ。誰だってそうだろう。
 比企谷が不安そうに見上げていた。俺を瞳に映していた目がふっと逸らされた。机に縫いつけた身体を腕と腹筋でしっかり押さえつけて葉山は言った。
「もう俺を観察するのに飽きたのかい」
「じろじろ見るなって言われる前に止めただけだ」
「俺はいい奴じゃない」
 比企谷が驚いて葉山を見上げまた視線が交錯した。比企谷の胸に手を当てた。動機が早い。君が俺に怯えてるんだ。可笑しくなる。こんなことは俺らしくない。自分でも意外だ。だけど君に対して確かに俺らしい行動を取っているのだとわかる。身体がぞくぞくした。触れていると身体が熱くなり下腹に熱が集まってくるのを感じた。
「君は俺のことを何も知らないよ、観察者」
 そう言いながら唇が触れそうなくらい顔を近づけた。
「君は観察の結果を知る義務がある。知りたければ後で体育館に来いよ」

 雨が上がったものの空は昏く重苦しい雲に覆われていた。葉山は体育館の入り口の前でドアにもたれかかり比企谷を待った。掌に職員室から持ってきた鍵を弄んでいた。
 今日は体育館は使われていない。だから丁度いい。俺が君から目を離すわけないだろ。だけど君は俺から目を離したんだ。俺はもう君から目を離せないのに。だから俺は君を。
 校庭の方からは雨の上がるのを待っていた運動部の掛け声が聞こえた。先週の俺はあの中にいて彼らと同じように部活に勤しんでいた。なぜだろう。随分昔のように思えてしまう。
 葉山は校舎に続く渡り廊下を見つめた。君は来るだろうか。さっきの俺に警戒したら来ないだろう。でも好奇心が勝ったら来るだろう。葉山はくっと笑う。違うな。君は来るだろう。俺が待っているとわかってるんだ。君は人に待ちぼうけを食わせるようなことはしない。
 聞きなれた足音が校舎のほうから聞こえた。比企谷は葉山を見て一端立ち止まったが背を丸めて渡り廊下を歩いてきた。
「やあ、本当に来てくれたんだ」
 葉山は片手を挙げ親しげな笑みを浮かべた。
「話の続き、あるんだろ」
 比企谷手をポケットに入れて葉山を睨んで言った。
「今はいないけど、ひょっとして人が来るかも知れない。こっちに来いよ」
 鍵を開けて体育館に入ると葉山は比企谷を体育倉庫に連れ込んだ。倉庫は掃除したばかりだが埃っぽく、一つしかない窓から刺す明かりに光る粒子が瞬いて見えた。葉山は比企谷が入ったところで体育倉庫のドアを閉めた。
「こんなとこで話すのか」
「ここでしか出来ないことだ比企谷」
 葉山は比企谷の腕を掴むと背後に両腕を回して拘束した。曇り硝子越しの靄のような光が戸惑いと驚愕の表情を浮かべた比企谷の顔を照らした。
「知りたいんだろ。俺のこと」
「話の続きを聞きに来ただけだ」
「話してもわからないよ。君には」
「まず話すのが先だろ」
 葉山は勃起して押し上げられたズボンの前を比企谷の臀部に押し当てた。布越しでもその状態がありありとわかり比企谷は息を呑んだ。
 外からは運動部のものらしき喧騒が聞こえた。葉山は跳び箱の上に比企谷をうつ伏せにして覆い被さり押さえつけた。
「続きを始めようか。比企谷」
 比企谷が息を呑んだ。
 茹だるような時間が流れた。ベルトを外された比企谷のズボンは下着ごと足首まで下げられていた。臀部に埋められた葉山の指が中を抽送し滑った音を立てていた。
「はあ、ああ」
 葉山に緩やかに嬲られて比企谷の息遣いが荒くなってきた。
「君はなんでノコノコとここへ来たんだ」
「葉山、あう」
「だからワンクッション置いたんだ。来たら逃すわけないだろ」
 唾液で濡らして彼の中に入れた指が熱い。2本から3本へと増やし捻るように動かして解していった。ぐっと深く入れてから引き抜くと比企谷はほっとしたように嘆息した。
 葉山は身体を離すとベルトを外しズボンの前を寛げて解した場所にペニスを押し付けた。比企谷の身体がびくりと震えた。
「あ、葉山」
 首を捻り振り向く比企谷と目が合った。
「冗談だよな」
「冗談でこんなことしないよ、比企谷」
 葉山は苦笑した。もっと必死で抵抗すれば俺だって君を押さえられないよ。そうしないのは好奇心なのか。俺が何をしようとしてるのか知りたいのか。それとも俺がそこまではしないと甘く見てるのか。どちらにしろ俺には同じことだ。
 彼の後孔に手を添えて先端を押し当てると腰を揺すり強く突いた。亀頭が入り口を押し広げぐっと彼の中に潜り込んだ。比企谷が悲鳴を上げた。
「いた、あ、嘘だろ、あ」
「力、抜いた方がいいよ」
 腰を前後に揺するたびにペニスが少しずつ比企谷の肉に食い込んだ。きつく締め付ける温かい肉壁を抉っていった。もう少しで全部入るというところで比企谷が腕を突っ張り背を逸らした。葉山はその腕を掴んで跳び箱の側面に押さえつけ背中に体重をかけた。
「逃がさないよ。きみは知りたいんだろ」
「葉山、こんなのは」
「君が見ていたものなんて俺の表層だけだ」
 強く腰を押し付け引いては突き上げ屹立を奥に進め蹂躙した。声を殺して揺さぶりに堪える比企谷を容赦なく責めた。ペニスを根元まで埋め込んでしまうと動きを止めた。繋がった部分を撫でて葉山はひと息ついた。蠢き締め付ける温かい肉の与える強烈な快感に酔いそうだった。動きを止めたことで強張っていた比企谷の身体が弛緩して締め付けが少し緩くなった。そろそろいいだろう。
「葉山、んう、ん」
 比企谷が呻き、吐息混じりの声を漏らした。
「動くよ。いいね」
 葉山はそう言うなり前後に強く揺さぶって彼の中を抽挿し中を擦りあげた。
「やめ、動かすなよ、んあ」
 突き入れるその度に比企谷は声を潜めた悲鳴を上げた。跳び箱が揺らされがたがたと音を立てた。締め上げてくる肉壁の圧迫に達しそうになり、落ち着くために動きを止めて息を吐いた。
「やっと終わりか」
 くぐもった声で比企谷が聞いた。
「まだだよ。まだ終わらせないよ」
 葉山は動きを止めて射精感を押さえ込みゆっくりと律動を再開させた。彼の背と密着した胸筋が汗ばんだ。次第に激しくなる動きに比企谷が掠れた声で喘いでいた。抜いては突き上げ揺さぶりを繰り返すほどに中の抵抗はなくなっていった。柔らかい感触と温かい体温が生々しく確かに彼の体内を侵しているのだと教えた。
 心が君を欲して身体が彼に勃起する。なら俺はもう手遅れだということだ。比企谷は揺さぶられるたびに喘いだ。抜き差しする動きに合わせて繋がれた接合部が水音を立てた。
「君が観察しきれてない俺は君が変えてしまった俺だ」
 ぽたりと涙が比企谷のシャツに落ちた。葉山は頬を伝うものに気づいた。俺は泣いてるのか。これは違う。身勝手もいいところだ。俺が君を傷つけてるんだ。俺が傷ついてるんじゃない。
「葉山?」
 振り向いた比企谷が驚いた顔をしていた。どくりとペニスが膨れたような感覚を覚えた。葉山はぐっと突き上げて低く呻き彼の中に射精した。中に出すなんて初めてだ。コンドームをつけずにするのも。快感以上にこんなに征服感を感じるものなのか。それとも君だからなのか。
 暫く中を揺すり出し切ってからゆるりとペニスを引き抜いた。こじ開けた彼の隙間が閉じていった。
 マットレスに脱力した比企谷の身体を敷いて脚を開かせると不安げな瞳が葉山を見上げていた。葉山は手の甲で濡れた頬を擦ると後孔の中に指を入れ精液を掻き取り始めた。内壁を引っ掻く指の動きに比企谷が声を詰まらせて喘いだ。
「葉山、もう」
 口元を手で覆った比企谷の声が震えていた。堪らない。後始末をするつもりだったのに。また勃起する感覚を覚えた。葉山は指を増やして中を掻き回した。
「え、は、葉山?」
「比企谷、すまない」
 戸惑う比企谷の膝裏を持ち脚を曲げて抱え上げてペニスを押し当てた。中に残る精液が潤滑油になり滑るように亀頭が挿入された。
「ばっ、葉山ぁ」
 突き上げると比企谷の背がしなった。葉山は彼のシャツを肌蹴させタンクトップをたくし上げると舌を這わせ胸の突起を吸い上げた。
「あ、何して」
 首筋に顔を埋めて舐めてキスをした。鎖骨の窪みに舌を這わせ軽く歯を立てた。身体へのキスの刺激にきゅうっと狭くなった体内を押し広げて竿を進めた。汗でまとわりつく服が邪魔になり葉山はシャツを脱いだ。比企谷の身体に腕を回して抱きしめ腰をゆっくりと前後に振った。触れ合う肌がじっとりと熱かった。揺さぶりを激しくして深く突き上げると締め付けが強くなった。気持ちよくてより深く突き上げた。比企谷の呻く声が漏れないように唇を合わせて塞いだ。舌を求めて食むように口腔を蹂躙した。
 こんな思いやりのないやり方で抱くなんて俺らしくない。でもまだ足りない。全然足りない。互いの息遣いが体育倉庫に籠っていた。外から聞こえる生徒たちの声が遠い。ここだけが別世界のようだ。君と俺しかいない世界。

 翌日、放課後に葉山は比企谷を空き教室で待っていた。冊子は教室の後ろの棚に積んだままだった。まだ比企谷はここに来てはいない。
 比企谷は授業中いつも通りに涼しい顔をしていた。だが休み時間に俺の方を見ることはなかった。昨日あんなことをされて来るかどうかわからない。俺がいるとわかってるだろう。約束したわけではないから来ないかも知れない。
 上履きを引きずるような聞きなれた足音が聞こえた。いつもどおり比企谷はやってきた。葉山は教室の戸の前に立って比企谷に微笑みかけた。比企谷は葉山を見て後退りかけるが立ち止まり歩を進めた。
「来ないかと思ったよ」
「まだ仕事が残ってるからだ」
「ふうん。律儀だね。君は」
 葉山は誰もいない教室に比企谷を引っ張り込むと黒板の前に立たせ向かい合った。
「少しは俺のことがわかったかい」
 比企谷は目を伏せて呟くような小さな声で言った。
「お前はいい奴なんかじゃない」
「うん、そうだね」
「お前は俺が」
「うん」
 彼の言葉を待った。罵倒でもいい。解答を教えてくれ。君に定義付けてほしいんだ。だが比企谷は首を振った。
「違うだろう、葉山」
「比企谷?」
「お前の混乱に俺を巻き込まないでくれ」
 君は何て言ったんだ。葉山はカッとなり両手の掌を比企谷の頭の側面に叩きつけた。背の黒板が大きな音を立て比企谷はビクっと震え葉山を見上げた。葉山は比企谷を両腕に囲い込み射るような目で見つめた。
「勝手なことを言うんだな」
 声が震えた。腹が立ちすぎると怒鳴ることもできないんだな。初めて知ったよ。
「君が俺を見ているから俺がこうなったんだ」
「俺がお前らを見ていたのが悪いのか」
「違う」
「腹が立ってたんならそう言えばいいだろ」
「違う、君は何もわかってない、俺は君に」
 君に見ていて欲しいんだ。君が欲しいんだ、俺だけを見ていてくれ。告げるべき言葉を飲み込み葉山は比企谷の唇を口付けして塞いだ。比企谷は驚き目を見開いた。葉山の胸を突っ張る比企谷の腕を押さえつけて黒板に貼り付け、身体を押し付けて動きを封じた。彼の口腔を探り舌を絡めとった。吐息を奪った。
 理不尽なことをしているとわかってるのに制御できない。こんなのはおかしい。君に気持ちを押し付けるなんて。人に無理強いするなんて。俺の中にこんな衝動があるなんて。甘い口腔を散々貪りようやく重ねた唇を離した。
「こんな、お前、なんだよ」
 比企谷は肩で息をして濡れた唇を拭った。
「お前は何でも持ってるだろう。なのに俺から矜恃まで奪うのか」
 比企谷は葉山を睨んで言った。
「俺が何を持ってるって?」
 それは君が見ていた頃の俺だ。俺が得たと思っていたものは君を見つめているうちに急激に色褪せていった。君がそうしてしまったんだ。
「俺には何もないんだ。君から奪ったものだけが俺の全てだ」
「お前、何を言ってるんだ」
「君は俺の何を観察してきたんだ」
「葉山、俺は」
「君は何も見てやしないんだ」
 下校のチャイムが鳴り響いた。先週までこの時間は開放感と安堵に満たされていた。今はなんて苦しいんだろう。
「君はなんでここに来た?前と違って今回は俺が何するか予期してただろ」
 葉山は声を低め静かに問いかけた。比企谷は答えなかった。
 「当ててやろうか。君はわからないことが怖いんだ。解明したいんだよ。なのに何もわからない。混乱してるのは君の方なんだ」
「なんでお前にそんなことが言えるんだ」
「わかるよ。俺はずっと君を見てたからだよ」
 葉山は比企谷に顔を近づけるとにっこりと笑いかけた。
「俺を怖がったままでいたいのかい?それとも俺を知りたいかい?比企谷」
 比企谷は目を伏せて靴先を見つめた。
「どっちかしかないんだろう。なら俺は知りたい」呟くように彼は言葉を続けた。「理解したい。今更お前のことを怖いと思いたくない」
 こう言えば君はそう答えるとわかっていた。でもね、比企谷。俺は本当は君の答えを聞きたかったんだよ。君の気持ちを知りたかったんだ。俺の気持ちを告げたかったんだ。けれどそれじゃあ君は手に入らないんだ。
 葉山は教室に施錠すると比企谷を床に横たえた。
「葉山、ここでなのか」
「そうだよ。知りたいんだろ」
 葉山は狼狽える比企谷のシャツのボタンを外していった。馬鹿だな君は。君は俺の気持ちを正確に言い当ててれば良かったんだ。そうすれば逃げる言葉はあったんだ。でももう逃がすつもりはないよ。
 葉山は比企谷のタンクトップを脱がすと肌にキスをした。胸の突起を舐めて吸い付くとびくりと比企谷の身体が跳ねた。片方の突起を摘んで捏ねながら胸から腹に口付けていった。跡がつくかも知れないな。そう思いながらも止める気は起こらなかった。ジッパーを下げると比企谷が慌てて身体を起こした。
「やっぱり待ってくれ」
「比企谷、今更何言ってるんだ」
 苛立ってさっさとズボンと下着を脱がせてしまうと脚を開かせ膝を持ち上げて腰をその間に滑り込ませた。
「もう遅いよ」
 比企谷の肩を押して覆いかぶさると葉山はベルトを外してジッパーを下げた。ズボンを膝まで脱いで比企谷の身体を上半身で押さえながら後孔にペニスをあてがった。比企谷はひゅうっと息を呑んだ。
「勃ってるのわかるよな」
 葉山はつい声を荒げた。
「わ、わかる、けど」
「けど、なんだよ」
 ぐっと腰を押し付けるとペニスの先端がするりと中に潜った。昨日の行為のせいかな。無理なら慣らしてからと思ったけれどゆっくり入れればいけそうだ。さらに押し付けて雁を入れ込むと比企谷は苦悶の表情を浮かべて首を逸らした。
「はっ、あ、葉山」
「痛いのかい。大丈夫か」
 そう言葉を紡ぎ動きを止めた。スムーズに入りそうだったけど慣らしてからの方がよかったか。君が辛そうな目で俺を見上げていた。心配そうな俺の顔が君の瞳に映っていた。俺だけを映している潤んだ瞳。葉山はごくりと唾を飲み込むとぐっと腰を突き上げた。
「はっ、あ、やっぱりお前」
「俺がなんだ。混乱してるって言うのか」
「お前、やっぱり、怖えよ」
 比企谷はそう言うと目を瞑った。
「心外だな」
 葉山は憮然として比企谷の腿を掴んで大きく足を割り開いた。やっぱりってなんだ。君はそうやってまた線を引くのか。葉山は体重をかけて覆い被さると腰を揺らして深く挿入していった。昨日の茹だるような暑さを思い出すな。汗をかく前にシャツを脱いだ方がいいかな。いや、やはりこのままでいい。彼を一刻も早く手に入れてしまいたい。そう思って葉山は苦笑した。俺はもっと余裕をもって相手を思いやるやり方をしていたはずだろ。
「まったく心外だ」
 腰を強く振り比企谷の中に少しずつ性器を埋め込んでいった。中の肉壁に締め付けられながら突き広げて最奥に辿りついた。君はここにいる。
「よく見てろよ、俺を」
 そう囁くと葉山は比企谷を抱き締めて鼓動を重ねた。


 敏感なところに葉山の舌が触れる。
「あ、葉山」
 名を呼ばれて股に伏せていた葉山が顔を上げる。雄の目をした瞳とぶつかり動揺して身体が震える。
「屋上の鍵はかけてあるから誰も来ないよ」
 葉山は優しげな口調で答える。グラウンドから生徒たちの喧騒が聞こえる。あの中に本当なら葉山もいるはずじゃないのか。お前は屋外にいて俺は屋内にいる。それが正しい形じゃないのか。
 だが今俺は一糸纏わぬ姿にされ葉山に屋上の床に組み敷かれている。葉山はシャツだけを脱いで開かされた脚の間に頭を埋めている。2人のシャツはシーツ代わりにコンクリートの床に敷かれている。
 口淫されて俺が喘ぐ様を見て何が面白いんだろう。葉山は口角を上げると顔を伏せてまた比企谷のペニスに舌を這わせる。竿を押さえ亀頭を咥えて巧みに舐め回す。雁をなぞられ声を上げそうになり口元を手で覆う。葉山が顔を上げて微笑むと竿まで葉山の生温い口腔に含んでゆく。粘膜がまとわりついてきて追い詰められ下腹が熱を持ち始める。身体を捩るが葉山に腰を空いた方の手で固定される。我慢しても喘ぎ声が漏れる。
 お前がこんなことを出来るなんて思わなかった。観察していたのは俺のはずだったのに、いつの間にか逆に俺が暴かれていく。あいつの迷いが動揺が俺に揺さぶりをかける。理不尽だ。あいつに掘り起こされる俺の中身は俺の知らない俺だ。
「離せ、出そうだ」
 比企谷が掠れた声で言うと葉山は亀頭だけを咥えて竿を扱く。
「出そうだって言ってるだろ、やばい、うあ」
 比企谷は上半身を起こすが葉山の頭を引き離せず達してしまう。葉山はジッパーを下げるとペニスを取り出し比企谷の精液を掌に吐き出して屹立全体に塗りつける。比企谷を見下ろして葉山は言う。
「潤滑油の代わりになるからね」
「お前、今は入れないって」
「君のせいだろ。君がそんな顔するから悪いんだ」
 葉山は残りを指先につけると比企谷の足を開かせ後孔に指を2本挿入する。
「いた、あ」
「悪いね。乾いてしまう前に入れたいし」
 広げるように蠢かされさらに深く指が埋められる。こんなところで。誰か来るんじゃないかと気になりドアを見ると葉山が顔を顰める。
「こっちを見ろよ。俺を見ろって」
「あ、はあ」
 指が一気に4本に増やされ挿入されて捩じるように掻き回される。比企谷は仰け反る。
「もういいかな。待てそうにないんだ」
 おざなりに解して引き抜くと葉山はペニスをあてがい先端をぐりっと押し付けてくる。均整のとれた身体を露わにして覆い被さりぐっと腰を進めてくる。
「は、ああ」
 窄まりに亀頭がめり込み圧迫感に喘ぎ声が出てしまう。落ち着く間もなく葉山は腰を振り挿入してゆく。体温のある肉の感覚が生々しく雁や竿の形がリアルに感じられる。
「はあ、ちょっときついな」
「あ、いやだ、葉山」
 比企谷が声を詰まらせ喘ぐと葉山が動きを止めて見下ろす。
「ごめん」
 辛そうな表情に真に案じるような声音。葉山が時折そんな顔を見せるから混乱するんだ。お前がわからない。比企谷は葉山を見上げる。
「だったら、もう止めろよ、はや」
言い終える前に突き上げられ比企谷は声を途切らせる。
「濡らし方が足りないからかな。中の感触がいつもより引っかかる感じで気持ちいいよ」
 先ほどの辛そうな表情を消した葉山はふっと笑みを浮かべて言う。
「葉山、てめえ」
「君のせいだよ。君のせいだ」
 葉山の声が冷たさを帯び、強く腰が進められ身体を揺さぶられる。こんな酷い奴がモテるとか世の中間違ってる。首筋を葉山の温かい唇と舌が辿ってゆく。鎖骨を優しく食む。唇の触れる感触は優しいのに身を穿つ動きは容赦ない。葉山と体毛と袋が臀部に触れ、屹立が根元まで挿入されたとわかる。身の奥深くまで感じる脈打つ葉山の身体。
「近づかない方がいいなんてわかってる。俺が俺らしくあるために。君が君らしくあるために。君はいつも正しいよ」
 体内を抉り圧迫する葉山の一部が引き抜かれ強く打ち付けられる。
「はあっ、あ」
 衝撃に押さえきれない声が出てしまう。
「でも痛くても苦しくても俺は君の中に踏み込みたい。触れ合いたい。傷つけあっても構わない」
 葉山は動きを止めて頭の両側に手をつき比企谷を見下ろす。
「いつまで俺を見ていてくれるのかな君は」
 葉山が顔を近づけて呟く。唇が触れる。
「ここまでしてそれでも目を逸らすなら、俺はどうなるかわからないよ」
 葉山は泣きそうにすら見える笑みを浮かべる。覆い被さって首元に顔を埋める。葉山に奥深く押し付けられる体温と注がれる体液。心臓の鼓動はひとつの身体であるように同じリズムで脈うつ。
 空を仰ぐと深く海の底のような青が目に映る。空の青は光の波長を人の目が青と判断して映すだけだ。本当の空に広がるのは真っ暗な宇宙の深淵。じっと見ていると吸い込まれそうな青に溺れそうな錯覚を起こす。恐ろしくなるのに目を逸らせない。縋り付くものを求めて腕を彷徨わせる。目の前の葉山の肉体に腕を回してきつくしがみつく。
 深淵の向こうから見つめるものは、なんだっただろうか。

END

 

インデックス(二次創作)

インデックス(二次創作)

題名から各作品にリンクしてます。各小説の簡単な内容紹介はこちらでどうぞ。

カテゴリーでも各作品にリンクしています。下から古い順に並んでいます。挿絵と冒頭文章が確認できます。そちらからでもどうぞ。

R18の作品と全年齢の作品があります。R18の作品には(R18)表記をしています。

同じタイトルでR18と全年齢バージョンが存在するものもあります。全年齢用はR18版からR18相当部分(当社比)を削っただけで、加筆もなくBL要素もそのままです。ライト層の腐女子様・腐男子様用です。

 


★SSガンダムAGE

 イゼルカント・レポート  イゼルカントの独白による火星年代記

 鏡の中の少年  内なる少年フリットの独白によるAGE戦記

 

★SS神様ドォルズ

 イカロスの牢(R18)  枸雅阿幾×枸雅匡平の性的日常のような非日常

 

★SSデュラララ!!

 習作 正臣編(R18) 正臣×帝人 部屋の中にてH

 習作 青葉編(R18) 青葉×帝人 図書室にてH

 習作 静雄編(R18) 静雄×帝人 静雄の部屋にてH

 習作 臨也編(R18) 臨也×帝人 臨也の事務所にてH

 

★SS俺ガイル(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。)葉山×比企谷

 金星の光(R18) 葉山視点の高校生時代。依頼でお試しお付き合いする

 唆しの月(R18) 比企谷視点の高校生時代。人の言葉で迷いすれ違う

 蜃気楼の灯火(R18) 葉山視点。受験生から大学生の2人のお付き合い

 深淵と観察者(R18) 高校生。葉山視点で一部比企谷視点 

 桜花残月(R18) 高校生の頃の遊戯と大学生の頃の接近 双方視点 

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 醒めて見る夢(R18) 高校生。奉仕部の仕事と奇妙な夢の話。比企谷視点

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 唆しの月(全年齢バージョン)R18部分を削ったものです

 蜃気楼の灯火(全年齢バージョン)R18部分を削ったものです

 

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 輪廻の剣(R18) アーチャー×士郎 Fateルートのアーチャーと士郎

 

★SSヒロアカ(僕のヒーローアカデミア爆豪勝己×緑谷出久

 優しい時間(R18) 高校からの帰り道から始まる交際。出久視点

 幼年期の終わり(優しい時間より) 「優しい時間」から少年時代の4章を抜粋

 オリオンの驕り(掌の太陽より) 「掌の太陽」から少年時代の序章を抜粋

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 手繰る言の葉(R18) ひと月分の記憶を喪失した出久の話

 ダイバーダウン(R18) 記憶を操作され記憶が欠けた勝己の足掻きの話

 続・優しい時間(R18)  「優しい時間」続き。勝己が出久をラブホに連れ込む話

 胡蝶の通い路・前篇(共通版) 海外山岳合宿で2人に起こった不思議な出来事

 胡蝶の通い路・後編(R18版)  海外山岳合宿で起こった出来事の顛末

 パラサイト・フェスタ(R18版) 文化祭で起こったヴィラン騒ぎの話

 たったひとつの冴えたやりかた(R18版) 勝己を怒らせた出久がとった愚かな方法

 橙色の思い出(「たったひとつの冴えたやりかた」から)「たったひとつの冴えたやり方」から少年時代の第6章を抜粋

 清書森の竜騎士と勇者の卵【十傑パロ】(R18版)十傑ファンタジーの勝己とデクの交流と冒険

 デート(R18版)交際を始めた新社会人のふたりのラブコメ

 魔法の言葉(R18版)個性を失ったデクと積極的な勝己のシリアス。

 フラワー・インフェルノ(魔法の言葉 ・前日譚) 続編。デク君が個性を失う事件の話

 輝くもの天より墜ち(R18版) 3年生の春、支部襲撃容疑者デクを勝己が探し戦う話

 ソーダ色の思い出(「放課後遊戯」から)  少年時代のひととき。「放課後遊戯」に挿話

 放課後遊戯(R18版) 中学生時代のふたりの性関係と少年時代の思い出

 放課後遊戯(金魚の呪バージョン)(R18) 上記小説の不条理ホラーバージョン

 

★上記ヒロアカR18小説の全年齢バージョン(R18部分を削ったものです)

 優しい時間(全年齢バージョン) 

 手繰る言の葉(全年齢バージョン) 

 ダイバーダウン(全年齢バージョン) 

 胡蝶の通い路・後編(全年齢版)

 パラサイト・フェスタ(全年齢版)

 たったひとつの冴えたやりかた(全年齢版)

 清書森の竜騎士と勇者の卵【十傑パロ】(全年齢用) 

 デート(全年齢版)

 魔法の言葉(全年齢版)

 輝くもの天より墜ち(全年齢版)

 放課後遊戯(全年齢版)

 

★ヒロアカ習作(勝デク以外)

 清書習作・人形遊戯(R18) 出久・勝己・轟の3Pもどき

 

文豪ストレイドッグス 中原中也×太宰治

白い庭白い猫(R18 )太宰が組織を抜け潜伏中の頃のが舞台の怪異譚もどき

 

★SCARLET NEXUS ユイト×シデン

2度ならコイだぜ シデンの誘いで出かけた二人がキスするまでの話

蜃気楼の灯火(R18)

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俺はお前に期待しない。そんな人間がひとりくらいいた方がいいだろう?

 比企谷はそう言った。君を嫌いだと言った俺の言葉に俺もお前が嫌いだと返してくれたように。
 俺は誰も選ばない。君以外は。言外の意味に気づかない君ではないだろう。皆には優等生を続けても君がいてくれるなら耐えられる。君にだけは怒らせ嫌われたとしても本音でいたい。
 ポケットに手を突っ込んだまま振り返る君。地面に落ちる長い影。赤い夕焼けの中で金の光に縁取られた輪郭。幻のように蜃気楼のように。


 目を覚まして温もりに気づく。身体を起こした葉山は隣で眠る比企谷を見下ろす。薄いカーテン越しに陽が部屋を薄明るくしている。
 比企谷はセックスした後は体力が尽きていつも泊まってゆく。俺が際限なく貪ってしまうからなのだけれど。いや、わかっていて疲れさせているんだよな。君がこんなに側にいる。無防備に俺に寄り添っている。
「比企谷、俺は幸せだよ」
 髪に触れていると比企谷が目を覚ます。
「いつから起きてた」
「起きたのはついさっきだよ」
 葉山は言う。
「帰んなきゃ」
「俺の服着れば?一緒に出ようよ。どうせ同じ大学に向かうんだから。」
「ぜってーやだ」
「いつも思うんだけど。着替え少しここに置いてけばいいじゃないか。どうせ来るときは泊まってくんだから」
 比企谷は少し間を置いて返事をする。
「小町が心配する」
 昨日の服に着替えると比企谷は「じゃあな」と玄関を出てゆく。
 比企谷を見送りながら 葉山は髪をかきあげる。ようやくここまで来たんだ。焦るな。そう自分に言い聞かせる。

 君が俺に壁を作って俺を切りそうになるたびその壁を崩してきた。怒らせて苛ついてそれでも懸命に絆を繋ぎ止めようとした。君だけはなくしたくないという衝動に囚われていた。避けられても押しかけるし嫌われようと踏み込む。一方通行でも感情の押し付けでも構わない。人に好かれたい、嫌われたくないのが俺であったのに。好かれたいわけではないと、ここで引くくらいなら嫌われても構わないと、自分の衝動が優先した。君のことでは俺らしくなくなくなる。君だけが、君だけをと。それがどうしてなのかはわかっていた。
 高校を卒業して比企谷は俺と同じ大学に入った。というより入らせた。何処でもいいと言い、上の大学に行く意欲が微塵もなかった比企谷。一緒に受験勉強をすると言うと比企谷の家族に大いに歓迎された。渋面を作る比企谷を何処でもいいなら俺と同じでもいいだろうと説き伏せた。その名目で比企谷を繋ぎ止めるためだ。
 勉強には図書館のほか比企谷の家にも通い俺の家にも誘った。部屋で勉強するときは物理的に段々距離を縮めていった。向かい合わせから隣に。肌が触れる体温を感じる距離を不自然に思わせないように。
リア充はなんでやたら距離が近いんだよ」と文句を言っていた比企谷も段々慣れて何も言わなくなった。
 
 大学の試験に二人とも合格した翌日、葉山は比企谷を家に来ないかと誘った。部屋で2人ベッドを背もたれにして並んで座る。
「もうお前とお勉強しなくていいと思うとせいせいするな」
「ああ、俺も安心だ。これで君と大学も一緒だしね。4年間よろしく」
 比企谷は苦笑いをする。
「まあ、例えお前でも知ってる奴がいるってのは、まあ」比企谷は口籠り、言葉を続ける。「小町も親も嬉しそうだったし、その、お前に借りができたな」
「借りか」葉山は手に持っていたコップをテーブルに置く。「じゃあ借りを返してくれるかい」
 葉山は比企谷の正面に移動して身体を跨ぐと比企谷の顔の両サイドに手をつく。
「葉山?」
 比企谷は訝しげな表情を浮かべる。
「俺は君が好きみたいなんだ」葉山はそう告白しキスをする。「なんとしても一緒の大学に行かせたいと思ったくらいに」
 目を丸くして硬直している比企谷に何度か軽くキスをして聞く。
「嫌かな?」
「え、ちょっとよくわからないんだが」
 また唇を重ねて息継ぎのため開いた唇の隙間から舌を差し入れる。段々キスを深くしてゆく。首元に顔を埋め首筋にキスをする。言葉を紡ごうとするのをまたキスで口を塞ぐ。比企谷の身体をベッドサイドの床に倒しシャツのボタンを外してゆく。タンクトップをたくし上げて肌に唇を這わせる。比企谷の足がテーブルを蹴りコップが倒れて雫が床に滴る。
「葉山、コップが倒れた。溢れてる」
比企谷が上擦った声で言う。
「後でふけばいいよ。気をそらすなよ」
 少し苛立ちキスをしながら比企谷のズボンを寛げる。ペニスを探り当て指で輪を作り扱きはじめる。空いた片腕を比企谷の顔の側面につく。
「はや、何を」
 抗議しようとする口を唇で塞く。緩急を付けてペニスを扱く。そのうちに合わせた唇の隙間から漏れる比企谷の息遣いが荒くなる。
「気持ちいい?比企谷」
「人が触ってるってすごく変だ」
 掠れた声が答える。葉山は扱く手を止めると自分のズボンを寛げる。途中で止められ無意識に宙を彷徨う比企谷の手を取る。
「比企谷も俺の触ってくれ」
 戸惑うかと思ったが比企谷は素直に葉山のペニスに触れる。たどたどしく指が絡みつきそっと圧迫される。初めて比企谷に触れられたことに葉山の気分が高揚する。葉山は比企谷のペニスを再び扱き始める。それに習いぎこちなく比企谷の指も動く。
 雰囲気に呑まれたのか素直に従う比企谷を葉山は翻弄する。衣擦れと息遣いと唇を触れ合わせる音だけが部屋に響く。登りつめ達しそうになり葉山は比企谷の指ごと2人の屹立を纏めて握る。
「葉山、あ」
 上擦った声で名を呼び比企谷は目を瞑る。
「比企谷、もう」
 先端を比企谷の腹部に押し付けると同時に達し2人分の白濁が肌に零される。
 ことが終わったけれど比企谷はまだぼうっとしている。精液を拭き取り比企谷の頭の傍に両手をついて見下ろす。
 やっと比企谷を手に入れた。互いの性器を触り合う行為を受け入れさせた。人の好意に慣れてなくて恩義に対して律儀な比企谷。身体の接触にも慣れさせたし雰囲気で流してしまえば受け入れてくれる勝算はあった。けれども本当に抱けるなんて。葉山は嬉しくなり比企谷に微笑みかける。覆い被さると未だ惚けたままの比企谷の身体を抱きしめる。
 そうしてその日から関係性は変わった。一度そうなってしまうと熱を分け合うのが当たり前になってしまう。比企谷は押されると拒めないから意図的にそういう方向に持っていったのもある。
 それでも初めて最後までした時は比企谷は戸惑いを見せた。仰向けにして足を開かせ中をならすまでは流されていた。だが比企谷は葉山が挿入しようとするとペニスに添えた手を押しとどめて「まずいだろそれは」と言う。何故と聞いたが答えない。
「嫌なのか」
 と聞く。無理強いはしたくない。したくないけど。
「その、葉山」
 と比企谷は口籠る。
「今更止めることはできないよ」
 焦れて苛立ちが声に出てしまう。
「それじゃセックスみたいだ」
 比企谷は呟くような小さな声で言う。それを聞いて耳を疑い茫然とする。何言ってんだよ、嘘だろ。
「今までのも十分セックスなんだけど」
 と憤慨して言うと
「え、そうなんだ?」
 と比企谷は驚いたように言う。じゃあ君は何のつもりだったんだ。比企谷の手を振り払いペニスを押し当てぐっと身体を進める。性急な挿入にはっと比企谷が息を呑む。コンドームの滑りでするっと太い先端が身体に埋め込まれる。キュッと締められて気持ちよさに声が出てしまう。狭い中を広げながら身体を進めてゆく。動く度に比企谷が「ん、あ」と小さく声をあげて喘ぐ。腰を押し付け竿をゆっくりと深く突き入れる。
「比企谷、痛いか?」
「なんか変だ。内蔵が押し上げられるみたいだ」
「気持ちいいところがあるだろ。指を入れたときに見つけたよ。探すよ」
「いい、やめてくれ、それよりさっさと済ませろよ」
「なんだよその言い草は。そう言われると探すしかないな」
 腰を引き浅めのところをペニスをかき混ぜるように動かす。悪態をついていた比企谷が声を震わせたことで前立腺を探り当てたと知る。
「見つけた」
 にやりと笑うと比企谷は自分でも驚いたのか目を丸くしている。ぐりぐりとそこを重点的に責めると段々啜り泣くような声を上げ始め目を潤ませる。
「はや、ま、いやだって」
 余裕をなくし首を振り快感に喘ぐ比企谷に堪らなくなり奥を突き上げては引き抜く。繰り返し擦りあげる。初めてのセックスのように夢中になって求める。達してはコンドームを付け直してまた抱き合う。腕を絡ませ脚を絡ませ深いキスを繰り返す。
 終電の時間を過ぎる頃にやっと比企谷を解放する。散々身体を暴かれて比企谷はぐったりとして動かない。
「帰れない、どうしてくれるんだ」
 と彼は言う。
「泊まってけばいい」と言うと少し間があって、
「そうするか」と比企谷は答える。
 俺は君を手に入れたとそう思っていた。

 新学期になり大学生活が始まった。通うには時間がかかるからと葉山は一人暮らしを始めた。比企谷は遠くても自宅から通うという。教科によっては比企谷と別々になるがクラスが同じのものではなるべく側にいるようにした。
「あっち行けよ。お前といると目立つ」と言う比企谷に「交友関係でもう無理をしたくないんだ」と葉山は答える。
「一緒にいたいからいるんだ」
 付き合いたい人と付き合う。したいようにしていいんだと。君が俺のものになってからそう思うようになった。
 比企谷は帰宅部にはならず文芸部に入った。高校の時の奉仕部のことから彼なりに思うところがあったのかも知れない。もっとも思ったところとはかなり違う賑やかな部活だったようだが
「材木座や海老名さんみたいなのばっかりだ。五月蝿くてしょうがねえ、面倒くせえ」
 と文句を言いながらも楽しんでいるようだ。
 葉山は高校の時と同じくサッカーに入部した。葉山の方が帰宅時間が遅いことが多く、初めの頃は比企谷はさっさと帰ってしまっていた。だが一方的でも約束をすると比企谷は律儀に守ってくれることがわかった。
 部活が終わると図書室にいる彼を見つけに行く。
「やあ、待たせたね」と言うと「待ってねえよ。たまたまだ」と返される。
 一緒に帰ると大抵比企谷は俺の家に来て泊まっていく。でも何度着替えを置いていけばと言ってもここはお前の家だと言い自分の物を決して残していかない。少し引っかかったがそれは彼のポリシーなのだとそう思っていた。

「小町ちゃんは家を出るのか」
「ああ、大学遠いから近くに部屋を借りるんだそうだ」
 土曜日の大学からの帰り道、葉山はそのまま比企谷を家に連れてきた。
「だから今日は帰るからな。あいつ明日は親と家具とか揃えに行くんだ」
 比企谷はベッドを背凭れにして買ってきた本をめくっている。
「君は行かないのかい」
「俺は留守番。折角の日曜日なんだし1人でのんびりしたいしな」
「そうか、なら明日君の家に行っていいかい?」
「1人でのんびりするって言わなかったか」
「1日家にいるんだろ。時間は何時でもいいよな」
「葉山、人の話聞いてるのかよ」
 葉山は少し考えて比企谷ににじり寄る。
「もう比企谷は小町ちゃんに面倒見てもらえないんだな。」
「小町もそう言ってたけどよ。別に心配ねえし」
「比企谷、一緒に暮らさないか」
「嫌だ」
 そう言うと比企谷に即座に断られる。釈然としない。大学に通うより借りた方が効率がいいはずだ。家賃だって折半にすれば電車代より安くなるくらいだ。今までは小町ちゃんのためかも思っていた。その心配もなく比企谷の家の方針でもないなら何故なんだ。もう2年も経つんだ。そろそろ先へ進んでもいいんじゃないのか。
「家を出てもいいんだろう。何の問題があるんだ」
「俺家が好きだし」
「通うの遠いって文句言ってたじゃないか。近くに借りた方が楽だろ」
「それはそう思ったこともあるけどな」
 目を逸らし言い訳じみた比企谷の物言いに苛立ち問い詰める。
「こっち向けよ。他に理由があるのか」
 両肩を掴み見据える。比企谷はやっと口を開く。
「2人で暮らす生活なんてものに慣れたくないんだ」
 そう言い目を上げる。
「俺は慣れるとその生活にしがみついてしまう。変えたくないと思ってしまう。行き来する付き合いならいつでも」
「終わりにできるってことか」
 比企谷の言葉に声が震える。
「そうは言わねえけど。気持ちなんて変わるだろ。あんまり耐性ねえからな俺は。用心に越したことはねえ」
 比企谷は言いながら視線を逸らす。
「俺が信用できないのか」
 比企谷の肩に置いた手に力が篭る。
「お前の気持ちだって変わるし、俺の気持ちだって変わるぞ」
「変わらないよ。変えない。変えさせない。俺が信じられないのか」
 どれだけ君を手に入れるために苦労したと思ってるんだ。今更手放すものか。誰にも奪われるものか。
「お前を信じてないわけじゃない。期待してないだけだ」
 葉山は凍りつく。あの時君は期待していないと言った。それはそんな意味だったのか。「お前みたいなリア充の何処を期待しろっていうんだ」
 比企谷は不敵に笑う。彼はわざと怒らせようとしている。怒らせて終わりにしようとしている。それがわかってるのに、手の内だと見え透いているのにどうしても腹がたつ。
「君が嫌いだ」
 そう口にすると比企谷の瞳が揺らぐ。
「そうだろ」
 彼は口元を歪ませて笑う。
「だから君の思いどおりにはしない」
「え、どういう意味だ」
 葉山は戸惑う比企谷の肩を掴んだまま押し倒す。
「俺が飽きるまで君は俺のものだ。君に選択権はないよ」
 組み伏せた比企谷の身体が竦むのがわかる。俺は君が好きだ。君も俺が好きなんだろう。それなのに諦めるなんてできない。
「あ、いあ、葉山」
 比企谷が掠れた声で名を呼ぶ。葉山は組み敷いた比企谷の腕を押さえつけ無言で犯し続ける。下半身だけを剥き出しにして足を広げさせ押し広げて身体を繋いでいる。抽送するたびにくちゅっと潤滑液による水音がする。
 コンドームを付けずにはじめて生で味わう比企谷の体内は融けそうに熱い。なのに心は凍てついて泣きそうになる。こんなに温かく包まれるような君の身体なのに。比企谷のペニスが少し勃ちあがるがわざと手を触れない。
「後ろだけでも感じるんだね。俺が君の身体をそう変えたんだな」
 比企谷は眉を寄せるが何も言わず目を閉じる。混じりあう体液と体温。引き抜くと屹立を包む皮膚が内壁に引っ張られ擦られる。擦るたびに雁が君を少しずつ抉り取っていくようだ。いつもより強い刺激に腰を緩慢に振り達しそうになると止めて散らす。比企谷は黙ったまま貫かれて揺さぶられる。達しそうになりペニスを引き抜いて比企谷の腹の上に射精する。
「平塚先生は言ったんだ。俺は傷つくのは慣れてるが、周りの人間は俺が傷つくことに耐えられないってな。俺はそれから気を付けてきたつもりだった。お前が教えてくれたことでもあるんだぜ」
 息を整えながら比企谷は言う。
「比企谷」
「俺は傷つけようとして傷つける。どう言えば人が傷つくか俺にはよくわかってるからな」
 比企谷は衣服を身につけてゆく。それが鎧を纏っていくように思える。
「でも俺の考えの外で怒る奴がいて、お前はいつもそうだ」
 比企谷は俯く。
「お前を傷つけてるつもりはないんだ。全然。なんでお前はそんな顔をするんだ」
「どうして君はそれがわからないんだ」
 葉山は言う。
「今は居心地がいいんだろうな。お互い。でもこれがずっととかねえだろ」
「なんでそう思うんだ」
「俺にもお前にもこれは本物じゃない」
 カッと頭に血がのぼる。葉山は玄関に向かう比企谷に駆け寄ると胸倉を掴みドアに押し付ける。比企谷は驚いて目を見開く。
「君の言う本物ってなんだ」
 襟元を締められて比企谷は葉山の腕を叩く。
「離せよ、葉山」
「今を偽物だって言うのか。なら本物なんて俺はいらない」
 そう怒鳴ってから葉山は苦しそうな比企谷に気づき手を離す。比企谷は咳き込むと直ぐにドアを開ける。
「とにかく一緒に住むとかねえから」
 言い捨てて走り去る比企谷の背中を見えなくなるまで見送る。ドアを閉めると葉山はズルズルと玄関に座り込む。
 俺の家に何も置いていかないのはそういうことか。君は俺に何も残さないつもりでいるのか。いつか俺とのことを終わりにして忘れるつもりでいるのか。
 あの頃君が嫌がっても俺はどうしても余計なお世話をせずにはいられなかった。君が人を傷つけると呼んでいる犠牲的な行動に怒らずにはいられなかった。返す刀でいつも君の方が傷ついているのに苛立った。その意味を考えもせずにした行動が、抑えられない衝動が、意味するところは明らかだった。
 俺は君が気になってしょうがなくて、君にも俺を気にして欲しかった。友達といるのは純粋に楽しいけれど君にはいつも心が掻き乱される。苦しいのに関わりたくて、関わっては傷ついて。わざわざ焼かれるために火に飛び込む羽虫のように俺は君に近づいた。
 それでもいつしか君が俺をまっすぐに見てくれるようになった。嬉しかった。認めあうけど君にはなれない。それでも心が通じ合える。互いにそんな確認をしてそれで満足するはずだった。けれども、俺はそれだけでは済まなかった。
 赤い夕焼けを共に眺めたあの日。分かり合えたと思うと同時に俺は君が欲しくなった。どうしても手に入れたくなった。俺をどう思っているかわからない相手にはどうすればいいのかわからない。だが好感を抱いてくれる相手を掌握するのは俺には容易いことだ。好意に対して君が好意を返してくれるなら俺が優位に立てる。奸計を弄すれば対人関係に疎い君を手玉に取れるのではないか。君の心も身体も絡め取る。君を永遠に繋ぎとめる。それができるかもしれない。俺にはできる。
 気になってるだけだった時には可能だなんて思いもしなかった欲だった。止めようもない誘惑だった。

 翌日は朝から雨の降りだしそうな黒い重たい雲が空に広がっていた。葉山は比企谷の家の呼び鈴を押す。インターホンから比企谷の声が返事をする。
「やあ、昨日はごめん」
 と言うと比企谷は少し間を置いて
「ああ、俺も」
 と答える。
「わざわざ来たんだ。まあ上がってくか」
 と比企谷がドアを開けて顔を出す。
「小町ちゃんはまだ帰ってないのかい?」
 リビングのソファーに座り葉山は聞く。
「今日は親と家具を選びに行くって言ったろ」
「そう言ってたね」リビングを見回して葉山は言う。「比企谷の家に来るのは久しぶりだな。卒業してから会うのははいつも俺の家だった」
「そうだな」
「比企谷の家には家族がいるから俺のところでいいと思っていたしね」
 そのことに不満はなかった。何の疑問も持っていなかった。今までは。
 飲み物を入れると言い比企谷はキッチンに向かう。葉山は立ち上がり比企谷の後を追う。
「座ってろよ何がいい?はや」
 振り返る比企谷を葉山は引き倒しキッチンの床に組み敷く。
「いて、なんだよ」
 比企谷のスウェットを脱がし下半身を剥き出しにする。
「どうしたんだ」
 驚いて問う比企谷を昏い瞳で見つめ葉山は黙ったままズボンを脱ぐと比企谷の足を曲げて開かせ勃起したペニスを押し当てる。何も言わずに腰を揺すりペニスを比企谷の中に沈め始める。
「痛いって、葉山」
 比企谷は苦しげに喘ぐが葉山は動きを止めずに貫いてゆく。突くたびに繋げられた比企谷の身体が揺れる。奥深くまで埋め込むと比企谷の上に身体を屈め律動する。強く揺さぶられるたびに比企谷は苦悶の声を上げる。
雨が降りだしてくる。雨粒が屋根を鳴らす音は段々増えてゆく。葉山は抜き挿ししながらシャツを脱ぎ捨て、比企谷のTシャツも脱がす。素肌を密着させ鍛えられた胸筋を組み敷いた身体に押し付ける。首筋に唇を押し当てて吸い付く。シャツで隠しきれない見えるところにも跡をつける。比企谷が声を押さえる。声に甘いものが混じってきている。無理矢理な挿入であっても慣らされた身体は葉山の行為に感じてきている。感じ初めてから声を押さえる彼に苛つく。前立腺にペニスの先を押し付けて擦ると比企谷は喘ぎ声を出しかけ、また声を殺す。
 先端だけを体内に残し一気に互いの付け根の皮膚が触れるまで突き上げる。空が光り稲妻が空を引き裂く音が聞こえる。身体の下で比企谷は堪らず悲鳴を揚げる。引き抜いては激しく突き上げて責める。肩に比企谷の足を担いで上半身を倒して折り曲げる。腰を押し付けるとより一層深くペニスが内に沈み比企谷が息を呑む。
 雨が激しく屋根を叩く。荒い息遣いと腰を打ち付ける音が雨音にかき消される。引き抜いては突き入れ際限なく求める。熱い粘膜が葉山を締め付ける。抜くとひき止めるように絡みつき挿入すると亀頭を引き入れるように収縮する。葉山は身を捩る比企谷を見下ろす。
 君の身体は俺をこんなに求めているのに。気持ちいいのにどうしようもなく辛くなる。射精の予感に肩から足を下ろし上半身を起こす。動きを止めて不安げに見つめる顔を見下ろす。引き抜くところだが逆に深く入れて言う。
「君の中でいくよ」
「葉山?一体」
 息を喘がせながら比企谷が問う。足を開かせ腕を押さえつけて吐精のために激しく腰を揺する。強く揺さぶられ比企谷が問いかけた声を詰まらせる。ペニスの中をじわりと熱が走り射精して彼の中を濡らす。
「あ、あ」
 と比企谷もそれを感じたのか小さく声を上げる。幾度か揺すり精液を出し切りゆっくりと引き抜く。
「これでこのキッチンに立つたびに俺を思い出さずにはいられないよな」荒く息を吐きながら薄く微笑んで葉山は言う。「ここで俺とセックスしたんだってね」
「葉山、お前」
 比企谷は驚いたようだがすぐに口元を震わせて怒りの表情を見せる。身体を起こし葉山を殴りつけさらに脱ぎ散らかされた服を投げつける。
「出て行け」
 葉山を睨みつけ震える声で比企谷は怒鳴る。
「比企谷」
「出てけよ」
 比企谷は葉山に背を向けて風呂場に駆け込む。シャワーの水音がする。葉山は投げつけられた衣服を身につける。
「帰るよ」
 風呂場にいる比企谷に声をかけるが返事はない。外は激しい雨が降っている。門の前で葉山は振り向く。しばらく見つめて目を伏せると雨の中に歩を踏み出す。濡れて家までの道のりを足取り重く歩く。
 取り返しのつかないことをした。でも堪らなかった。君は俺をいつか跡形もなく消そうとしている。いつか過去の思い出にしようとしている。だから何も残さないようにしているんだろう。俺との時間は今だけでいいと思ってるのか。俺と未来を見ようとしてくれないのか。君が人と深く付き合うことで傷つくのが嫌なのはわかってる。けれど、君の臆病さが俺を壊していくことに気付いてくれないのか。
 葉山は灰色の空を仰ぐ。降りしきる雨の雫が顔を流れ顎を滴る。濡れた服が身体に張り付く。寂しいんだよ比企谷。堪らなく寂しいんだ。欲を出したのがいけないのか。でもどんどん欲深になるのをどう止めればいいんだ。
こんなことで君を失うんだろうか。君を失いたくない。

 帰宅してから倒れて葉山は熱を出した。
 朝になっても熱は引かず大学を休むことにする。熱のせいで頭がぼうっとするがベッドに入っても寝付けない。比企谷に会いたい。でもどの面下げて会えると言うのか。1人ベッドに悶々としながら転がっていると呼び鈴が鳴る。重い身体を引きずりながら覗き穴を見ると比企谷が立っている。驚いてドアを開ける。
「比企谷、どうして」
「具合、悪そうだな。入っていいか」
 比企谷は目を泳がせながら言う。
「ああ」
 比企谷を部屋に上げると葉山はベッドに戻る。比企谷はベッドの側に座り込む。
「小町が俺のせいだっていうからよ。雨なんだから傘くらいは貸すべきだってよ」
「何があったのか言ったのか」
「いや、まあ。あいつすぐお前の味方するんだ。お前の外面に騙されてっから」視線を逸らし憎まれ口を聞きながら「その、大丈夫か」と比企谷は言う。
 心配して来てくれた。それがわかり胸が熱くなる。多分本当は小町ちゃんは何も知らないんだろう。君は俺が大学を休んでるのに気付いて来てくれたんだろう。君はわかってるのか。俺は君のことでどんな些細なことでも嬉しくなるんだ。このままずっと手放したくなくなるんだ。
「そうだよ。君のせいだ。だからここにいてくれ。そのくらいいいだろ」
「お前図々し」そう言いかけて「俺にできることないか?」と比企谷は不安げに言う。
 君にしてほしいことはいっぱいある。優しくしてほしい。側にいて欲しい。君に触れるのを許して欲しい。今なら我儘が許されるだろうか。
「熱はあるのか?」
 比企谷の手の平が葉山の額に当てられる。ひんやりと気持ちいい。
「君の額をくっつけて測ってくれないか」
「原始的だな」
 比企谷は呆れた表情でにじりより上に屈み込むと葉山と額を触れ合わせる。額もひんやりと気持ちいい。比企谷の睫毛が触れる。吐息が当たる。このまま触れていて欲しい。
 比企谷の後頭部を掴むと葉山は引き寄せ唇を合わせる。驚き開いた比企谷の口から舌を挿入する。濡れた熱い口腔を貪るように蹂躙する。歯列を舌でたどり舌を探り当て擦り合わせる。口腔内を味わって名残惜しく唇を離す。
「風邪は移せば治るっていうだろ」
葉山は微笑むと真っ赤になった比企谷に言う。布団から手を伸ばし比企谷の手を取って握る。
「俺には兄弟がいないからわからないけど。君が兄弟だったらどうだっただろうね。小町ちゃんするみたいに構ってくれたかな。こんな風に熱を出したら看病してくれたかな」
「熱に頭やられたのかよ」
「毎日帰るといつも君がいて俺は安らいだかも知れないね」
「毎日家にお前が帰ってくるとかぞっとしねえな」
「でももっと辛かったかもな。どんどん膨れ上がる欲情する気持ちに潰されたかも知れないな。」
「なんでいきなり近親相姦?兄弟設定で話してるんじゃなかったのかよ。お前、兄弟ってもんを誤解してるぞ」
「俺は君と家族になりたいよ」
 比企谷は答えず黙り込む。葉山は繋げた手をぎゅっと握る。
「兄弟よりも親子よりも。ずっと側にいたい」
 腕を引くと比企谷は困ったような顔をする。そのまま強く引っ張り彼の身体に布団を被せる。引きずりこんだ布団の中で比企谷のシャツのボタンを外しはじめる。
「葉山」
 比企谷が押しとどめようとそっと葉山の手を抑える。
「人肌で温めてくれるかな。そうしてくれたら治りそうだ」
 そう言うと比企谷の緩い抵抗が止む。病人を嵩にきて卑怯だな俺は。衣服を全て脱がすとベッド下に投げる。比企谷は上目づかいに葉山を見てごそりと背を向ける。葉山も寝巻き用のTシャツとハーフパンツを脱いでベッドの下に落とす。温もりを後ろから抱きしめる。裸の素肌が触れ合う。胸筋と腹筋をぴったり彼の背中に押し付けて拘束する。
 君の言葉は冷たくて心を引き裂くけれど身体は温かいんだ。君は本当は優しいから俺なんかに付け込まれるんだよ。俺は君を大切にしたいのに。それなのにどうして君から何もかも奪い尽くしたいんだろう。
 足の間を膝で割り下半身を密着させる。陰茎を彼の臀部に押し付ける。比企谷がびくりと震える。領にキスをし唇を這わせる。彼の尻を撫でて双丘の隙間に陰茎の先を挟む。腰を押し付けると陰嚢を啄く。腰を揺らしているうちに硬くなってくる。少し腰を引き後孔に押し当てると亀頭を擦り付ける。
「いいかい」
「嫌だと言ったらやめてくれるのか」
「そうだね」
「じゃあ嫌だ」
「そうかい」
 回した腕に力を込めもう片方の腕で彼の腰を掴み押し付ける。亀頭が柔い肉に締められ彼の中に挿入したのを感じる。彼が声を堪えて嗚咽のような吐息を漏らす。何度か揺さぶると抱きしめた身体が強張る。張った雁を入れ込んだところで腰の動きを止める。
「やめてあげたよ」
「やめ、何言って」
 彼は身体を捻り振り向くが繋がった場所が捻られ呻く。肩口に顎を乗せキスをすると囁く。
「君が欲しいというまでこのままだよ」
 亀頭で小刻みに入り口を抉る。雁まで挿れては引き、窄まりを広げるように嬲る。彼の喘ぎ声に啜り泣くような声が混じる。堪らない。深く貫いてしまいたい。けれど彼の言葉を待つ。
「俺が欲しい?比企谷」
 揺さぶりながら問いかける。言ってくれ。
「お前、最低だ」
「欲しいと言えばいい」
「言ったらどうなる」
「抜いてあげるよ」
 彼は逡巡したようだったが小さな声で言う。
「欲しい」
 やっと言ってくれた。密着させたまま身体を起こして比企谷を尻を突き出す姿勢にさせると腰を掴み根元まで深々と貫く。
「や、てめ、嘘つき」
 彼は衝撃に背骨をしならせる。
「ここで止められないことくらいわかるだろ、同じ男なんだし」
「でも、もう少しゆっくり」
「焦らされたからね。もう待てそうにない」
 背骨を指でなぞり舌でなぞる。獣の交尾のように背に覆い被さり領を舐め歯を立てる。激しく突き上げ律動し熱い肉襞を押し広げ抽送する。
「ちゃんと抜くよ。嘘は言ってない」
 彼は溜息をつく。
「お前がイったらだろ。ふざけんな、まったく」
 君の身体をこじ開ける。そうして君の頑なな心をこじ開けられればいい。

 あの日君と夕陽を一緒に浴びて紅い空を共に眺めた。金に縁取られた君の横顔を眩しく見つめた。山の端に陽が落ちて金糸が消えてもその横顔は網膜にフィルムのように焼き付いた。
 俺も嫌いだと言ってくれたその言葉は君の優しさだったんだろう。期待しないと言ったのも言葉通りの意味だったんだろう。でも俺は俺が君を選んだように、君も俺を選んでくれたと思ったのだ。俺は期待して手を伸ばしたのだ。
 分かり合えたと思えたのが俺の思い込みであったとしても、一度心に焼き付いた光は消えない。例え目に映したのが遠い蜃気楼の灯火であったとしても。それは遠くとも確かにある灯火なんだ。欲しくてたまらなくて掴み取った。それが幻の灯火であったとしてもかまわない。
 俺は決して手放さない。

END

唆しの月(R18)

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「二人揃うなんて面白いね」
 陽乃はにっこり笑って言う。
「偶然ですよ」
 負けずに葉山も微笑んで言う。
「全くだ。なんでたまに外に出たらよりによってこいつに会うんだか」
 比企谷は不機嫌を隠さずぶつくさと呟く。
「偶然会っちゃうなんて縁があるんじゃないの?」
 なんでこうなるかなと比企谷は苦々しく思う。
 春休みに比企谷は珍しく町に出かけた。一日中家でごろごろしているのでたまには外に出たらと小町に家を追い出されたわけだ。だが、たまたまコーヒーショップの前で葉山に出くわした。にこやかに笑いかける葉山を見て比企谷は眉根を寄せて踵を返す。葉山は背を向けかける自分の後姿に呼び掛けようとして躊躇していたようだった。そこを陽乃に見つけられた。いや、見つけられたから躊躇したのだろう。葉山を見て意味深な笑みを浮かべると陽乃は比企谷を呼び止めた。そうして二人ともコーヒーショップに引きずられ、陽乃と相席させられたのだ。
 正面に並ぶ葉山と比企谷の前で陽乃が艶やかに微笑んでいる。優雅に珈琲を口元に運び、比企谷を見つめて陽乃は言う。
「比企谷くんはさっき隼人がどんな顔して君を見てたか知らないでしょう」
「陽乃さん」
 葉山が話を遮ろうとする。
「そりゃ後ろは見えないし。見えなきゃ別にいいです」
 比企谷は言う。
「ふうん。気にならないんだ。全然」
 比企谷の答えに陽乃は葉山を見ながら相槌をうつ。葉山は比企谷を見つめてから視線を膝に落とす。
「君は好きだって言われたことないんでしょう」
「ないですよ。ぼっちですから」
「君は好きだって言われたらその相手を好きになっちゃうかもね。全然好きじゃなくても。意識されることで意識しちゃうんじゃない。それが女の子でも」
 陽乃はちらっと葉山に目を向ける。
「男の子でもね」
「幾ら何でもそんなことないですよ」
「君は甘く見てるよ。好意ってのは暴力なんだから。自分の方を向かせようとする強い思いが何も影響しないはずがないよ。ましてや免疫のない君なんか」
「俺に好意なんか、そんな期待しないですから」
「謙遜かな?それとも自惚れかな?君を変えようとする力に絶対抗えると言うんだね。見てみたいな君が屈するところ」
 葉山に視線を向けて陽乃は悪戯っぽく笑う。
「そう思うよね。隼人」
 そう言って陽乃が軽やかな足取りで去る。比企谷も席を立とうとするが葉山が腕を掴んで引き止める。
「何だよ。もう」
「君は好きと言われたら好きになるのか」
「なわけねえじゃん。あの人は俺たちをからかってんだよ」
「例えば俺が」
 掴む腕に力が込められる。
「俺が君を好きだと言ったら、何度もそう言ったら、君は俺を好きになるのか」
 射抜くような葉山の眼差しに気押される。
「あるわけねえだろ。ましてやお前にとかありえねえわ」
 軽い調子で返すと葉山に真剣な表情で見つめられる。
「何故俺だとあり得ないんだ?」
「兎に角、あの人の言うことは全部嘘だ」
 腕を振り払うと逃げるように比企谷は立ち去る。コーヒーショップを出ると早足になり段々駆け足になる。歩道橋の側まで来ると立ち止まり、振り返って葉山が追ってきてないのを確認してほっと息をつく。
 俺と葉山の距離はこのくらいでいい。あいつの外面と中身がズレてるのはわかってる。リア充だと決めつけて色眼鏡で見ていたあの頃より、近づいたことでそれまで見えなかった部分も見えた。思っていたより嫌な奴で厄介で面倒な奴だ。けれども別の意味で思ってたよりずっといい奴なのもわかってきた。俺が知らなかっただけなんだ。けれども近づき過ぎると傷つけられるような気がする。あいつは無自覚かも知れないが、俺には確信がある。あいつは俺を傷つけようとしている。

 新学期早々に一色に生徒会の仕事の手伝いを頼まれ、比企谷は大量の生徒会の資料を資料室に運ぶ。校庭の桜は満開を過ぎて花弁が風に乗って窓から入り込み廊下に散らばる。一気に運ぼうとしたせいで足元が見えない。転びそうになったところを後ろから誰かの腕に支えられる。礼を口にして振り向くと背後に葉山がいる。舌打ちすると葉山は苦笑して勝手に比企谷の手から資料を半分奪う。
「いろはは生徒会が忙しいみたいだね。なんとかマネージャーと両立させてるけど。無理しなくていいと言ってるんだけどね」
「気になるならお前が手伝ってやればいいだろ」
「頼まれもしないのにそんなこと言えば好意を持ってると誤解させるかもしれない。君も知ってるだろう。また悲しませたくないしね」
「今頼んでねえのに手伝ってるじゃねえか。俺も誤解するかも知れないぞ」
「君なら誤解じゃないよ」
 葉山は比企谷を見つめて言う。空気が張り詰める。いたたまれない気分になる。比企谷は相手の腕から資料を奪おうとするが果たせない。
「それ、返せよ」
「君の頼みならいろはを手伝ってもいいよ」
 葉山は言う。
「なんで俺がお前に頼むんだよ。お前が気になるならって思っただけだ」
 暴れたせいで比企谷の手から資料が数枚床に散らばる。
「ああ、もう、お前のせいで」
「悪かった」
 葉山は謝ると蹲って落ちた資料を拾い集める。
「俺が気になるのは君だよ。だから助けたいんだ」
「いらねえよ。無償の親切は他の奴にやってやれ」
「俺は何の見返りもなく手伝ったりしないよ」
 葉山は俯いたまま言う。
「俺に何か見返りを求めてるのか」
「そうかも知れない」
 葉山は立ち上がり資料を比企谷に差し出す。
「君は見返りをくれるのかい?」
 比企谷は葉山の手から資料を奪い取り早足で廊下を歩く。どんな見返りが欲しいのだと冗談ならそう聞いて流してしまえる。今はそんなことは聞けない。あいつの言葉は透明な刃だ。窓から見える樹々が揺れる。桜の花弁が風に舞う。

 奉仕部にプール掃除の手伝いの依頼がきた。例によって平塚先生からでプール開き間近だから急いで頼むという。炎天下の中かなり大仕事なので他にもメンバーを募ってもいいと言われる。よせというのに由比ヶ浜が葉山グループの面々に声をかけた。お陰でこの有様だ。
 空中に散布される飛沫が虹の橋を架ける。戸部たちはホースを振り回してあちこちに虹を作りモップでチャンバラをしている。はしゃぐ彼らの様子に比企谷は呆れる。びしょ濡れになってもこの暑さならすぐ服は乾くだろうけど。首筋に流れる汗を拭いながら比企谷はモップでプールの底を磨く。
「呼ばない方が早く済んだんじゃないかって顔だね」
 葉山が側に来て言う。
「あいつら小学生かよ」
「楽しくやった方がいいだろ」
「さっさと済ませて帰りたいんだ俺は、うわっ」
 そう言った瞬間背後からいきなり水をかけられて比企谷は転ぶ。
「ヒキタ二くん、ごめーん」
 戸部かよこの野郎。手をついて謝れこの野郎。比企谷は心の中で毒づく。
「大丈夫かい?」
 葉山は心配そうな顔をして比企谷を助け起こそうと手を差し出す。比企谷は葉山に手を伸ばそうとして止まり手を引っ込める。葉山がその様子に気付き訝しげな表情を浮かべて手を伸ばす。掴もうとする手を比企谷は振り払う。
「お前の手は借りない」
「何言ってるんだ」
「自分で立てるからいい」
 葉山は眉根を寄せると比企谷の手首を掴んで引っ張り起こす。比企谷は葉山と目を合わさずその場を離れる。
 あらかた掃除してあとは後片付けだけになる。先に帰ってくれと言い残して比企谷は道具を持って用具室に向かう。すぐに戻ると彼らに会うかも知れない。気まずいし面倒だ。片付けついでに中を整理していると背後から葉山に声をかけられる。
「大変そうだね。手伝うよ」
「いらねえよ。お前なんで来んだよ。意味ねえじゃねえか」
「君がそのつもりじゃないかと思ったからだよ」
 葉山は悪戯っぼく微笑んで片付けを手伝い始める。このまま自分が帰るまでいるつもりだろうか。どう切り抜ければいいんだ。
「何で俺の手を掴まなかったんだ」
 突然葉山は言う。
「別に、自分で立てるし」
「はじめは手を伸ばしたじゃないか」
「条件反射というか間違えたんだ」
「間違えてないだろ。君は何でそう思うんだ」
 葉山の物言いに苛々する。何も間違えたりしてないはずだ。混乱させられる。正面に立つ葉山を避けようとして腕を掴まれる。もぎ離そうとするとその腕も掴まれ両腕を拘束される。
「条件反射で手を伸ばしたんだろ。なら俺の手を取るのは君には自然なことなんだよ」
「間違えたって言っただろ」
「君にああやって手を伸ばして欲しいんだ、俺は」
 葉山に掴まれた腕が熱い。見下ろしてくる瞳に戸惑う自分の顔が映っている。俺はなんて表情でこいつを見ているんだ。
「比企谷、俺は」
 葉山から顔を逸らし動揺を隠して比企谷は声を絞り出す。
「帰れよ。これは俺の仕事だ。お前は手を出すな」

 昼休みにいつものコーヒーを買おうと渡り廊下を歩いていると、向日葵の花が咲く花壇の向こうで葉山と由比ヶ浜が話しているのに気づく。比企谷は立ち止まり2人の深刻そうな様子につい隠れてしまう。向日葵で隠れているせいか気づかれてないようだ。
「言えないよ好きなんて。言えばきっと終わっちゃう。怖くて言えない」
 比企谷はどきりとする。由比浜が誰のことを言っているのかわからないが、このまま聞いてるとまずいよな。引き返すか駆け抜けるかどうするか考えて固まる。
「あ、例えばの話だよ」
 例えばの話かとほっとする。とはいえ立ち聞きは良くないしと来た道を戻りかける。想いよりも大切にしたいものは自分にもわかる。
「俺は壊したいよ」
 葉山の言葉に立ち去りかけた足が止まる。
「今の状態は俺には全然望む形じゃないんだ。こんな形しかないなんてストレスが溜まるよ。俺はもっと」
 そこまで言いかけて葉山が言葉を噤む。
「心が悲鳴を上げているのに自覚しようともしない。手を差し伸べようとしても振り払われる。その悲鳴はずっと聞こえているのに。手を伸ばしたいのに。もう聞こえてるのがどっちの悲鳴だかわからないんだ」葉山は俯く。「いっそめちゃくちゃにしてしまえばいい思う時もある。どうすればいいんだろうね」
 由比ヶ浜が心配そうに葉山を見つめている。
「例えばの話だよ」そう言い葉山は笑う。「そろそろ戻ったほうがいいよ。俺もすぐ行くから」
 由比浜の去った後、葉山がため息をつき呟くのが聞こえる。
「結衣、ごめん」
 比企谷は急ぎ足で立ち去る。足音に気付かれてなければいいが。葉山の口から出た物騒な言葉は多分聞いてはいけないものだ。

「友達にはなれなかっただろうね」
 あいつはそう言った。
 比企谷は渡り廊下を避けて別の道を通り自販機に辿り着く。硬貨を投入しながら千葉村での葉山の言葉を思い出す。内心そう思っていたとしても本人を前にしてそんなこと言うような奴だとは思ってなかった。しかも人当たりの良さではナンバー1の奴にだ。そう言ったくせに、それからもやたらと近寄るのは何故なのか。パーソナルスペースに勝手に入ってきては居座ろうとするのは何故なのか。あいつの言葉とはちぐはぐな行動に掻き乱された。 
 林間学校ではあいつに頼った。文化祭では多分頼ったんじゃなく利用した。あいつが気づかないわけはないけれど構わない。誰も傷つかない完全世界の完成のはずだった。あいつはそれを台無しにした。結果じゃない。俺の中であの時あいつに台無しにされた。
 自販機側のいつもの場所に座ってコーヒーを飲む。
「ここ、いいか」
 いつの間に来たのか葉山が背後から声をかけてくる。
「良くない」
 そう言うのに葉山は勝手に隣に座る。
「お優しい人の葉山くんは良くないって言うのに聞いてくんないのか」
「優しい人なんて思ってないだろ、君は」
 葉山は苦笑する。
「そんなこともないぞ。多少は」
「俺は皆に期待されるいい人間になりたいよ。でもまだ今は違うけど」
 葉山は遠くを見つめて言う。
「そんな外側を目指せばいずれ内面も追いつくと思ってる」
「ふうん。お前が望み通りそうなって益々人気者になっても俺には関係ないね」
「君はそんな風に言うんだな」
「そりゃそうだろう。お前はお前だし」
 少し迷って言葉を続ける。
「悲鳴なんてねえよ。幻聴だろう」
「聞いてたのか」
「悪いな。聞くつもりじゃなかったけど。誰のことかとは聞かねえよ」
「君のことだ。わかってるくせに」
 葉山は比企谷の肩を掴み自分の方を向かせる。
「俺は君にも優しくしたいと思ってるんだ」
「そんなこと思ってんのかよ。ならお前ただの嫌な奴だな」
「君は俺が君に優しくすることすら許さないのか」
「優しくってお前のは違うだろ。見下してるってことだろ」
「君が好きだからだ。そんなこともわからないのか」
「お前がそうしたいってことか」
「そうだよ」
「人にしたいことって自分がしてほしいことなんだったよな、葉山」
「そうだよ」葉山は比企谷を切なげに見つめて言う。「君に優しくしてほしいんだ、俺は」
「優しくしてやろうか?」
 そう言って葉山を見ると惚けたような表情で絶句している。そうだろうよと可笑しくなる。
「ああ、悪かった。人によるよな。やっぱり俺はねえよな。似合わねえし」
「君は残酷だな」葉山の声が少し震えている。「優しくする気なんか全然ないくせにそんなこと言うんだ」
 怒らせたのだろうか。なんでこんなことで怒るんだ。比企谷は内心の動揺を隠して言う。「俺達はそんな仲じゃないだろ」
 葉山は比企谷から視線を逸らし俯く。
「君が嫌いだ」
 以前葉山が比企谷に放った言葉。また言うのかと少し驚く。
「いい人を目指すくせにそんなこと言っていいのかよ」
 葉山は薄く笑う。
「ちょっとは傷ついたかい?俺はこんなこと言いたくない。でも君にはこんな言葉しか刺さらないんだな」
 挑発して反応を見ているのか。何なんだこいつは。
「お前と話すと不愉快になる」
 比企谷は苛立ってそう言いながら腰を上げる。
「そんな難しいことを望んでるわけじゃない。君を知りたいし俺を知ってほしいだけだ」 立ち去る比企谷の背に向かって葉山が言葉を投げかける。
 比企谷は歩みを早めながら思い出す。文化祭の日に屋上で壁に叩きつけられた背中の痛み。あいつの辛そうな眼差し。瞳に映る自分の顔よりずっと傷ついてみえた。そんなものを見るまでわからなかった。幼い頃なら心をざわつかせるような者とは友達にはなれない。気持ちの処理が出来ないからだ。だからといってざわめきが収まるわけじゃない。俺たちはもうその正体がわからないほど幼い子供じゃない。
 マラソン大会の時にあいつが言った「君が嫌いだ」という言葉。あいつは本当にそう思っていたらそんなことは言わない奴なのだと知っている。俺はあいつが理数クラスを選ぶ道を示したつもりで塞いでしまった。理数を選んで違うクラスになったとしても仲間は離れないとあいつは知っていた。ならば迷っていたのは彼らのことではなかったのだ。クラスが違ってリセットするのは俺だけだ。あいつが言ったように。俺は間違いなくリセットするだろう。同じクラスでなければ接点はない。俺がそう言うことであいつはそれに気づいてしまったんだ。あいつは言った。「君の言う通りにはしない」と。
 嫌いだという言葉通りの意味ならば楽だった。どうにもならない謎は謎のままでよかった。あいつと二人きりになるとろくなことがないんだ。大体ここは一人きりになれる場所だったのに、いつの間にか二人になる場所になってしまっている。
翌日から比企谷は自販機に行かなくなった。

 比企谷は思い起こす。風の強い冬の日の帰り道。
 あの時から俺はあいつとの距離の取り方がわからなくなった。それまで俺たちは自然だと思える距離を保っていたんだ。由比ヶ浜から聞いたのか、葉山が奉仕部に顔を出したあの日。用があると言い2人は既に帰っていた。自分も平塚先生に報告を終えて丁度帰ろうとするところだった。
「俺は君と繋がりを取り戻せたし、奉仕部も仲直りしたんだろ。結果オーライだな」
 教室には比企谷が一人だったからか開口一番葉山はそう言った。
「これっぽっちもお前の貢献はねえよ。お前との繋がりなんて元よりねえし」
 葉山は比企谷のやり方を真似たとか言って変な庇い方をして自分を怒らせただけ。結果は不器用なものだった。あれが望んだ結果だというなら誰が得をするというんだ。
「君を怒らせて本音を引き出したんだ。それ以上だよ」
 不愉快な思いで葉山を睨む。土足で俺の中に踏み込んだくせに何を言ってるんだ。それはお前の仕事じゃないだろう。人の心はなかなかわからない。自分に向かう人の気持ちは尚更わからない。ことに葉山は難解だ。対人スキルが低いかわりに人の心を外から論理で考えようとして、俺は俺なりに一生懸命なつもりなのだが。
 比企谷が席を立つと葉山もそのまま連れ立って歩き出す。こんな時に限って自転車登校じゃないなんてなんてタイミングが悪いんだ。帰り道を黙って一緒に歩く。話すことがないなと気まずく思っているといきなり葉山が喋り出す。
「悪かったと思ってるんだよ。捻くれて人を信じない期待しない、そんな君を否定したくせに。それなのに俺までが君を頼って傷つけた」
「別に傷ついてねえけど。ほんとに悪かったと思ってんのか?悪口が混じってるぞ」
葉山は比企谷の顔を見て笑い、ふいっと視線を逸らす。
「君が人に好きなんて言うとは思わなかった」
「俺でも嘘なら言えるもんだぜ」
「もうそんな嘘はつかないでほしい」
「ああ、まあ、そうだな。でもそんな機会はねえだろもう。お前はやめた方がいいぞ。後ろから刺されるかもな」
「俺はそんな嘘はつかない」葉山は強い調子で言い切りさらに続ける。「君は何もわかってない」
 比企谷は葉山に口調に少し気圧される。
「なんだよ。俺が何をわかってないってんだ」
「絶対頼みたくない相手に頼み込んでまで機会を作ったのはなんのためだと思うんだ。少しは考えてくれてもいいだろう」
 葉山は憤ったように言う。怒鳴りたいのを我慢しているかのような声に比企谷は面食らう。
「俺は君とあのまま疎遠になりたくなかったんだ」
 葉山は比企谷の方に顔を向けて見つめる。
「別に仲良しでもねえだろお前とは」
「いてほしい唯一の相手が側にいてはくれないのがどんなに辛いものか、君にはわからない」
 比企谷は驚き言い返そうとして言葉を探すが見つからない。葉山は比企谷に笑いかけて続ける。
「側にいたいんだ」
 葉山は歩みを止め、比企谷も立ち止まる。
「本当に人を好きになったことがない、君も俺もとあの時言っただろ」
「お前と俺を一緒にするなよ。全然違うだろモテ男とは」
 比企谷は顔を逸らす。ダブルデートを仕掛け無理やり連れ出したのも元はそれを伝えるのが目的だったようにあの時は思っていた。
「俺はわかってなかったんだ。思い込みは好きとは違うだろ」
 比企谷は言う。虚像に勝手に期待していたのが昔の自分だ。
「俺は今ならわかるよ」
 いつになく低い声に比企谷はその顔を振り見る。葉山は比企谷を眩しげに見つめて言う。突風が木の葉を巻き上げる。樹々がざわめく。
「好きなんだ、君が」
 比企谷は唾を飲み込む。真っ直ぐに比企谷を見つめて紡がれる葉山の言葉は透明な刃だった。見えない刃が俺を切り裂く。裂けた傷口から血が流れる。
あれからずっと俺の中の何かを切り裂かれ続けているんだ。

 教室で顔を会わすことはあれど葉山と2人きりになる機会はなく、穏やかに数日経った。夕刻の影が長く伸びる帰り道。比企谷は校門の前で背後から葉山に呼び止められる。
「待ってたんだよ。君に渡したいものがあるんだ。家に来てほしいんだけどいいか?」
「明日じゃダメなのか?」
「どうしても今日じゃないとまずいんだ。頼むよ」
 そう言われると行かないわけにもいかない。葉山と由比ヶ浜の会話を立ち聞きしたあの時の会話でのばつの悪さもある。彼の家に向かうことを承諾する。途中でファーストフードに立ち寄ると葉山は夕食なんだといいながらバーガーのセットを購入する。
「今日は両親は仕事で帰らないんだ」
 そう言いながら葉山は比企谷の分のバーガーセットも頼む。
「なんで俺のまで」
「わざわざ来てくれたお礼だよ。食べてくれよ」
 小町に言って夕飯は少なめにしてもらおう。そう思いながら一緒に食べる。
受け取ったらすぐ帰るつもりだったが家に着くと上がるように言われる。背後で家の内鍵を締める音がする。比企谷は用心深いことだなと思うが特に気には止めない。
「なあ比企谷」
 廊下を歩きながら葉山が言う。
「なんだ」
「助けあい頼りあい、好意を示され好意を返すそんな関係がいいと思わないか」
「お前は陽乃さんの言ってた出鱈目に惑わされ過ぎだな」
 比企谷は言う。
「利用し合う、じゃないのか」
「君はなんでそういう考え方しかできないんだ」
「人の心なんかわからないぜ」
「知ろうとしないだけだろう」
「俺にそんなことを言うお前の気持ちは尚更わからないけどな」
「君は人の心を身の内に感じるのが怖いんじゃないのか」
 葉山は更に続ける。
「陽乃さんの言葉に惑わされてるのは君の方だろう」
 比企谷は答えに詰まり黙り込む。言い合いをしにきたわけじゃないのになんでこうなるんだろう。
「ここが俺の部屋だよ」
 葉山の部屋に入ると突然背中を押される。腕を押さえつけられ背中に人の重みを感じて比企谷はベッドに押し倒されたと気づく。腕を縫い付けられ組み伏せられ身動きが取れない。びっくりして背後の葉山に問う。
「葉山?なんだよお前」
 腕と足を絡め取られ押さえつけられる。振り向き見上げると葉山の射るような視線とぶつかる。
「騙すようなことをしてすまないな」
「騙すって、何をだ?なんでだ?」
「比企谷、君がどう思おうと俺は変えたいんだ。」
 見下ろす葉山の瞳は怖いくらい澄んで鈍く光っている。竦んで動けなくなる。
「壊したいんだ。俺と君の今の状態を」

 拡げるように抽送し蹂躙していた指が尻から引き抜かれる。シャツだけを着たままで下半身は剥き出しにされている。ぼうっとした頭に背後でベルトを外す音が聞こえる。何かが押し当てられる。うつ伏せのまま尻を突き出す獣のような姿勢をとらされる。
「あっ、うあっ」
 引き裂かれる痛みと圧迫感に叫ぶ。背後から身体が押し開かれる。体内に挿入される体温。あいつの身体の一部。あいつのペニスか。嘘だろ、こんな。逃げをうつと腰を引き寄せられさらに深く穿たれる。
「きついな。力を抜いてくれないか」
「何言ってんだよ」
 シャツをたくし上げ剥き出しにした背中を愛撫していた手が股の間に回る。ペニスを掴まれ身体が竦む。
「何するんだよ」
「怖がることないよ。悪いようにはしない」
「何が悪いようにはしない、だ」
 ゆっくりと中心が葉山の指に扱かれる。他人の手に触れられている事実に混乱する。緩急をつけて嬲られたペニスが芯を持ち始める。竿を包むように蠢いていた掌が先端に移動し亀頭を優しく扱く。身体の奥から熱い痺れがせり上がってくる。いかされるのか。こいつに。比企谷は混乱する。
「やぁ、離せよ、葉山」
 腕を前に伸ばし掴める物を探す。身体が揺すられ奥に突き入れられ衝撃に息が詰まる。同時にペニスが震え熱くなり迸りを相手の掌に出してしまう。また揺さぶられる。
「あ、待てよ。今は、ああ」
「待たない」
 射精して弛緩した身体を容赦なくあいつのペニスが穿つ。何度も突かれ身の奥深く貫かれてゆく。身体が葉山の形に切り開かれてゆく。
「全部入ったよ。比企谷。わかるかい」
 荒い息を吐きながら背後の相手が告げる。憤って後ろを振り向くと葉山が口角を上げるのが目に入る。中で肉の棒を左右に動かされ思わず喘ぎ声を漏らす。臀部の接合部にあいつの皮膚と体毛が密着しているのを感じる。
「君と俺の身体を繋いだ。いいね、動くよ」
 腰が引かれ体内に収まっていたペニスが引き抜かれる。また押し入れられ深く抉られ、また引き抜かれる。繰り返し内壁を擦られ痛みと甘い痺れが押し寄せる。熱くて堪らない。こいつの体温に中から溶かされていくようだ。感じてはいけない感覚のような気がして動揺する。
「離せよ。頼む」
 哀願する声が掠れる。
「聞けないな。そんな声で言われても」
 ぐっと腰が押し付けられ奥まで入れられる。ぶるっと体内のペニスが震え熱い飛沫に中を濡らされる。しばらく押し付けられ緩く揺すられる。やっと蹂躙していた屹立が後孔から引き抜かれる。体内をみっちり満たしていたものがなくなり奇妙な喪失感を感じる。
「顔、見せてくれ」
 身体を起こされ仰向けにされる。両足を広げられ腰を密着させられる。互いのペニスが触れ合う。今まで自分の中で別の生き物のように動き凶器のように貫いてきたもの。それが柔らかくなり元の形に戻っている。固さを失ったのは自分の中で達したからか。その事実が生々しく心を打ちのめす。
 葉山は比企谷を熱の籠った瞳で見つめながらシャツを脱ぐ。引き締まった身体が露わになり思わず目を背ける。葉山は比企谷のシャツも脱がしてしまうとベッドの下に投げ捨てる。葉山の身体が上に覆い被さる。汗ばんだ素肌が直に触れ合う。鍛えられた胸筋と腹筋が押さえ込むようにのしかかる。
「いい表情だね。俺がさせたんだな」
 相手は情事の後の色気を滲ませてにっこり笑う。悪気など感じられないただ純粋な笑み。こいつの笑みは胡散臭いと思う時もあるけれど。今浮かべているのは人を安心させるような優しい笑みだ。なのになんで俺を。
「どうしてお前が」
「わからないのか、比企谷」
 身体を起こすと葉山は膝に両足を抱え上げふたりのペニスを一緒に纏めて掴み扱き始める。葉山の無骨で厚みのある掌の温もり。竿を包む皮膚同士が触れ合い擦られる。互いのものが勃ち上がる。
「待てよ」
「まだ夜は長いよ。教えてやるよ、君の身体の奥に。きっと心にも届く」
 両足が曲げられ葉山の勃起した性器の先端が後孔に押し当てられる。ぐっと身体を進められると亀頭が入り口を押し広げる。更に腰を揺らされると先程の挿入で体内に作られた道が滑らかに葉山を通してしまう。
「はやっ、待てって」
 肌を打ち付ける音がまた始められた性交を告げる。身体が揺さぶられる。強く突き上げられ圧迫感に仰け反る。
「比企谷、君は」葉山が言いかけた言葉を切り悲しげに眉根を寄せる。「いや、言葉では通じないんだな。君には」
 強く突かれ抉られ声にならない悲鳴を上げる。開けた口を葉山の唇が塞ぎ音のない悲鳴ごと呑み込まれる。浸入してきた舌が歯列をなぞり比企谷の舌を探り絡ませ執拗に口内を犯す。
 部屋を照らす青い光。窓から優美な細い月が見える。美しく弧を描いた月は陽乃の笑みに似て艶やかに輝き、自分達の交わりを見下ろして嗤う。

END

 

金星の光(R18)

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左右に押さえつけた比企谷の腕を一纏めにする。片手で容易く押さえつけられるなんて、日頃の運動が足りないだろう。空いている方の片手でシャツのボタンを外してゆく。
唇を合わせ比企谷の口を開けさせて舌を差し入れる。舌を探り当て絡ませ口内を貪る。深いキスをしながら覆い被さり肌けた身体を密着させる。組み敷いた身体の体温と鼓動を感じる。熱くて溶けそうだ。首筋に顔を埋め唇を当て吸い付く。舌を這わせ肌にいくつもキスをする。脚の間に手を伸ばし下着の中に入れる。ペニスをさすり優しく擦る。びくりと比企谷の身体が震える。後孔に指を滑らせる。意を察して起こそうとする比企谷の身体に体重をかけて動きを封じる。人差し指を挿入して抗う身体を押さえつけ後孔から前立腺を嬲り勃起させる。指を引き抜き潤滑液をつけてまた挿入し塗りこめるように指をこね回す。弄るほどに熱い肉が柔らかくなり滑らかに受け入れる。指を増やして捻り入れては奥まで広げてゆく。
「はや…」
喘ぎ声混じりの比企谷の声。葉山か、それとも隼人と呼んでくれるのか。だが言葉はそこで途切れてしまう。
「ひき、がや」
声が上ずる。上目づかいに俺を睨み付ける比企谷に息を呑む。上気した頬に涙ぐんだ瞳に喘ぐような息遣い。俺のつけたキスの跡が肌に散らばる。堪らない。
勃起したぺニスをあてがい擦り付けるように探る。腰を押し付けてゆき先端をゆっくり押し込む。
「いや、だ」
比企谷が引き攣ったような声を上げる。構わずに張った雁を全て比企谷の身体に埋め込む。
「葉山、もう」俺の名を呼ぶ比企谷の声が耳を擽る。ゆっくりと竿を押し入れてゆく。俺が動くたび比企谷の身体が揺さぶられる。熱く吸いつき締められる中の感触。溶け合ってゆく身体。
わかってるだろう?君と俺は同じなんだ。


階段を上り屋上へのドアを開けるとその先に比企谷がいる。抜けるような紺碧の空の下。張り巡らされた金網に指を掛けて佇んでいる。名を呼ぶと振り返って俺を見る。冷ややかな瞳に挑みたいと一歩進む。
また同じ夢を見た。彼に辿り着くことのないそんな夢を見て、目が醒めるといつも堪らなく寂しくなる。現実では手を伸ばしたくて伸ばせなくて。自分がどんなに彼を求めているのか思い知らされるからだ。

葉山は教室の反対側にいる比企谷を見つめる。だるそうに頬杖をついて授業を受ける姿に何度も目をやり、その度心の中で話しかける。
君が嫌いだ。
捻くれて頑なな君が
俺には出来ないことをやってのける君が
君に対しては俺は平静でいられない。
装うことができない
自分を押さえられない
隠しているものを暴かれる
俺の嫌な部分ばかり思い知らされる。
俺はもっとマシな人間だと思いたいのに。
エゴイストで偽善者だと見抜かれてるようで
なのに君から目が離せない。
人からどう思われても構わないと
他人も自分も傷つける君を見ると辛くなる
いつも君のことばかり考えてしまう。
仲良くなれないと言ったけれど
仲良くはしてくれないのは君だろう。
受け入れてくれないとわかってるのに
相容れないとわかっているのに
見つめるだけで苦しくなるのに
なのに俺はどうして君が欲しいんだ。
君だけをどうしてこんなにも。
こんなのは俺じゃない。
孤高のその姿は遠く。切り取られたように鮮やかに映る。君をわかりたい。分かりあいたいたい。君を知ればこんな迷いはなくなるだろうか。

休み時間になり葉山は机に突っ伏した比企谷のところに足をむける。人の気配を察して億劫そうに比企谷が顔を上げる。
「相談があるんだ」
「依頼かよ?今忙しいんだけど」
「暇にしか見えないけどね」
訝しげな表情を浮かべながら比企谷は葉山についてくる。人気のない階段下に来ると葉山はこれから毎日放課後付き合って欲しいと頼む。比企谷は眉を顰める。思った通りの反応だな。でも引くわけにはいかない。
「はあ?なんで俺が」
「試してみないか。俺は君と何らかの関係が欲しい。」
「なんで俺がそんなのに付き合わなきゃいけないだよ」
「期間限定だ。そうだな。中間試験の終わりまでならどうだ」
「俺になんかメリットあんのか」
「依頼だと思ってくれていい。何の関係も生まれないならそれはそれでいい。もう君にそんな頼みはしない」
「お前にも何にもメリットないだろ」
「俺は、はっきりさせたいんだ」
葉山の押しの強さに比企谷は折れる。
「わかった。期間限定だな。そこは守れよ」
「すまないな。じゃあ、放課後自転車置き場で待っててくれ」
「今日からかよ!?」
驚く比企谷に念を押す。
「放課後、絶対いてくれよ」

「で、何がしたいんだ?」
自転車を押して連れ立って歩きながら比企谷が訊く。
「君の家に行きたい」
そうい言うと比企谷は顔を顰める。
「えー。ちょっと嫌かな。初めて家に来るのがお前ってのは」
「なら尚更家がいいな。頼むよ」
比企谷の家に着き彼に続いて家に上がろうとすると玄関先で止められる。
「ちょっと待ってろよ」
リビングに通じるドアの向こうからバタバタと音がする。暫くして比企谷が出てくる。
「待たせたな。上がれ」
「あ、ああ」
葉山にリビングのソファを指し示すと比企谷はまた出て行く。二階でバタバタと音がする。葉山はいきなり来たのは悪かったかなとちょっとだけ反省する。気を使わなくてもいいのにな。だが機を逃したくなかった。それに慌てる比企谷という珍しいものを見れたのは悪くない。
「小町が帰るまでならリビングでもいいけどどうする?」
「君の部屋がいいな」
比企谷の案内で階段を上がる。
「葉山、何がおかしいんだ?」
一体どこを片付けたのか雑然とした部屋に吹き出してしまう。比企谷はありありと不機嫌になる。

その日から放課後の付き合いが始まった。2人は待ち合わせて共に帰ることになった。
翌日葉山は比企谷を家に誘う。渋る比企谷の自転車を掴んで家に引きずってゆく。リビングを素通りして自分の部屋に通すと比企谷は目を丸くする。
「人が住んでる部屋にみえないぞ。モデルハウスかよ」
整然とした部屋を見て居心地悪そうにしながら比企谷は言う。
「褒めてるんだよね?いつもこんなもんだよ」
リア充はいつでも人が呼べるように片付けてんだな」
「外で遊ぶ方が多いしそんなに家に呼ばないよ」
「お前の部屋見たし帰っていいか?」
「何言ってんだよ!?」
葉山は慌てて立ち上がりかける比企谷を押し留める。
「だって、何もねえじゃんこの部屋」
「本もゲームもあるよクローゼットに」
そう言いながらクローゼットを開ける。葉山に顔を寄せるように覗き込んだ比企谷が感嘆の声を上げる。
「すげー、収納すげー。なんで隠してんだ」
「だから片付けてるんだって」
そう言い返しながら確かに最近は手に取ることもなくなったなと葉山は思う。頬にさらっと比企谷の髪が触れる。顔が近い。手に届くところにいつもあればいいのか。
「比企谷の好きそうなのはあるか?いつも出しておくよ」
比企谷の選んだ対戦ゲームをしながら葉山は比企谷に言う。
「君に対しては皆本音で話すんだよな」
「気を使わなくていいって思ってるだけだろ」
「羨ましいよ」
「本音で話さない奴に誰も本音で話さねえよ」比企谷が画面から目を離して葉山の方を向く。「でもお前はその方がいいんだろ。ほんとはそこを羨ましくなんてねえだろ」
比企谷は葉山を見つめて言う。葉山は違うと言えない。自分を晒してまで皆の本音を聞きたいわけじゃないし聞いたところで受け止める気はないのだ。
「その通りだよ」そう答える。「でも羨ましいのは本当だよ」
「お前、そうじゃなくてさ、なんか言い返せよな。俺だって本音なんて吐かねえよ」
そう言いながら本音を聞いた比企谷は全部受け止めてしまうのだ。

比企谷は葉山の部活の終わる頃に自転車置き場で待ち、比企谷が部活の時は葉山が待つ。葉山が時折窓を見上げるとグラウンドを眺めている比企谷がいる。待っててくれていると思うと葉山の胸に何か温かいものが満ちる。比企谷の部屋に行ったり葉山の家に連れて来たり家を行き来する毎日が当たり前になってくる。初めの頃は部屋に人がいるのが落ち着かない様子で挙動不審だった比企谷も段々葉山に気を使わなくなる。比企谷との本を読んだりゲームをしたりするのんびりした時間が楽しくなる。ふと寝っころがり本を読む比企谷を見つめる。寛いでいる姿を見ると学校でだらっとしているのも気を張っているのだと感じる。伏せ目だと端正な顔立ちがよくわかるなとじっと見つめる。顔を上げた彼と目があう。
「葉山、こういうのでいいのか?」
「ああ、楽しい」
「そうか?よくわからないなお前」
寝転ぶ比企谷の側ににじり寄る。
「キスとかしても楽しいかも」
「俺は嫌だ」
「怖い?したことないだろ」
「そうだよ、ねえよ。悪いかよ」
「試してみるかい」
比企谷を仰向けに転がし上に跨る。屈み込み人差し指で比企谷の唇に触れてみる。少しかさついて柔らかい。唇を舐めて湿らせてみたい。顔を背けられ指が離れる。
「初めてがお前とか、ぜってえやだ」
「つれないな」
「重いからどけよな」
「どかしてみればいいだろ」
葉山は体重を掛けて比企谷の身体を抑え込む。比企谷は覆い被さる体躯を押しのけようともがいて腕を突っぱるが逃れられない。諦めたのか抵抗が止む。
「このままでいいんだ?」
「これだから体育会系は嫌なんだ。どうすりゃどいてくれんの」
「キスしてみようよ」
「お前な。もうこのままでいいわ」
比企谷は呆れたように言い、抑えられた態勢のまま本を読み始める。葉山は苦笑して比企谷の肩口に顔を伏せる。こんな近くに比企谷を感じるのは初めてだ。シャツ越しに温もりを感じる。鼓動が重なる。

中間試験中は部活が休みになる。外に遊びに出ようと提案すると思ったとおり比企谷は渋る。
「お前と一緒とかぜってえねえよ。誰かに見られるだろ」
「別に困ることないだろ」
「お前はそうでも俺は目立ちたくねえの」
「ならこの辺じゃなければいいだろ」
仕方なく比企谷が折れ電車に乗って隣町に行く。駅を降りて街中をただ気まぐれに歩くだけ。でも隣に比企谷がいる。それだけで心が浮き立つ。
「どこに行きたい?」
「帰りたいんだけど。どこだよここ」
葉山は比企谷の手を掴んで歩きだす。
「おい、手」
「繋がないと人に流されるだろ」
人混みの中で迷わないようにとそう思って繋いだけれど、どさくさに掴んだ比企谷の手の平はじわりと温かい。通りに出てから離されそうになった掌をぎゅっと握り直す。大型書店に通りがかりに入ってみる。はじめはだるそうにつきあっていた比企谷だが書店には興味を示す。めいめい好きなコーナーに別れる。気に入ったらしい本を購入しているところを葉山に見られ比企谷はバツの悪そうな顔をする。
「来て良かったんじゃないか」
「別に家の近くの本屋でも買えたけどな」
本の入った袋を抱えて比企谷はぼそぼそと言う。
ゲームセンターにも立ち寄る。家にもあると言う比企谷を宥め対戦ゲームをすると意外なほど熱くなる。昼過ぎになりファーストフードの店に立ち寄る。バーガーと飲み物を持ち帰りで頼むと比企谷が尋ねる。
「お前、食わねえの?」
「近くに公園があるからそこでいっしょに食べよう」
喧騒を離れ公園の噴水の前のベンチに並んで座る。バーガーを食べながら言う。
「たまには外出もいいだろ」
「たまーにはな」
拗ねたような物言いに葉山は微笑む。夕暮れになり帰りの電車に乗る。疲れさせてしまったのか葉山の肩に頭を持たせかけて比企谷は寝てしまう。意外に柔らかい髪の毛。寄せられた体温。鼓動が高鳴り聞こえてしまうのではないかと思う。遠く感じた存在が側にいる。すぐに触れられる距離に。ほうっとため息をつく。起こさないようにそっと比企谷の手を握る。

中間試験が終わっても葉山は自転車置き場で比企谷を待つ。約束のことは忘れたふりをして言い出さない。比企谷は首を傾げるがそのまま連れ立って帰る。家に寄ってもいいかと言うと比企谷は伺うような表情を浮かべるがいいと答える。だがある日葉山の家に寄らないかと言うと比企谷が首を振る。
「もう終わりだろ?」
「まだだよ。はっきりさせたいって言っただろ」
「お前、まだわかんねえの?」
「俺がわかるまで付き合う約束だろ」
比企谷が息を呑む。
「いつ終わるんだよ」
「いつって。俺は、俺は終わりたくない」
君との間の壁がなくなって嬉しかった。側にいて今まで知らなかった一面を見てもっと知りたくなった。それまで君を見て苛々していたその理由を自覚してしまった。一緒に過ごす時間はもはやなくてはならないものとなってしまった。それなのに。
「俺は終わらないと困るんだよ」
「なにが困るんだ。楽しくなかったのか」
「そうじゃない。そうじゃなくて。きりがないだろ」
「ずっとじゃダメか」
「ずっとなんて無理に決まってるだろ」比企谷が怒鳴る。
「いつ終わるんだ、まだかよって。考えながら付き合うのしんどいんだ。もう解放してくれよ」
弱々しく俯く比企谷の姿に葉山は愕然とする。
そうか。君には何の意味もなかったのか。俺は続けようとしていたのに。このまま続けられると思っていたのに。君は終わりを見ながら付き合っていたのか。結局俺は君にとっては関わりたくない人間だということか。
心の中がザラリとする。
「終わりにしてもいい。でも条件があるよ」葉山は比企谷の顎を掴み顔を上げさせる。「依頼なんだ。最後まで付き合えよ」

「約束だろう。比企谷」
葉山は部屋の鍵を締める。自宅には今2人だけしかいない。念のため。彼を閉じ込めるためだ。
「わかってる」
比企谷は唾を飲み込むと服を脱ぎ始める。葉山も服を脱ぎ手早く全裸になる。葉山の鍛えられた身体を見て比企谷は躊躇するが意を決したように下着を脱ぐ。比企谷はベッドにうつ伏せになり顔を枕に押し付ける。葉山が比企谷の肩に触れると身体がびくりと震える。怖いのか。だろうな。だからと言って今更止めてやれないけどな。葉山は比企谷の片脚を掴み曲げさせると後孔を晒す。比企谷が息を呑む。覆い被さるように勃起したものを尻に当てると比企谷が身体を捻りながら振り返る。
「なんだ」
脚を掴んだ手に力が篭る。逃がさない意思表示のつもりだ。
「何されてるのかわからないのは嫌だ」
比企谷は仰向けになり葉山を睨みつける。挑むような眼差しに恐れを滲ませたその色。葉山は唾を呑む。
「構わない。いやその方がそそるね」
「お前、最悪だ」
両足を折り曲げさせると身体を開かせる。ハンドクリームを指にとり中に丹念に塗りこんでゆく。指を根元まで抜いては入れる。狭いけど柔らかく内壁が絡み付く。
「あんまり深く入れんな」
「いいよ」
指が引き抜かれほっと力が抜ける。そこに葉山は指を3本束ねてまたクリームを塗り直し再度挿入する。抜かれて弛緩したそこに深く入れられ比企谷が仰け反り喘ぐ。
「葉山、てめえ、嘘つき野郎」
「俺だって我慢してる。君のためだ」
比企谷が黙りこみ葉山を睨みつける。前後に指を動かし深く浅く抉る。痺れるような感覚に時折比企谷は声を上げそうになり懸命に堪える。葉山は指を抜くとぺニスを扱き比企谷にあてがうと脚を抱え直す。
「もういいね」
腰を前に進ませると比企谷は息を止めてギュッと目を瞑る。その身体に亀頭を挿入してゆく。
「ねえ比企谷、今入れたのわかるかい?」
「わかるに決まってるだろ。太いもん」
「そうだよ。太いと言われると嬉しいね」
「指よりだ。ばかやろ。んあっ」
中を押し上げるように腰を進める。身体を揺さぶりさらに咥えこませる。熱い内壁が滑りぺニスを迎え入れる。比企谷が懇願するように葉山を見上げ首を振る。締め付けられて葉山は眉を顰める。
「力を入れるなよ。とうに入ってるんだ。痛くしたくない」
「無理だ。やめろよ」
「俺は気持ちいい。全部入れたい」
「この、お前、ひどくね」
「言っただろう。君を犯す」
葉山は比企谷にキスをし唇を啄む。抜き挿しするほどに肉を押し広げ深く入ってゆく。葉山のぺニスが比企谷の身体の奥まで届き中を蹂躙する。葉山は比企谷を揺さぶり激しく腰を振る。突き上げ、身体を引いてはまた突き上げる。声なく叫ぶ比企谷の唇に深く貪るようなキスを続ける。腕を脚を絡めあい互いの体温が混じりあう。
「比企谷」
掠れた声で名を呼び葉山は低く唸りぐっと腰を押し付ける。
「ちょっと待て、葉山」
察したのか喘ぎ声混じりに比企谷が抗議する。比企谷の身体を抱き込むと葉山は胸板を密着させる。足を開かせて腰を押し付けると穿つように激しく律動する。突くたびに比企谷の口から押さえ切れない呻き声が洩れる。下腹部から熱がせりあがる感覚を覚える。熱は先端に集まり芯が拍動する。
「葉山!」
比企谷が声を荒げて葉山の肩を叩く。その腕をシーツに縫い付けて見下ろすと目を合わせた比企谷が表情を強張らせ息を呑む。君を怯ませるなんて、俺はどんな顔を君に見せているんだろう。葉山はペニスを抜かず腰を押し付けると比企谷の体内深くに余さず出し切る。中に出すことは言ってなかったがそのつもりだった。俺は君の心には何も残せなかった。だからせめて君を奪って壊して。この身体の中に俺の身体が存在した痕跡を残すと。

昼休みに葉山は一人屋上に登ると空を見上げる。寝転びながら葉山は昨日の比企谷の乱れた様を思い起こす。この手で抱いてこの身体で犯した。何度も何度も。触れた肌は温かく汗ばんで胸の突起を舐めると少し塩辛くて。重ねた身体のさらに奥を暴いた。
葉山のものに貫かれ身を捩る身体。突いては抜き繰り返すうちになじんでいく柔らかな肉。痛みを堪える声に甘い嬌声が混じる。快楽を感じさせていると思うと堪らない。思いがけず肩にしがみつくように腕が回されて驚く。「動くな」と掠れた声で比企谷は言う。潤んだ目で俺を見上げてそんな顔で頼まれても聞いてやれない。もっと色んな表情を見たい。他の誰も知らない、君すら知らない表情をもっと暴きたい。比企谷を抱きしめると腰を引きぐっと深く突き上げる。比企谷が悲鳴を上げる。先から根元まで入れては抜く。肩口に顔を埋め首筋に吸い付く。肌に付いた赤い跡を見てさらにその隣にも跡をつける。身体を起こし見下ろす。胸にキスをする。吸い付くと比企谷が小さく声を上げる。
「簡単に跡がつくね」
「ちょ、やめろよ。人に見られたら」
「やめない」
乳首を口に含み舌で転がすように舐める。もう片方は指の腹で押しつぶすように撫でる。葉山の頭を退けようとする腕を押さえつける。腰を強く揺さぶり深く突き上げると比企谷の身体が強張り抵抗が弱くなる。
「俺に任せてればいいから」
「いいわけねえだろ」
揺さぶりを早くしてゆく。中の肉は収縮しては弛緩しうごめきペニスが擦られる。比企谷の身体に覆い被さり肌を合わせる。身体を打ち付ける音と中を擦る水音と荒い息遣いが響く。吐息を貪るように深いキスを繰り返す。
確かに手に入れた。そう感じた。
本当にあの1回だけなのか。もう抱けないのか。彼も感じていたように見えたのに。俺は忘れられるのか。欲しくてたまらなかった彼に触れて。彼を知って忘れられるのか。抱く前より膨れ上がってしまった想いに灼かれそうになる。比企谷。君はどうなんだ。
葉山は起き上がると比企谷を探す。授業中は席にいるのに休み時間になると比企谷は葉山を避けるように姿を隠してしまう。1人になりたいなら屋上かと思ったのになかなか見つからない。旧校舎の屋上だろうか。階段を駆け上がり扉を開ける。案の定求めていた姿を見つける。比企谷は金網越しに下を見ている。紺碧の空から金網で区切られ一人閉じこめられているように見える。葉山は一歩踏み出す。
「比企谷」
びくりと大きく比企谷の身体が震えるのが見える。だが振り返ったその表情はいつものふてぶてしさを装う。
「何だよ」
葉山が近づくと比企谷は後退りして距離を保とうとするがすぐ後ろの金網に後退を阻まれる。
「君は平気なのか?」
「何が」
「俺とセックスしただろう」
「何だよ。もうそれで終わりのはずだろ」
「忘れられるのか?俺に抱かれたこと」
「やめろよ」
比企谷の表情が変わる。葉山の言葉に動揺している。余裕のないこんな比企谷は初めて見る。歩を進めながら葉山はさらに容赦なく言う。
「忘れられないんだろう?だから避けるんだ」
「避けてねえ」
「俺は忘れられない。一層君が欲しくなった」
比企谷は葉山を睨みつける。
「約束破るのかよ」
「破るよ。君がそうなら守る意味もない」
葉山は足早に近寄り比企谷の退路を断つように追い詰める。出遅れた比企谷は後退る。今彼を逃すわけにはいかない。金網に手を掛けて囲い込み逃げ場を奪う。
「君は俺を忘れられない」
葉山は身体を押し返そうとする比企谷の片手を掴む。触れた手首が熱い。比企谷の身体が震えている。怯えているのは俺になのか。それとも。葉山は確信する。やっと君を捕まえた。
「俺を見て思い出さずにはいられないはずだ」
「やめろよ」
「君の身体にキスして。君の中に入れた」
「葉山、頼むからやめてくれ」
「君の身体は俺を覚えてる」
比企谷は俯くと囁くような小さな声で言う。
「こんなのわかんねえ。解放されると思ってたのに」
「比企谷」
「なんで終わったのにお前の顔を見るたびにお前とのセックス思い出すんだよ」
「俺もだよ。同じだ」
「同じじゃない。お前は慣れてるだろうけど俺は違う」
「俺は君が好きだ。君も俺が」
「違う。なんでそうなるんだよ」
「そうなるよ。俺と同じように」
「初めてだからだろ。お前なんかが初めてなんて」
比企谷はそう言うと顔を上げる。揺れる瞳に吸い寄せられるように、葉山はさらに一歩詰め寄る。
「こんなのは俺じゃない」
そう言いながら逃げようとする比企谷の両肩を掴む。細い肩に指が食い込む。
「でも戻れないよ。もう君じゃない君と付き合ってくしかないんだ」
「放せよ。頼むから」
比企谷は震える声で言う。瞳に怯えた色が見える。触れた掌から伝わる強張った身体の感触と体温。
「俺と同じなんだ」
葉山は捕まえた身体を引き寄せると腕を回しきつく抱きしめる。

END

 

習作 臨也編(R18)

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「君は俺のことが嫌いだろう?」
そう言いながら臨也は笑う。
臨也の部屋で帝人は机の上に仰向けに押し倒され両腕を拘束されている。唖然としているうちに下着ごとズボンを脱がされる。性器が空気に晒されてひやりとする。臨也を見上げると三日月のような笑みを浮かべて見下ろしている。しかし目は笑ってはいない。暗い熱を帯びた瞳が帝人を見つめている。

帝人はここに至るまでの経緯を思い出そうとする。何があってこうなってるんだろう。臨也の事務所に呼び出され学校帰りに立ち寄った。臨也は帝人をにこやかに迎えた。何もいつもと変わった様子はなかった。用事は何ですかと聞くと用事がないと呼んではいけないのかいと言われた。少しだけ不満そうな色が混じった口調だったようにも思う。そんなことはないですけど明日も学校があるのでと帝人は答えた。するとにっこり笑う臨也にパソコン画面を見るよう促された。机に近付いた瞬間景色が反転した。臨也の顔が間近にあり帝人はわけがわからず混乱し、動揺している間に身体の自由は奪われていた。

「臨也さん、何のつもりですか」
帝人は努めて冷静になろうとするが声は震えている
「君は俺のことをどう思ってる?」
臨也は帝人の脚の間に身を入れると両足を大きく開かせ秘部を露わにする。
「どうって、臨也さんは臨也さんです」
何かで濡らされた指が帝人の後孔に突っ込まれる。指は中を蠢めいて前立腺を探り捏ねられる。帝人は喘ぎそうになり唇を噛む。
「俺が好きかい?」
「そんなこと考えたこともないです」
「じゃあ考えろよ」
一気にぬるりと奥まで指を突き入れられて帝人は衝撃に息が止まる。臨也はローションを足して指を増やし帝人の中に捩じ入れ指をばらばらに動かして嬲り抽送させる。帝人は過ぎる刺激に悶える。性器は勃起しかけ後孔は痺れて熱くなる。
「やめてください」
「自分がどんな顔をしてるかわかってるのかい。堪らないね」
嗤う臨也を帝人は快感を堪えて睨む。臨也は指を引き抜き帝人の上に屈み込むと身体で押さえ体重をかける。
「君の顔に書いてあるよ。気持ちいいんだろう」
臨也は帝人に深くキスをする。帝人は身を捩るが逃れられられず蹂躙するような深い長いキスをされるがままになる。やっと唇が離され臨也は言う。
「君は俺のことが嫌いだろう?」
「そんなことなんで今聞くんですか」
「じゃあ好きなのかい」
「わかりません。どう答えればいいんですか」
「俺は君が好きだよ。だから君も俺を好きになるべきだ」
臨也はズボンのベルトを外し前を寛げ自身を取り出す。帝人は勃起したそれを信じられない思いで見る。臨也は帝人の腰を掴み熟れた入り口に陰茎を押し当て突き入れる。
「いやだ、ああ」
灼熱の圧倒的な質量が狭い肉を拡げてゆく。他人の体温が蠢き身体を侵す。臨也は縦横無尽に動かして帝人を攻める。腰を引きぐっと突き上げられ身を引いてはまた貫かれる。深く入れては奥を擦られ浅くしては前立腺を亀頭で押し潰すように嬲られる。痛みと快感に翻弄されながら懸命に耐える帝人の様は臨也の嗜虐心を煽る。
「君の中でいけば俺を忘れないだろうね」
「何言って、僕は女の子じゃないです」
「知ってるよ。女に中出しなんてしないさ。後が怖いじゃないか」
臨也は帝人のシャツを肌けて胸を愛撫し乳首を摘み弄る。舐めて噛みつく。
「いた、あ」
帝人は体内の屹立を柔肉で締め付ける。臨也は眉を顰め息を吐き帝人を見て笑う。
「締めるなよ。そんなに俺に中でいって欲しいのかい」
「違う、そんな」
「望みどおりにしてあげるよ」
「止めてください」
帝人は身体を起こそうとするが臨也に押さえつけられる。腰を押し付けられ臨也の陰茎が全て体内に収められ接合部の皮膚が触れ合う。激しく揺さぶられるたび中を行き来する性器に擦られる。打ち付けられる肌が音を立てる。臨也は組み敷いた若木のような身体に覆いかぶさる。
「これで君の身体は俺を忘れないよね。君の心を壊してあげるよ」
臨也は耳元で獣のように唸り腰を押し付けて組み敷いた少年の身体の奥に吐精する。帝人は体内に埋め込まれた屹立がぶるりと震えるのを感じる。
「君は立ち直るだろう。そしたらまた壊してあげるよ。何度でも」
引き抜かれた臨也の陰茎の先に残滓を見て確かに自分の中でこの男はいったのだと思い知る。
「どうして」
「俺は君が好きだからね」
臨也は残滓を絞り精液を少年の陰茎に塗りつける。自分のものと合わせて片手に握ると一緒に擦りあわせる。扱くうちに硬さを取り戻すと離しそれをまた帝人の後孔に押し付ける。
「臨也さん、どうして」
帝人は動揺する。後ずさる身体を押さえつけられる。開かされた両足が臨也の膝に乗せられる。
「一度で済むと思ったのかい?君を壊すと言っただろう」
臨也の肉茎にゆっくりと刺し貫かれ帝人は仰け反る。
「君は思い知るべきだね。俺には君に印を刻む権利があるんだよ」
奥まで入れられ突き上げられ揺さぶられる。
「好きでも嫌いでもどっちでもいいよ。帝人くん」
激しい突き上げに耐えかねて帝人は縋るように臨也の肩につかまる。臨也はその耳元に口を寄せ囁く。
「でも俺を俺と同じくらい意識しなきゃ許さない」

END